第七話 「客観的に見たら病気ね」
「まずこのナイフだがな。これは、ハンダック公爵領に所属している兵士全員が、絶対に持っているナイフだそうだ。言わば支給品のひとつだな。もし、こいつを無くした場合、理由を書いて書類を出して、上司にこってりと絞られた後でやっとこさ再支給になるって話だ。つまり、こいつを無くすって事に大抵の奴は警戒してる。無くせば説教は確実だからな。それでもこいつを無くす奴はよっぽどの間抜けか新人だろう。そんな奴らが落としたナイフを襲撃の道具に使うってのはちょっとばかし考えにくい。ハンダック公爵領に所属している、兵士の誰かが自分のナイフで襲撃してきたと考える方が、確率的には高いだろうな」
シェリル達から一時離れ、街で情報を集めて来たレイヴンが、言って持っていたナイフを投げた。
ナイフはシェリルの目前のテーブルの上に刺さって停止し、レイヴンの話に衝撃を受けたシェリル達の動きも停止していた。
「更にもうひとつ、情報がある」
レイヴンが言いながら、自身の懐を「もぞもぞ」と漁る。
そして一本のタバコを取り出し、マッチを擦ってそれに火をつけた。
「久々なもんでな。悪ぃが一服失礼するぜ」
どうやらそれは彼の趣味らしく、話には関係は無さそうだった。
シェリル達は単純に「タバコを吸うんだ」と思っていたが、そこは個人の趣味嗜好なので、とやかく言うのはやめておいた。
唯一、レオンハルト1人だけはいつもより顔を顰めていたが、大抵は顔を顰めているのでその変化に気付いている者は無かった。
「で、だ」
レイヴンはタバコを吸って一息し、煙を「ふぅぅ」と吐き出した後、もうひとつの情報を話し始めた。
「53人が殺されてるっていう殺人事件の話があるよな。こいつについて話を聞いて、俺なりに話をまとめてみた。その結果「それはおかしいだろ」っていうひとつの疑問が浮かんで来たわけだ。なんだか分かるか?ん?」
おそらくもったいぶりたいのだろう、レイヴンが言ってシェリル達に聞いた。
「分かるわけが無いでしょ」
しかし、シェリルの反応はそれ。
「53人はおかしいよね。やっぱりちょっと多すぎるよ」
と言う、レウルの言葉には「そ、それは確かにな…」と、納得せざるを得ないレイヴンだった。
「だが、おかしいのはそこじゃねぇ」
気を取り直してレイヴンが言う。
「そこじゃないんだ」
と言ったレウルには、「そう、そこじゃねぇんだ」と更に否定した。
「殺人事件は領内のそこら中で起きている。だが、一体どういうわけか、ソレアの街ではただの1人として犠牲者が出てねぇんだよ」
「…」
レイヴンの言葉に皆が黙る。
「偶然…って事は無いんですか?」
念の為に聞いたのは慎重派のフィリエルだった。
「あるかもしれねぇ。だが、領内のそこら中で犯行を重ねてるって奴が、領内で一番栄えてる街でだけ、犯行を重ねていないって言うのも、少しばかりヘンな話じゃねぇか?もし、俺が人を殺すなら、一番栄えている街でこそ、そういうコトをするだろうぜ」
レイヴンがフィリエルに向かって答え、
「何しろ、手っ取り早ぇからな」
と、最後に一言付け加え、空き皿の上にタバコを擦り付けた。
「つまり」
と、口を開いたのはシェリルだ。
「ソレアの街が怪しいって事ね?犯人が近付く事を嫌がる何かがあるのかもしれないし、もしかしたらその街にこそ、犯人が潜んでいるのかもしれない。勿論、偶然の可能性もあるけど、調べてみる価値はあるって事ね?」
「まぁ、つまり、そういう事だ」
話を纏めたシェリルに対し、レイヴンが同意の言葉を述べた。
「ジョゼフ・ハンダックさんを嫌がってるんですかね?根に持って自分を探しているし、そこに自分から近付く事は流石に危険だと思ってるとか?」
「確かにそれはあるかもしれんな」
フェインが言って、レオンハルトが同意する。
「でも、そんな事を考える奴が、53人も人を殺すかしら?というか、ジョゼフ・ハンダックはどこで犯人の顔を見たの?被害者が1人も出ていない以上は、ソレアの街ではないと思うけど」
その考えを否定しつつ、シェリルがレイヴンに向かって聞いた。
「いや、ソレアの街だそうだ。夜中、街中を散歩していて、偶然犯人を見つけたらしい。なんで犯人だと分かったかって言うと、「自分が殺人事件の犯人だ」と、そいつが自分から名乗ったんだそうだ。後は皆が知ってるように、捕まえようとしたが逃げられて逆に手傷を負わされちまったと」
「なるほどね。なんだかちょっと胡散臭いけど…」
レイヴンの言葉に一応返事し、シェリルは話を総合する為、口に手を当てて考え込んだ。
「まず、私達がこの地に来たのは「怪事件」の内容を調査する為。そして少し調査して「怪事件」が殺人事件だと分かった。殺人事件の犯人を、唯一見たのはジョゼフ・ハンダック。私達は犯人の手がかりを得る為に彼と会った。でも、協力は拒否されて、これ以上調査を進めるようなら、邪魔者として扱うと警告された。私とフィリエルが襲われたのはその夜の事だった。襲撃者が落としたナイフは、ハンダック公爵領の兵士全員が絶対に持っているもので、それ以外の者がそれを拾って使うという事は考えにくい…順序だてて考えるなら…」
「邪魔者、つまり、私達を消そうとしたハンダック公の手の者だったと考えるのが妥当だろうな…」
シェリルが言った最後部分をレオンハルトが補完した。
「な、なんでジョゼフさんが僕らを消すんですか?殺されるような事はしてないじゃないですか?」
すかさず聞いたのはフェインだった。
そこはまだその年齢ゆえ、大人の汚い社会の事情を察する事はできなかったようだ。
「私達はそう思ってるわね。でも、向こうにとっては殺すしかない、と、そう思うような事を私達がしようとしていたのかもしれないわ。例えばそう、殺人事件の犯人を捜すような事とかね」
憮然とした顔でシェリルが言った。
現時点では話半分だが、本当にそうだったらたまらない、と、そう思っている為である。
「ど、どうしてそれで殺されるんですか」
「そこまでは分からないわ」
納得が行かない為だろう、フェインが言って質問するが、シェリルとしても今の段階ではそれは分からないのが本音であった。
「ボクはもう大体分かったよ。後は動機なんだけど、これだけはさっぱり分からないかな」
それはレウルの独り言だった。
「分かったなら話しなさいよ」
と、シェリルに発言を求められるが、「ヒントは執着心」と言っただけで、それ以上の事は話さなかった。
「ああ、そうだ。もうひとつ、事件には関係ねぇかもしれねぇが手に入れてきた情報がある」
口を開いた人物はレイヴンである。
それを聞かない理由は無いので、シェリルは「何?」とレイヴンに聞いた。
「ルートヴィッヒっていう大魔法使いだがな、こいつはかなりの老人だったらしい。確かに知識と魔力はすげぇが、5秒も走ればバテちまうような、棺おけに片足突っ込んだ先行き短い爺さんだったらしい。で、こいつがイカれた奴でな。数千年前に現れた、魔王が居る世界って所に行く為の研究をしてたんだそうだ。所謂「魔界」っていう所だな。その原理っつうか理論っつうか、それはある程度完成していて、爺さんがマジにその気になれば現実にする事が可能だったって話だ」
「へぇ…物好きな老人がいたものね…」
「高みを目指した結果じゃねぇか?全くわからねぇわけじゃねえな…ま、ともかくそういうわけだ。こいつが関係あるかねぇかはおメェが考えて判断してくれ。俺、個人はおそらくは関係ねぇと思うけどな」
シェリルに向かって最後に意見し、シェリルが「わかったわ」と答えて、この話はこれで終わりとなった。
「さて、じゃあこれからどうする?」
今後の行動を決める為にシェリルが仲間に向かって聞いた。
「いいか?」
と、発言の許可を求めたのは普段は寡黙なレオンハルトだった。
「どうぞ。いちいち聞かなくてもいいわよ」
シェリルが言って、発言を許可する。
レオンハルトは「すまんな」と言い、その後に自身の意見を発した。
「私としてはもう1度、ハンダック公と会うべきだと思う。ハンダック公が黒幕にしろ、或いはそうでなかったにしろ、何らかのリアクションがとられるはずだ」
「確かにな。だが、全員で行くのはやめた方が良い。ハンダックが黒幕だった場合、一網打尽にされちまう。自分にもしもの事があれば、仲間達が国に伝えるとか言って、1人か2人で行った方がいいだろう」
レオンハルトの意見を支持し、安全面を考えたレイヴンが少し言葉を付け足す。
「そうね…今はそれが最善かしら」
シェリルは2人の意見を聞いて、現時点ではそれが最善だと感じた。
「じゃあ私とレオン以外は、この街で待機という事にしましょう。私達がソレアに行って、2日経っても帰ってこなかったら、防衛大臣に連絡する事。自分達だけで助けようとか、解決しようとか思わないように」
そして、それを実行する為、仲間達に向かってそう言い、話し合いを締めようとした。
「悪いがあんたも留守番だ。一応あんたも女だからな。捕まったら殺される、っていう単純な事じゃすまねぇだろう。だから、メンバーは俺とレオンだ。実力的には文句はねぇだろ?」
が、レイヴンがそれに反論。
シェリルとしては絶対に捕まらない自信を持っていたが、レオンハルトが「そうだな」と言い、「私もその方が安心だ」と、シェリルに向かって言ってきたので、その意見をやむなく採る事にした。
「男ってなこういう時の為に女より多く生まれてきてんだぜ。お前も良ーく覚えておけよ」
「あ、は、はい…?」
レイヴンに言われ、フェインが頷く。
しかしながらその口調から、レイヴンが本当に言いたい事は理解できてないようだった。
レイヴンは間接的に「女を守れ」と言ったのだが、その年齢ゆえにフェインには、それが分からなかったようである。
「ま、好きな女の1人もできれば、お前にもいつかわかるだろ」
その様子を見て取ったレイヴンが「にやり」と口を歪ませる。
それを聞いたレオンハルトは「フッ」と小さく鼻で笑った。
フェインはそれでも疑問顔で、
「良く分かりませんが頑張ります」
と、言って二人に爆笑されるのである。
「ぷっ!」
これにはシェリルも思わず破顔し、
「そうよ。頑張って私を守ってね」
フェインの頭に笑顔で手を置き、仏頂面をされるのだった。
翌朝、レイヴンとレオンハルトは、ソレアの街へと出発していった。
それ以外の者はコーワンで、2人の帰りを待つ事になった。
1日が過ぎ、半日が過ぎても、2人からの連絡は無く、「何かおかしい」と思った一行は「アーダンに連絡する」という、本来の取り決めを変更して2人の救出に向かうのである。
「自分達だけで助けようとか、解決しようとか思わないように、ってシェリルさん僕達に言いましたよね…」
それはシェリルの行動に納得が行かないフェインの言葉だ。
「良いのよ。リーダーは私なんだから。それにその取り決めは、私が居ない事を前提とした取り決めだったんだから無視して良いの。分かったらさっさと準備しなさい」
しかし、それはあっさりと一蹴され、むしろ「そういう事ならそうかもしれない」と、理不尽を受け入れてしまうのである。
シェリル達は手早く準備し、数分後には宿を出発した。
そして、ソレアの街を目指し、時間にして午前2時頃に目的地に到着するのであった。
シェリル達は闇に紛れてそのままジョゼフ邸へと向かい、門番に立っていた兵士からは見えない位置で足を止めた。
「見つかると面倒だし凍らせちゃおうか?」
とは、表情を変えないレウルの言葉。
「それは少しやりすぎね…眠らせる魔法とか、一時的に視界を奪う魔法とか、もう少しソフトな魔法は無いの?」
レウルの提案を一部だけ採り、聞いてみたのはシェリルであった。
「うーん…残念だけど手持ちには無いね。だけどなぜか不安になって、恋人や身内の安全をどうしても確かめたくなるっていう、精神に影響を及ぼす魔法なら心当たりがひとつあるよ」
「じゃ、じゃあそれで良いわよ。とりあえずあいつにかけてみて」
微妙な顔でシェリルが答える。
その後ろに居るフェインとフィリエルも「なんだその魔法…」と言わんばかりの、微妙な表情を作り上げていた。
「オッケー。じゃあかけてみるね…不安になれなれ不安にな~れっ!」
レウルは頼みを引き受けた後、門番に向かって詠唱を開始。
果たしてそれは必要だったのか、ふざけた詠唱文句の後に、門番に向けて魔法を放つ。
「うん。多分かかったと思う」
レウルが言って、小さく頷いた。
が、門番の兵士にはさしたる変化は見られない。
「本当にかかってるの?」
と、シェリルが疑うのも仕方が無かった。
しかし、その十数秒後、門番の様子に変化が現れる。
突如として「そわそわ」し始めて、仕事に集中してない様で、指の爪を噛みだしたのだ。
その行動はすぐにエスカレートし、一定の距離を行ったり来たり、下唇を噛んで考え込んで、思い立ったようにどこかを見たりと、明らかに様子がおかしくなっていった。
「くそっ!駄目だ!」
そしてついに門番は決断。
地面に槍を投げ捨てて、何を思ったのか「ティファニー!」と、絶叫し、凄まじい勢いで走り去って、夜の街へと消えて行った。
「だ、誰…?」
フェインが言って、フィリエルが「さぁ…」と返して首を傾げる。
ティファニー、それは門番の恋人の名前であったのだが、シェリル達がそれを知るよしは無かった。
「ま、まぁ、とにかく今の内ね…みんな、行くわよ」
どんな結果であれチャンスはチャンス。
シェリルが言って門に走り、それに遅れてフェイン達が続いた。
門を抜け、坂を上ると、屋敷の前には2人の兵士が入り口を守って直立していた。
「レウル、お願い」
「簡単に言ってくれるなぁ…これで結構疲れるんだよ?」
「ぐちぐち」と言いつつも、レウルがシェリルの頼みを引き受ける。
「不安になれなれ不安にな~れっ!不安になれなれ不安にな~れっ!」
そして、本当に必要なのかは疑わしい、魔法の言葉を2度詠唱し、入り口の前に立っていた兵士2人を不安にさせた。
「あっ…」
「ど、どうしたよ?」
兵士2人は最初こそ「いやいや気のせい」と笑っていたが、どうしても拭えない不安を前に、ついには2人して「駄目だっ!」と叫び、
「ベッドの上に置きっぱだわアレ…!!」
「円周率の3,14の次って3であってたっけ!?」
それぞれの不安の理由を挙げて、シェリル達の横を駆け抜けて行った。
「人間、あまりにも不安になると周りの状況が見えなくなるんですね…」
「そ、そうみたいだね…」
フィリエルが言って、フェインが同意する。
走り去った兵士達は振り返りもせずに闇の中に消え、後にはレウルの「やれやれ…」という、ため息だけが残されていた。
「さ、目的を確認するわよ。レオンとレイヴンを見つけるか、或いはジョゼフの部屋を見つけて本人に直接問いただす事。それができそうに無かったら…その時はその時で考えましょ」
「あ、はい」
最後は考えていなかったのだろう、言ったシェリルが扉を開けて、一行は屋敷の中へと入った。
時間が時間という事もあり、屋敷の中は静まり返り、人の姿も見られなかった。
「やっぱり地下牢とかがあるのかしら?」
小さな声でシェリルが聞いた。
「ここも政治機関だからね。場所が地下じゃないにしても、牢屋はどこかにあるんじゃないかな」
聞かれたレウルがそう答え、それを聞いたシェリルが「そうよね」と、納得を含んだ声を発した。
「じゃあとりあえず分散しましょう。フィリエルは私と一緒に来て。フェインはレウルと行動しなさい。私達は左、君達は右半分ね。何かあったら応接間で待機。どうしようも無い事が起こったら構わないから大声を出しなさい」
「わ、わかりました」
シェリルの指示で一行は屋敷の入り口付近で散らばり、2つのパーティで一階部分の左右を調べる事にした。
幸いにも屋敷の中には警備の兵士が居ないようで、シェリルとフィリエルは十数分後には地下へと続く階段を見つけた。
段数はおよそで10段程で、上からでも地下一階の床を確認する事が出来た。
「ここで待ってて。何かあったら声をかけてね。もし、下で何かあったら私も声をかけるから」
「わかりました」
それ故にシェリルは突入を決意し、安全の為にフィリエルを残して1人で階段を降りて行った。
足音をたてず、気配を消して、素早く下りる事僅か3秒。
シェリルは地下一階の地下牢の前へとたどり着く。
シェリルが今立っている階段の付近は明るかったが、そこから数m離れた先の牢屋の中は薄暗く、人間には内部が分からなかった。
「ふぅ…一応は無事だったのね」
が、シェリルは人間ではなく、エルフである為に内部を把握し、牢屋の中で目を閉じている仲間の姿をその目にしていた。
牢屋の規模はとても小さく、大の大人が2人も入り、すでに「キツキツ」の状態だった。
「ちっ、結局きちまったのか…」
とは、シェリルがここに至る以前から起きていた様子のレイヴンである。
「くっ…来たのか…すまんな、危険を冒させた」
遅れて言ったのはレオンハルトだった。
2人は共に武具を奪われ、防具の下の普段着だけで牢屋の中に囚われていた。
レオンハルトは両腕に何もつけられず自由だったが、手癖が悪いのがバレているのか、レイヴンはその両腕を木の板によって拘束されていた。
もし、レイヴンの両腕が拘束されていなかったなら、おそらく彼らは自力で脱出し、シェリル達に危険を冒させる事無く、コーワンで合流していただろう。
「ちょっと離れてて、鍵を壊すから」
「お、おう」
「ああ」
シェリルに言われ、2人が移動し、狭い牢屋の右半分に詰めるようにして隙間を作った。
「ハアっ!」
錠前に向かってシェリルが切り付ける。
しかし、シェリルの腕力と、レイピアという武器の攻撃力では頑丈な鍵は壊れなかった。
「仕方ないわね…」
その様子を見たシェリルが呟く。
仕方なくレイピアを鞘に納め、魔法による破壊を試みる事にする。
「もう少し端に寄れそうにない?そこだともしかしたら当たっちゃうかも」
「無茶言うな!こっちはもう限界だっつの!そっちでうまく調整してくれ!」
シェリルの言葉にレイヴンがわめく。
場所的にはレイヴンより錠前に近い、レオンハルトはただ「ぐいぐい」と隙間を作ろうと悪戦していた。
「当たっちゃったらごめんなさいね…」
「調整しろっての!」
「水の精霊ウンディーネよ…凍りつく水の力を我に!」
レイヴンの抗議を完全に無視し、シェリルは詠唱の言葉を紡いで氷の魔法を発動させた。
直後に現れる氷の柱が、全部で3本錠前にぶつかる。
牢屋の鍵はそれで壊れ、床へと落ちて扉が開いた。
「…」
が、氷の飛沫を受けたレオンハルトは渋い表情。
顔から胸までの左半身が見事にずぶ濡れとなっていた。
「それくらいで済んで良かったじゃねぇか。おら、出るぞ」
そんなレオンハルトを「ぐいっ」とひと押しし、牢屋の中から出る為にレイヴンがレオンハルトに言った。
レオンハルトは「くっ」と一声。
「他人事だと思いおって…」という、言葉を飲み込んで体を動かす。
「武器と防具は?とられちゃったの?」
牢屋の扉を開きつつ、シェリルが2人に向かって聞いた。
その質問にはレイヴンが「まぁな」と短く返事をしてきた。
「ちなみにこいつはなんとかならねぇか?動きにくくてかなわねぇんだが…」
自身の両腕を拘束している木の板を見せてレイヴンが言う。
「魔法だと少し厳しそうね…冗談抜きで当たっちゃうかも」
「ちっ、後で誰かに壊してもらうか…」
安全が保障されないと知り、レイヴンは魔法での破壊を諦めた。
今しばらくは不自由だろうが、直接攻撃で壊してもらう方が安全だろうと判断したのだ。
「すまんが、武具は取り返したい。あの鎧は我が家に伝わる先祖伝来の品なのだ。私の代で失ってしまっては、ご先祖様に申し訳がたたない」
レオンハルトが唐突に言う。
「分かったわ。なんとか頑張ってみましょう」
それがどこかで買ったものならシェリルは「諦めて」と言ったかもしれない。
だが、先祖伝来の品となれば、そうもいえないのが人の情。
目的はすでに達成しており、できれば脱出したかったが、レオンハルトの気持ちを思えば、その前に武具を探すという試練を追加せざるをえなかった。
「じゃあ、とりあえず移動ね。もしかしたらフェイン達が見つけてるかもしれないし」
レオンハルトの願いを受け入れ、シェリルは2人と共に移動した。
「どう?異常は無い?」
そして、階段を上りきり、そこで待っていたフィリエルに聞く。
「はい。今の所は。…皆さん無事だったんですね」
フィリエルはシェリルの問いに答え、それから2人の姿を見つけ、安心したようにそう言った。
「再会の喜びは後回しにして。とりあえずレオンの武具探しよ。応接間に戻りましょう」
「は、はい」
シェリルに向かってそう返事して、フィリエルは「ずかずか」と歩き出した大人3人の後ろに続いた。
30秒程を歩いた後に、シェリル達は屋敷の応接間に侵入。
そこは以前シェリル達がジョゼフ・ハンダックと会った場所で、一行の全員が屋敷の中で唯一知っている場所であった。
応接間の中は当然真っ暗。
勿論、人の気配も無いようで、フェインとレウルが今もなお、探索を続けているという事を無言の内に証明していた。
「少し待機ね。2人が戻ってくるのを待ちましょう」
やむを得ずシェリルは窓際に行き、そこから見える窓の外を伺いながら時を待った。
屋敷の入り口を警戒していた兵士達はまだ戻ってないが、いつかは必ず魔法が解けて、ここに戻ってくるはずである。
それまでにレオンハルトの武具を見つけ、誰とも争う事も無く静かにここを退去する。
それが、現時点での最高の脱出のシナリオだった。
「(出来れば穏便に済ませたいけど…)」
心の中でシェリルは祈り、窓から離れてソファーに座った。
「ま、じたばたしても仕方がねぇやな」
それを見ていたレイヴンが言い、シェリルの正面のソファーに座って、「あータバコが吸いてぇ…」と、ぼやくように呟いた。
「客観的に見たら病気ね」
「違ぇねぇ」
シェリルの言葉にレイヴンが苦笑する。
それを聞いていたフィリエルも「クスリ」と小さく微笑んだ。
レオンハルトはただ1人、武具を探して応接間を徘徊し、壷の中や暖炉を調べ、「ここには無いか…」と呟いていた。
「ククク…」
と、苦笑したのはレイヴン。
「ぷっ…!」
噴出すのを我慢したのがシェリルとフィリエルの2人であった。
「暖炉はともかく壷は無いでしょ!」
彼らはそう突込みたかったが、敢えてそれを言わずに観察。
唯一、教えて手伝おうとしたフィリエルはシェリルに無言で阻止され、やむをえず見守る事になった。
十数分後、フェイン達が姿を現す。
レオンハルトは丁度その時、金魚鉢の中を覗き、「ここにも無いか」と言っており、シェリル達は涙目になり、大爆笑している最中だった。
色々な観点から「一体何をやってるんですか…」と、フェインが呟いたのは言うまでも無かった。
フェインとレウルはシェリル達と合流し、屋敷の右半分の探索の結果を皆に話した。
屋敷の右半分には食堂やキッチン等があり、おそらくは客室なのだろういくつかの寝室があるようだった。
しかし、シェリル達が探しているジョゼフ・ハンダックの私室は見られず、レオンハルトが身に付けていた銀の鎧も見当たらなかった。
つまり、結論を言うのであれば、時間と体力を無駄にしただけで、収穫は無かったという事だった。
「という事は2階に居るわけね…レオンの武具もそっちなのかしら…」
しかし、それは完全に無意味だったと言うわけではない。
シェリルがそう呟くように、消去法で目標物が2階にあるという事を証明させる結果でもあったのだ。
「あと、あの…」
「ん?何?」
フェインの言葉にシェリルが反応する。
「凄い、小さな事なんですけど…」
シェリルに反応された事でフェインが続きを話し始めた。
「キッチンのゴミ箱に果物が大量に捨てられてたんです。勿論、食べかすなんですけど、その量があまりにも多かったので、個人的には何かヘンだと思いました」
「フーン…なるほどね…よっぽどの果物好きがいるのかしら?」
「そこまでは僕には分かりませんけど…」
「まぁ分かったわ。細かい所まで見たのは偉いわね。これからも気付いた事はどんなに小さな事でも言ってね」
シェリルが言ってフェインを褒める。
褒められたフェインは「は、はい」と、嬉しそうな顔でシェリルに返事した。
基本的にこの少年は「褒められて伸びるタイプ」なのだろう。
「じゃー2階に行きましょうか」
ソファーから体を起こし、立ち上がりながらシェリルが言った。
「ああ」
それにはレオンハルトが答え、フィリエルとフェインが頷く事でシェリルの言葉に同意を示した。
「あーちょっと待ってくれ。レオン、フェインに剣を借りてこいつをなんとかしてくれねぇか」
レイヴンが言い、自身の腕を拘束している木の板を見せる。
「ああ、いいだろう。すまんなフェイン。剣を貸してくれ」
「あ、はい」
レオンハルトに頼まれて、フェインが剣を両手で渡す。
「少し離れていろ」
フェインやシェリルに向かって言って、レオンハルトが剣を抜いた。
離れるにも離れられないレイヴンは、顔を背けて目を瞑り、両腕を前に突き出していた。
「行くぞ…!ハアッ!」
ショートソードを「ぶん」と一振り。
レオンハルトは見事な腕前で、突き出されていた木の板を破壊した。
「いやー助かったぜ…って、なんだコリャ…?刺さってる!?破片がデコに刺さってる!?」
が、その際に飛び散った木の破片が額に突き立っており、それに気付いたレイヴンは柄にもなく取り乱して叫ぶのである。
「それくらいで済んで良かったではないか」
先の「ずぶ濡れの件」を引き摺るレオンハルトの言葉はそれだけ。
少し「にやり」と微笑みながら、フェインに剣を返すのである。
「ほら、騒いでないでさっさと行くわよ。時間はあまりないんだからね」
「わかってるっつの!…っちぃ!おぉぉぉ…結構出やがるな…」
シェリルに言われたレイヴンが反論し、額に刺さった破片を抜いて、そこから出てくる血の量に引く。
「あ、少しじっとしていてください」
それを見たフィリエルが小走りで移動し、レイヴンの額に魔法をかけて、出血と痛みの両方を止めた。
「…ありがとよ。心配してくれるのはオメェだけだぜ」
出血が止まった事を右手で確認し、その後にレイヴンが礼を言った。
「そ、そんな事ないですよ。皆さんもきっと…」
「心配してるはずですよ」と、そう続けようとしたフィリエルだったが、振り向いた時には全員がおらず、すでに応接間のドアへと移動し、そこから出る途中であった。
「割に傷つくぜ、こういうのはな…だがまぁ忘れるように努力するぜ、それが大人っていうもんだ」
かなり傷ついたレイヴンは一言。
苦笑いを作ってそう言って、大人に徹するように努めた。
応接間を出たシェリル達は警戒をしながら階段に移動し、それを使って2階に上り、手前の部屋からひとつづつ、部屋の内部を調べて行った。
1部屋、2部屋と調べ終え、通路に戻って3部屋目を調べようとした直後、屋敷の入り口が開けられて、そこから数人が侵入してきた。
そして、何事かを話した後に、入り口が閉められた様子が伝わった。
「お前はハンダック公の安否の確認だ!ご無事なら起床を願い、異常が起きた事を報告しろ!」
「了解!」
それは階段の下からの声だった。
直後には視界の端に、階段を使って上ってきている見張りの兵士の姿が見えた。
「魔法が切れたみたいだね」
とは、魔法をかけた本人であるレウルが放った暢気な言葉だ。
「(まずいわね!とりあえず隠れましょう!)」
一方で普通の感性を持つ、シェリルが焦ってそう言った。
シェリルはその言葉の後に、目前に見えていた部屋へと入る。
通路に残された仲間達も、少し遅れてそれに続いた。
階段を上ってきた兵士はすぐに部屋の前へと到達したが、シェリル達には気付かずに、そのままどこかへ走って行った。
「(ふぅ…危なかったわね…)」
扉に耳をつけていたシェリルが言って尻餅をつく。
シェリルの背後と正面は壁。
仲間達はシェリルの右手の狭い通路に立っていた。
見れば、レウル以外の仲間達も安堵の息を吐いており、とりあえずだが一難を乗り切れた事に感謝していた。
しかし、その背後の闇に立ち上がった何かをシェリルは見つける。
「気をつけて!後ろに何か居るわ!」
目を大きくしてそう叫び、仲間達に異常を素早く伝えた。
身を翻し、警戒態勢でフェイン達はその何かに備える。
「おっと、そう警戒するな。私の姿は覚えているだろう?」
言って、闇から現れたのはジョゼフの息子のカイルであった。
包帯で「ぐるぐる巻き」の姿は、確かにシェリル達にも見覚えがあり、シェリル個人には一言だったが、会話を交わしたという記憶もあった。
「ここは、あなたの部屋だったのね…」
立ち上がりつつ、シェリルが問いかける。
その問いかけにはカイルが「ああ」と、素早く短く言葉を返した。
「聞きたいんだが」
そして間髪を入れずに一声。
「殺人事件の犯人を捕まえようとしているのだろう?そんな事をして何になる?依頼主はもう死んでいると聞いたが」
父、ジョゼフから聞いたのだろう、シェリル達の目的について聞いてくるのだ。
「そうね…強いて言うなら信念かしら?1度約束をしたからには、状況がどうなろうとも必ずそれを達成したいの。万が一、達成できないにしても、これは諦めざるを得ないっていう強烈な理由が欲しいのよ」
「なるほど…今はまだ諦めるまでの、強烈な理由が無いって事か」
「まぁ、そういう事でしょうね」
カイルに言って、シェリルが吐息する。
そして、
「それより」
と、置いてから、逆にカイルに質問をした。
「あなたは何か知っているんじゃないの?あなたのお父さんに尋問をして何か聞きだそうと思っていたけど、あなたが何かを知っているならそうする必要は無くなるわよね?」
それは質問と言うよりも「喋らなければ酷い目にあわす」という、シェリルの無言の脅迫だった。
部屋の中にはシェリル達と、カイル1人しか居ないわけで、喋らなければ6人がかりでカイルを締め上げると脅しているのだ。
「私が大声を出したらどうする?お前達だって無事ではすまないぞ?」
その事は分かっているのだろうが、カイルはそれでも強気な態度だ。
「その時はあなたを人質にして包囲を突破して逃げるつもりよ」
「くッ…ハッハッハッ…そうか、そういう手段もあるか」
しかし、シェリルの言葉を聞いて、唯一見えている瞳を歪め、楽しそうに笑うのである。
「いいだろう。私の知っている事を教えてやろう」
カイルはシェリルにそう言いながら、灯りを作る為に闇を移動した。
5本の蝋燭が立てられている燭台の前でマッチを擦る。
そして蝋燭の全てに着火し、ぼんやりと揺らめく炎を明かりにベッドの近くのソファーに座った。
「まぁ座れ」
ソファーとソファーの間にあったテーブルの上に燭台を置き、シェリル達にも座るようにと部屋の主のカイルは言った。
「(大丈夫ですか?なんか企んでるんじゃないですか…?)」
その態度には怪しみを覚えたか、小さな声でフェインが呟く。
「大丈夫よ。何かする気ならもうやってるわ。話がしたいのは確かなんでしょ」
フェインを安心させる為に、シェリルは敢えて普通に言った。
自身の言葉を証明する為、カイルの近くへと移動する。
そして、警戒もせずに正面のソファーに「どっか」と座り込んだ。
その様子を見た仲間達も「ほっとくわけにはいかない」と移動し、シェリルの右にフェインが座り、左にレオンハルトが座った。
フィリエルとレウルとレイヴンはその後ろに立つという形となった。
「じゃあ早速答えてもらおうかしら。殺人事件の犯人は誰?」
それはまさに単刀直入。
フェインとレオンハルトは驚き「いきなりそれを聞いちゃうの!?」と、シェリルの顔を見ずには居られない。
「残念だけどそれは知らないな。他の質問にしてくれないか?」
が、それを聞かれた当人であるカイルは至って冷静沈着で、声色を変えずにそう言って、他の質問をするように促した。
「この街で殺人事件が起きない理由は?」
「知らないな。言われて見ればそういえばそうか」
第2の質問もカイルはスルーした。
その言葉の真偽はともかく、聞けば答えるようではあった。
「あなたのお父さんが隠している事は?」
「2つある。どっちが聞きたい?」
第3の質問ではカイルは逆に、シェリルにどちらかと質問してきた。
父、ジョゼフが隠しているという、2つの隠し事のどちらを聞きたいかとシェリルに向かって聞いてきたのだ。
シェリルは当然「両方よ」と答える。
「それは駄目だ。両方聞きたいと言うのなら、お前達にもひとつ答えてもらおう」
しかしそれは却下され、カイルはシェリルに情報の交換条件を突きつけるのである。
「聞くだけは聞いて見るわ」
とは、「応じる」とは言っていないシェリルの返答だ。
「では聞こう。お前達の依頼主は一体誰だ?もう死んで居ると言っていたが、それは嘘だと私には分かる。本当の事を話さなければ私の話はここで終わりだ。人質にされる事がわかって居ても大声を出して兵士を呼ぶぞ」
その返答を聞いたカイルが、シェリルに向かってそう聞いた。
シェリルはおそらくすでにカイルが「ある程度の目星をつけている」と判断。
ヘタな事を言ってしまうと本当に兵士を呼びそうなので、カイルの機嫌を損ねぬように真実を話す事にした。
「分かったわ。紙とペンを貸してくれるかしら。そこに依頼主の名前を書いて、テーブルの上に伏せて置くわ。私達は約束が守られたと分かったらそれを渡す。あなたは私の質問に答えた後にそれを見る。どう?これならお互いに安心できると思うけど?」
そしてカイルに提案するのだ。
一方的に話を聞かれ、そのまま聞き逃げされないよう予防線を張る為に。
「なるほど、なかなかの策士だな。分かった。提案に応じよう」
シェリルの思惑を見抜いたカイルは「フフッ」と笑ってそれを承知した。
立ち上がって少し歩き、紙とペンを持って戻る。
「手で壁を作ってくれる?」
カイルからそれらを受け取り、シェリルがフェインに向かって頼んだ。
「あ、あ、はい」
フェインはそれを承知してシェリルの書く文字が見えないように、両手を縦に重ねる事でカイルからの視線を遮った。
「もういいわよ」
シェリルが紙に何かを書いて、壁を作るフェインに言った。
「この通り、私は名前を書いたわ。裏からでもそれくらいは分かるわよね?」
テーブルの上に紙を伏せ、シェリルがカイルに向かって言った。
確かにシェリルの言う通り、「何が書かれているのか」は読み取れないが、「何かが書いている」という事は裏側からでも見て取れた。
「いいだろう。なんなりと聞くが良い」
カイルが言って、深々とソファーの中に腰を沈めた。
どうやらシェリルが名前を書いたと一応は信用した様子である。
「じゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ。あなたのお父さんが隠している事。2つとも話して頂戴」
シェリルが単刀直入に聞く。
レイヴンが頭を「ぽりぽり」と掻いたのは、シェリルの性格に呆れているか、もしくは逆に感心しているかのどちらかだろうと考えられた。
カイルは「やはりそれか」と言ったが、約束は守るつもりのようで、すぐにもその言葉を続けた。
「まず1つ目だが、父上は犯人を知っている。だが、犯人から取引をされ、それに心を惹かれている為、犯人を捕まえられずに居る。お前達のような奴らや、国からの協力を断っているのは、犯人との取引に応じるか否かを父上が苦悩している為だ。先にお前達が言っていた「この街で事件が起きない理由」は、この辺りに原因があるのかもしれないな」
「その、取引の内容はなんなの?」
「そこまでは分からない。だが、金や物ではないだろう」
「公爵という立場上、金や物には困らない、か…それで?2つ目の隠し事は?」
1つ目の隠し事に区切りをつけて、シェリルが2つ目の隠し事を聞く。
「父上は犯人の居場所を知っている。知っていて、苦悩するが故に犯人を未だに捕らえられずに居る」
「なっ…」
その言葉には全員が絶句した。
皆と比べて温度が低いレウルですら眉を顰めていた。
「他に聞いておく事は無いか?無いのならそれを見せてもらうが」
カイルが言って、右手を伸ばし、テーブルの上の紙に手を置く。
「待って」
と言ってそれを止めたのは、まだ聞く事があるシェリルであった。
シェリルはカイルの手の上に自分の手を乗せてそれを止めたが、止められたカイルは「びくり」と反応し、その後に素早く手を引っ込めて、少しだけ息を荒くしていた。
「あなたはその場所を知っているの?お父さんと取引をしているという殺人事件の犯人の居場所を」
その様子には気付く事無く、シェリルがカイルに向かって聞いた。
カイルは「あ、ああ」と小さく答え、それから「知っているさ」と改めて答えた。
「なら、居場所を教えて頂戴。あなたのお父さんが捕まえられないなら、私達が犯人を捕らえるわ。あなた自身にはその事に反対する理由は無いんでしょう?」
「…ああ、私には理由は無い。教えろと言うのなら教えてやるさ」
シェリルに聞かれたカイルが答える。
言葉の最後に「にやり」と笑ったが、それは外には出ない為に包帯が少し歪んだだけだった。
シェリル達はカイルから、殺人事件の犯人が潜んでいるという場所を聞いた。
「ではそれをいただこうかな」
全てを話したと思ったカイルは紙を渡すようにシェリルに言った。
「ええ、いいわよ。約束どおり名前は書いたわ。ただし、文字はエルフ語だけどね」
シェリルは「にこり」と笑って承諾。
エルフ語で「防衛大臣アーダン」と書かれた紙をカイルに手渡した。
カイルは最初は唇を噛み、「やってくれたな」と怒っていたが、やがては「調べれば分かる事だ」と、態度を変えて1人で納得した。
「こういうのは嫌いじゃない。君の事が益々気に入ったよ」
そして、シェリルのお茶目を許した上で、その頭脳を認めたのである。
シェリルに対する好意が増したのか、カイルはこの後に自ら申し出て、シェリル達の武具の捜索と脱出に力を尽くしてくれた。
結果として武具は見つかり、誰にも見つからずに脱出出来たが、その事に対してシェリルはカイルに決して礼は言わなかった。
「こういうコトはね。徹底が大事なの。下手に好意を見せてしまったら相手に期待をもたせちゃうでしょ?冷たい女を演じる事ももてる女には必要なコトなのよ」
とは、礼を言わなくて良いのかと聞いてきたフェインへのシェリルの言葉だが、シェリルは実際はエルフの勘で、カイルの好意の裏に潜む何かを感じていたのかもしれない。
シェリル達は宿屋へ向かい、朝までの短い時間を眠った。
そして、時間にして朝の9時に宿屋を出発するのである。
目指すはカイルに教えてもらった殺人犯が潜む場所だ。
場所はソレアの街の北。
約4時間の所にあるというかつての採掘洞窟であった。
数十年前に閉鎖された採掘洞窟に人影は無く、洞窟の近くに発見できた設備は野ざらしで荒れ放題だった。
「確かに、身を隠すには絶好の場所だと言えるだろうな…」
レイヴンがそう言って懐から出したタバコを咥える。
「だが、53人も殺す奴が、人様の目を憚ってこんな所に隠れるかってのは、考えが分かれる所だな?」
そしてマッチを「ちっ」と擦り、シェリルの意見を暗に求めた。
「とにかく、来たからには調べるしかないわ。居なかった時はその時よ」
「まぁな」
その言葉にレイヴンは納得したか、咥えたタバコを一気に吸って、地面に捨ててそれを踏んだ。
「こんな所に捨てては駄目です。公衆マナーを守ってください」
とは、それを見ていたフィリエルの言葉で、レオンハルトもその横で「そうだぞ」と言って睨みつけていた。
「ちっ、わーったよ。もって帰りゃあいいんだろうが…」
レイヴンは2人の圧力に負け、地面に捨てた吸殻を拾い、懐の中にねじ込んだ。
「それじゃあ行くわよ。罠の可能性も無くは無いから、最後まで油断はしないでね」
「わかりました」
シェリルの言葉にフェインが答え、他の仲間もそれぞれに頷く事で了解をする。
松明に火を灯し、それを持ったレオンハルトが先頭に立って洞窟に入った。
その後ろにはシェリルが続き、フェイン、フィリエル、レウルが続いた。
レイヴンはパーティーの最後部につき、後方の安全を確保しながら、ついてくると言う役目となった。
洞窟の中に入り、三十分程が経過した。
シェリル達は誰とも会わず、誰とも戦わず最奥部へとつく。
しかしながらその場所に何も無かった事を見て、カイルの言葉の真偽を疑い、これからの行動を思案するのだ。
お付き合いありがとうございました!
こちらも後一話でとりあえず終了です。