第六話 「またひとつ罪を重ねてしまったわ」
シェリル達は兵士に捕まり、城の地下牢へと連行された。
今回は捕まる演技ではなく、「死刑囚を脱獄させた犯罪者」として、真実、逮捕されていた。
前回、脱出の鍵となったレオンハルトも今回は捕まり、シェリル達と同じように後ろ手に縛られて投獄されている。
つまり、シェリル達を救う者は、今回は誰も居ないというわけだ。
「今度こそ本当に犯罪者だね?」
レウルはなぜか余裕の顔で、お茶らけた口調でそう言った。
しかし、シェリル達は全員無言。
本当に犯罪者となった事で、フェインやフィリエルは絶望していた。
レオンハルトは目を瞑り、身じろぎもせず「じっ」としていた。
おそらくはすでに観念しており、この後の展開に身を任せるつもりなのだろう。
唯一、シェリルは諦めておらず、突破口を探して思案していたが、現時点に於いて良い案が何も浮かんでいなかったので、その表情は明るくなかった。
シェリル達がここに来てから30分程が経っただろうか。
地下牢の通路を歩き、尋問官がようやく表れた。
1人はレオンハルトの同僚の「ハイランド」という騎士であり、もう1人は見た事が無い、紫の帽子とローブを纏う、胡散臭い老人だった。
2人はシェリル達の牢で止まり、鉄格子越しに中を確認した。
「レオンハルト…本当にお前だったのか…」
かつての同僚の境遇を見て、ハイランドが口惜しげな口調で言った。
「言い訳はすまい。全て私がやらせた事だ。レイヴンの身はともかくとして他の者は解放してくれ」
レオンハルトが目を開き、同僚に向けてそう言った。
全ての責任を1人で被り、シェリル達を解放するよう頼んだのである。
「それを決めるのは私ではない。とにかく、アーダン様のお話を聞け」
レオンハルトに向かってそう言い、ハイランドは一歩下がり、その代わりに老人、アーダンが鉄格子へと近付いた。
年齢はおそらく65くらい。
身長は160cm程度で、帽子の隙間から見える髪はどうやら茶色のようだった。
表情は少し険しく、同年代の老人よりはかなり怖いといえる印象だ。
「私は防衛大臣のアーダン・クロイツェルと言う者だ」
しかし、その自己紹介により、アーダンのきつい表情にもシェリル達は不思議に納得をした。
「騎士、レオンハルトとは、1度となく顔を合わせたし、同じように話もしてきた。彼の実直さ、誠実さは少なからず理解しているつもりだ。その彼が理由無く、このような暴挙に出るとは思えん。罪に問うのは容易いが、その前に暴挙の理由が知りたい。そして、それが許容範囲ならば、こちらの取引に応じてもらいたい。その為に私はここへ来た」
防衛大臣のアーダンが言い、牢屋の中の人物を右から順に眺めて行った。
この暴挙を指揮した者が、レオンハルト本人ではなく、他に首謀者が居るという事をアーダンは見抜いているようだった。
フェインやフィリエル、レオンハルトの視線の先にはシェリルがおり、それを見たアーダンはシェリルこそがパーティーのリーダーであると見抜いた。
「理由を話してみてはくれんかね」
そしてシェリル個人に向けて、暴挙の理由を求めたのである。
「…」
シェリルはそれには口を開かず、「こんな話をした所で信じてもらえるわけが無い」と、心のどこかで考えていた。
「駄目で元々ですよ。シェリルさん…」
が、フェインのその一言で「話さない」という考えを変え、駄目で元々の精神でアーダンに全てを話すのだった。
「なるほど…そういう事だったのか」
全てを聞いたアーダンが言い、ハイランドと顔を合わし、ハイランドが小さく頷いた後に、レオンハルトの顔を見た。
「レオンハルト。お主は全てを信じているのか?」
そしてアーダンがレオンハルトに聞く。
「信じていなければ、騎士の職を辞してはいません」
レオンハルトはアーダンを真っ直ぐに見据えてそう答えた。
アーダンは「そうか」と、短く答え、
「お主が彼らを信じるのであれば、彼らを信じるお主を信じよう」
と、レオンハルトに向かって言って、ハイランドに牢の鍵を開けさせるように指示するのである。
「は」
ハイランドはそれを承知し、牢屋の鍵を持っている兵士にそれを伝えに向かった。
そして、シェリル達は牢から出され、城の一室に案内される。
そこで「交換条件」である、取引の内容を聞かされるのだ。
「コーンシェイドの西にあるハンダック公爵領へと向かい、そこで起きている怪事件を君達に調査して欲しい。もし、解決が可能ならば解決しても構わない。ただし、もし、何者かに身分を問われてしまった時には冒険者だと話してもらいたい。依頼者は誰だと聞かれたらすでに死んだと答えると良い。私の存在を匂わせたり、名前を出したりすれば必ず、君達に不利に働くだろう。見事、この依頼を果たしてくれたら、君達の罪は白紙に戻そう。君達の管理下に置くというならレイヴンの死刑も一時保留だ。どうだね。受けてくれるかね」
それが防衛大臣であるアーダンが提示した取引だった。
シェリル達は全員が「なぜ、そんな事を」と思っていたが、その提案を断る事が自身達の身の破滅だと理解している部分もあった。
シェリルやレウルの心の中には「破滅?ハァ?何が?」という、強い「何か」が存在したが、その他の全員が破滅を嫌がり、前科を持つという事に抵抗があるのだろう事を思いやるという気持ちもあった。
「…仕方ないわね。その取引に応じるわ」
故にシェリルはアーダンとの取引に応じる事を告げるのである。
シェリル達は手錠を外され、没収されていた武器や防具をハイランドの手から返してもらう。
そして、自由の身となって、城の門から堂々と下城した。
「面倒くさいけどやるしかないわね…」
正直、あまり気が乗らないが、アーダンとの約束を果たす為に、出発の準備を始めるのである。
アルウンド国は王政であり、王が出した決定は基本的には絶対である。
が、アルウンド国には「御三家」という、強い権力を持った家が国内に3つ存在しており、その家の当主である者だけが、王の決定に意見ができた。
その人数は当然三名。
アルウンド国の建国に功績があった者達の末裔という事になっている。
事を細かくするのであれば、存続の過程で当主を失い、養子や家名の襲名等で本筋ではない家もあるにはあった。
しかし、「家名そのもの」が言わば「発言権」であり、その家の家名さえ持っていれば、王の決定に意見ができたのだ。
コーンシェイドの西を治めるハンダック公爵領の領主「ジョゼフ・ハンダック」もその1人で、
先祖から受け継いだ領地を守り、国民の生活や王の為に発展に努めてきた人物だった。
シェリル達は3日歩いて、ハンダック領の「コーワン」という、比較的大きな街へと着いた。
そして、防衛大臣のアーダンが言う、「怪事件」の内容を知る為に、行動を開始するのであった。
その夜、シェリル達は酒場に集まり、丸いテーブルを囲むようにして集めた情報を出し合っていた。
テーブルの埋まりは現在四分程。
仕事を終えた労働者達で賑わうのはまさにこれからだった。
「じゃあまずはフェイン。君の集めた情報からね」
テーブルにつくなりシェリルが言って、耳当てをつけた顔を出して、未だ座っていないフェインを指名した。
食事はともかく話し合いは、今の内に終わらせないと五月蝿くなると考えたのである。
「え、えーと…最近ボケてきたお爺ちゃんが急に居なくなったっていう話は、多分関係ないですよね…?」
恐る恐るフェインが言って、シェリルの顔を「ちらり」と伺う。
「だから次!次の情報いきます!」
と、慌てて次の情報を出したのは、「じろり」とこちらを睨んでいたシェリルの視線に気づいたからだ。
「最近、果樹園のブドウとか、イチゴとかがよく荒らされるらしいです。犯人は結構大きいみたいで、運悪くそれを見かけた人はそいつに殺されたりしてるみたいです。死体には大きな爪の跡があって、熊か、或いはそれに近い獣の仕業なんじゃないかって言われてました」
フェインが言って、椅子に座った。
フェインとしてはシェリルから「よくやったわね」とか、「えらいわよ」とか、少なからず評価して褒めてもらえると考えていた。
「フーン」
が、関心無さそうにシェリルはそう言っただけで、
「怪事件って程じゃないわね。じゃー次、フィリエルお願い」
フェインを褒める事は無く、次の発言者を選ぶのだった。
「もし、君の情報が今回の事件に関係があったら、ボクは彼女のほっぺを引っ張り、その上で後ろからヒザカックンをする。だから元気を出すんだフェイン」
言って、フェインを元気付けたのは右隣に座るレウルであった。
正直、シェリルにヒザカックンされても、フェインは少しも嬉しくないが、その励ましと声かけ自体は素直に嬉しいとフェインは思った。
「…という事でした。息子さんは全身に大火傷を負ったらしいですが、優秀な回復術士を呼んだようで、少しずつ回復しているそうです」
フェインとレウルが話す間に、フィリエルの情報開示が終わる。
フィリエルが集めた情報の大部分を聞き逃してしまった2人だったが、後にレオンハルトに聞いた結果、
「公爵の息子が魔物討伐に行き、その帰り道で間欠泉に落下。全身に大火傷を負ってしまったが、今は回復に向かっている」
という、情報の全貌を知るのであった。
「なるほどね。でも、それも関係なさそうね。レオンハルトは何かある?」
シェリルが言って、フィリエルが座った。
指名されたレオンハルトは、腕を組んだままの姿勢で「すまんな。何も無い」と言った。
「アナタこういうの苦手そうだしね…戦いで活躍してくれたらいいわ。次、レウル。君はどう?」
人の得手、不得手を考え、収穫が無かったレオンハルトにシェリルはケチをつけなかった。
「ボク?ボクには何も無いよ。フェインと一緒に居たからね。元盗賊のレイヴンだったら色々と知っているんじゃないかな?」
言って、レウルがレイヴンを見る。
それに釣られた他の者もレイヴンに視線を集中させた。
「どうなの?レイヴン?」
と、シェリルに言われ、レイヴンはようやく口を開いた。
「怪事件っていうのは多分だが、殺人事件の事だろう。今、この地方では殺人事件が頻発してる。ここ半年の間でやられた被害者の数は53人。年齢は大体が20前後。大魔法使いだと評価されていたルートヴィッヒって奴も殺られたそうだ。性別は男女問わず。殺害方法は主に刺殺。殺した後にバラバラにして、火をかけて燃やすんだとよ。犯人は目下捜索中。領主であるジョゼフ・ハンダックが1度発見したらしいんだが、逆に手傷を負わされて、犯人には逃げられちまったって話だ」
そこは流石は盗賊なのか、レイヴンは「怪事件」の内容を仲間達に向かって「さらり」と話した。
「で、プライドが傷つけられたのか、ジョゼフは国の協力を断り、この事件を自分の兵だけで解決しようとしてるそうだ。俺達が調査を命じられたのは、この辺りに関係があるんだろうな」
そして、現在の状況を言い、最後に自分の意見で締めた。
「じゃあその事件の犯人を捕まえれば良い、って事なのかしら?」
この事件こそが「怪事件」だと、そう判断したシェリルが皆に聞いた。
「えっ…調査だけでも良いって言ってたじゃないですか」
それに対して言ったのは、基本ビビリのフェインであった。
「調査だけで良いのなら依頼はもう終了よ。もし私がアイツなら、これだけでのこのこ帰ってきたら「こいつらマジか?」と思うでしょうね。私達は試されてるのよ。都合よく居たって事もあるでしょう。でも、本当の勇者の一行なら、「調査だけでも良い」って言われて、それだけをこなして帰ったりしないわ。困っている人々を救う為に精一杯の事はやるでしょう。依頼主の事はともかくとして、人々は確実に困ってる。困ってる人々を救う事は勇者として絶対に必要な事なの。この先も色々あるでしょうけど、「困っている人々を救う事」、これだけは絶対に優先して欲しいの」
「あ、はい…わ、わかりました」
今までに無い真面目な顔で、シェリルがフェインにそう言った。
それは今までの「命令」ではなく、フェインに向けての懇願であり、そんな態度を見た事が無いフェインは少し戸惑っていた。
しかし、シェリルの言葉によって、自身が「勇者候補」だと再確認した事も事実ではあり、
「そうですね…出来る限りの事はやります。僕は勇者を目指してるんですから」
と、本心からの言葉を言って、シェリルから「ありがとう」と感謝されるのである。
ヘタレで、ビビリで役立たずだが、そんな自分を見捨てずにシェリルは期待をしてくれている。
フェインにはそれが嬉しく、シェリルの為に出来るだけ頑張る事を誓うのだった。
その様子を見たレオンハルトは無言で小さくひと頷き。
「では、明日からの行動を決めよう」
その後にそう言って、行動指針をシェリルに求めた。
「そうね…とりあえず領主に会いましょう。犯人の顔を見ているでしょうし、どこで発見したのかも、出来れば教えてもらいたいわ。そこからの事はそれ次第よね」
「そうだな」
シェリルの言葉にレオンハルトが答える。
フェインとフィリエルがそれに頷き、話し合いはこれで終わった。
ようやく夕食の時間となって、シェリル達はメニューを手に取るのである。
翌日、朝の8時頃にシェリル達はコーワンの街を発った。
領主であるジョゼフ・ハンダックが居るという「ソレアの街」を目指したのである。
そして、約12時間をかけて、一行はソレアの街へとたどりつく
ソレアの街はコーワンの西。
海岸が見下ろせる山中に、山肌に沿うようにして作られていた。
かつてはここは街ではなく、海賊の侵入を防ぐ為に建築された砦であった。
その名残が残っているのか、街の中には矢撃ち櫓や、矢撃ち穴等が多く見られた。
シェリル達が到着したのは夜の20時23分。
この時間から訪ねる事は流石に無礼にあたると思い、その日は宿で体を休めた。
翌朝、シェリル達は8時に起床し、簡単な朝食を作ってもらい、それをとって宿を出た。
その際に宿屋の亭主に聞いて、領主であるジョゼフ・ハンダックの住んでいる屋敷の場所を知った。
「ジョゼフ様ならこの街の一番高い場所に居るよ。方向的にはウチを出て、裏手に回ってそのまま真っ直ぐさ。高台の上にあるからすぐにわかると思うけどね」
20前後の年若い宿屋の亭主はそう言った。
シェリル達は言葉に従い、宿屋を出てから裏へと移動した。
そして、亭主の言葉の通り、視線の先に見えていた高台の屋敷を目指して歩くのだ。
「ひとつ、マズイと思われる事がある」
と、レオンハルトが唐突に言う。
「何?」
何気なくそれに返事をしたのは、先頭を歩くシェリルだった。
「ハンダック公爵とは面識がある。冒険者だと主張する気なら、私はその場に居ない方が良いだろう」
騎士という身分故に、ハンダック公爵と面識があったレオンハルトがそう言った。
「んーまぁ、そうね。だけどそうした場合にはあなたはどこで何をしてるの?」
シェリルはレオンハルトの意見に同意し、その上でもしそうした場合、どうするつもりかを聞いてみた。
レオンハルトは少し考え、
「宿屋で待機しているつもりだ」
と、一言だけを回答とした。
「それはそれでマズイんじゃないかしら?知り合いに見つからないとも限らないし、もし、誰かに見つかった場合、この街に居る限りはあなたに近づけなくなってしまうわ」
「うむ…確かに、それはそうだ」
しかし、シェリルから返されてきたそれによってレオンハルトは沈黙し、解決策を見つける為に腕を組んで考え出した。
「簡単じゃねぇか。変装すればいいんだよ。テメェだとバレなきゃいいんだろーが」
とは、後方からのレイヴンの言。
「そうだね。その通りだよ。とても素敵な意見だと思うなぁ」
と、乗り気な言葉を発したのは、フェインの横を歩くレウルであった。
基本、話には絡んでこないが、それが楽しそうな事であれば、自ら進んで参加するというのがレウルの本懐のようである。
「そうね…やるだけはやってみましょうか」
結局、2人の言葉によって、レオンハルトの運命は決まった。
シェリル達は進路を変えて、商業区へと向かって歩いた。
約1時間後、シェリル達は、再びこの通りに戻り、高台の麓の門まで歩き、領主であるジョゼフ・ハンダックに面会したい旨を伝えた。
「ふ、ふざけるな!お前達のような者を通せるか!」
が、門番の兵士は突如として激昂。
槍を構えてシェリル達を激しく威嚇するのであった。
その原因はかつての騎士であるレオンハルトの今の格好。
頭にはニワトリのような鶏冠。
顔には金色の仏面が。
顎には長い髭があり、上半身は素っ裸。
両手にはマラカスが握られており、腕にはなぜか「角海老」という謎の文字が記されている。
下半身は黒色の「キツキツ」の海パン一丁のみ。
パンツの隙間には色とりどりの花が茎ごと刺されてあった。
ふとももには不気味な呪文が「びっしり」。
脛から下はどういうわけか、銀色の脛当てそのままだった。
レオンハルトは堂々として「どうしたのだ?」と言っていたが、兵士としてはその言葉にすら恐怖を感じずには居られなかったろう。
「あれ…?失敗だったかな?」
とは、その格好をデコレイトした張本人に近いレウルの言葉だ。
「だからやりすぎだって言ったじゃないですか…」
と、困り顔をしているのはフィリエルだった。
「まぁ、落ち着け。私達は怪しいものではない」
仲間の輪から「ずい」と踏み出し、どこから見ても怪しすぎるレオンハルトがそう言った。
「ち、近寄るな!それ以上近付くと容赦しないぞ!」
命の危機すら感じているのか、兵士が言って槍を振るう。
「ふむ、まだ間合いが甘いな」
しかし、その威嚇行動は、レオンハルトのマラカスにより、あっさりと受け流されてしまう事になった。
「う、うわぁああ!こっ、殺される!!」
結果、兵士は槍を捨てて、門を開けて右手に見える坂道へ向けて逃げていった。
「…もしかして何かおかしいのではないのか?」
仲間達に振り返り、レオンハルトがそれを聞く。
しかしながら仲間達は「そ、そんな事無いわよ(ですよ)…」と、すっとぼけた表情。
噴出す事を我慢してか、シェリル等は顔をそむけていた。
「そうか…ならばなぜ…」
それを聞いたレオンハルトは、なぜ、兵士が逃げたのかと真剣になって悩むのだった。
どうやら彼、レオンハルトは、騎士道以外の事にかけては常識が欠如しているようで、この一件でシェリル達は「レオンハルトをからかうのは今後はよそう」と、密かに静かに決めるのである。
「い、居たぞ!うおっ!?確かに怪しいな!?」
それから一分と経たずして、新たな兵士が坂道から現れた。
「気をつけろ!出来るらしいぞ!」
後ろからも兵士が現れ、シェリル達は「あっ」という間に十数人の兵士に包囲された。
「抵抗するな!武器を捨てろ!」
「仕方が無いわね…」
兵士の言葉にシェリルが呟き、腰に履いたレイピアを地面の上に「カラン」と投げ捨てた。
仲間達もそれに従い、自身の武器を地面に投げる。
最後にマラカスが地面に置かれたが、兵士達はそれにすら「びくり」と体を動かしていた。
シェリル達は兵士に捕まり、本人達としては不本意な形で屋敷の中へと連行された。
そして領主、ジョゼフ・ハンダックに引き合わされて、今後の処遇を問われるのである。
ジョゼフ・ハンダックの年齢は、外見で見るなら50前後。
公爵という立場の割には人当たりの良い印象で、実際、話が分かるのだろう、怪しい事極まりないシェリル達に対しても寛容だった。
「話したい事があるというなら、とりあえずは話を聞こうか」
と、縄目を解いてシェリル達を応接間へ通してくれたのである。
兵士を5人残した上で、ハンダックは「後の者は下がれ」と命令。
命令された兵士が下がった後に、「では聞こう」と、話を促した。
シェリル達はとりあえず、自分達の身分が冒険者だと説明し、この町で起きている怪事件を解決したいという旨を話した。
そして、その為にハンダックにも協力してほしいと頼んだのである。
「そういう事か」
聞いたハンダックが短く漏らす。
「だが、悪いが諦めて欲しい。この事件の犯人は必ず私が捕らえてみせる。すでに耳にしたかもしれんが、私は奴に会っている。にも関わらず逃してしまい、手傷まで負わされてしまったのだ。君達にとってみれば、それはつまらん意地かもしれん。しかし、私にとってみれば、濯がなくてはならない汚辱なのだよ」
それから続けざまに言って、シェリル達の協力申請を「ばっさり」と固辞したのであった。
「そういうわけなのでお引取り願おう。勝手に調査を進めるようなら、今度は邪魔者として扱わせてもらう。その覚悟と度胸があるなら好きに行動するが良い」
ハンダックは最後にそう言い、兵士の1人を呼び寄せた。
「お帰りになるそうだ」
そして、兵士に向かって言って、シェリル達を強引に屋敷から退去させるのである。
応接間を追い出され、屋敷の玄関へと向かう途中で、シェリル達は包帯を体中に巻いた人物をその目に入れる。
「これはカイル様!本日は体調がよろしいのですか!」
兵士が言って、敬礼したので、シェリル達はその人物が「それなりに偉い人」なのだと理解できた。
「ああ、今日は気分が良いんだ。それよりそいつらは何なんだ?父上とお話をされていたようだが」
体中を包帯で巻いた人物、カイルが言って兵士に聞いた。
声を聞く限りでは20才前後か、全体がはっきりしない為に男性としか分からない人物だった。
「は、詳しい所は存じませんが、連続殺人事件の犯人の逮捕に協力をしたいという事でジョゼフ様に面会を申し出たようです」
「ほう…なぜそんな事を…」
「それは自分には分かりかねますが…」
「なぜそんな事をしようと思う?良ければ教えてもらいたいんだが」
兵士の言葉を聞いたカイルが、今度はシェリル達に向かって聞いた。
「教える義務があるのかしら?」
怖い者知らずのシェリルが言って、素知らぬ表情で髪をかき上げる。
「おい!口を慎め!」
と怒ったのはカイルではなく兵士だった。
「まぁいいさ」
カイルは兵士に右手を見せて「気にしていない」という意思を見せた。
「しかし、君の目は美しいな。例えるならば森の湖だ。こんなに澄んだ、美しい目を、僕は今までに見た事がない。できれば、君とはまた会いたいな」
カイルはシェリルの目を見てそう言って、屋敷の二階へと上がって行った。
「あの方はカイル・ハンダック様だ。ジョゼフ様の一人息子で、ハンダック公爵家の次期当主だよ。もし、次にお会いしたら、無礼をきちんと詫びておくんだぞ」
先に怒った兵士が言って、槍で突くようにしてシェリル達を屋敷の外へと追い出した。
「ばたん」という音を発して扉が閉まり、シェリル達はやむを得ず、退去の為に坂を下りだす。
「カイルさんでしたっけ?シェリルさんに興味ありそうでしたね」
門へと続く坂道を下りながら、シェリルの顔を見てフェインが言った。
「ええ、そうね。またひとつ罪を重ねてしまったわ」
それに答えてシェリルが微笑むが、フェインは「は?」と疑問顔。
フェインには「一体何が罪なのか」が、いまいちわかっていないようだ。
「鈍いわねぇ…彼は多分、私に惚れたのよ。どう聞いても口説き文句だったでしょ?残念ながらその気持ちには応える事はできないけどね」
面倒くさい気持ちもあったが、フェインに理解させる為にシェリルは敢えてそれを言った。
「へー…そうなんですか…確かにシェリルさんは見た目だけなら結構美人ですもんね」
「見た目「だけなら」ってどーゆー事よ!?内面も結構美人でしょうが!?」
「うワァアア怒った!?やめて!頭をぶたないで!」
フェインの言葉にシェリルが怒り、逃げるフェインを追って走り、坂道を共に下って行った。
「うわっ!」
が、その途中でフェインが転倒し、転がるようにして坂を下り、執着地点で大の字になる。
「フェイン!ちょっと大丈夫!?」
駆け寄ったシェリルはその場で屈み、フェインの頭を右手で押さえた。
「だ、大丈夫です…すみません」
幸いにもフェインは無傷で、意識もしっかりしているようだった。
「全く…心配させるんじゃないわよバカ」
そう言った後に下唇を噛み、シェリルがフェインの頭を小突く。
なんだかんだと言いながら、フェインに対しては優しいし、本音で接しているのだなと、フィリエルやレオンハルトは思わざるを得なかった(しかしレオンハルトは仏頂面)。
その後、シェリル達は宿へと戻り、「邪魔者扱いされてしまうが、それでも調査を続けるか」を仲間達と議論した。
結論は全員一致で「それでも調査を続ける」というもの。
「なぜ、人を殺すのか。その理由に興味があるよ」
「53人も殺してるんだ。間違いなくイカレた理由だろうが、そのイカレた理由が知りてぇな」
レウルやレイヴンの原動力は「正義」ではなく「興味」であったが、形としては調査の続行に異論は一切無いようだった。
「じゃあ昼食の後くらいから調査を続行する事にしましょう。レオンハルトはとりあえず、服を着るくらいはした方がいいわね…」
「む?そうか?」
シェリルに言われ、レオンハルトが、若干違和感が無くなってきた変装を落としに自室に向かった。
40分後、シェリル達は食堂に移動して昼食を摂り、その後に街へと繰り出し、殺人事件の情報を集めた。
だが、新しい情報は全くのゼロ。
そればかりか住民達に「怪しい奴ら」だと疑われ、遠ざけられる結果となった。
それは情報収集に長けたレイヴンも同様だったようで、裏事情に通じた情報屋ですら「あんたらに教える事はない」と、情報を出してはくれなかったという。
「あんたら、何か調べてるんだって?悪い事は言わないからやめときな。この街の住民は皆ジョゼフ様の味方なんだ。ジョゼフ様がやるって言うなら、俺達は最後までジョゼフ様を信じる。あんた達が調査して、事件を解決するって事を誰も望んじゃいないんだ。わかったらやめて、さっさと帰りな。その方がきっとあんたらの為だよ」
宿屋の亭主はシェリル達に、忠告するようにそう言った。
街の住民はジョゼフの味方で、それを邪魔するシェリル達に協力するつもりが無いという事を住民を代表して言ったのである。
この街に居る限り調査は無理、と、シェリル達が思ったのはこの時の事だった。
「わかったわ。わざわざありがとう」
皮肉を込めてシェリルは感謝し、翌朝にはこの街を出るという事を決意した。
夕食を終えてシェリル達は移動し、男女で別れて寝室へ行き、明日に備えて眠る事にする。
シェリルとフィリエルの命を脅かす襲撃事件が発生したのは、その夜の事であった。
それは窓ガラスを打ち破り、突如として寝室に侵入してきた。
その数は2人。姿は共に黒いローブにフード姿だった。
手にはナイフが握られており、未だ意識が混濁しているシェリルの胸を目指して動いた。
が、シェリルは状況に気付き、素早い動きで横へと転がり、ベッドの隙間で体を起こし、襲撃者に向かってシーツを投げた。
「くそっ…!」
襲撃者達は小さく舌打ち。
奇襲が失敗した事を知り、投げつけられたシーツを払った。
「起きなさいフィリエル!フィリエル起きて!」
下着姿のシェリルが言って、隣で眠るフィリエルの頬を「ぱちん」と一発ぶった。
「ん…んん…」
フィリエルはそれで一応起きたが、状況を理解するにはまだ数秒が必要だった。
「非常事態だから勘弁してね!」
やむを得ずシェリルはフィリエルを押し、ベッドの下へと体を落とす。
これにより一時的に、フィリエルは攻撃対象から除かれ、襲撃者達の攻撃対象はシェリル一人に絞られた。
「一体何のつもりなのよ!」
シェリルが言って、武器を取る為、クローゼットに向かって走る。
クローゼットはシェリルのベッドの対角線上に存在していた。
「武器を取らせるな!進路を塞げ!」
が、それを見た襲撃者は、片割れに向かって素早く指示し、シェリルの目前に立ち塞がってその目論見を事前に阻止した。
「くっ!」
シェリルはやむを得ず武器を断念。
「なんなのよあんた達は!?目的があるなら言いなさいよ!」
と、下着姿のままで身構え、襲撃者達の素性を探った。
「それを知る必要は無い。おとなしく我々に殺されるがいい!」
襲撃者はくぐもった声で答え、直後には2人同時に動いて丸腰のシェリルに襲い掛かった。
正面と右からナイフが迫る。
シェリルは直前でそれをかわし、フィリエルのベッドの上を転がった。
「レオン達を呼んできて!」
と、転がりながらにフィリエルに言い、フィリエルがドアに向かった直後にベッドのシーツを
襲撃者達に投げつけた。
襲撃者達がシーツを切り裂き、ベッドの上に足をかける。
「光の精霊、眩い光よ!」
直後にシェリルが口早に詠唱。眩い光が突如現れる。
「ぐおおおっ!!?」
それはシェリルの頭上で激しく輝き、襲撃者達の両目を焼いた。
その隙を突いてシェリルは走り、武器を取る為にクローゼットを目指す。
眩い光はここで消えたが、襲撃者達は未だに苦しみ、視界は戻ってないようだった。
シェリルはすぐにもクローゼットに到達する。
できれば何かを着たかったが、その時間が無い事が分かっているので、自身の武器を取る事だけにとどめた。
「くっ、お、おのれ…」
襲撃者の視界がここで回復した。
まだ、完全ではないようだったが、シェリルが立っている位置と、武器を抜いている事くらいはその目に映っているようだった。
「サービスタイムはもう終わりよ。命が惜しかったら降伏しなさい。そうでないなら殺されたって後で文句は言わない事ね」
襲われた理由が分からない事に加え、あられもない姿を見られてしまったシェリルの怒りは最高潮で、武器を持ったと言う事もあり、その発言は強気であった。
「ちっ、エルフ風情が調子に乗るなァァァ!」
その発言を聞いた片割れが、怒りも露にシェリルに突っ込んだ。
もう一方の襲撃者も少し遅れて突っ込んでくる。
しかし、武器を手にしたシェリルにはその攻撃は無意味だった。
武器の長さの相性もあり、攻撃の全てを受け流されたのだ。
「今度はこっちの番よ!」
と、シェリルが反撃を開始した。
1撃、2撃は回避されたが、3撃目でナイフを弾き、4撃目で襲撃者のローブを裂いた。
「くそっ!」
襲撃者はそこで一時後退。
シェリルの攻撃を片割れに任せ、弾かれたナイフを拾いに走った。
「大丈夫かシェリル!」
ここで、別室から駆けてきたレオンハルトが部屋に現れる。
「くそっ、ここまでか!」
それに気付いた片割れが防戦を切り上げて逃げ出しはじめる。
「ちっ!」
もう一方の襲撃者も、ここが潮時だと判断したようで、弾かれたナイフを諦めて逃走しようと動き出した。
「おっと!そーうは、行かないわよ?」
が、シェリルがそれを妨害し、襲撃者の前に立ちはだかって、レイピアを喉に「ぴぃん」と押し付けた。
「目的と素性を話してもらうわ。レオン、ロープか何かを持ってきて」
シェリルがそのままの姿勢で指示する。
襲撃者を縛り上げる為に、ロープを持ってくるようにレオンハルトに言ったのだ。
「…」
しかし、レオンハルトは何も言わず、シェリルを「じっ」と見つめているだけ。
「どうしたの?レオン?」
おかしいと思ったシェリルが聞くと、レオンハルトは赤い血を鼻から「つうっ」と垂らすのである。
そう、レオンハルトは下着姿のシェリルをその目の中に入れてしまい、思わずそのまま硬直し、鼻血を垂らしてしまうほどに静かに興奮してしまったのだ。
「き…!?」
レオンハルトの無言のわけを今更ながらにシェリルが気付く。
「きゃあああああああああああああああ!!」
そして、小さく鳴いた後に、体を抱えて大きく絶叫。
その際に剣を落としてしまい、襲撃者には逃げられてしまうのである。
レオンハルトはこの後に、シェリルから「往復ビンタ」をもらうが、何も言わずにそれを受け、ただ「すまん…」と謝罪した。
シェリル達はこの日の朝に、見切りをつけて街を出発。
住民達が協力的で、情報を集める事ができるコーワンの街を目指して歩いた。
コーワンに到着したのはそれから12時間後の事で、宿を取り、食堂で夕食を採っていたシェリル達は、レイヴンが持ってきた情報により、全員が衝撃を受けるのである。
お付き合いありがとうござました!
そろそろ終盤でございます。