星の名前と魔法のスープ
深緑色の杖、第2話となります
今回のお話では「彼」視点になります
透き通る漆黒の夜空には、磨き上げられた宝石が無数に瞬いている
「あ、これいいね」
彼女は背伸びをして、白く細い手を思いっきり夜空に伸ばして、宝石の一つを摘んだ
「なんて名前の星なの?」
と、僕は尋ねた
「知らない」
彼女は肩をすくめた
「星なんて数え切れない程にあるのに、全て名前を覚えているわけないじゃない」
「確かにそうだ」
と、僕は頷いた
無限に広がるこの銀河系で星の名前なんて一体誰がつけたのだろう
彼女は指先の星を眺めながら目を細めた
「でも、宇宙からしてみれば地球という小さな光の粒の中で、こうして私達が存在している事すら知られていないのかもね」
「僕たちが星の名前を知らないのと同じだね」
そうね、と彼女は笑った。
「でもね、この星は君にぴったりだと思うよ」
彼女はそう言って首を傾げた。ゆっくりと、ひんやりした夜の風が彼女の長い髪をなびかせる。
「ただ、怖いんだ」
僕は自傷気味に呟いて、パーカーの帽子を被り、ポッケに手を突っ込んだ。冷えてきた。
彼女はそう、と呟くと右手に持っていた深緑色の杖を広げ、弧を描いてくるりと身を翻した。
「これからでしょ、君は原石なんだよ」
僕は何も答えずに彼女を眺めた。
夜空に輝く光は、まるで彼女だけを照らしているようだった。
彼女がゆっくりと歩き出す。
「もう行くのかい?」
と、僕は尋ねた。
「ええ、また来るよ」
彼女はそう言って、夜空に足を掛ける。あ、そうだと彼女は振り返る。
「君はどうして私を捨てたんだい?」
「捨ててなんかいないさ、ただ..」
「ただ?」
「僕と似ている気がしたんだ」
「あの子が?」
「うん」
そう、と彼女は微笑んだ。
それから軽やかに、まるで階段を駆け上がるかのように、彼女は漆黒の夜空に消えていった。
何処からか、懐かしいような、甘く香ばしい匂いがした。
目覚めの予兆だ。
ゆっくりと瞼を開ける。
朧げにここが自分の部屋ではない事に気付いた。夜中に父の書斎で、借り物のを本を読んでいて、そのままソファで寝てしまったらしい。
時計の針は朝の8時16分を指していた。
また、あの夢だ。
起き上がろうとすると、するりと布ような何かが床に落ちた。
ブランケット、寝ている間に誰かが掛けてくれていたのかもしれない。ふらふらと立ち上がる。
タイミングを見計らったかのように、書斎のドアが勢いよく開け放たれた。
「ハルにいちゃん!朝だよ!!って、うわっ起きてた」
彼女は、驚いた様子で僕を見上げた。
「おはよう、しずくは早起きだね」
僕は目をこすりながら彼女を見る。
しずくは、どう見てもサイズの合っていない花柄のエプロンをぐるぐると体に巻き付けていた。昨日の晩御飯の春巻きを連想させる。
「なんか作ったのかい?」
聞いて欲しそうだったので、尋ねてみる。
しずくは嬉しそうに答えた。
「うん!叔父さんとね、魔法のスープ作ってたの、あとね、それとね、食パンをおーぶんで焼いたんだよ」
彼女の笑顔が眩しくて、思わず目を細める。
魔法のスープ、と僕は復唱して笑った。父は一体、小学生の彼女に何を作らせているのだろうか。
「分かった、すぐ行くって父さんに伝えて」
彼女はうんうんと二回頷くと、ドアを開けたまま、急いで走っていった。
僕は、洗い場の蛇口を捻る。
想像以上に水は冷く、手の感覚が研ぎ澄まされて、眠気が一気に消えてゆく。手早く洗顔を済ませた。
眠気は冷めていても、まだ夢の余韻が色濃く残っている。
少しだけ開いた窓が、外のひんやりとした空気と共に鳥のさえずりを運んできた。それを受け止めるように、一度大きく背伸びをする。
新鮮な朝の陽光がカーテンの隙間で揺れていた。