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レンタル家族  作者: 矢吹めい
1/1

キャバクラ嬢に入れあげるエロジジイ!

「いいのかよ?サボり。今日で3日目だぞ。」

 

 長倉透ながくらとおるは、コインゲーム機の前に座って、無心にコインを投入する私の顔を心配そうに覗き込んだ。


 コロン。

 

 騒音の中で、はっきりと聞き取れないが投入されたコインは小さく音を立てて、空いた場所へ自分の身を納めるように転がり、倒れた。


「別にいいよ。誰も気づかないって。つか、そういうあんたもサボり3日目じゃん。」


「俺はサボりたくって、サボってんじゃねーよ。お前が休むからだろ。」


「な~に人のせいにしてんのよ~。休みたくないなら、今から行けば?」

 

 透は時計を確認すると、軽く首を振った。


「もう20時だって。あと、30分で終わりだし。」


「あっそ。つかさ、何で学校終わった後も勉強しなくちゃなんないのかね。学校だけで十分だよ。」


「まぁな。」

 

 それまで、ゲーム機を背にして凭れるように立っていた透は私の説得を諦めたのか、山積みに重なったドル箱の一番上に入ったコインを無造作にいくつか掴むと私の隣に座り、コインを一気に投入した。

 

 前回のコインゲームで5000枚ほど当たったため、コインはコインバンクにもまだまだ山ほどある。だから1枚1枚の価値が良くわからなくなる。これって、ちょっとお金に似ている。


「理不尽だよね~。自分も大した学歴じゃないくせして。子供に期待して塾通わせてさぁ・・・。子供の自由って無いのかね?」


「親父さんたちもさ、このみには、いい大学行ってほしいって思ってんだって。好にとったらきついかもだけど。親父さんたちの愛情じゃね?」


「透は大人だよね。」


 私は唇をこれでもかと言わんばかりに尖らした。そうだ。私が子供なのは分かっている。真実を突きつけられると反論出来ない。だからどうしても卑屈になってしまう。


「好の気持ちもわかってんよ。俺も同じ子供だからな。」


 私が拗ねると、透はすかさずフォローに入る。いつものパターンだ。


「私、帰る。」


「は!?何で??」


「何となく。」


「何となくはないっしょ!?だって、これは!?」


 透はまだ山積みになったドル箱を指した。私はコインバンクのカードを手渡し、


「入れといて。」


と言って、椅子から立ち上がった。


「は!?ちょ、マジで言ってんの?」


「マジだよ。また明日。」


 そういうとスタスタと、ゲームセンターの入り口へと向かった。騒音に掻き消されながらも、背中越しに透が何か叫んでいたのが聞こえたけど、私は振り返らなかった。



 ゲームセンターは長く続く商店街のちょうど真ん中あたりにある。ゲームセンターのある場所から少し外れたところにあらかじめ止めていた自転車を取りに行き、そのまま押して歩いた。何となく、歩きたい気分だった。それにまだ20時だけど、週末のため客の出入りが激しい商店街で自転車は危ないかもしれないと思った。


 先ほどから、私の隣をすり抜けていく幾人かの男女はもうお酒の匂いを漂わせている。それもかなり強く。月曜日にここへ来たときとはまったく違った風景に見える。同じ場所なのに。ネオンの色は何も変わらないのに。人の活気が溢れ、街もイキイキしているように見える。


 私は急に取り残されたような寂しさに襲われ、危ないと思いながらも、押していた自転車にまたがった。

ちょうど、その時。目の前に若くて綺麗な女性と居酒屋から出てくる父を見つけしまった。私は足の震えを必死で堪え、慌てて父から見えない角度まで移動すると、父の方へ再び目をやった。

 

 息を潜めようとするのにうまく息が出来なくて、吐く息と共に声が漏れ出る。

 

 若い女性は父と腕を組んで嬉しそうに笑って、そのまま何処かへ歩き出そうとする。私は少し距離を置き、父と女性を追いかける。足が重い。鉛が足に絡みついているみたいに拙い足取りだ。


「おーい。好、何やってるの?」


「うわ~!!!ちょっちょっと!!ビックリした!!」


 辺りにいる人たちがジロジロと私と美鈴を見ては通り過ぎていく。すかさず、父にばれていないかとそちらへ目をやったが、どうやら父は気が付いていなかったよう後姿を見ても楽しそうだと分かる足取りで角を曲がった。私は気を取り直して、小声で、


「今、取り込み中なの!後でね!」


 と美鈴に言い放ってから、角を曲がった父を追いかけて行ったのだが何故か、美鈴もついてくる。


「どうしたの?怖い顔して。」


「何でもないから。何でついてきてるの?」


「いや、一大事みたいな顔してるから、その先に何があるのか気になるじゃん。」


「これ絶対触れてほしくないことなんだよね。」


「そうなんだ。」


「うん。」


 しかし、美鈴はまったく帰る気配はない。


「ねぇ。」


「何?」


「ほんとさ、今日のところは帰って?」


「やだ。」


「何で?」


「ほっとけないから。」


「……」


 返す言葉を失った私は速足で、角を曲がると父と女性の姿は消えていた。


「は?マジかよ。」


「好。マジで、どうした?」


「親父が消えた。」


「え?」


父と女性の姿は消えた。その代わりに「CULB Q’z」と書かれたド派手なお店が私たちの目の前に聳えたっていた。



「なんか、マジでごめんね。」


「あ~うん。もういいよ。」


「てかさ…。」


「うん。」


「いや、やっぱいいや。」


「確実にキャバクラ入ったよね。」


「あ、うん…。多分ね。」


「思いっきり騙されてんじゃん。ダセー。」


 笑い飛ばしたい、怒りたい、泣きたい。情けなさ過ぎて、どうしていいか分からない。


「とりあえずさ、これ飲んじゃお。」


「うん。」


 さっき、バニーバーガーで注文したばかりのコーラの入ったグラスはもう汗をかいて、持つとボトボトとスカートの上に雫が垂れた。ストローを口元まで持ってきたのに、そのまま吸い込むことが出来ない。


「大丈夫?」


「うん、ごめん。」


「泣いてみる?」


 美鈴は両手を目一杯、大きく広げた。


「ふふっ。」


 私は軽く笑うと、グラスを机に置いて、そのまま美鈴の腕に体を預けた。美鈴は何も言わず、頭を撫でたり、背中をトントン叩いてくれる。一気に涙がボトボトと零れてくる。


 別に父さんと母さんが仲良くいてほしいとか、父さんは母さんに一途だとかそんなこと思っていたわけじゃないけど、父さんが母さん以外の女の人と歩いているのは見たくなかった。しかも、あんな若くて綺麗な人。絶対、母さんじゃ敵わないよ。母さんは美人じゃないし、太っているし、料理はまあまあだけど、口うるさい。


 あの女の人は、綺麗だし、細いし、きっと料理上手で優しい。いつもニコニコ笑っているんだろうな。母さんみたいにボロボロのダルダルの格好なんてしていないんだろうな。悲しい。敗北感って、こういうやつのことを言うのかな?完全にうちの母さんは敗北。一切の勝ち目なし。なんてったって、あの人は若い。母さんの半分くらいの歳だろう。


 本気なのかな?あの人は、父さんに本気なのかな?もし本気なら、私たち捨てられるのかな?不安が一気に押し寄せる。


 それに帰ったら、父さんにも母さんにもどんな顔して会えばいいの?


 それにそれに、良く考えてみれば、何なの?私には、勉強勉強言ってさ。自分はキャバクラ通いとか!引くわ!引く!何なんだよ!クソジジイ!


 私は何にも悪くないのに。私は何にも悪くないのに後ろめたいのはどうしてなんだろう。どんどん頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。二人の楽しそうな姿を目撃した時よりもずっとずっと。動揺が増してくる。


 そんな私の混乱を壊すみたいに美鈴は空気を壊す。


「気休め…何だけどさ。」


「うん。」


「キャバクラって、大人になれば皆行くらしいよ。」


「うん。」


「…なんかほんと…ごめん。」


 美鈴が本当に申し訳なさそうにしているから、思わず笑った。そんな私を見て美鈴も笑った。


「ほんとさ~。家、帰りたくないよ。」


「だよね。」


「今日はずっと此処いようかな?」


「此処24時間じゃないよ。」


「そっか。なら、カラオケ。」


「私たち、制服。」


「そっか。」


「うん。」


「帰りますか。」


「帰ろっか。」


「あ~帰りたくない!!閉店ギリギリまで。」


「居ちゃいますか。22時まで。」


「うん。居ちゃいましょう。」


「何する?」


「うーん。何がいい?」


「うーん。今日、透は一緒じゃなかったの?」


「あ~ゲーセンに置いてきた。」


「はい?」


「コインゲームの途中で帰るって言って、そのまま。」


「超自己中。」


 美鈴はやや呆れ気味に笑う。


「だよね。透呼ぶ?」


「いや、透のためにも今日はいいや。」


「何それ?」


「わかってるくせに。」


「だよね。」


「ん。」


「帰ろっか。」


「え?怒った?」


「ううん、ぜ~んぜん。」


「じゃあ、どうして?」


「何となく。気が変わったの。家に帰りたい。」


「そうなの?ほんと気まぐれ。」


「私もほんと、こんな自分に呆れてんの。」


 美鈴は丸い目を更に丸くした。


「何その目?自覚症状なしだと思った?」


「うん!!」


「ほんっと、はっきり言うよね。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


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