なかのひとなどいない
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
息を殺し、ただひたすらに体を小さくして瓦礫の陰に隠れる。
自分の浅い呼吸と心臓の音すらもがうるさい。
「なんっ、なんなんだあいつは……!」
彼は侵略前線基地への補給部隊の一員であり、物資を満載した荷馬車の護衛を受け持つ一般歩兵だ。
侵略前線基地へ向かうとはいえ、そこまでの経路はすでに制圧されており。 小型の魔獣対策として自衛可能な程度の携行火器を装備していた。
しかし、今回はなぜか補給部隊の護衛として『魔鎧騎』が四騎も同行していた。
最近偵察部隊が魔獣に襲われ、壊滅する事態が増えているという噂もあったので、その対策だろうというのが情報通の仲間の話だ。
平均全高20メイル。 様々な姿をしているが基本的に巨人が全身鎧を纏ったような姿と莫大な魔力を持ち、高性能騎にもなれば単体で下位の竜とも互角に戦えるはずの人類最強戦力、『魔鎧騎』はしかし。
「あいつ、一瞬で、一撃で壊しやがった……!!」
まだ太陽も昇りきらない早朝の濃霧を利用し、接近を許してしまった『竜』の一撃で大破した。
破城槌の直撃にも耐えるはずのシールドで受けたのにも関わらず、シールドを携えた左腕ごと腰部をぶち抜いたその光景はまるで冗談のようだった。
誰もが動きを止めてしまう中、竜が投げ捨てた真っ二つ寸前の魔鎧騎が地表へ激突したのをきっかけに彼は自身の役割を捨てて全力で逃げ出した。 なにか、いいようのない恐怖に駆られたのである。
そして、その行動は正しかった。
「みんな、みんながっ!」
三騎がかりで武器で、砲撃で、攻城級魔法で攻撃したのにもかかわらずすべてかわされ、一撃も与えられずに破壊される。
補給部隊とはいえ自衛のために装備されていた小型砲や携行火器はそもそもその甲殻の前には意味が無く。 砲は潰され、兵士は無視された。
竜はその後破壊した魔鎧騎の胴体に首を突っ込んで中枢の魔力炉を引きずり出すとそれを喰らい、最後の一騎は胴体ごとくわえて持ち去っていった。
そして。
「っ!? 糞狗が、こっちくんなぁっ!!」
散発的に聞こえていた銃声や絶叫はすでに消えてしまっている。 竜と入れ替わるようにして襲いかかってきた魔獣の群によって、彼以外の仲間はおそらくみんな死んでしまっているのだろう。
こちらへと襲いかかってきた魔狼の眉間に小銃を撃ち込むとすぐさまスライドを引き、連動しているシリンダーが回転して撃鉄があがる。 転げるように走り出すと同時に進行方向から見上げるような大きさの魔猿が姿を見せた。
「っくそ、もう弾ないぞっ!?」
銃声で気づかれたか、後方からは無数の音がせまってきている。
幸いにも正面は人より多少大きい魔猿一頭だけだ。
対魔獣弾は今装填している三発入りシリンダーに残った二発しかないが、対人弾なら六発入りシリンダーが装填されているものも含めて四つ残っている。
対人弾では魔獣相手には牽制にしかならないだろうが、ないよりはましだ。
「絶対に生き残ってやるっ……!!」
こちらへと気づいた魔猿の咆哮に対抗するように雄叫びをあげつつ、彼は前へと大きく踏み込んだ。
* * * * *
「姫様、そろそろ室内にお戻りになられてください。 お身体に障ります。」
「もうすこしだけ、またせてください。」
「……わかりました。 ただし、これをお纏いください。
初秋とはいえ、朝は冷えます。」
侍従から外套をうけとると私は城壁の上、要所要所に突き出た物見の塔の窓から外を見る。
ここ、皇国最後の砦。 その周囲に広がる峻険な山々と豊かな森の織りなす絶景はしかし、見慣れてしまえばなんともあじけないものだ。
それにそこは魔鎧騎無しには人の踏み込めぬ魔境。 魔樹や魔獣どもが蔓延る世界には私の求めているものはない。
そして、見渡すその視界にかすかに小さくうつる、巨大な影。
「っ、『彼』が帰ってきましたわ! 門を開けなさい!」
「はっ。 『竜騎士』殿の帰還だ、正門開けー!」
衛兵の指示とそれによって活気づく砦をみながら早足で正門へと向かう。
求めているものの帰還に、気分が浮ついているのを感じる。
『彼』は私の命の恩人であるとともに、この皇国最後の砦が未だに陥落せずにいられる希望だ。
竜の姿をした魔鎧騎を操り幾多の魔鎧騎を撃破したことから、『竜騎士』と呼ばれる彼をおそらく私は……いや、確実に好意を、好きになってしまったのだろう。
はやる心をおさえ、走り出したくなるのをこらえる。
わっと上がる歓声に窓の外を見やれば、ちょうど正門前の広場へと『竜』が入ってきたところだった。
『竜』は抱えていた魔鎧騎の残骸を無造作に放り捨てると、砦の側面にある駐騎場へとあるきはじめる。 見えたのはそこまでだったが、砦の中をまっすぐ駐騎場へむかっている私と、砦を回り込む必要のある『竜』では私のほうがわずかに速いだろう。
「ふぅ、間に合いました。 出迎えが遅れるわけには参りませぬもの。」
結果的には本当にぎりぎりだった。
私が駐騎場に到着したときにはすでに『竜』は所定の場所で駐騎体勢をとっており、その長い首の付け根に当たる場所が小さく蒸気を吹き出すのが見える。 続いてハッチが開くと、全身を甲冑で覆った彼が姿を現しました。
「おかえりなさいませ、『竜騎士』殿。 ご帰還お待ち申し上げておりましたわ。」
そのまま高所から飛び降りてきた彼に頭を下げると、彼は一瞬動きを止めてから兜を脱いで素顔をさらしてくれる。
「……やめてくれ、俺はただの傭兵だ。 貴女に頭を下げられるほどの者じゃない。」
「いいえ。 私は貴方に救われなければ、今頃は獣のエサか兵の慰み者にでもなっていたでしょう。 貴方は私の、いえ私たちの希望なのです。」
さらに踏み込めば、彼は困ったように苦笑してみせる。
彼にとって見ればいい迷惑だろう。 私を助けてくださったとき、彼ははっきりと自分は傭兵のようなものであり報酬が目的だといっていた。
その後も護衛やこうして敵の補給部隊の襲撃なども引き受けてくださっているが、それらに関する報酬もきっちりと要求していると侍従に聞いている。
それでも。 彼が私を救ってくれ、今もなお圧倒的に不利な私たちの側についてくださっていることには変わりない。
「お疲れでしょう。 食事の用意はできていますので、食堂までどうぞ。 姫様も早く中へ。 ここは冷えます。」
「ん、あぁ。 一度部屋によってから行こう。」
「それでしたら、私もともに……。」
「いや、それには及ばない。 これにて失礼させていただくよ。」
「あ……。」
後から追いついてきた侍従の言葉に彼はうなづくと、引き留める私の声を振り切っていってしまわれました。
おもわず侍従を睨んでしまうが、逆にじろりとみられてたじろいでしまう。
「姫様。 彼はいまだ謎の多い方。 簡単に気を許してはなりませぬ。」
「しかし、あの方は私達を救ってくださっています。 それに兵達の間でもかなりの人気だとか。 杞憂では?」
「それでも、です。 くれぐれもお気をつけくださいませ。」
侍従は彼のことが気に入らないらしく、よくこうして気をつけるようにといってくる。
だが、彼がいなければいまごろ私たちは降伏か玉砕かの二択を突きつけられていたはずなのだ。
感謝してもしきれないが、そんな彼のどこに気をつけろというのだろうか。
もし彼が姿を消せばこの砦は、十分な補給を受けられるようになった前線基地の戦力にすぐにでも押しつぶされてしまうだろう。
もはや、私たちは彼無しではたちゆかないところまできているのだ。
「……謎、ですか。」
ふと降り仰げば、彼の『個人所有』であるという竜の姿をした魔鎧騎がその巨体を休めている。
本来は最低でも工房一つの全面的なバックアップがない限り扱えない魔鎧騎を個人所有し、さらにその性能は軍の正式採用魔鎧騎の小隊(4騎で一個小隊)を鎧袖一触するほどの高性能。
そのような魔鎧騎ならば目立つことこの上ないにも関わらず噂にもなっておらず、身分を証明する物を持たない。
そのうえこれは私しか知らないことではあるが、彼は人間には専用の道具がなければ使用できない魔法すら使用したのだ。
魔法を道具を使わずに使用できるのは魔族と魔獣のみ。
(確かに謎は多く、その真意もわからない。 わかっているのは傭兵であるということと、何かを隠し、探しているということ。)
なるほど、考えれば考えるほど警戒すべき人物なのだろうということがわかる。
しかし、それでも。
「信じましょう。 情けない話ではありますが私たちが明日を望むには、彼の力が必要です。」
「……はっ。」
そしてそれだけではいけないということもわかっている。
このまま彼に頼り続けても状況の打開にはならない。
ゆえに、私たちの手でこの状況を変えなければ。
「私たちには精霊の泉があります。 今は堪え忍び、逆転の一手のために力を蓄えるときです。 冬となれば帝国の攻勢も弱まるはず。 そのときこそ、好機。」
視線を砦の中央、ひときわ巨大な塔へと向ける。 あの地下にある精霊の泉こそ私たち皇国の象徴であり、帝国が喉から手がでるほど欲しがっている物。
精霊の泉とは膨大なマナを澄んだ湧き水とともに溢れさす泉であり、専用の加工を施された宝石を沈めておくことで魔鎧騎の動力源に使用される精霊石へと変化させる。 戦略的に重要なものなのだ。
あと数週間もすれば投入してある宝石が完全に精霊石へと変化し、ここで建造されてきた新型の魔鎧騎達を目覚めさせるだろう。
反撃の準備が整うのだ。
そうなればもうあの人だけに頼ることもない。
むしろ、あの人の目的にもよるがこちらから協力を申し出ることもできるかも。
「逆らう気力もない、引きこもりだと喚き散らす奴らを叩きつぶしてやりましょう。 奴らにこの地で戦う愚を教えて差し上げましょう。 この地は我らが先祖が切り開き、代々治めてきた神聖なる地。 これ以上の増長は許してはなりません。」
内心をおさえ、しっかりと自分の目的を自分に言い聞かせるようにつぶやく。
そう、優先すべきはこの淡い思いではない。
長く続いてきた平和にかまけ、防衛に力を入れていなかったが故にここまで押し込まれてしまった失態。 これをそそぎ、皇国は健在であると示さなければならないのだ。
「そう、進まなければ。 死んでいった者達のためにも。」
* * * * *
(あー、やっぱりなれないなぁ。 うまく演じれてるといいけど……。)
提供されている自室へと移動しつつ、隠すようにため息を一つ。
『帝国の補給線を単騎でひっかきまわして本隊の進行を遅らせる。』
必要なこととはいえ、元はつくがただの一般人がやることではないよなと頭の中だけでグチる。
VRゲームでの完全装備をし、この世界に俗に言う異世界トリップをした直後でわけもわからないときに、まるで誰かに介入しろとでもいわんばかりに目の前で発生した戦闘にやけくそになって横合いから殴り込みをかけたのを改めて後悔していた。
おもえばあれこそが分岐点だったのだろう。 とりあえず襲撃されていた不利な方に味方したがそれが王族のお姫様だということに驚き、ついで突然介入してきた怪しすぎるこちらに護ってくれといってきたのにはもうそういうイベントなのだなと開き直ったほどだ。
その後は正直に異世界トリップしてきたというわけにもいかず、とっさにこの大陸に流れてきた傭兵だといったのは今考えてもいい判断だったと思う。
しかしこの世界の情報収集のためにもと雇われていたのだが、どうにも契約を切って逃げる時期を逃したとしか思えない。
(所詮は凡人だしな。 VRゲームのアバターと装備一式がなかったらどうなっていたことか。 ……とりあえずいまごろ死んでたろうな。)
実は全員見捨てていいのならば逃げるだけならできたりする。
それをしていないのは一緒に行動しているうちに親しくなった人間達を見捨てるのがどうにもいやな気分になるためで、情報収集もあらかた終わり食事等も必要ない種族である自分にはこの国はすでに用済みだったりするのだ。
「とりあえずもう少しは協力するかな。 っと、ついたか。」
考え込んでいて気づかず、危うく通り過ぎるところだった自室の扉の前にたつと探査系スキルをフル活用して盗聴などの可能性を検査。 なにもないことを確認してから扉を開ける。
「「おかえりなさーい!!」」
「ただいま。 静かにしようなー?」
同時に部屋から飛び出してきた身長15cm程度の妖精達をうけとめた。
この世界の人間にとっては妖精どころか亜人全体が排斥の対象なので速やかにじゃれつく妖精達をとらえ、部屋の中へとおしこむ。
誰にも見つかっていないかスキルで確認してから扉をしっかり閉めた。
「ねぇねぇ、仲間はみつかった?」
「ひまー!」
「……ミンナシズカダッタ。」
「はいはい、わかったわかった。 今日は三人見つけてきたよ。」
にぎやかにまとわりついてくる妖精達を適当にあしらいつつ、懐から今日襲撃した補給部隊に配備されていた魔鎧騎の動力炉、その炉心から回収した精霊石をとりだす。
マナとオドをわけあたえて刺激してやれば自発的に周囲のマナを取り込み始め、やがてマナが変換されたオドによって体を構築し妖精へと孵化(変化)した。
(こんなにかわいらしい娘達をただの材料扱いするとか理解できんよなぁ。)
なにがおきたかわかっていない様子の新たに生まれなおした妖精三人がほかの妖精達にとびつかれて妖精団子ができるのを苦笑しながら眺めつつ、あらためてこの世界の人間達の徹底した亜人蔑視に思いを馳せる。
この砦の書庫などで調べた結果、この世界はVRゲームとほぼおなじであり、おそらくゲームに登場しない別の大陸に当たるのだろうということがわかっている。
ゲームではプレイヤー自身が様々な種族になることができるし、プレイヤー達に対するNPCの対応も友好的な物がほとんど(種族的対立や個人的な事情等以外)だ。 にもかかわらず、この世界では亜人は家畜同然の奴隷か皆殺しが当たり前。 隙あらば絶滅させようとしているようにさえ思える。
現に魔鎧騎の材料として妖精の宿っている精霊石(ゲームでは妖精が精霊に『羽化』した後の抜け殻)を使用していたり、魔鎧騎の制御中枢として首と脊椎のみにした亜人を使用していたりとその徹底ぶりには感心すらする。
理解できないし、しようとも思わないが。
「さて、考えてても始まらない。 おーい、そこの三人おいで。」
妖精団子から解放され、こちらをこわごわと見ていた新入りをちょいちょいと手招く。
怯えているのだろう、身を寄せあう様子に苦笑すると『胸を開いた』。
胸部装甲を開くと解放感に大きく伸びをし、背中の羽根をふるわせて操縦席から飛び上がる。
「え? あれ? 精霊様?」
「ヒトじゃない、の……?」
「あれー!?」
なにやら混乱している様子の新入り達に周囲の妖精達は笑いながら飛び回り、またもみくちゃになった。
微笑ましい気持ちになりながら傍観することに決めた俺は、『人間の姿をした魔鎧騎』の頭に腰掛ける。
この魔鎧騎は元々、ゲームではその貧弱な防御力と体力、装備重量の少なさのせいで雑魚の攻撃でも一撃死しかねない妖精種や精霊種の鎧として発表されたものだ。
やりかたしだいでは普通サイズの種族でも使用できるほどのサイズにすることができ、むしろ搭乗型巨大ロボットとしての需要の方が高く本来の用途は忘れられているんじゃないかと思う。
膨大なマナを消費するために切り札的な使い方をされるのがほとんどだったが、常用できるほどに特化成長させたこのアバターならば十分な余力を持って運用できる。
……まぁ、まさかこんな形で役に立つとは思わなかったが。
「全く、なにが幸いするかわからんよなぁ。」
精霊種の姿のままなら人間と遭遇した瞬間から執拗に狩りたてられ、追われることになっていただろう。
なにしろ妖精種の上位種である精霊種だ。
決戦兵器の動力源に組み込まれるか、殺されるか。 どちらにしても笑えない事態になっていたのは想像に難くない。
ぶるりと身震いすると落ち着いてきた妖精達へとほほえみかけた。
(ひとまずこいつらを森の奥深く、人の手の届かない場所につれていかないとな。)
そのためにも正体を知られるわけにはいかない。
ばれればいろいろな意味で終わりだ。
そう。
『なかのひとなどいない』のだから。
最後の一言のためだけの盛大な前振りでした。
てか思いついたネタを短編にまとめるのって難しい……。
みなさんよくきれいにまとまるよなぁ。