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月夜の彼方はろくでなし  作者: 尾根田茂
始まり始まり
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聖人ミイラは部下の信頼を失う

~聖人ミイラ~

 「ええ、無論分かってはいるんですがね。ただいま調査中でして」

 部下の勝山が電話片手に困り果てている。時折見えもしない相手にペコペコ頭を下げ、そのはずみで帽子が落ちて禿頭が覗いていた。不快だから見せんじゃネーと言っても勝山は隙あらば禿を見せつけてきやがル。禿を誇りとする妖怪は勝山が初めてだヨ。

 とはいえ私も人のことは言えないネ。私も下唇をぬっと突き出し、眉間に皺を寄せていた。何も知らない妖怪が尋ねてきても黙って帰ってしまうだろうナ。

 電話が終わったらしい。勝山が深いため息をつく。

 「またですよ。何か知らない妖怪が出歩いていると言って。〝影縫〟は何をしているのかと」

 「まーた私たちのせいなのカヨォ? 人気者は辛いネー」

 私は栗毛を右耳の下辺りで一つにまとめながら話す。ストレスのせいか最近白髪が増えてきて嫌になるヨ。皆も〝影縫〟の苦労を分かってほしいデース。

 勝山が急須に入った冷え切った水を頭の上の皿に掛ける。はあ~などと心底気持ちよさそうな声を上げている。水に五月蠅い勝山が沸かしただけの水道水を使うなんて、相当参っているのかしらン?

 ここ、白鷺寺境内交番では現在六人の職員が働いている。河童の勝山以外にも珍妙な者たちが日夜勤めているけれど、今は皆出払ってしまっている。調査という名の徒労を積み重ねているところだろうサ。

 「マイヤさん、何とかしてくださいよ、この通り」

 勝山が頭を下げる。下げた拍子に先ほど注いだばかりの水が頭の皿からこぼれ出した。私よりも彼の方が驚いたようで、慌てて雑巾を取りに奥に引っ込んだ。やはり相当参っている様子ネ。

 私は深くため息をつく。勝山がああなるのも無理はない。最近この地域の治安の悪さときたら、京都北部に匹敵するほどだ。向こうの方が日本の古参の妖怪が幅を利かせているだけマシかもしれない。何せ私たちが相手しているのは話も通じない海の向こうの化け物たちなのだから。

 天狗の桑原が先日負傷した。一連の事件の起こった地域を調べていたところ妖気を放つ赤毛の女性がいたので後を付けたのだそうだ。曲がり角を曲がったところで姿を見失ったと思ったら後頭部をガンと殴られたって話ダ。目の覚ました彼は散乱した羽と血で書かれた死霊文字。「次はない」というメッセージだった。

 彼は何てことはない、必ずや犯人をひっ捕まえてやると意気込んではいたが、心に出来た傷は大きい。最近彼が一人になるのを異様に恐れていることを私は知っている。

 「私が出ていくしかないのかしらン」

 「その気になってくれましたか」

 雑巾片手に勝山が目を輝かせている。輝かせるのは頭だけで堪能しているてノニ。

 「調子に乗るナヨナー。そもそも私はもう現場には出ない契約だったってノニ」

 「でも町の皆も現場復帰を望んでいますよ。久しく〝瀬戸の邪天使〟が暴れるところを見ていないと」

 「その名で呼ばれるのは大っ嫌いって何度も言ってんダロォ?」

 私が右腕を掲げると、勝山は「いやこれは失礼」と頭を下げる。彼は頭を下げるのも大好きなのだ。

 ため息を一つ吐いてから、私は机の引き出しから今回の一連の事件の書類を取り出す。

 夕立市の地図に赤いバツ印が点在している。妖怪が襲われた場所、妖気が異常に高まった場所が記されているのだ。印の横に貼られている付箋には日付と時刻、被害者の特徴などが書かれている。極一部を除けばその印は夕立市の西部、湯ノ石町に集中している。

 もう少し東にずれてくれたら別の管轄だったってノニ。そう思わずにはいられない。

 「何故よりにもよって湯ノ石町なんですかね?」

 同じことを考えていたらしく、横で地図を覗いていた勝山が苦々しく呟く。

 確かに。今までは忙しくかったのとすぐ解決するだろうと高をくくっていたこともあって深く考えなかった。しかし土着の妖怪が暴れているならともかく海外の怪物どもが揃いも揃ってここに集まるのはおかしいダロ。

 結託してこの地を押さえようとしているのカ。確かにこの地は霊脈が集まっている場所があり、妖気が集まりやすい場所ではある。しかしそれならもっと東の霊脈の始発点で霊山でもある岩鷺山の麓の方が拠点としては都合がいいはずだヨ。

 頭を押さえながら再び地図に視線を落とす。被害者の特徴を見る。子鬼、口裂け女、自縛霊。真面目に働いていたり、喧嘩っ早かったり様々だ。拠点を押さえるつもりならもっと大物を狙うだろう。フォーイグザンポー、私のような。

 湯ノ石町から外れた印は日付が他のものよりも古いものが多い。最も印が集中している場所に近づくほど日付が新しくなっている。

 「何かを探しているのかしらン?」

 「はあ」

 私は右手の人差指で机をコツコツと叩く。

 「エネミーたちはターゲットのなんとなく場所は分かっていたけれど、細部までは知らなかった。時間をかけて目標の位置を絞っているように見えるネ。だから印の集中している場所のほうが日付が新しくなっている」

 「ふうむ」

 「被害者を見ると主に誰これ構わず喧嘩を吹っ掛ける奴とその場にとどまり続けている輩の二つに分類できるネ。前者は子鬼、後者は自縛霊なんかネ。つまり妖怪たちを倒すことが目的じゃない。自分の仕事を邪魔する奴を排除している――そんな感じがするんダヨ」

 「じゃあこの印の集中している場所にその目標があるってことですか?」

 「あるいは動いているのかも」

 私はある道を指でなぞる。

 「ここ。この短いルートに印が七つもある。一つは桑原の印ネ。しかも時間も朝と夕方七時前と四時ごろの二つにくっきり分かれている。犯人はこのルートを入念に歩いている。これは標的を監視しているときの動きと似ているヨ」

 私は背もたれに大きく身を委ね、勝山を見る。私のマーベラスな推理を聞いた彼が言うであろう称賛を身に受け止める準備をしたのだ。

 「なるほど……マイヤさん、一つよろしいですか?」

 「何かしらン?」

 駄目ヨ、ニヤけては。はしたないデース。

 「そこまでは我々も考えました」

 「……ファット?」

 「というか先週提出した書類を読んで下さらなかったのですか? そこに全部記載してあったはずですが」

 「……オーウ、あれネ……」

 私は必死に頭を働かせる。何だっケ何だっケ何だっケ――

 「それに会議でも何度も議題に挙がりましたよね? 先ほど話題に挙がった道が通学路だったこともあり、犯人の目標はまだ妖気が〝御社〟の保護規定値を超えていない未成熟の児童の可能性が高いとまで言いましたよ?」

 「……」

 「それに本部からの伝達で――」

 「試したんダヨ」

 「――は?」

 「オメーを試したんダヨ! ちゃんと自分のやるべきことがアンダースタンドしているのか! そんなこと覚えていたヨ! 私をフーだと思っているんダヨ!? カモーン勝山、あんたがこれからすべきことは何ダ!?」

 勝山はため息を吐いてから発言する。

 「……その道周辺の監視及び聞き込み、通学路の終わりの湯ノ石小学校の調査、引き続き最近入国した妖怪のチェックです」

 「そ、そうダヨ! それだけできれば上々デース! やるじゃねーカ勝山! あとで富士山の湧水を頭からぶっかけてやるヨ!」

 思いのほかすらすら言われてしまったので、私はとりあえず褒めておくことにする。

 勝山の視線に耐えきれず私は「ナーウ仕事仕事」と言いながら壁際の「気の用心 殺気ぽんぽん 修羅の元」と書かれたポスターの前に立つ。オーウ、このポスター曲っているネ。直さなきゃ。

 私の仕事熱に当てられたのか、単に呆れ果てたのか、勝山も自分のデスクに戻る。よかったデース。そのまま見つめられていたらポスターの四隅を整えるのに数十分費やすところだったネ。

 画鋲を留め終えて満足した私は、ふと隣に掛けてあった掲示板に目をやる。湯ノ石町の花見客に関する注意勧告の用紙が貼られていた。花見客は酔っ払っていることが多いため妖怪たちも普段より大げさに動いても大丈夫なのだが、節度を守らない連中が必ず一定数現れるため、毎年のように警備巡回を強化していた。

 今年の桜は綺麗だったネ。私が今は散ってしまった美しき桜の姿を思い浮かべていると、一つ気付いたことがあった。

 湯ノ石小学校には確か彼女がいたネ――

 私は椅子に掛けてあったコートを片手に外に出る。

 「一体どこへ行かれるのですか?」

 勝山が不審そうに聞いてくる。私のことを信用してねーナ。

 「少し心当たりがあるんだヨ。桜の姫君に会ってくるネ」


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