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第五話 「つまり、もう要らないのよね」


シェリル達はコーンシェイドを発ち、その南にあるという「ヤヴィン」という監獄を目指していた。

その目的は人々に「今世紀最高の盗賊」と噂される、1人の盗賊を脱獄させる為だ。

その考えにはレウルを除く全員が猛烈に反対をした。

が、

「このパーティーのリーダーは誰!!?」

と言う、反撃の言葉を貰って沈黙し、

「世界平和の為なのよ。甘い事は言ってられないわ」

もっともらしい言葉を続けられ、二の句を告げられなくなるのであった。

コーンシェイドから南に2日。

森を抜けたその先にヤヴィンという名の監獄はあった。

後方は断崖絶壁。

遥か下には海があるが、海面には数多くの突き出た尖った岩も見えた。

前面は緑の草原。

10基程の見張りやぐらが道に沿って設けられており、監獄の入り口から森に伸びる1本の道を監視していた。

監獄を囲む壁は灰色で、高さはおおよそ10m程。

壁は正面から断崖絶壁までの半円を「ぐるり」と包囲していた。

「これは見事な豚小屋だなぁ」

とは、感性が少々ズレているレウルが発した酷い言葉。

「い、言いすぎだよレウル…」

と、一応フェインが注意したが、フィリエル等は「何を言ったの!?」という、信じられない表情で口を押さえていた。

「皆止まって。このまま行くのは得策じゃないわ。怪しまれない方法を考えてから近付きましょう」

シェリルの言葉で全員が止まり、少し戻って森へと入る、

そして、そこに各々落ち着き、近づく為の策を練りだした。

「旅芸人を装うのはどうですか?年齢や性別がばらばらですし、旅芸人という事自体を疑われる事は無いと思います」

発言したのはフィリエルだった。

確かに「旅芸人という事自体は」疑われないと思われたが、「なぜ旅芸人がここに来たのか」の説明が難しいので保留とされた。

「正直に言ってしまうのはどうかな?とある盗賊を脱獄させに来た、って。そうしたら多分捕まるだろうし、監獄の中に入ってしまえば、後は焼くなり凍らせるなり、証拠隠滅で崖を崩すなり、ボク達の自由になるんじゃないかな?」

これを言ったのはレウルであった。

真剣に考えた結果なのだろう、その表情は真顔である。

「も、もうちょっと穏便に行きたいわね…」

さすがのシェリルもそれは却下。

もし、本当の事を言えば捕まるのは間違いないし、中に入れるのも間違いはない。

しかし、いくらシェリルと言えど、全てを消して「隠滅」する程、悪になる事はできなかった。

「じゃあこうしよう。ボクがデーモンを召喚するから、そいつに襲われるフリをするんだ。そうして彼らに助けを求めて監獄の中に匿ってもらう。後は焼くなり凍らせるなり…」

「その考えからは離れなさい!」

続けた提案も更に却下。

一瞬、良いかと思った案だが、後半の展開が同じな事が却下する最大の原因だった。

「でも前半は良いですよね。旅芸人って事にして、デーモンに襲われるフリをする。そして中に匿ってもらって…」

言ったのはフェインであった。

フィリエルからは「旅芸人」を、レウルからは「自作自演」を、それぞれ良い所を抜いて考えを纏めようとしているようだ。

「気を失う、というのはどうだ?」

一応は考えていたらしい、レオンハルトが「ボソリ」と言った。

「良いですねそれ!中に匿ってもらった後に誰かが倒れて気を失う。そうしたらしばらくは居させてもらえるから、その間になんとかして探す。これで行けそうじゃないですか?」

レオンハルトの意見を取り入れ、フェインが纏め上げた意見を言った。

「確かに、なかなかいい考えね」

シェリルはとりあえずそれに同意し、勇者らしい行動に感心したのか、フェインの頭を優しく撫でた。

「でも、中に入った後の行動の自由が保障されないわ。もし、警戒が厳しい場合は結局は強硬策しか取れなくなる。中に入れないよりはマシだから、そこまではアリだという事にして、そこからの事を考えましょう」

そして、残すべき所を残しておいて、その後の行動の自由を得る為に、再び考えを巡らせ始めた。

それから30分程が経っただろうか。

良い案は特に出されず、

「参ったわね…」

というシェリルの言葉で、皆の意見が完全に途切れる。

色々と考えてみたものの、シェリル達はやはり一般人で、犯罪者渦巻く監獄内で自由に動ける理由は無かった。

「さぁ。じゃあ気合入れて壊しちゃうぞー」

これ以上の進展は無い、と、そう判断したレウルが立って、腕を「ぐるぐる」と回し始める。

「待ちなさい!早まっちゃ駄目よ!」

とりあえずは「それ」を止め、レウルを座らせたシェリルだったが、その一方で穏便に進める事は難しいかなと、諦めている部分もあった。

「あれ?」

と、何かを見つけたフェインが言った。

その視線はシェリルの右手、森の奥の方だった。

そこには二頭の馬が見え、それを操る兵士が見えた。

兵士は一人。

その後ろには鉄格子付きの荷車があり、格子の中には3人の男達が詰められていた。

それは監獄に入れられる囚人達を護送してきた馬車だと思われた。

「むっ?」

馬車を操る兵士が気付き、シェリルとレオンハルトの2人が「見られた事に」マズイと感じた。

彼が外部の者ならば良い。

だが、彼がヤヴィン所属の兵士だった場合には「ここで何かしていた事」を知られてしまうとマズイのである。

いや、外部の者だとしても、「あそこで何かしていたぞ」と伝えられる可能性は十分あるし、その事で警戒を強められてやりにくくなる事は間違い無いのだ。

誰かが来る、と、考えず、道端で暢気に話していたのはかなり大きな失敗と言える。

「(仕方ないわね…拉致るわよ)」

「えっ!?」

小さな声でシェリルが言って、フェインが驚きの声を上げる。

「(バレるわけにはいかないでしょう!?大丈夫!じっとしていてもらうだけだから!)」

「(でも、もう顔を見られてますよ!?あの人が誰かに言ったら僕達指名手配じゃないですか!?やめましょう!見送りましょうよ!)」

シェリルが言って、フェインが反論する。

確かに顔は見られているし、人数と性別の2つだけでも容疑者はかなり絞られそうだった。

「じゃあもういっそ…」

「黙りなさい!」

言い掛けたレウルはシェリルに怒られ、その先を続ける事は無かった。

「(とにかく捕まえるだけ!いい?私が睡眠魔法をかけるから、あなた達は余計な事は言わない、しないの2つを守って待機!分かったら返事!)」

「(ど、どうなっても知りませんよ…!)」

「はいはい」

シェリルに言われて2人が返事する。

それを聞いたシェリルは兵士を眠らせる為、睡眠魔法の詠唱に入った。

「こ、これはレオンハルト様!このような場所で一体何を…!?」

が、レオンハルトの姿を確認するなり、兵士はその場で馬車を止める。

そして。慌てた様子で馬車を降りて、レオンハルトの元へと走り寄ってきた。

「い、いや…」

レオンハルトはそれには困惑。

向こうが自分を知って居ても、自分が向こうを知らない事がその最大の原因である。

「あ、し、失礼しました。自分は監獄ヤヴィン所属のジョナサンという名前の兵士です。レオンハルト様とは首都で2度、お会いして、お話をした事があります」

「そ、そうか。それはすまなかった。何分、多くの人間と会うのでな、名前と顔を一致させる事は、これでなかなか難しいのだ」

レオンハルトが素直に謝罪し、兵士改めジョナサンは機嫌を損ねず「わかります」と答えた。

兜をかぶっている為にジョナサンの年齢は詳しくは不明だが、声を聞く限りでは20から25才の青年と思われた。

「それで、このような所で何を?特別な任務でも受けられたのですか?」

やはりはそこが気になるのだろう、二度目となるそれではあったが、ジョナサンがしつこくレオンハルトに聞く。

任務を受けたのか、と、聞いてくる辺り、どうやら彼はレオンハルトが騎士をやめた事を知らないようである。

「!!!」

それに気付いたシェリルに電撃が。

これ以上無い案を閃く。

「いや、実は私は…っ!?」

そう言い掛けたレオンハルトの尻をシェリルが「げしっ!」と蹴りつける。

「おら!早く連れて行けよ!アタシ達をあそこにブチこむんだろ!!」

そして、今までに無い口調で言って、レオンハルトを唖然とさせたのだ。

「こ、こちらの方は…?」

その様子を見たジョナサンも唖然。

フェインとフィリエルも呆然としていた。

「アンタ、アタシを知らないのかい?泣く子も黙るシェ…ェーザさんと言ったら、この辺りじゃ有名だろう!」

言ったのはシェリルだった。

危うく本名を出しかけたが、そこはなんとか偽名に変換し、悪ぶった顔と口調を続ける。

「シェー…ザ?さ、さぁ…自分にはちょっと…」

ジョナサンが言って、小首を傾げる。

そんな悪党なら知っているはずだが、生憎ジョナサンの頭の中にはシェーザという悪党は存在しなかった。

「そ、そう…まあでもアナタ下っ端だから、知らなくて当然よ!さぁ休憩はもう十分よ…じゃなくて十分だ!さっさとヤヴィンに連れていきな!それがアンタの任務だろ!」

キャラ設定が微妙なままで、シェリルがシェーザという役を貫く。

「分かって!」という表情で「ちらちら」とレオンハルトを見ているのは、貫くだけの理由と意味をレオンハルトに気づいてほしいからだ。

「あ、ああ…!!そ、そうだった。そうだった!私の任務はこの大悪党のシェーザをヤヴィンに連れて行く事でな。最後の思い出にここで休憩し、シャバの空気を吸わせてやっていたのだよ!」

シェリルの思惑をようやく理解したレオンハルトが慌ててそう言った。

ジョナサンからは見えない位置でシェリルは左手で「OKサイン」をだし、どうやらこれで良かったらしいと、レオンハルトは小さく息を吐く。

「そ、そういう任務だったのですか…その、そこの子供達は?」

「私の…じゃない、アタイの子分さ!何か文句があるのかい!?」

ジョナサンの疑問にはシェリルが答えた。

その言葉はある意味で、嘘ではなくて真実だった。

「い、いえっ!文句はありませんが…」

ジョナサンは慌てた様子で言って、「可哀想に」と言った顔で、フェインとフィリエルの2人を見つめた。

「では、自分も護送中なので、これで失礼致します。宜しければあとでお会いしましょう」

疑問が晴れて納得したのか、自身の任務を思い出したジョナサンがレオンハルトに向かって言った。

レオンハルトは「うむ」と答え、監獄に向かうジョナサンを黙って見送ろうとした。

が、

「ドワっ!?」

シェリルに再び尻を蹴られ、小声で何かを吹き込まれた後、

「わ、私も同行しよう。君と一緒に行った方が、面倒が避けられて有難いのでな」

と、ジョナサンに向かって言うのであった。

「そうですね。わかりました」

ジョナサンはこれを快く受け入れ、シェリル達は護送用の馬車の後ろに続いて歩いた。

「おー帰ったかジョナサン。今日は大漁だなぁおい」

それは最初の櫓の上からジョナサンにかけられた同僚の言葉だ。

「ああ。犯罪が無くなる事はないよ」

櫓の上を見上げつつ、苦笑いを浮かべてジョナサンが言う。

「ん?後ろのは?」

「首都のレオンハルト様だ。極秘の任務でいらっしゃったらしい」

「おお、そのお方がレオンハルト様か…」

こういったやりとりがいくつかあったが、ジョナサンのお陰で無事に突破でき、5分後にはシェリル達は監獄の門の前に辿り着いた。

「ジョナサンです!開門願います!」

ジョナサンの言葉で門が開く。

格子状の鉄の門が上部に向かって「ぎぎぎ」と上がった。

そして現れるもう1つの門。

どうやら門の奥には更に、もうひとつの門があるようだった。

流石は重犯罪者を繋ぐ監獄か、建築的にも厳重のようである。

「ジョナサンです!開門願います!」

ジョナサンがもう1度名前を名乗り、同じようにして門が開いた。

門の先には小さな噴水と、それを囲む広場が見えた。

噴水の周りには花が咲いており、意外にも綺麗だな、と、シェリルは思った。

噴水の奥には大きな建物があり、右手には小さな建物が見えた。

大きな建物の屋根は赤色。例えるならば横に長い三階建ての兵舎のようだった。

小さな建物の屋根は青色。こちらは小さな宿屋という印象だ。

左手には縦長の茶色い建物があり、そこから出てきた囚人達が「疲れたー…」等と言っている事から、工場か何かだと推測された。

ジョナサンが乗る馬車は右を曲がり、小さな建物を目指して進んだ。

シェリル達もそれに続き、整備された道を歩いて2分後には建物の前で止まった。

「戻ったか。ご苦労だった」

建物の前に馬車が止まるなり、1人の男が言って現れた。

年齢は50前後。若い頃はもてたであろう渋い顔の男だった。

「本日は3名です。こちらは首都のレオンハルト様で、他4名は罪人だそうです」

馬車から降りてジョナサンが言い、レオンハルトが軽く会釈した。

それを見た男は会釈を返し、

「お初にお目にかかります。私はここの監長を務めるハウザーと申す男です。ご高名とお噂はかねがね伺っておりました。お目にかかれて光栄であります」

と、渋い顔に相応しい渋い声でそう言った。

「丁重な挨拶、痛み入る。こちらの方こそ会えて光栄だ」

監長、改め、ハウザーにレオンハルトも丁寧に礼をする。

「堅っ苦しいね」

と、言ったレウルをシェリルは敢えて諌めなかった。

「して、罪人の4名というのは?」

挨拶を切り上げて、ハウザーがレオンハルトに聞いた。

「こちらの4名だ。少年少女と侮るなかれ、老若男女を問わずに殺す、恐るべき悪の申し子達だ」

シェリル達の方を向き、レオンハルトがそう言った。

「ちょっと言いすぎ!」と、シェリルは思ったが、ジョナサンとハウザーが居る手前、顔をしかめる事しか出来ない。

「なんと!恐ろしい悪党ですな…!」

それを聞いたハウザーは動揺。

ジョナサンもまた眉を顰め、「こんな子供達が…」と呟いている。

「見れば確かに凶悪な顔だ…特にこやつ。フードの奥で光るまなこのなんと禍々しい事…」

シェリルの顔を覗き込み、忌々しげにハウザーが言う。

「(くっ…)」

シェリルとしては唇を噛み、耐えるしかない状況である。

「わかりました。こやつらを牢にブチこめば良いのですな。一応は女も居るようですので、個人牢に入れておきましょう。明後日には報告書を完成させて3日後には首都に送ります。以上で万事よろしいでしょうか?」

レオンハルトに向き直り、後ろ手に組んでハウザーが言う。

「う、うむ…おそらくはそれで良いと…」

それで良いのか悪いのか、はっきりとはわからないレオンハルトが困窮し、「これでいいのか?」という顔と口調を露にシェリルを伺った。

「そうすればいいじゃない!そして少し見物をして、大盗賊だと噂される悪党でも見つけてきたら!明日になったら私達とその盗賊の無罪がわかるわ!そうしたらここから出られるんだから1日くらいは我慢するわよ!」

シェリルはヤケクソな口調で言って、困窮するレオンハルトの今後の行動を間接的に示した。

「ふん!ほざいていろ社会のゴミめ!」

聞いたハウザーは笑って一言。

「そいつらと一緒に連れていけ!」

と、直後にはジョナサンに命令をした。

「はっ!」

ジョナサンはハウザーに向かって敬礼し、その後にレオンハルトにも敬礼をした。

「こっちだ。ついてこい」

そして、自身が連れてきた罪人と共にシェリル達を監獄へと連行しはじめた。

「わかった!?ちゃんと見物をして大悪党を見つけておくのよ!そして明日には無罪放免!分かってるんでしょうねレオンハルトー!」

伝わっているのかが不安だったか、シェリルは最後にそう言い残し、監獄がある大きな建物の中へと連行されていった。

「あー…彼女が言ったからではないのだがー…今世紀最高の盗賊とやらに私も少し興味があるのだ。良ければひと目、見せてもらえないか?」

レオンハルトはやむを得ず、指示に従ってハウザーに相談。

「ええ。別に構いませんが」

という、返答を貰えて「ほっ」とするのだった。



シェリル達が牢屋に入って十数時間の時が過ぎた。

時刻は夜中の午前3時。

見回りの兵士を除き、皆が睡眠している時間だ。

シェリル達は罪状がはっきりしないという事もあり、5つの牢が隣接している個人牢に入れられていた。

一番左の牢にはレウルが。

それからフェイン、フィリエルと続き、最後にシェリルという順番である。

一番右の牢屋には今は誰も入っていない。

シェリルはローブを着ておらず、エルフの証明でもある長い耳を露出する形で眠っていた。

これを見た担当兵士は驚き、仲間達にも言ったのだろう、珍しいもの見たさで集まってくる兵士達が多かった。

その行動に苛立ったシェリルが、

「魔法でぶっ殺すわよ!」

と、凄んでみせると、兵士達は先を争うようにしてその場から慌てて退散して行った。

それ以降は見物客は1人としてやってきていない。

パンと、ひとかけらのバターだけという侘しい夕食からはや数時間。

通路を歩き、何者かがシェリル達の牢へとやってきたのは、そんな時の事だった。

「起きているか」

シェリルの牢の前で止まり、何物かが小声でそう言った。

「ん…何…」

その声でシェリルは目を開ける。

体を起こして通路を見るとレオンハルトが立っていた。

鉄格子越しに隣を見ると、フィリエル達は熟睡している。

レオンハルトの声は透るが、一応は小声だったので、睡眠を妨げてしまう程には気にはならなかったようである。

「すまんな。起こしてしまったか」

「んー…良いわよ別に。それより状況はどうなってるの?」

ベッドに腰掛けてシェリルが答える。

鉄格子越しにレオンハルトと、シェリルは向き合う形となった。

「はっきり言って無実は難しい。お前達はなんとかなるが、あの盗賊、レイヴンというのだが、奴を無実にする事は、2kmは離れた場所にある、針の穴に弓の矢を通す事より難しいといって良いだろう」

「…それってつまり不可能って事じゃない」

「…言い換えるとそう言う事だ」

シェリルの言葉にレオンハルトが答える。

「仲間にするのは諦めた方が良い」

その上でレオンハルトは、自身の考えをシェリルに伝えた。

「レイヴン、って名前よね?そいつは一体何をしたの?」

その提案を一時保留し、シェリルがレオンハルトに聞いた。

「殺し、盗み、誘拐や強奪。盗賊になって僅か数年で、あらゆる悪事に手を染めたそうだ。子供と女を殺さない事や、強姦等をしていない事がヤツの唯一の正義だそうだ」

レオンハルトがシェリルに言った。

その口調はあくまで冷静で、「こんなクズは仲間にいらんだろう」という、感情を含めて話さない点が流石は大人だと評価できた。

「なるほどね。確かにやっちゃうよりはマシだけど、やらないのが当たり前なんだから、それを正義と言っては駄目よね」

「同感だ」

シェリルがそう話した為に、レオンハルトはそれに同意した。

わがままで、1本気で、すぐに強硬手段を取るが、シェリルとレオンハルトのモラルは意外に近いようだった。

「実力の方はどうなの?噂では今世紀最高らしいけど」

話題を変えてシェリルが聞いた。

元より性格云々よりも、そちらの方が大事だったからだ。

「実力は確かなようだ。城の財宝庫に忍び込んで、財宝を盗み出す事数十件。1人で洞窟の中に入り、洞窟の奥深くから貴重な宝を持ち帰る事は数え切れない程だそうだ。また、個人の戦闘力も盗賊としてはかなり優秀だ。20人以上の兵士に囲まれても、傷ひとつ負わずに逃げおおせたらしい」

「ふーん。やるじゃない」

「そして、宝箱を開ける技術。これは平均で約10秒。盗賊人生が7年らしいが、その人生の中でひとつとして開けられなかった箱は無かったという事だ」

「盗賊としては優秀なのね。出来れば仲間にしたいけど…」

「それは無理だ。本人が罪を認めているし、すでに死刑が確定している。国王陛下が乱心でもせん限り奴の無罪は立証できん」

レオンハルトがそう言って、最後にもう1度「諦めろ」と言った。

「うーん…ちょっと勿体無いけど…今回は仕方がなさそうね…」

やむを得ずシェリルが納得をする。

技術と戦闘力は確かに惜しいが、死刑が確定している男と行動を共にするという事にリスクが有りすぎると判断したのだ。

「じゃあ私達の解放をお願い。人違いだったとか、監獄を移すとか、理由は色々とつけられるでしょ?」

よって、レイヴンを仲間にする事を諦め、自身達の解放をレオンハルトに頼む。

「了解した。色々とやってみよう」

レオンハルトはそれを承諾し、

「念の為にここを離れるかもしれんが、変に誤解して騒がないようにな」

シェリルの「わかったわ」という返事を聞いて、夜の通路を歩いて行った。

レオンハルトはその日の朝、実際には数時間後に首都へと帰還した(演技)。

シェリル達を解放させる為に、その行動を開始したのだ。

看守である兵士が現れ、「今日から働いてもらうぞ」と言って、シェリル達を牢から連れ出したのは午前9時の事であった。

シェリル達は牢から出され、看守を先頭に広場へと向かった。

そして、噴水を右折してここへ来たときに「ちらり」と見えた、茶色い屋根の建物へと入った。

想像通りそこは工場で、どうやらコンベアの上を流れている大量の鎧や盾等に「国の印」を押す事を囚人の仕事としているらしかった。

「お前らはそこだ。昼飯まで休みはないからな。気分が悪くなったりしたら、近くに居る兵士にすぐに言え」

兵士に言われてシェリル達が移動する。

移動先は縦長の工場の、3本に伸びたラインの一番右である。

コンベアはどうやら手動らしく、工場の一番奥に居る屈強な男達が縄を引っ張り、体力で動かしているようだった。

「殆ど拷問だよね」

と、笑顔で呟いたのはレウル。

「仕方ないよ、僕達犯罪者なんだから…」

犯しても居ない罪を背負い、犯罪者気分になっているのが、基本、気が弱いフェインである。

「おぉ、アンタが噂のエルフか。噂どおりの美人じゃねぇか。こんな仕事ほっぽいて、アンタと良い事がしてぇなぁ」

場所としてはシェリルの隣、右手で作業の開始を待っていた脂ぎった男が舌なめずりした。

「看守さん」

それを聞いたシェリルが即座に発言。

「どうした?何事だ?」

それに気づき、近づいてきた兵士に向かい、

「この人、こんな仕事やってらんねぇ、アホ看守の目を盗んで外に行って良い事しようぜぇ、って、しつこく私を誘ってくるの。仕事に集中できないからこの人をなんとかしてちょうだい」

男の発言を一回りも、二回りも大きくした上で密告をした。

「なんだと!?」

「このヤロウ!オレ達をナメてやがるのか!」

怒り狂った兵士達は真偽を確かめずに男を捕らえ、

「そ、そんな事言ってねぇって!」

という、男の弁解を一切聞かず、いずこかへ連れ去ってしまうのだった。

「な、何があったんだろう?」

「さぁね?」

フェインとレウルはその場所ゆえに「なぜ、そうなったのか」が分からなかった。

しかし、場所的にはシェリルの隣に立って、全てを見ていたフィリエルは、

「あースッキリした」

と言う、シェリルの横顔を見つめつつ、「ごくり」と息を飲むのであった。

「よーし、聞け犯罪者どもー!今日は鎧の印付けだ!この鎧の左胸部分にアルウンド国の国印を押せー!例として一つ目にはつけてやるから、それを手本とするようにー!」

シェリル達から見るなら左手。

工場の入り口付近に立った兵士が大声でそう言った。

その右手には鎧が持たれ、左手を使って大げさに鎧の胸部分に国印を押す。

「よし!作業始め!」

そして、それを一番左のラインの上に乗せて流した。

続き、鎧に印を押して、中心のラインの上に流す。

最後に同じようにして、シェリル達のラインの上へと流した。

一行の中でそれを最初に受ける事になるのはレウルだった。

レウルは「ふーん」と小さく発声し、国印の場所を確認した上で流されてくる鎧を待った。

次の鎧は2秒後に囚人の手によりラインの上へ。

やがて印の押されていない、新しい鎧が流されてきた。

「…」

が、レウルはそれをスルー。

「何やっとるかー!そこー!」

と、早速に怒られる事になる。

「はは。だってボク達新入りですよ。国印とかどこにあるんですか?まずはそれを説明してくれないと」

レウルはなんと逆に説教。

言われて見ればシェリル達は「国印」自体を渡されて無く、「何をやっとる」と言われても実際に出来ない状況だったのだ。

「そ、そうなのか…おい!国印を渡してやれ!」

それに気付いた兵士は慌て、他の兵士に国印を取ってこさせる。

「君達のそういうミスが現場の混乱を招くんだ。働かせるからにはそういう事は前もってきちんとしておいてほしいな」

「す、すまん…悪かった」

レウルに言われて兵士が委縮する。

囚人と兵士という立場はすでに完全に逆転していた。

「持ってきました!」

と、国印を持って兵士が現れる。

「早く渡してやれ!」

現場監督なのだろう、説教された兵士は殆ど半切れと言える状態だった。

シェリル達はこの事により、兎にも角にも国印を所持した。

そして、初めての作業に手間取りながらも、次々に印を押して行った。

「工場長殿…!」

作業開始からおよそ2時間。

1人の兵士が工場長を呼んだ。

それはシェリル達のラインの最後の、ラインの上から鎧を下ろし、別の兵士に手渡していた連絡役の兵士であった。

「どうしたかー!」

言いながら、レウルに説教された工場長らしき兵士が走る。

工場長はその場に到着し、自身を呼んだ兵士と話して、ラインの上を流れる鎧を後ろから順番に持ち上げて行く。

作業人数はおよそ20人。

工場長はひとつずつ、鎧を持ち上げてはそれを戻し、少しずつシェリル達に近付いて来た。

そしてシェリルの右正面に到達し、シェリルが持ち上げ、印を押して、ラインに戻した鎧を手に取る。

「な、なによ…」

と、シェリルが言ったが、工場長はそれを無視する。

シェリルの前を通り過ぎ、今度はフィリエルの右正面に立つ。

鎧を持ち上げ、そして戻し、フェインの前でもそれを行う。

そしてレウルの前に立って、同じように鎧を持ち上げた。

「貴様かー!!」

工場長はそこで絶叫。

「印を押す以外の事はするなー!というか一体何をやった!?何をやれば鎧が軽くなるのだ!」

軽くなった鎧を左手にレウルの所業を問いただした。

「えっ?別に?軽量化の魔法をかけただけだよ。その方が君達も動きやすいだろう?」

当たり前のようにレウルが答え、そう言った後にも印を押して、何事かを呟いて鎧を軽くする。

「よ、余計な事はせんでいい!いや、それは有難いが…いや、しかしせんでいい!」

有難い事は確かだったが、やはりはそこは決められたルール。

工場長は便利さよりも工場のルールを守るのだった。

「わかったよ。印を押すだけだね。それで良いならそれだけにするさ」

怒られたレウルはそう言って納得し、以降は印を押すだけにした。

「そ、そうだ。それでいいんだ」

工場長はそう言ったが、立ち去り際の表情は「惜しい事したかも…」と言わんばかりの未練が残る顔ではあった。

シェリル達はその後も作業し、それから約一時間半後に昼食を含めた休憩に入る。

工場を出て、大きな建物の中に戻り、先輩囚人に続くようにして二階の食堂の列に並んだ。

「今日はいくつだ?5人分か?」

本日の配給係なのだろう、マスクをつけた兵士が言って、囚人の列には並んでいない、その横に立っている兵士に聞いた。

その兵士の後ろには台車のようなものがあり、そこにはすでに3人分の昼食が綺麗に乗せられていた。

「今日は6人だな。昨日の夜に一人出たらしい。5人分以上はちょっとキツいんだが…」

聞かれた兵士がぼやきつつ、配給係の兵士から4人目の昼食をその手に受けた。

そしてそれを台車に乗せて、続けて受けた5人目の昼食を重ねるようにしてそこに乗せる。

「あーやっぱ無理!5人が限界!頼むからちょっとついてきてくれよ!」

それ以上は台車に乗り切らないのか、もしくは乗せると危なくなるのか、昼食を受け取った兵士が言って、同僚の兵士に助けを求めた。

「駄目駄目。俺にだって持ち場があんの」

が、配給係の兵士は同僚の頼みをあっさりと拒否。

6人目の昼食を無慈悲にも、同僚の前に「ずい」とつき出した。

「くそー、無理だって言ってんだろうがよ…」

言いつつも、とりあえず、台車の兵士がそれを受け取る。

そして、囚人達への配給が始まった。

台車の兵士はどうしたものかと昼食を持ったままで固まっていた。

「あの、何かお困りですか?」

そんな兵士に声をかけ、質問したのはフィリエルだった。

明らかに困っている事を見て、黙っていられなくなったのだ。

「あ、いや、なんでもないんだ」

兵士は一旦はそれを拒絶した。

「そうですか…」

が、フィリエルが残念そうに戻った事を見て、

「あ、ごめん、ちょっと待って」

と、思い直した様子で声をかけた。

「俺は午後の独房係でね。独房に入れられてる連中に昼食と夕食を届けるのが仕事のひとつになってるんだ。で、今日もこうやって昼食を取りに来たんだが、昨日の夜に1人増えて、5人が6人になっちまったらしいんだ。昨日までは5人だったから、5人分の食事が乗せられるこの台車を持ってきたんだが…」

「1人増えて乗せられないと」

「そう。それだけの事なんだ。心配してくれてありがとうな」

事情を話し、兵士が礼を言う。

兵士として、看守として、囚人と親しくするのは駄目だが、それ以前に人間としてこれくらいは筋だと考えたのだろう。

「さて、メンドくさいけど往復すっかな」

独り言のように兵士は言って、持っていた昼食をテーブルに置いた。

「もし良かったら手伝いましょうか?」

「へ?」

フィリエルが言い、兵士が驚く。

「(物好きねぇ…)」

それを見ていたシェリルは思ったが、それを言葉にはしなかった。

基本的にはそれは良い事で、止めるべき事では無いという事が、シェリルにも分かっていたからである。

「あー…えーと…でも君は一応アレだし…」

兵士はしばらく迷っていたが、自身を見つめるフィリエルを見て、

「(この子なら大丈夫だろう)」

と思ったか、

「じゃあごめん。お願いするよ。俺の後ろについてきてくれ」

と言って、フィリエルの好意に甘えたのだった。

フィリエルは自分の昼食をテーブルの上にあったものと交換し、スプーンがついていない事に気付き、自分の昼食からスプーンを移した。

そして「ちょっと行ってきます」と、シェリル達に向かって伝え、兵士の後ろに続くのだった。



独房は大きな建物の地下の一階に存在していた。

太陽の光は届かず、外の喧騒も一切聞こえない。

今が朝なのか夜なのかすらここに居るとわからないだろう。

兵士とフィリエルは階段を降り、薄暗い地下の通路を歩いた。

左右にはいくつかの独房があり、その扉を見ながら進んだ。

独房の四方は堅い壁で、鉄の分厚い扉によって、その入り口は塞がれていた。

「全部で12部屋あるんだけど、今使われてるのは6部屋だけだね。ここに連れて来られるようになったら、社会復帰はまず不可能さ。君が何をしたのかは知らないけど、ここに連れてこられないように社会復帰を目指して頑張るんだよ」

歩きながら兵士が言って、悪い子には見えないフィリエルの未来の為に激励をする。

「は、はい。頑張ります…」

戸惑いながらもフィリエルが言い、兵士が「うん」と、笑って頷いた。

フィリエルは実際には無実であるが、怪しまれない為にもここは一応認めておく事が必要だった。

「ちなみに君は何をしたんだい?」

フィリエルが罪を認めた事で、少々の興味が沸いたのだろう、歩を緩めずに兵士が聞いた。

「あっ…あの…わたしはその…ほ、放火で…」

「ほ、放火!?ひ、人は見かけによらないなぁ…」

フィリエルの言葉に兵士が驚き、信じられないといった顔で、フィリエルの事を「じろじろ」と見た。

見られるフィリエルも「言いすぎたかな…」と、心の中で反省をした。

「ま、まぁ、反省しているみたいだし、社会復帰の余地はあるよ。うん…」

その反省を勘違いした兵士が苦笑いを作って言った。

「どうしようもないのはここに居る連中さ。特に一番奥に居るレイヴンって奴は救いようが無いよ。殺し、盗み、誘拐に恐喝、悪事に悪事を重ねた上に完全に開き直っているからね。今世紀最高の盗賊だとか噂されてるみたいだけど、俺達兵士に言わせりゃ、再生の可能性が無いただのゴミさ」

言いながら兵士は進む。

「ここから奥6つがそうだ。君はそこで待っていてくれ」

そして不意に立ち止まり、フィリエルに向かってそう言った。

その場で屈み、昼食を持ち、兵士は扉の前へと向かう。

「飯だぞ」

そして、扉の中央に作られていた小窓を開いて中を確認した。

囚人が中に居る事を見て、昼食を扉の下部にある隙間を通して押し入れる。

それから2つめの昼食を取り、兵士が次の牢へと向かう。

次の牢も静かに終了し、その次も、そのまた次も、問題なく終了して行った。

「うわっ!?」

が、5人目の牢を訪れた時、ついに問題と事件が起こった。

小窓を開けた兵士は直後、喉首を腕で掴まれたのだ。

「ここから出せ!ぶっ殺すぞ!」

とは、牢の中からの囚人の言葉で、慌て、走り寄ろうとしたフィリエルだったが、昼食を落とした兵士が右手でフィリエルに「来るな!」と伝えていたので、その様子を見守るだけとなった。

「お、俺を殺した所で…!ここから出る事はできんぞ…っ!」

「それはおめぇが決める事じゃねぇ!決めるのはここの監長だろうが!いいから開けろ!マジで殺すぞ!」

兵士が言って、囚人が怒鳴る。

フィリエルはどうして良いのかが分からず、両手で口を覆っていた。

「貴様は昨夜入れられた奴だな…っ?知らんようだから教えてやるが、鍵を持っているのは俺じゃない…!脅す相手を間違えたな…っ」

「くッ…くそがぁ!」

笑いながら兵士がそう言うと、囚人はそれを事実と取ったか、兵士の体を押し離した後に、喉首を掴んでいた腕を引っ込めた。

「大丈夫ですか!?」

フィリエルが言って、兵士に駆け寄る。

兵士は「ごほごほ」と咳き込んでいたが、命に別状は無いようだった。

「ありがとう、大丈夫だよ。しかし、とんでもないやつだな…」

十数秒後、兵士は回復し、立ち上がって牢を見つめ、忌々しげにそう言った。

「おらぁ!飯はどうした!飯をよこせ!」

それは先程の囚人の言葉で、扉を蹴って「ドンドン」と大きな音を立てていた。

「世の中はそんなに甘くない。夕食まで我慢するんだな」

鼻で笑って兵士が言うと、囚人は「ふざけんなコラァ!」等と、わめき続けていたようだったが、以降は無視される事となった。

「悪いんだけどちょっと待っててくれるかな?掃除道具を取ってくるから。あ、もし、あれだったら台車に置いて帰ってもいいから」

散らかってしまった昼食を見て、兵士がフィリエルに向かって言った。

自分は箒を取りに行くが、待っているのが面倒だったら、昼食を置いて帰っても良いという、そういう意味合いの言葉らしかった。

「わかりました」

フィリエルが言って、背中を見送る。

そして、一応は待っている心積もりで地下牢の中をくるりと見渡した。

「おい」

その声が聞こえて来たのはその直後の事だった。

場所はフィリエルのちょうど後ろ。

問題を起こした囚人の正面にある牢からだった。

「今日の飯は何だ?またパンと薄いスープか?」

「あ…えっと…ポテトサラダもついてます」

振り向き、体を向けた上で、馬鹿正直にフィリエルが言う。

「かぁっ…」

それを聞いた牢の中の人物が、形容しがたい微妙な反応をした。

「牛や鶏が食いてぇな…死刑の前に栄養失調で死んじまうぜ」

そう言った後にため息を吐き、頭でも軽くぶつけたのか、扉が小さく「ごんっ」と鳴った。

「まぁいいや。で、テメェは何をしたんだ?声を聞く限りじゃガキみてぇだが、手伝いか何かでバイトしてんのか?」

牢の中から質問が飛ばされる。

娯楽が無いのか孤独なのか、珍しい差し入れ係に興味を持っている様子であった。

「わ、わたしですか?えーっと…」

フィリエルはしばらく迷った後に、

「バイト、ではないです」

と、短く答えた。

「ああン?て、事は何かしたのか?」

質問はなおも続けられる。

フィリエルはそれには

「それも違います」

と答えた。

「わけわかんねぇな…」

牢の中の人物は困惑し、

「じゃあアレか。誰かの娘か妹とかで、人がいねぇから手伝いをしてる?無償での手伝い?どうだ?当たりだろ?」

残された唯一の道である「親戚説」をフィリエルに向けた。

「いえ、外れです」

が、フィリエルはそれをも否定。

「なんか面白くなってきたな…待ってろ、すぐに当ててやるから」

全てを否定された事で却って盛り上がってしまったらしい、牢の中の人物が言った。

「あの、あなたはもしかして、今世紀最高の盗賊だと噂されている方ですか?」

逆に聞いたのはフィリエルだった。

「ああ、らしいな。自称じゃねぇから誤解すんなよ」

さんざん自分が聞いた為だろう、牢の中の人物はその質問にあっさり答えた。

「ハハーン?さてはファンか?俺にひと目会いたいが為に無理して侵入してきたってクチか?」

「違います」

「そ、そうか…まぁ、そうだろうな…」

牢の中の人物改め、今世紀最高の盗賊と噂されるレイヴンが言う。

表面上は「そりゃあそうだ」と納得している様子だったが、その一方であっさりと「違う」と言われてしまった事に、多少は傷ついているようだった。

「駄目だ。お手上げだ。どう考えてもわかんねぇ。嫌じゃなかったら教えてくれよ」

レイヴンはここでついに降参し、フィリエルがここに居るわけを素直な気持ちで聞いてきた。

フィリエルは「これを言っても良いのか」と、しばらくの間悩んでいたが、シェリルとレオンハルトの話し合いの結果を聞いて居ない為に、あなたを仲間にする為にここに来た、と、正直に言ってしまうのだった。

「ハッ、魔王を倒す為にね…それが本当の話なら、悔い改めて世界の為にひと働きするのもおもしれぇかもな…」

それが、全てを聞いたレイヴンの反応で、顔が見えないので分かり辛いが、言葉だけで判断するのならば、少しは乗り気のようであった。

「おもしれぇ話をありがとよ。ここを出られたら考えてみるぜ」

レイヴンは最後にフィリエルに感謝し、

「とりあえずメシを食わせてくれねぇか?そんなもんでも食わねぇよりはマシだからな」

牢の中からそれを頼んで、差し入れられた昼食を扉の下で受け取った。

「何もしねぇと誓うから、ちょっとだけ小窓を開けてくれよ」

それは直後のレイヴンの頼みで、フィリエル以外の者であれば、多少は警戒をするはずだろう危険をはらんだ頼みであった。

「わかりました」

が、人を疑う事を知らないフィリエルは、その頼みをあっさり承知し、小窓の横のかんぬきを外して小窓を持って押し上げたのだ。

年齢は25、6才。

銀色の頭髪を備えた男が小窓の向こうに立っていた。

人殺し、というだけはあり、顔つきは少々荒んでいたが、基本のパーツが良い事もあり、怖いと言う程ではなかった。

男、レイヴンは「にやり」と微笑み、右手に持ったスプーンを見せた。

「アンタの気持ちは受け取ったぜ」

そして、フィリエルに向かってそう言って、それを懐にしまうのだった。

「あれ?君、まだ居たのか」

直後、掃除道具を抱えた兵士が、階段を下りて地下牢に戻ってくる。

フィリエルは慌てて小窓を閉めて、

「じゃあわたし戻りますね」

と、逃げるようにしてそこから去るのであった。




翌日。

レオンハルトの行動により、シェリル達の「移送」が決定された。

これは勿論大嘘であり、移送という名の脱獄である。

シェリル達は森の小道で戒めを解いて自由の身となった。

元々が無実であるのだから、これを脱獄というのかどうか。

それは極めて微妙であったが、少なくともレオンハルト個人としては、詐欺を行った事は認識してたし、嘘を言ったという事に罪の意識を感じてもいた。

「まぁ、ほら、世界の為だから。そんなに深く考える事ないわよ。この先いくらでもあるわよ?こういうの」

レオンハルトの肩を叩き、軽い口調でシェリルはそう言った。

しかし今まで嘘をつかず、真面目に生きてきた彼としては、いくら世界の為とはいえど、すぐには受け入れられない事だった。

「(慣れていくしかない…か…)」

結論として彼は思い、「リーダーがアレなら慣れるしかない」と、少しいい加減な自分になる為の努力を決めた。

一行はとりあえず首都へと戻り、レイヴンを仲間にする事を諦め、別の盗賊を探し始めた。

シェリル達の前にそのレイヴンが現れたのは、それから数日後の事であった。

場所は酒場。時間は昼で、他に客は誰も居ない。

酒場のマスターがグラスを磨き、「いらっしゃい」と言った先にレイヴンは堂々と姿を現した。

レイヴンはフィリエルの姿を見つけ、一直線に近寄ってきた。

「よう、約束通り力を貸すぜ」

そして、開口一番そう言って、仲間達の輪に加わったのだ。

「…」

が、シェリル達としては、

「(なぜここにこいつが居るのか)」

と、激しく疑問して全員が無言。

仲間にする、しない、以前に「まさか」を考えて沈黙していた。

「あの、もしかして脱獄を…」

口を開いたのはフィリエルだった。

面識がある唯一の立場だし、黙っていたらシェリル等がエライ事を言いそうで少し怖かった。

「ああ。アンタのくれたスプーンでな。ナイフのように見せて脅して、兵士を人質にして出てきてやった。アレは中々滑稽だったぜ。バレてたらその場で殺されてたかもしれねぇがな」

フィリエルに答え、レイヴンが笑った。

しかしながらシェリル達は、レイヴンの言葉には笑えなかった。

彼、レイヴンはシェリル達の仲間になる事を前提に重罪を犯して脱獄してきた。

が、すでにシェリル達はレイヴンの事は諦めていた。

なぜならば彼は死刑囚で、そんな人物を仲間に入れる事が、リスキーすぎると気付いたからだ。

元々は死刑囚で、加えて脱獄してきたばかりの、指名手配犯と行動を共にする事等は決してできない。

かつては仲間にしようと思った。

が、現在のシェリル達にはレイヴンを受け入れる事はできなかったのだ。

「参ったわね…今更帰れなんて言い辛いし…」

本人を前にしてシェリルが呟く。

「言ってます、言ってますってシェリルさん…!」

フェインが慌ててそれに突っ込んだ。

「帰れだぁ?オイオイ、そりゃあどういう事だ?仲間になってくれって言ったのはそっちの方だろうがよ?」

が、当然、レイヴンにはその言葉は聞こえており、荒んだ顔を更に怖くし、ドスの利いた声でレイヴンが言う。

「まぁ、その、あれなのよ」

それに答えたのはやはりシェリル。

肝が太いというのだろうか、怯えた様子は一切なかった。

「状況が変わったって言うのかしら。つまり、もう要らないのよね」

「なっ…」

その言葉にはレイヴン含む、その場に居た全員が言葉を失う。

クールなレオンハルトですら「それはちょっと言いすぎだろう!」と、言葉にはしないが目を大きくし、シェリルを凝視している始末だ。

「そういうわけだからごめんなさいね。監獄に帰れとは言わないわ。私達の前から消えて頂戴」

それに気付かずシェリルは続け、フェイン達はレイヴンに哀れみと同情の念を抱く。

「わ」

ようやくにもレイヴンは口を開き、

「わかった…そ、そういう事なら仕方がねぇな。脱獄する事ができたってだけでも、アンタ達には感謝しとくぜ…」

かなりの衝撃を受けているようだが、それを隠してそう言いきった。

「あー」

レイヴンが立ち、フィリエルに何かを言おうと口を開いた。

「見つけたぞ!脱獄囚レイヴン!ここは完全に包囲されている!諦めておとなしくお縄につけ!」

酒場の入り口から声が聞こえ、数十人の兵士達が一斉に中に詰め込んできたのはその直後の事であった。

外への出口はそこ一箇所のみ。

しかし、出口は隙間無く、兵士達によって埋められていた。

「ちっ…俺もヤキが回ったぜ…」

流石のレイヴンもこれには観念。

立ったまま両手を上げて、投降の意思を兵士に見せた。

「お前達もだ!立て!」

兵士の1人がそう言って、シェリル達に向かって立つよう言った。

「は?私達は無関係でしょ?」

「レイヴンを脱獄させたのはお前達だと判明している!言いたい事があるのなら城の牢屋で言うんだな!」

兵士が言って、

「捕らえろ!」

と、他の兵士に命令をした。

数十人の兵士が動き、シェリル達とレイヴンは再び囚われの身となった。

シェリル達は兵士に捕らえられ、城の地下牢へと連行された。

「今度こそ本当に犯罪者だね?」

という、レウルのお茶らけた言葉を最後に全員が無言となるのであった。


お付き合いありがとうございました!

そろそろ後半部分に入ります。

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