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最終話 「良くやったわね。フェイン。」


「騙されたのかしら?」

そこは洞窟の最奥部。かつては鉱石を採掘していた名残の残る現場であった。

広さは半径20m程。トロッコの残骸やツルハシ等がそこら中に転がっていた。

シェリル達は唯一の通路を通ってそこへと侵入し、「ぐるり」と見渡したその結果、誰も居ないという事を見て、この場所に犯人が居ると言ったカイルの言葉を疑惑していた。

「いつも居るわけじゃないんじゃないんですか?昼間は御飯を食べに行ってるとか…」

それはフェインが放った言葉で、確かにその可能性は無いとは言い切れないものではあった。

「無いとは言い切れないけど可能性は薄いね。なぜかってここには生活臭が無い。例えば眠るだけにしてもここを使っているのであれば、少しくらいの生活臭は必ず残るものなんだ。例えば毛布が置いてあるとか、缶詰が転がっているとかね。だけどここにはそれが無い。ボク個人の意見では人が住んでいるとは思えないね」

しかし、レウルの言葉によってその可能性は殆ど消えた。

やはりは「カイルに騙された」という可能性が一番濃厚である。

「仕方ないわね…少しだけ待ってみて、何も無かったら引き上げましょう。帰ったらあの包帯男の包帯を一回り増やしてやるわ…」

それは「カイルをボコボコにする」という宣言。

カイルの為にも、自分達の為にも、情報が真実である事を密かに祈るフェインであった。

10分が過ぎ、30分が過ぎ、そして1時間が過ぎて行った。

シェリル達が待っている最奥部には誰も現れず、やがて、3時間が過ぎた頃には、シェリルだけではなく他の者も騙された事を受け入れていた。

「さ、引き上げるわよ。流石にこれは間違いないでしょ」

洞窟の中に侵入してからすでに4時間半が経過した。

これ以上は無意味と悟ったシェリルが言って立ち上がる。

仲間達も無言でそれに続く。

もはやカイルを信じている者は無く、「一回り増やされても仕方が無い」と考える者が殆どだった(フィリエル以外全員)。

かつての採掘現場の通路に何者かが姿を現わしたのは、その直後の事だった。

人数は2人。

その両方が漆黒のローブをまとっており、同じ色のフードによって、顔を覆い隠していた。

身長はシェリルとほぼ同等。

見る限りでは剣等の武器を携帯していなかった。

「やれ」

シェリル達が言うより早く、ローブの人物の片割れが言った。

そして、もう1人の人物がすぐにも紫の息を吐いた。

紫の息は地面を這って、シェリル達の元へと届き、背後の壁に沿うようにして洞窟の上へと舞い上がり、上から降ってくるようにしてシェリル達の体を包み込んだ。

「な、何よコレ…ね、ねむ…い…」

シェリルが言って、その場に倒れた。

「あ、甘い匂いだ…これって果物の…?」

続き、フェインがその場に倒れる。

フィリエル、レイヴンが続いて倒れ、レオンハルトがヒザをつき、「ギロリ」と睨んで前のめりに倒れた。

最後まで残ったレウルも倒れ、

「眠ったフリをするのもアリか…」

という、言葉を残して両目を瞑った。

「はじめからこうすれば良かったのだ」

ローブの人物の片割れが言い、シェリル達を眠らせた人物が「違ぇねぇ」と言って笑った。

遠退いていく意識の中、シェリルはこの2人の声に聞き覚えがある事に気付くのだった。

それは夜中の襲撃事件。

シェリルとフィリエルを殺そうとしたあの襲撃者達の声であった。

「(どういう…事なの…)」

シェリルはそこで意識を失い、まどろみの世界へと沈んで行った。



あれから十数年が過ぎた。

シェリル達は魔王を倒し、世界には再び平和が戻った。

今日はシェリルとフェインにとって一生忘れられない思い出の日だ。

そう、シェリルとフェインはついに結婚式を挙げるのである。

澄み渡った晴天の下、教会には多くの人々が居た。

その中にはレオンハルトや、レイヴンやレウルの姿も見えて、大人になった美しいフィリエルの姿も確認できた。

「さぁ、行こうシェリル。これが僕達のバージンロードだ」

フェインは強く、たくましく育ち、今や誰もが羨むほどの素晴らしいおとことなっていた。

「ええ、フェイン。私幸せよ。出会ったときはこうなるなんて夢にも思って居なかった。だけどあなたは頑張って、私に相応しい勇者になってくれた。これからは私が頑張って、あなたの望む女になるわ…」

純白のドレスに身を包む、10数年前と変わらない美しいシェリルがそう言った。

「馬鹿だなぁシェリル。僕が望むのは今の君さ。君以外の女性なんて、路傍の石のシミ以下だよ」

シェリルの言葉にフェインが答えた。

「にこり」と笑うその顔は例えるなら太陽の如きであった。

「おめでとう。フェイン。それにシェリル。君達の幸せはボクの幸せだ。ボッコボコに子供を作って幸せな家庭を築いて欲しい」

神父服のレウルが言って、フェインとシェリルが顔を赤らめた。

「今夜はお楽しみだなオイ!」

とは、レイヴンが飛ばした野次だった。

「バカモノ!場を弁えろ!」

それを叱り付けたのはレオンハルトだ。

「まぁまぁ、今日はおめでたい日なんですから…」

と、双方を取り持ったのはフィリエルだった。

「では誓いのキスを」

そんな外野には一切構わず、マイペースにレウルが言った。

「愛しているよ。シェリル…」

フェインが言って、シェリルに向かい、その顔を少しずつ近づけていく。

「私もよ…フェイン…」

シェリルが答え、受け入れようと目を瞑ったその直後、

「はい。そこまで」

と、レウルが言った。

右手で2人の間を遮り、「目を覚ますんだシェリル」と、言う。

シェリルは「は!?」と疑問顔。

最高の場面を邪魔されて怒りすら感じているようだった。

「目を覚ませって言ってんだヨォォォ!!」

レウルは直後に激しく絶叫。

女に向かって「グーパンチ」をし、シェリルの体を吹き飛ばす。

「え!?何!?これって夢!?いや!いや!そんなのイヤァァァ!」

吹き飛ばされたシェリルも絶叫。

崩れていく世界の中を、果てしなくどこまでも飛んでいった。

「はっ…!?」

そしてシェリルは現実へと戻る。

「気付いたみたいだね」

と言った、自身の隣に吊るされていたレウルの言葉に気がついた。

「どういう事…?」

見れば自身も吊るされており、レウルと同じように鉄の鎖で両手と両脚を拘束されていた。

ローブは脱がされ、剣などの武器だけは没収されている。

シェリルの左にはレウルがおり、右にはフィリエルの姿があった。

フィリエルの横にはフェインの姿が。そしてその向こうにはレオンハルトの姿が見えた。

レイヴンの姿はレウルの向こう。正面から見れば一番右に吊るされているようだった。

全員の背後には採掘現場の壁が。

正面には唯一の通路が伺え、眠らされはしたが採掘現場から移動されていないという事が分かった。

ローブ姿の人物達はシェリル達の正面におり、長テーブルを用意したり、ナタやノコギリを磨いたりと謎の作業を行っていた。

少し前まで薄暗かった洞窟の中は異様に明るく、見れば採掘現場のそこかしこに松明がいくつも刺されてあった。

「どうやらボク達を解剖するみたい。ちなみに順番は君が最初で、その次がフィリエルだって話だよ」

「ご親切にどうもありがとう…」

聞かされたくない事を聞かされ為、シェリルが皮肉を込めて言った。

どうやらそれが分かっていないレウルは「いえいえ」と笑顔で答える。

「あんた達!」

そんなレウルはもはや無視。

なぜ、こんな事をするのかを本人に聞く為にシェリルが叫ぶ。

「起きたみてぇだぜ」

「流石はエルフだ。抵抗力が高い」

ローブ姿の人物達はその声に気付いて作業を中断し、少しの距離を歩いた後にシェリルの前へとやってきた。

「どうしたね?エルフのお嬢さん?」

「命乞いならするだけ無駄だぜ?」

言って、2人は「ククク」と笑った。

「それにしても美しいな…殺してしまうのが惜しいくらいだ」

やや、理知的な人物が言い、それと比べて野蛮な男が「命令さえなけりゃあなぁ」と、野卑な口調でそう言った。

「命令…?って事は、あんた達は誰かに命令されてるの?」

2人を見下ろしてシェリルが聞いた。

「されている、というのが正しいのだろうな」

理知的な人物が素直に答える。

「私達を宿屋で襲った時も、誰かに命令されていたのね?」

「ハハハハ…なんだ、知っていたのか。そうだ。その時も命令された。だが、それは別人にだがね」

理知的な人物が笑って答える。

野蛮な男がそれに釣られ、意味も分からず「ははは」と笑った。

「どうせボク達は殺されるんだろう?だったら真実を教えて欲しいな」

シェリルの横からレウルが言った。

「何っ!貴様ももう目覚めていたのか…人間にしてはたいしたものだ…」

理知的な人物はそれに驚愕し、少しの間レウルを見ていたが、「どうなんだい?」と話を急かされ、愚かにもその口を開いた。

「この、怪事件の背景にはハンダック家が大きく関わっている。数ヶ月前、ジョゼフの息子カイルは魔物の討伐に向かった。魔物の名前は魔族アズモス。かつての魔王に仕えていた最底辺の魔族だった。しかし、最底辺とはいえど、魔族に普通の人間が敵う道理は一切無かった。カイルはアズモスと戦って敗れ、その脳ミソをアズモスに喰われた。アズモスは脳ミソを喰らう事で知識を増していく魔族だったのだ。アズモスはカイルの立場を利用し、外の世界で堂々と生きていくと言う道を選んだ。表面上はカイルだったが、馬にはそれが分かったのだろう、その帰り道に馬に暴れられ、アズモスは間欠泉の中に落ちた。普通の人間ならば即死だ。だが、魔族故にアズモスは全身を火傷するだけに留まった。その治療に呼ばれた仲間が私こと魔族のゾキニだった。私は治療の見返りに人間の内臓を要求した。奴は脳を、私は人間の内臓を喰らい、カイルの父であるジョゼフが全て、それを隠滅してきてくれた。2ヶ月ほどが経っただろうか。とある魔法使いを偶然殺し、その脳を喰らったアズモスが魔界への帰り道を見つけたのは、丁度そんな時だった。私達は魔王に呼ばれ、この世界へとやってきたが、上級魔族や魔神ならともかく、私達のような下級な魔族は元の世界へ戻れなかった。やむを得ない、仕方が無いと数千年間我慢して来た。だが、帰れる術があるというならもはや我慢の必要は無い。私は仲間のボグルを呼んでその為の準備を開始した。それが、若い人間を殺し、44の心臓を集めると言う事だった。心臓は今40集まり、残りは僅か4つとなった。お前達の心臓は6つ。2つ余るがその分は私が喰らってやるとしよう」

ローブの人物、改めゾキニは長々と話して「ヒヒヒ」と嘲笑した。

「本当に勿体無いとは思う、がッ!?」

そして、シェリルの太ももを触り、顎にヒザ蹴りを貰うのである。

「なるほどね。要するに、自分達が帰りたいが為に、人間を殺してたってわけか。魔王復活の為だとか、もっと遠大な計画の為に頑張っているのかと思ったよ」

残念そうに言ったのは余裕綽々のレウルであった。

「よっ、と」

レウルは「するり」と拘束から脱出し、

「さぁ皆、目覚めの時だ」

右手を水平に動かす事でシェリル達の拘束具を破壊した。

「う…ンン?」

落下の衝撃でフェインが目覚める。

レオンハルトやフィリエルや、レイヴンもそれで目覚めたようだった。

「ど、どうするんだゾキニ!?」

片割れの魔族ボグルが言って、ゾキニが出す指示を待った。

「構わん!殺せ!どうせ同じだ!」

それがゾキニが出した指示だった。

ゾキニ自身もローブを脱ぎ捨て、それを見たボグルもローブを捨てた。

一見して中肉中背のゾキニの体が細長く伸び、体の色が灰色に変わる。

背中に短い翼を生やし、例えるなら手がある大蛇となって、シェリル達を激しく威嚇した。

一方の筋肉質な体のボグルは、肌の色を青色に変え、熊のような顔になって、脇から6本の腕を出した。

それから足を枝分かれさせ、全体的に自身を巨大化。

最終的には6本の腕を持った魔物に変わり、大木のような4本の足でシェリル達を踏みつけようと移動してきた。

「皆!避けて!」

シェリルが言って素早く走り、今まで寝ていたという事もあり、意識朦朧のフィリエルと、フェインの背中を「ばん!」と叩いた。

その事により意識は回復し、状況はいまいち理解できないが、フィリエルとフェインは走る事でボグルの踏み付けを回避した。

「おら!受け取れ!」

レイヴンが叫び、シェリルの武器とフェインの武器を投げ渡す。

いつの間にそれを取り返したのだろうか、見ればレオンハルトの武器や自身の武器も取り戻していた。

「ありがたいわ!」

「すみません!」

シェリルとフェインが礼を言って、レイヴンの投げた武器を受け取る。

レイヴンは振り返らずにそのまま走り、レオンハルトに武器を投げた。

レウルとフィリエルの武器である杖は持ちきれなかったようで、レイヴンはそれらを取りにいく為、もう1度同じ道を走って行った。

「させるかよぉお!」

と、大声をあげ、それを追跡するのはボグル。

しかしながらその速度に於いて、ボグルがレイヴンに追いつく事は無かった。

「さぁやるわよ!皆油断しないでね!」

シェリルが言って、剣を抜き、ボグルの背中に体を向ける。

「バカめ!油断をしているのは貴様だ!」

直後のそれはゾキニの言葉。

一体どうやって隠れていたのか、シェリルの右側面の足元から不意に姿を現した。

「死ねェェェ!」

鋭い爪を振りかざし、ゾキニがシェリルの体を狙う。

「なっ…!?」

シェリルがそれに気付いた時には回避する事はもはや不可能で、シェリルの体は鋭い爪で蹂躙されるかと思われた。

「な、なんだ!?」

が、地面の中から現れた石の掌がそれを受け止め、直後に現れた石の巨人がゾキニの前に立ちはだかった。

「ご、ゴーレムか!?一体誰…げふうっ!?」

言葉の途中でパンチを貰い、ゾキニは後方へと飛んでいった。

「まさにギリギリセーフだね」

レウルが言って「ウフフッ」と笑う。

どうやらこの石の巨人はレウルが呼んだものらしく、一般に「ストーンゴーレム」と呼ばれている人工生命体のようであった。

「た、助かったわ…ありがとう」

「むしろこの子の方がヤバイ?」と、内心で思いつつシェリルが感謝する。

そして、吹き飛ばされたゾキニの姿がすでに無いという事を見て、周囲の警戒に目を光らせた。

「私はここだ!ウワーハハハハハ!」

ゾキニは壁の中から現れ、後方で戦いを見守っていたフィリエルの背後から襲いかかった。

「よけて!フィリエル!」

ここからでは間に合わないと判断したシェリルがフィリエルに言う。

その声はすぐにもフィリエルに届いたが、フィリエルが振り向くよりも早く、ゾキニは鍵爪を振り上げていた。

「まずは一人目だ!」

そして、ゾキニの鋭い鍵爪がフィリエルの背中に襲い掛かった。

「怪我は無いか?」

「は、はい、大丈夫です…ありがとうございました」

しかし、幸いにもフィリエルは無傷。

レオンハルトが飛び掛り、押し倒す事で回避させたのだ。

「フッハッハッハッ…さていつまで続くかな…?」

ゾキニは笑いながらに言って、再びその姿を消した。

「おらよ!こいつでオシマイだ!」

レイヴンが言って杖を投げる。

それはレウルとフィリエルの杖で、2人がそれを受け取ったことを見て、レイヴンは自身をしつこく追ってきていたボグルとの戦いに本腰を入れた。

「アイツをなんとかしないとマズイわね…」

アイツ、即ち地面の中や壁の中を移動するゾキニの事を考えてシェリルが呟く。

「レオンとフェインはデカイ奴をお願い!私とレウルとフィリエルはあの蛇みたいな奴を倒すわ!」

結論として防御力が高い者を巨大なボグルに向かわせて、防御力が低い自分達は固まってゾキニを倒す道を選んだ。

「わ、わかりました!」

「承知した」

フェインとレオンハルトがそれに答え、レイヴンが1人で相対しているボグルの元へと走って行った。

「フェインをお願い。きついでしょうけど守ってやって」

それは通り過ぎ様のシェリルの頼みで、レオンハルトは走りを止めず、ただ、頷きを見せて走って行った。

「レウルとフィリエルは私の近くに!どこから出てくるかが分からない以上、離れているのは危ないわ!」

残った者に向けて指示し、それを聞いたフィリエルとレウルがシェリルの近くへと走り寄ってきた。

「ゴーレムはどうするんだい?今は彼もボクらの仲間だよ?」

現在、棒立ちとなっているゴーレムを見ながらレウルが言った。

「あいつが現れたら叩くように言って。それまでは近くに居てもらうわ」

それを聞いたシェリルが言って、レウルが「わかった」とシェリルに答えた。

「少しは考える頭があるようだな」

少し離れた場所に現れ、ゾキニがシェリル達に向かって言った。

「だが、地面や壁に潜るだけが私の特技だとは思わないで欲しいな!」

直後にゾキニが詠唱を開始する。

そして、詠唱を終えた後に、その魔法を発動させた。

「さぁ本体が分かるかな?ダァァァクイリュージョン!」

言って、ゾキニは次々と分身。

「ハハハハハハハ!ハーっハっハっハっハーっ!」

最終的には6体となり、不快な笑い声をエコーさせつつ、体を揺らして襲いかかってきた。

「最高にキモい生き物だわ…」

シェリルが言って前に出て、フィリエルを自身の後ろに追いやる。

フィリエルも戦うつもりであったが、年齢と実力を考えるなら、まだシェリルが守るべきで、前に出させて戦わせるのはまだまだ早いと言わざるを得なかった。

「さぁ、本体が捕まえられるかな?」

レウルは独断で魔法を発動し、石の地面を隆起させ、鋭く尖った先端でゾキニを串刺しにしようと企んだ。

「あー残念。ハズレかぁ」

が、4本の石の槍はゾキニの残像を捉えただけで、ゾキニの本体を捉える事には失敗したようだった。

「危うい危うい…ハハハハ!」

ゾキニはすぐにも残像を復活させ再び6体のゾキニとなって、滑るようにしてシェリル達に近寄って来た。

「どうする!さぁ!どうするー!」

そしてついにはシェリル達に到達し、1体の本体と5体の残像で波状攻撃をしかけてきた。

シェリル達は剣を振り、杖を振ってそれに応戦する。

しかし、攻撃が当たってもそれはゾキニの残像で、運良く本体を捉えたとしても、それはかわされる結果となった。

シェリル達にとって最悪なのは、「残像にも殺傷力がある事」で、こちらの攻撃が当たっても残像が消えるだけなのに、残像の攻撃に当たってしまうと、しっかりとダメージがある事がシェリル達を圧倒的に不利な立場に追いやっていた。

「(このままだとマジにヤバイわ…レオン達も必死だろうし、助けを呼ぶわけにはいかない…私達だけでなんとかしないと…)」

言葉に出さず、心で思い、突破口を探すシェリルが、ゾキニの動きを注意深く見た。

「(駄目だわ…動きでは分からない…偶然を期待して攻撃し続けるしか道は無いの…?)」

そう思いながら剣を振るが、やはりはそれもゾキニの残像。

残像はすぐに復活し、

「くっ!?」

別の残像の攻撃により、シェリルの髪の毛が僅かに散らされた。

「手も足も出ないとはこの事だなぁー!もう諦めて殺されたらどうだ!」

6体のゾキニが嘲笑を上げる。

その間にも攻撃は休む事無く続けられている。

「ぷっ!!」

と、不意に噴出したのは2体のゾキニと相対し、杖を振っているレウルであった。

「アッハッハッハッハッ!いやー凄いな。これは本当に凄い魔法だ」

噴出しはすぐに笑いに変わり、笑いのあまりレウルは少し防御がおろそかになっているようだった。

「な、何がおかしい!凄いと思うならなぜ笑う!」

が、レウルと相対しているゾキニは疑問に感じたようで、攻撃自体は続けているが、その攻撃には冴えが無く、殺意が込められていないようだ。

「いや、だって、見たらわかるでしょ、その凄さが」

「何がだ!何が見たら分かるのだ!」

ゾキニはついに攻撃を中断し、気になる言葉の答えを求め、未だに笑っているレウルに聞いた。

「ボク達の足元には何が見える?そう、影が見えているよね?勿論君にも影はある。だけど他の5体はどうかな?」

息も絶え絶えにレウルが答え、それを聞いたシェリルとフィリエル、そしてゾキニが足元を見る。

場所にしてシェリルの正面。

そこに立っていたゾキニには確かに影がついていたが、他の5体のゾキニには影がついていなかった。

「しまったぁぁぁぁぁ!!」

顔色を変え、ゾキニが絶叫した。

慌てて地中に潜ろうとしたが、尻尾の部分をゴーレムに掴まれる。

そして地中から「ずぽん」と引き抜かれ、シェリル達の前で逆さづりとなった。

「よ、よせ!やめろ!やめるんだーーー!」

「そう言って命乞いをしてきた人を一体何人殺したのかしら?」

命乞いに耳を貸さず、シェリルが素早く詠唱を開始した。

「楽しめたよ。さようなら」

続けざまにレウルが言って、シェリルと同様に詠唱を始めた。

「やめろおぉぉぉぉぉー!!」

それはゾキニの最後の絶叫。

シェリルの風、レウルの雷でボロボロになったゾキニは絶命し、ボロ雑巾のようになって地面の上に「ぽとり」と落ちた。

最後にはゴーレムがそこをパンチ。

滲み出る血が完全にゾキニの死亡を暗示していた。

それを見ていたフィリエルは少しだけ酷いと感じたが、大量殺人を犯した挙句の罰だと考えて納得もしていた。

「ぞ、ゾキニ!お前達よくもゾキニをぉ!」

その様子を見て取ったボグルが叫んで大激怒する。

腕をメチャクチャに振り回しつつ、包囲網を突破して近づいてきた。

「危ないっ!」

フィリエルを抱えてシェリルが飛んだ。

辛うじての所でレウルもよけて、突撃から逃れたようであった。

「うぉぉぉぉ!ゾキニィィィ!」

ボグルはシェリル達には構わず進み、ストーンゴーレムに襲い掛かり、その巨体を殴り倒した。

「ぞ、ゾキニィ…本当に死んじまったのか…魔界に帰るって言ったじゃねぇか…3人で一緒に帰るってよぉ…」

そしてゾキニの遺体に触れて、涙声で言うのであった。

「仲間を思う気持ちはあるのね…でも、自分達の望みの為に他人を殺す事は厭わなかった。殺した人や、殺された人の身内を思いやる気持ちがあれば、こういう事にはならなかったのよ。言うだけ無駄かもしれないけれど、ばつが悪いから一応言っておくわ」

フィリエルを抱えていた両手を離し、ボグルに向き直ってシェリルが言った。

自分達は襲われて、殺されかけたからこそこうしたわけで、無抵抗に降参をして命乞いをした相手を無慈悲に殺したわけではない。

仲間の死を悼み、悲しんでいるボグルの気持ちは分からなくは無い。

だが、それは喧嘩をしかけ、その喧嘩に負けたからと言って「ひどいやつらだお前達は」と非難している事に変わりがないのだ。

喧嘩を仕掛けられた方としては「はぁ?」と呆れる他に無い。

気の毒だとは思うがしかし、「喧嘩を仕掛けた方が悪い」のだ。

シェリルはそれが言いたくて、やはりは少し気まずくてボグルにそう言ったのだが、

「お前達はぜってぇゆるさネェ!!ぜってぇに!ぜってぇに皆殺しだ!」

それが分からずボグルは激昂した。

シェリル達を悪者にして、怒りに任せて奮い立ったのだ。

「駄目だね。頭が悪い低級魔族に難しい話をしても無駄さ」

冷ややかな目をしたレウルが言った。

ゴーレムを動かして襲い掛からせ、自身は魔法の詠唱に入る。

「ウォォォォ!」

ボグルはゴーレムの両手を掴み、残る4本の腕を使ってゴーレムの体を激しく殴った。

「どうだぁあ!みたかぁぁああ!」

そして、ついにはゴーレムを粉砕。

ゴーレムの姿を石くれに戻し、シェリル達の方へと体を向けた。

「漆黒の刃、敵を切り裂け!飛べ!ダークセイバー!」

そこでレウルが魔法を放った。

杖を振ったその先にギロチンのような刃が現れ、どす黒いオーラを引き摺りながらボグルに向かって飛んで行く。

「ウギャアアアッ!?」

その一撃は左腕に命中。

丸太のような腕を切り捨て、洞窟の壁の中へと消えた。

「まだ終りじゃないよ」

レウルが言って杖を振る。

「ガアアアッ!」

再度放たれた漆黒の刃は、ボグルの右前足に命中。

足を切り落とす事はできなかったが、深い傷を作って消えた。

「はぁ…これでボクは弾切れだ。皆、後はよろしくね…」

レウルは直後にはよろめいて、青ざめた顔で皆に言った。

「いきなりすぎるでしょ!もっと計算して使いなさい!」

突然の事にシェリルが怒り、レウルは笑って叱咤を受けた。

「総力戦だ!行くぞ!」

レオンハルトが号令を出し、

「わかってるっつの!」

「わ、わかりました!」

レイヴンとフェインがそれに答える。

「レウルはここで待機してなさい。もしもがあったらフィリエルをお願いね」

「了解了解…」

その様子を見たシェリルが言って、精も根も尽き果てたレウルが眠そうな目つきで言った。

「いよいよになったら1人でも逃げて。回復魔法を使えるあなたがやられたらそれでおしまいだから」

そんなレウルを目の当たりにしたシェリルは「これは駄目だ…」と判断。

フィリエル個人に直接そう言い、いざとなったら1人でも逃げるようにと命令をした。

「…はい。わかりました」

フィリエルは少し迷っていたが、自分の役目を考えて承諾し、今は戦いに加わらず、戦いの後の回復に備える事を決意した。

フィリエルの返答を聞いたシェリルは、右方向から加わったレオンハルト達と共に接近戦を始めた。

ボグルは腕力は凄まじかったが、レウルの魔法が効いている事もあり、動きの速さはそれほどでもなかった。

シェリルやレイヴンは言うまでも無く、戦闘経験が一番浅いフェインでさえなんとかかわせる程だ。

が、問題は素早さではなく、レイピアやナイフでは傷つけられないボグルの硬い体であった。

当然、フェインが持っているショートソード等では傷つけられず、一行の唯一の攻撃力は長剣を持っているレオンハルトだけだった。

その事はボグルにもどうやらわかっているようで、他の者を近づけさせても、レオンハルトだけには警戒し、容易に近づけさせはしなかった。

「仕方ないわね…少し離れるわ!」

やむをえずシェリルは少し後退し、接近戦での攻撃を魔法での攻撃に切り替えた。

「(撃てて3発って所かしら…)」

そして自身の残りの魔法力を計算し、

「風の精霊シルフよ!切り裂く風の力を我に!」

その1発目である風の魔法をボグルに向かって撃ち放った。

直後に発生する心地よい風。

しかしそれは暴風と化し、やがては切り裂く風となってボグルの体に襲い掛かった。

「む、グ、ムオオオオ!!!」

ボグルの体に傷が生まれ、その傷の痛みによって、ボグルの体の動きが止まる。

「はあああっ!」

その隙を突いたレオンハルトが攻撃し、ボグルの左後ろ足に重傷と言える傷を作った。

「グアアアアア!!」

魔法と、剣撃の痛みに耐えつつ、ボグルはそれを殺して吠えた。

「このクソエルフが!ぶっ殺してやる!!」

と、魔法が効果が切れた直後にシェリルに向かって襲い掛かる。

シェリルは少し動揺したが、素早い動きでそれをかわした。

飛んで、距離を稼いだ後にもう1度同じ魔法を放つ。

「ウオォォォ!!クソクソクソォォォ!!」

魔法を喰らったボグルが怒号し防御を捨てて近寄ろうとしたが、被害を大きくしただけで前進する事はかなわなかった。

ボグルは傷つき、弱っていたが、この魔法では正直足止めレベル。

あと1発の魔法力で、同じ魔法を放っても倒せない線が濃厚だった。

「(何か無いかしら…何か…)」

魔法の効果が出ている内に、シェリルが短い時間で考える。

「ン…?」

そして、何気なく見上げた天井に釣り下がっている無数の塊を見た。

それは、先が尖った岩盤。

数百年、数千年と、水が垂れ続けた事によって形作られた岩盤だった。

「(こうなったら一か八かね…!)」

それを見たシェリルはここで決意し、最後の魔法力を使用して発動させる魔法を決めた。

「ウググ…殺してやる…殺してやるぞ…」

ここで風の魔法が消失。

ボグルは一歩、また一歩と確実にシェリルに近付いて来た。

シェリルは地面に手をついて、ボグルを見据えて詠唱を開始した。

「大地の精霊ノームよ!激震させる力を我に!」

そして最後の魔法を発動し、ボグルと、その頭上を揺らし、天井に下がる鋭い岩をボグルの頭上に一気に降らせた。

「な、なんだ!?なんだこりゃああ?!」

突然の揺れ、そして岩に混乱したボグルはとにかく防御した。

残った腕で頭をかばい、立っていられなくなった為に、横倒れにその場に転倒をする。

鋭い岩はボグルの腕に、腹に、足にと突き刺さり、最後の1本がボグルを外れ、地面の上に刺さった後はもう落下してこなくなった。

「これで駄目なら…ちょっとキビシィわね…」

小さな声でシェリルが言って、まだ警戒している為にボグルには近付かずに様子を伺う。

ボグルは今は「ぴくり」ともせず、一見して死んでいるかのように「ぐったり」と体を横たえていた。

「やりましたね!シェリルさん!」

と、ボグルを倒したと思ったらしいフェインが言って駆け寄ってくる。

「バカ!まだ倒したと決まったわけじゃ…」

ボグルが体を動かしたのは、シェリルがそこまでを言った時だった。

「え?」

フェインが止まり、右を向くと、そこには上半身を起こしたボグルが居た。

「死ね!」

繰り出されてきた巨大な拳。

状況を理解できていないフェインはそれを「ぼうっ」と見ていた。

「フェイン!」

その直後にはフェインは転倒し、フェインを押したシェリルの体が、凄まじい勢いで飛んで行った。

拳を喰らい、壁にぶつかったシェリルの頭からは出血があり、その量が普通では無い事は誰の目にも明らかだった。

「シェリルさん!しっかりしてください!シェリルさん!」

走り寄ったフィリエルが魔法をかけて名前を呼ぶも、シェリルの意識は戻らない。

「貴様ァァァァ!!」

レオンハルトが絶叫し、ボグルの元へ一気に駆け寄り、神速の異名に恥じぬ、凄まじい速さの攻撃を繰り出した。

腕を切り、胸を突き、攻撃をかわしてその腕を切る。

ボグルが怯んだ事を見て、肩へと駆け上がって剣を刺しこむ。

レオンハルトは直後に飛んで、剣を掴んだままで落下し、ボグルの右半身に縦一文字の裂傷を作った。

ボグルは痛みのあまりに嗚咽し、残った腕をメチャクチャに振り、レオンハルトを殴ろうとした。

が、レオンハルトは冷静に回避。

少しずつ後退しながら、ボグルとの距離を稼ごうとした。

「なっ?!」

が、レオンハルトはその途中、自身の後方のフェインに気付く。

フェインは呆然とシェリルを見ており、レオンハルトとボグルの戦闘に注意が行っていないようだった。

「フェイン!しっかりしろ!お前がそんなではシェリルが泣くぞ!」

フェインの意識を取り戻す為、レオンハルトが大声で叱咤する。

「くっ!しまった!?」

しかしその際にできてしまった僅かな隙を突かれてしまい、レオンハルトはボグルによって吹き飛ばされてしまうのである。

「れ、レオンハルトさん…!レオンハルトさあぁあん!!」

その様子を目の当たりにしたフェインにようやく意識が戻る。

レオンハルトは左に吹き飛び、洞窟の壁に激しく衝突。

しかし、重厚な鎧のおかげで命に別状は無さそうだった。

レオンハルトの持っていた剣がフェインの前に「からん」と落ちた。

「ハァ…ハァ…あと4匹…あと4匹だ…」

ボグルが言って、体を動かす。

その目には執念しか残っておらず、もはや立ち上がれないその体を引き摺るようにして、少しずつフェインに近付いてきていた。

「次は…オマエだ…!」

そしてフェインの眼前で、丸太のような腕を振り上げ、フェインを叩き潰そうとした。

が、それは直前でずれ、フェインの左の地表を破壊する。

苦しんでいるボグルの右目にはレイヴンのナイフが突き立っていた。

「テメェが諦めてどうするんだ!テメェは勇者になるんだろうが!シェリルの願いを叶えてやるんだろ!」

レイヴンが言って、フェインの前に立つ。

「シェリルはこういう時にはすぐに諦めろって言ってたか?違うだろ?ん?」

そして、レオンハルトの剣を引き抜き、レイヴンはそれをフェインに渡した。

剣を受け取ったフェインは「そうだ…」と、うわ言のような言葉を発した。

「勇者は最後の最後まで決して諦めずに戦い続ける…シェリルさんは僕にそう言ったんだ…勇者になれるかどうかなんて僕にはまだ分からない…でも、シェリルさんの期待に応えてもっと喜んでもらいたいんだ…だから僕は勇者を目指す!シェリルさんに相応しい勇者になるんだ!」

直後にはフェインはそう叫び、剣を掲げて雄叫びを上げた。

白く、眩いまでの光がフェインの体から発生し始める。

「な、なんだこいつは…!?」

それを見たボグルが動揺をして、残った腕で視界を覆う。

仲間であるレイヴンも呆気にとられてそれを見ていた。

「うわああああああああ!!」

体を眩く輝かせつつ、フェインがボグルに突進をする。

「な、なめるな小僧!!」

迎え撃つボグルも拳を振り上げ、向かってくる敵を叩き潰そうとした。

が、しかし、その直前で、天井から1本の岩が落下し、ボグルの肩に突き刺さった。

「グウウオッ!?」

鋭い岩が肩に刺さり、ボグルは体勢を大きく崩した。

「あああああああああ!!」

フェインはその時もはや目前。

体を起こそうとしたボグルだったが、その前に顔面を斬られて停止。

「さ、最後に…ブドウが…喰いたかっ…た…」

この世での最後の言葉を残し、巨大な体を横たえるのだった。

「た、倒した…やったんだ…」

ひざを突いてその場に座り、フェインは握っていた剣を落とした。

フェインの体から発せられていた眩い光もここで消えた。

「しぇ、シェリルさん…まだ動いては…」

「いいのよ…ありがとうフィリエル。レオンを治療してあげて」

意識を取り戻したシェリルが言って、額を押さえて立ち上がる。

視点は定まらず、骨が折れ、わき腹と腕が痛かった。

しかしそれでもシェリルは移動し、

「良くやったわね。フェイン。カッコよかったわよ」

フェインの背後に回って座り、後ろからフェインを優しく抱いた。

「シェリルさん…よかった…生きてたんですね…」

「あなたが本物の勇者になる事を見届けるまでは死ねないわ」

フェインに言われ、シェリルが苦笑した。

「見届けた後も死なないで下さいよ…」

フェインが言って照れ笑いをする。

その後は二人とも無言となり、お互いにただ目を瞑り、その姿勢のままで抱き合っていた。


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