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月夜の彼方はろくでなし  作者: 尾根田茂
始まり始まり
4/60

改造人間は計算する

~改造人間~

 とぅるるるるるるん。昼下がりの公園で惰眠を貪っていると古風な電話のコール音が聞こえてきた。

 私はこの音が好きだ。備え付けの電話機から携帯電話へ、携帯電話からスマートフォンへと買い換えたけれど、この音だけは何十年も変えずにいる。最近の電子音はせっかちで駄目だね。

 このコール音があまりにも好きすぎるせいで電話に出そびれるということも多々あるんだ。今回も十六回分、電話が切れるまでコール音に聞きそびれてしまった。仕方がないことさ。

 私の電話番号を知っているものは私のよく見知った人物だけだ。相手も私の習性を理解していて、すぐに掛け直してきてくれた。

 もう一度聞き惚れたい衝動に駆られながらも、ゆっくりと電話に出る。

 「やあ、私がヴィクトールさ」

 「あ、もしもしヴィッキーですか? おっひさー!いや~実に百九十七時間と三十三分二十九秒ぶりですね! とか言っている間にも四秒経過ですよ! やばくない? 四秒あったら頑張れば西瓜食べられちゃいますよ西瓜。やばくなくなくなくなくない?」

 私は即刻電話を切った。不快だ。麗しきコール音を消してまで出る電話ではなかった。

 性懲りもなくすぐにまた電話がかかってくる。私は電話に出て開口一番に告げる。

 「脊椎を引っこ抜いてホルマリン漬けにされたいのかい?」

 「先ほどはオメガが失礼いたしました」

 打って変わって無機質な女性の声が聞こえた。姉のアルファだ。

 「気を悪くしたのなら謝ります。あの子、どうしてもフランクと話がしたいからって。」

 アルファは淡々と告げる。私はふんと鼻を鳴らし、近くのベンチに腰掛ける。今いる児童公園に人の姿は見当たらない。キジバトが胸を膨らませながらクルックと鳴いているばかりだ。

 「どうですか? 日本は」

 「まあバッドだね」

 間髪をいれず言う。

 日本という国には生まれて初めて来たが、入国した瞬間分かった。私にこの国は合わないね。

 まずもって人が多すぎる。あっちでわちゃわちゃ、こっちでわちゃわちゃ、空港から出るだけで体力を削られた。そこら中にいる店員等も鬼の首をとったかのように話しかけてくる。私が魅力的なのは誰よりも私が知っているけれど、仕事中くらい放ってほしいものだね。

 もうひとつ。景観が美しくない。和風の屋敷というのも見かけはするけれど、洋風だのコンクリだのに埋もれて、統一感がない。現代に侍がいないことは知っていたけれど、痕跡くらいは発見できると思っていたのに、至極残念だよ。いたるところに立つ電信柱も頂けない。根こそぎ引っこ抜いてやりたいね。

というようなことをかいつまんで電話口に話すと答えてくれた。

 「住居に関しては日本の地震が多さの観点から致し方ない部分もあるのでしょう。人ごみに関しては〝防覚スプレー〟でもおかけになってください」

 そりゃあそうだ。アルファはいつも最善の答えを用意してくれる。

 しかし毎度味気ない会話になる。アルファと話しているとブティックに置いてあるマネキンと向きあっているような気分になる。最善の服を着ていても、最高の姿には成りえない存在。私はもっとファンタスティックな会話をしたいのに。

 「仕事を放棄したと伺ったのですが」

 単刀直入に聞いてくる。まあ私たちの間に無駄話は無用だ。本題にいきなり入れるのはこちらとしてもありがたい。

 「おいおい人聞きの悪いことを言わないでくれよ。私は今別の仕事で忙しいのさ」

 元々管理局から依頼された仕事は人探しだった。魔術教会から禁術を抱えて逃げ出した魔術士で、それだけなら私たち新世紀派は黙っていたのに、この魔術士、新世紀派の研究所を襲い、これまた極秘文書を盗み出したんだ。

 教会と管理局両方に喧嘩を売る度胸は認めざるを得ない。だけど無謀だね。もはや彼の名は全世界に行き渡っている。

 しかしそれほどのことをしておきながら、それから音沙汰がない。監視の目が厳しくなって動けないのか、もうどこかで死んでいるのか。私は後者だと思うのだけれど、如何せん管理局も躍起になっていて、その大莫迦者が潜むのに最適な場所を探しているのさ。

 日本と言う国はいまだ万界法廷に加盟していない。表向きに先進国で万界法廷に加盟していないのは日本くらいなもんさ。

 だから隠れ家としては格好の場所だ。法廷も簡単には調査をできず、それでいてニンゲンが多くいる。国民が基本的に〝絶対神〟を信じていないのも化け物どもには居心地がいい。生きていると仮定するならば、ここに件の魔術士が隠れている可能性は確かに高いかもしれない。

 そんなわけで私はここに派遣されたってわけさ。私も最初の三日間は頑張ったさ。でもここの妖怪たちがまた分からず屋でね。私が「ヴィクトールさ」とウインク付きで挨拶をしてもそれがどうしたという態度で調査に協力する姿勢がまるでなかった。信じられない。名高きヴィクトールを知らないなんて。

 とりあえずそんな不届き者に片っ端から拳骨で成敗していると私の立場がどんどん悪くなっていった。私の拳骨は天使の施しよりは価値のあるものだっていうのに、やっぱり私のことを知らない可哀想な方々ばかりだね。

 そうこうしているうちに仕事のできる環境ではなくなった。本当なら今すぐにでもロシアに帰りたいところだけど、空港で捕まる可能性すらある。思わぬ形で極東の島国に私の名前が知れ渡ってしまった。嬉しいやら悲しいやら。

 先ほど仕事で忙しいと言ったけれど大嘘さ。今はとりあえずほとぼりが冷めるまで潜むつもりなのさ。

 「つまりは今例の魔術士探しはやっていないのですね?」

 「やっていないとも」

 いかなる時も媚びる姿勢は見せない。私のモットーさ。

 「分かりました。管理局に伝えておきます」

 「アルファ、この世には手心ってものがあるらしい。それについて語らおうじゃあないか」

 媚を売っているわけじゃないよ。ただちょっと無駄話をしたくなっただけさ。私たちの間には無駄話こそ必要だ。

 「それか別の任務をやってみますか?」

別の任務? 私は喉元まで出かかった屁理屈を胸にしまう。

 「管理局から別の任務が出たのです。日本の地で予言の少年を保護せよと」

 「へえ。例のヴェルナーが言ったやつか」

 一月ほど前から管理局内では話題になっていた。何でも世界の均衡を崩す力をもった子どもが生まれるとかで、もし実現してしまったら世界規模の異変になるらしい。

 最初は管理局が極秘としていたけれど、復権を望む世紀末派が魔術教会にリークしたらしい。予言が当たればそれだけ評価してもらえるからね。世界中に予言が広まりつつある今、管理局は予言内容への対策よりも、いかにして予言を実現させるかに躍起になっている。何のための予言なのやら。

 「やはり教会も黙ってはいないようで。〝次元の魔女〟が日本に入国したとの情報もあります」

 「彼女か。あまりいい印象はないな」

 「彼女に関しては管理局が法廷に異議を申し立てたので問題ないでしょう。問題なのは他にも教会からの刺客がいるということです。〝満月の銀狼〟という名に聞き覚えは? ――ない? そうですか。そこまで有名でもありませんものね。とにかくそういう刺客を討伐するために管理局も人員を日本に送り込みたいのですが、今度は日本の妖怪が警戒を強化していまして。簡単には入国できない状態になっているのです」

 「なるほどね。それで先立って日本にいた私の力を借りたいってわけか」

 「ええ、どうでしょうか。かなり名誉ある仕事だと思いますが」

 「嫌だね」

 きっぱりと言い切る。

 「今は私も動き辛いんだよ。少しでも下手を打つと捕まってしまう。リスクがでかい」

 九百九十九円の買い物にピッタリ小銭を出す余裕のあるような平時なら引き受けただろうけど、今はまずい。

 「分かりました」

 アルファの声が電話口から響く。

 「でも残念ですね。報酬も今の仕事の三倍以上出すとのことですが」

 「……」

 「では御断りの連絡を管理局にしておきます」

 「……待ってくれ」

 「はい?」

 ふむしかし。と、私は考えるふりをする。

 「しかし私をそこまで頼ってくれている局の気持ちを無碍にはできないね。引き受けよう。引き受けようじゃあないか」


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