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月夜の彼方はろくでなし  作者: 尾根田茂
青空のもとの邂逅
9/60

物語は犬っころから動き出す

~犬っころ~

 ゴミ袋に頭から突っ込んだことのある奴はいるだろうか。

 ちょうど明日突っ込んでみようとか考えていたやつは止めておけ。最悪な気分になれる。柑橘類や卵などの臭いはそれ単体でも強烈だが、混ざり合ってしまうと鼻を刺激する凶器と化す。暖かな陽光の中、密閉された袋で熟成されちまったのならなおさらだ。袋の周りを飛び回るハエどものうっとうしさもさることながら、もっと気を滅入らせるのは蛆どもだ。通常清潔にしていればまず出会わないだろう数ミリの芋虫が無駄に体をうねらせながら、ところせましと蠢いている。世界中で烏合の衆への罵り言葉としてこいつらが使われている理由も納得だ。

 何故こんなに詳細に話せるかだって?

 俺が、今、まさに、ゴミ袋に頭から突っ込んでいるからだ。


 俺はいたって常識狼だ。好き好んでこんなことをしているわけじゃない。

 ことの発端はカレンだ。あいつがそもそもキャットフードなんてもんをよこすのがいけない。百歩譲ってドッグフードだろう。いや、譲ったところで絶対に食わねえけどな。自分で食ってみろってんだ。

 おかげで俺は腹を空かして街を歩き回ることになった。空腹と人ごみ、そして何の怪奇の兆候もない平和な世界に俺はむかっ腹が立っていた。さりげなく牛丼屋に入ろうとしても追い返されるし、俺の恐ろしさを知らないガキどもは執拗に俺を追い回してくる。駅から商店街まで歩いて得られた収穫は、迷子の自縛霊を無事に元の交差点に戻してやったことくらいだ。

 へとへとになって路地裏で一休みしようとしていたところに、3匹の野良猫どもが現れた。

 猫ってのは狡猾な奴が多い。巧みに人に取り入りつつ、我が物顔で街中を闊歩している。何もせずに与えられることを当然のことと考えている節がある。古代エジプト時代からそうらしい。忠実に家を守る番犬を見習うべきだと常日頃から思っている。

 その野良猫どもが、あろうことか俺に喧嘩を吹っ掛けてきたのだ。猫の中には俺たちの本来の姿が見える者も多いが、野良に慣れ、誇りを忘れちまったそいつらは俺の本質を読み取れなかったらしい。ニタニタと笑いながら真ん中のボスらしきブチ猫が近づいてきた。

 再度言うが俺はむかっ腹が立っていた。俺は〝満月の銀狼〟、〝北欧のベルセルク〟だ。〝厳冬の宵は彼の者のために〟と讃えられ、恐れられた狼だ。その俺に向かって、どこの馬の骨かも分からん――馬でないことだけは確かだが――奴らが喧嘩を売るだと?

 いいだろう、その体をもって思い知らせてやる、と俺は唸りながら飛びかかった。


 その結果がこのざまだ。忌々しいブチ猫は飛びかかった俺をひらりとかわし、後頭部にドロップキックをお見舞いしやがった。

 誤解なきよう言っておくが、俺が弱いわけじゃない。ただ空腹と歩き回ったせいで疲れがたまってたんだ。この子犬の姿にだってまだ慣れちゃいねえ。慣れたくもねえが。

 かすかに奴らの鳴き声が聞こえる。猫語にそれほど造詣が深いわけではないがどうやら勝利に酔っているらしいことは間違いない。みろよあの間抜けな姿、というような発言もしているようだ。野良猫にまで馬鹿にされるとは俺も随分と落ちぶれたもんだ。

 だがこれで終わる俺じゃねえ。俺を怒らせた代償はでかい。

 俺は体を四方八方にじたばたさせ、ゴミ溜めから脱出した。即座に牙を剥き出しにし、目を見開きながら奴らのほうを振りかえった。

 奴らの姿は消えていた。室外機の生温かな排気が俺をなでる。ここは厨房の裏口なのだろうか、従業員たちの働く声が響いている。ここで大声を出すとニンゲンに気付かれてしまうかもしれない。

 俺は顔についたゴミをふるい落とそうと体を震わせた。顔を両手で拭い、鼻に付きまとう臭いを取ろうと何度か咳をする。そしてすうと息を吸い込み、

 「くっっそおおおおおおおおお!」

 という思いをこめてアオ~ンと吠えた。だが悲しいかな、勇ましく吠えたつもりが、出てきたのは何とも情けない鳴き声だった。キャイ~ンと言ったほうが正しいかもしれない。

 俺はなけなしの肩を落とし、歩き始めた。家路に向かおう。これだけ歩き回ったのだ。十分だろう。世界規模の異変だか何だか知らんが、今のところは平和だってことは分かった。

 その時、俺の尻尾の毛が逆立った。静電気に纏わりつかれたようなぴりぴりとした感覚が俺を襲う。まだまだ弱いが間違いない。同類が近くにいる。

 俺は鼻をひくつかせ、気の流れを掴む。この甘ったるい香りは生まれたてか、まだ生まれてないか。どちらにせよ異変の前兆には違いない。

 これが本命だったらいいんだがな。曇天の中、俺は帰り道とは逆方向に、香りの強まる方へ足を向けた。


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