第四話 「仕方ないわね…脱獄させるわよ」
シェリル達はアルレスの街へと戻った。
夜明けが近いという事もあり、街にはドワーフが殆ど居なかった。
そのお陰でシェリルの正体が、彼らにバレる事は無かった。
フェインとフィリエルが宿へと戻り、耳当てをとってきてもらった上で、それをつけてシェリルが戻ったからだ。
「寒いわけでもないのに変わった人だねぇ」
と、宿屋の女将に言われつつ、一行は借りてある部屋へと向かった。
「とりあえず寝ませんか…なんかもう全身がボロボロな感じです…」
という、フェインの提案を受ける形で、朝食よりも睡眠を優先させた。
目を覚ましたのは翌日の13時頃。
先日の無茶が祟ったのか、フェインが強烈な筋肉痛で行動不能となってしまったが、シェリルは一台の荷車を買う事で、卵とフェインの運搬法とした。
コーンシェイドまでの旅路をずっと「腕が痛い!顔も痛いよー!」と、フェインは泣いて喚いて居たが、それ以外にはこれといって事件らしきものは起きなかった。
そして6日後、シェリル達はコーンシェイドに無事に到着。
卵を乗せた荷車を背に、レオンハルトが下城する時を城門の前で待ち構えていた。
レオンハルトはその日の夕方、17時34分に姿を現した。
数日前に見かけた顔にレオンハルトは「ぴたり」と停止し、訝しげな顔でこちらを見ながら、短いつり橋に足を進めた。
シェリルは現在耳当て状態で、卵の上には布をかぶせ、それが何かはわからないようにしている。
フェインとフィリエルは普通だったが、シェリルは両腕を組んだ上で、顎を若干上向かせ、勝ち誇ったような顔でレオンハルトを見下していた。
「久しいな。諦めたのかと思っていたが、そうではなかったと言う事だろうか?」
シェリル達の前で止まり、レオンハルトが軽く挨拶し、再訪の目的をシェリル達に聞いた。
それを聞いたシェリルは「ふふぅん」と、声に出して鼻で笑う。
「年貢の納め時よ!レオン!」
そして、大声でそう言って、レオンハルトを「びしり」と指差した。
「どういう事だ…?」
嫌悪感を明らかにして、レオンハルトがシェリルに聞いた。
わけがわからないという事に加え、ニックネームで呼ばれた事に、やや「カチン」ときているようだ。
「ふっふーん?」
シェリルはそれに構う事無く、勿体ぶって更に笑った。
「騎士様は状況が分からないんですって?どうするぅフェイン?」
「わ、わかりませんよそんなの。ていうか僕に振らないでくださいよ…」
フェインに絡み、楽しい時間を長引かせようと目論むが、それは失敗に終わってしまう。
シェリルは「ちっ」と小さく舌打ち。
「まぁいいわ。アレを見せてあげなさい。状況が理解出来ないという、ニブニブ頭の騎士様にアレをねぇ!」
やむをえずそう言って、卵の上の布をどかせた。
「おぉ!!?」
それを見たレオンハルトと、近くで様子を見守っていた衛兵達が驚愕の声を発す。
その様子を見たシェリルはもう「喜び死」せんばかりのいやらしい笑顔だ。
「な、なんという大きな卵だ…これはダチョウか何かの卵か?」
が、直後のセリフでその場で転倒。
「いや、レオンハルト様、これは象の卵ですよ」
という、衛兵の言葉に額を押さえ、
「(駄目だわ、こいつらは本物のアホだわ…)」
と、目を瞑って首を振るのであった。
「もしかしたら鯨ですかね?」
もう1人の衛兵はもはや論外。
鯨はそもそも卵生ではなかった(象もだが)。
「あの…シェリルさん、見えてますよ…」
ミニスカートの奥に見えた何かを注意してフェインが言った。
シェリルはそれを「きっ!」と睨み、慌ててその場に立ち上がる。
レオンハルトや衛兵達は卵に夢中となっており、「そちらの方」は見ていなかった。
見られたのはフェイン1人。よって処罰もフェイン1人。
シェリルはフェインの尻を捻り、
「(そういうのはさりげなく教えるのよ!)」
と、一応のマナーを教えておいた。
「(十分さりげなかったじゃないか…)」
口を尖らせ、すねるフェインは、内心ではそう思ったが、更なる処罰が怖かったので口に出すのは控えておいた。
「それで?この卵を皆で食べようというお誘いなのか?」
一体どこでそうなったのか、素っ頓狂な質問をレオンハルトがシェリルに向ける。
「違うわよ!どこでそうなったのよ!」
それを聞いたシェリルは絶叫し、
「どう見てもドラゴンの卵でしょう!ダチョウだとか象だとか頭がおかしいとしか思えないわ!ていうかそれを持ってきて私達が何をするっていうの!?数日前に自分が言った事、それによって私達が卵を持ってきた事である程度の事は分かるでしょ!?」
あまりの「アホぶり」に疲れてきたのか、シェリルは一気にそう言った。
「いや、だから、その卵で卵パーティを…」
と、言い掛けた衛兵はシェリルに睨まれ、それ以上は何も言わなかった。
「ど、ドラゴンの卵だと…?」
真相を聞かされ、レオンハルトは状況をようやく理解したようで、「信じられない」と言った顔で、卵を「じっ」と見つめていた。
「約束は果たしてもらうわよ!さぁ騎士を辞めなさい!そして私達の仲間になるのよ!あなたは私の僕なのよー!」
右手の甲を口に当て、シェリルが「オーホホホホ!」と高らかに笑う。
「私はドラゴンの幼生を連れてきたら、と、言ったはずだが…?」
が、レオンハルトのその言葉で、「ぴたり」と動きを止めるのである。
「…どういう事?」
思いがけない対応に、シェリルは思わずフェインに振った。
「レオンハルトさんは卵じゃなくて、ドラゴンの幼生を連れて来いと言ったはずだって言ってるんです。確かに、卵をもってこいとは一言も言って無かったですね…」
「ああそう…」
フェインにそう答えられ、シェリルはそこで理解をしたが、
「この裏切り者!」
「いてっ?!」
やるせなさは抑えきれなかったか、フェインの頭を叩く事で、無理矢理それを抑え込もうとした。
頭を叩かれたフェインとしては、言いたい事が色々あったが、「なんで途中で言わなかったのよ!」と、怒られるのが目に見えていたので、そこは「ぐっ」とこらえておいた。
「あの、という事はお力を貸して頂けないのですか?」
唯一、冷静なフィリエルがレオンハルトに向かって聞いた。
レオンハルトは「むう…」と、唸り、すぐには言葉を発さなかった。
確かにこれでは約束とは違う。
しかし、彼らは約束を果たそうとして行動をした。
ドラゴンの卵を持ち帰るのは簡単な事ではなかっただろう。
当然、危険を冒したはずだ。
なぜ彼らはそこまでするのか。
それは自分に信用してもらいたい一心からの行動だろう(本当は復讐心だけ)。
そこまでして、信じてもらい、自分を仲間に加えたいだけの理由が彼らにはきっとあるのだ。
レオンハルトはそう考えて、返答に迷っていたのである。
「申し訳ないが、すぐには返答できん。だが、君達の誠意は良く分かった。嘘ではないと信用もしよう。少しだけ時間を貰いたい」
結果、レオンハルトはそう答え、時間をくれるように頼むのだった。
フェインとフィリエルはそれでもよかった。
信用してもらえた事が嬉しく、少しだけ表情が明るくなった。
が。
「駄目よ」
と、シェリルが一言。
全員の顔色を一変させる。
「そんな事言って逃げる気でしょう?逆に、あなたを信用しないわ。こんな小さな子供達が命の危険を省みずドラゴンの卵を持ち帰ったのよ?1も2も無く快く承知するのが、良識ある大人ってものでしょ?それに卵はすぐに孵ってあなたの注文どおりになるわ。そうなるのは目に見えてる。という事はこの卵はドラゴンの幼生と同価値のはずよ!つまり、私達は約束どおり、ドラゴンの幼生を連れて来たのよ!今度はあなたが約束を果たす番じゃないのかしら!?ねぇ!そうでしょ!この卑怯者!怖いんでしょ!騎士を辞めるのが本当は怖くて仕方が無いんでしょ!?そうじゃなきゃ約束を果たしなさいよ!ちょっと!聞いてるのこの腰抜け!」
このチャンスを逃すまいとシェリルは一気に畳みかけたのだ。
「ちょ、ちょっとシェリルさん!?」
後半部分が言いすぎだったので、フェインとフィリエルがシェリルを抑えた。
「…」
レオンハルトは侮辱に近いシェリルの言葉を無言で静聴。
「すみませんでした!」
と、シェリルに代わって謝罪した2人の事を完全に無視した。
フェインとフィリエルはレオンハルトが相当怒っているものと思い、
「ほら!シェリルさんも謝って!」
と、喧嘩をふっかけた本人であるシェリルにも謝るように言った。
「嫌よ!私は間違ってない!むしろあなたも切れなさい!勇者は悪には屈しないのよ!」
が、シェリルは頑として拒絶。
「勇者として」フェインに切れるように言った。
「…わかった」
そんな中でレオンハルトが、ぼつり、と短く口を開いた。
「約束は果たそう…卵も幼生もさして変わらん。私との約束を果たそうとして動いてくれた事をこそ、あなた達の決意の証と思おう」
レオンハルトはシェリル達の仲間になる事を表明したのだ。
「…えっ?何?どういう事?」
まさかの展開にシェリル達は呆然。
シェリルを掴む態勢のまま、3人で固まって疑問していた。
レオンハルトは騎士を辞した。
騎士団長は当然「なぜか?」と、辞職の理由を彼に聞いた。
レオンハルトはただ一言、
「世界平和の為です」
とだけ答え、それ以上の事を話さなかった。
騎士団長は「そうか…」と、頷き
「疲れてるようだな。少し休め」
と、哀れむような顔で言って、形上の長期休暇を彼に与えてくれたのだった。
その後、レオンハルトは自身の母にも騎士を辞した理由を話した。
そしてドラゴンの卵の面倒を見てくれるよう母に頼んだ。
流石は親と言うべきなのか、レオンハルトの母は全てを信用し、
「世界平和の為に頑張るのですよ」
と、優しく息子を送り出した。
それが、今から3日前の事だ。
シェリル達は今現在、アルウンド国の北に位置する「ダウニー永世中立国」の萎びた村へとやってきていた。
その目的はギルドで受けた仕事の依頼を果たす為で、レオンハルトが仲間に加わり、戦力が増強された今ならば「イケるはずだ」と考えた為だった。
「山に入った若い者が何日経っても帰ってこない。捜索隊を派遣したが、その捜索隊も帰ってこない。理由と真相を探って欲しい」
それが、この萎びた村の村長が出した依頼であった。
村の人口は50人ほどらしく、殆どの地形は畑だったが、製材所がちらほらとある所を見ると、木材を加工する事によって生計をたてている村だと思われた。
シェリル達は村人に聞き、村長の家がある場所を知った。
そして、「ひそひそ」と話す村人達に見守られながらあぜ道を歩いた。
数分後、左手に小川が見える一際大きな家を見つける。
そこが、村長の家だと聞いていた為、一行はその家へと向かった。
「すみませーん。冒険者ギルドで依頼を受けたものです」
言って、フェインが扉を叩くと、それから約10秒後に家主と思われる男が現れた。
「おお、ようやっと来て下さいましたか…ささ、まぁとりあえず中へ」
男の年齢は80才くらい。
杖をついた「よぼよぼ」の枯れ木のような老人で、家の場所と照らし合わせるのなら、この村の長と思われる人だった。
「さぁどうぞ、さぁこちらへ…」
老人、おそらく村長はシェリル達を家の中へと招き、応接間へと通してくれた。
そして、簡素な食事と飲み物を家人に言って用意させた。
シェリル達はそれらを受けて、食事をしながら状況を聞く。
事件の発端は13日前。
森に木を切りに行った若い衆が村に帰って来なくなった。
不審に思った村人だったが、山小屋に泊まっているのだろうと、2日間は放置をしていた。
しかし3日目、流石におかしいと村長に報告をしてきたのである。
そして翌日、捜索隊が森の中へと派遣された。
が、この捜索隊すらも、村に帰ってこなくなったのだという。
つまり、捜索隊を派遣してから現時点で9日が経過しており、未だに連絡が無いのであれば、すでに全員が「死んでいる」と考えるのが妥当な状況だった。
村長自身、その点は薄々分かっているのであろう、「捜索隊を探してくれ」とはシェリル達には言わなかった。
ただ、理由と真相を探って欲しいと言ったのである。
シェリル達はそれを理解し、村長に了解した旨を伝えた。
そして、翌朝からの調査を約束し、村の宿屋へと向かったのだ。
時刻はすでに15時50分。
今から調査を開始しても、すぐに夜になるからである。
シェリル達は宿で休み、翌朝、村長の家を訪ねた。
そして、村長から森の地図を受け取り、森の中へと入って行った。
この依頼はすぐに終わる、と、シェリルはそう考えていた。
レオンハルトが仲間になったし、例えば戦闘になったとしても楽が出来ると思っていたのだ。
その考えが甘かったとシェリルが実感する事になるのは、それから数時間後の事であった。
シェリル達は魔物に襲われ、撃退すべく戦っていた。
背後には森。正面には地肌がむき出しの荒野が見える。
その先には崖があり、その崖の近くに群がっていた魔物にシェリル達は襲われたのだ。
魔物の外見は茶色い巨木。
太い幹にはくぼみがあって、それらが顔や口に見えた。
大きさはおよそ5m。
レオンハルトの胴体よりも太い枝を振り回しており、それと同じくらいの太さの足(根っこ)で低速ながらも歩行していた。
魔物の名は「ダークトレント」。
人間の血や精気の味を知ってしまった老木である。
本来、木の実がなる場所には、犠牲者の体を吊るしており、生かさず、殺さずの状態にして血や精気を吸い取っている。
住処は主に戦場や墓場である。
なぜ、ダークトレントがこんな所に住んでいたのか。
シェリルにはそれが疑問だったが、現時点の問題はそこではなかった。
ダークトレントの数は全部で3体。
その全てのトレントに犠牲者の体が吊るされていた。
そして、それらは「ギリギリ」だが、全員が生きていたのである。
ダークトレントの弱点は言うまでも無く「火」であった。
しかし彼らが生きている為にシェリルは魔法を打てなかったのだ。
もし、狙いを外したり、万が一盾にされたりしたら、自分が彼らを殺してしまう。
そうなった場合も「仕方ないね♡」と、嘯ける程シェリルは強くなかった。
それ故にやむを得ず、剣で対応していたのである。
フェインと、レオンハルトと共に切り付け、少しずつでも弱らせようと試みていたが、斧やハンマーでは無い剣では与えるダメージはたかが知れており、ダークトレントの表面をほんの少し削り取るだけだった。
「う、うわぁああ!?」
そうこうしている内にフェインが捕まり、
「あっ…!?…へ、へんな感覚…ぅ…」
細い枝を首に刺され、その精気を「ちゅみっ」と吸い取られてしまう。
「フゥ…」
眠るようにしてフェインは気絶し、
「フェイン!?きゃあっ!?」
それを見て少し焦ったシェリルが今度は捕らえられる。
捕まったシェリルは持ち上げられて、枝でローブを「ビリリ」と破られた。
シェリルをエルフだと理解したのか、ダークトレントは「オォォォォ」と呻き、周囲のトレント2匹も集まり、シェリルの体に枝を絡めた。
「ちょっ!?何よ!?何するつもりよ!?なんで扱いが違うのよ!?」
先のフェインの例と比べ、明らかに違う行動に困惑し、顔色を変えてシェリルが叫んだ。
トレント達はそれに構わず、シェリルの首に枝を注入する。
「あっ…あぁぁぁ…」
そして、フェインの時とは違う勢いで「グビグビ」と精気を吸い取り始めた。
「あ…うっ…ううっ…!」
体には力が入らず、視界が急速にぼやけて行った。
言うなれば眠さの限界か。
このまま落ちればさぞや気持ちよく眠る事が出来るだろう。
だが、それはおそらくは「死」だという事がシェリルには分かった。
だからこそシェリルは落ちず、気力と根性でそれに耐えていた。
「オォォォォン!!?」
突如、シェリルを捕まえていたダークトレントが声を上げた。
慌て、そこから離れる2匹。
声を上げたトレントは、前のめりにゆっくりとその場に倒れ、シェリルの体は解放された。
原因はレオンハルトの一撃だった。
シェリルに夢中となっていたダークトレントの顔面を、後ろから剣で貫いたのだ。
ダークトレントはそれで絶命し、動きを失った倒木と化した。
レオンハルトは剣を引き抜き、それを構えて二匹の前に立つ。
「治療を!」
レオンハルトがフィリエル指示し、それを聞いたフィリエルは素早く救助に走り出した。
「ウォォォン!!」
生き残ったトレント達は、「こいつはまずい」と判断したのか、レオンハルトに対して同時に枝を振り上げて襲い掛かった。
しかし、そこは「神速」とうたわれているだけの騎士であり、その攻撃を全てかわし、返す斬撃でトレント達の枝のいくつかを切り捨てた。
「も、もう大丈夫よ…ありがとう…」
ここでシェリルが戦闘に復帰し、治療をしてくれたフィリエルに礼を言って立ち上がる。
「あなたもありがとう。助かったわ…」
それからレオンハルトにも礼を言うが、
「礼など無用だ。回復したなら戦いに戻れ」
と、返されてきたその言葉に眉根を「きっ」と寄せるのだった。
「言われなくても戻るわよ!」
言って、シェリルが剣を拾い、レオンハルトの横に立った。
「さぁ!さっさとブッ倒すわよ!」
そして、レオンハルトへのささやかな怒りを上乗せさせて、攻撃を再開させたのである。
その役割はシェリルがかわし、レオンハルトがその隙に強烈な一撃を叩き込むというもの。
腕力とその武器に於いてこの役割は最善で、現時点での戦力でダークトレントを倒すにはそれが妥当と思われた。
シェリルがかわし、その隙を縫い、レオンハルトが顔を突く。
「オォォォォン!!」
という悲鳴をあげてダークトレントの1匹が倒れる。
その3分後にはもう1匹も奇声を発してその場に倒れた。
「なんとか倒せたわね…」
シェリルが大きく息を吐く。
一方のレオンハルトも目を瞑って息を吐いていた。
倒せはしたが2人とも体には傷を負っており、「吊るされた人間」を傷つけないよう、気を遣って戦った為に精神的にも疲労していた。
「いやー凄いなー。たった2人で倒しちゃうなんて」
そこへ場違いな拍手が響いた。
森の中から姿を現した一人の少年が発したものだ。
年齢はおそらく15、6才。
黒いマントとローブをまとった赤い髪の少年だった。
身長は165cmくらい。
線が細く、女性のような美しい外見と肌理細やかな肌で、その顔に不敵な笑顔を浮かべてシェリル達の方に近寄ってきていた。
どこか、人間離れをしている少年の行動にレオンハルトは警戒し、下ろしていた剣を構え、厳しい表情を更にきつくした。
「あ、勘違いしないでよ。ボクは君達の敵じゃない。そんな怖い目で見ないで欲しいなぁ」
それを見た少年は両手を振って、「勘弁してよ」という意思を表明。
「ねぇ綺麗なお姉さん。この人になんとか言ってあげてよ」
と、未だ敵意を見せていないシェリルに向かって助けを求めた。
「やめなさいレオン。この人は悪い人じゃないわ。むしろ良い人よ!私には分かるの!」
それを聞いたシェリルが言って、レオンハルトの剣を下ろさせる。
「綺麗なお姉さん」と褒められた事で、単純にも気を良くしてしまったのだ。
「あ、あれ?その人誰ですか?」
ここで回復したフェインがやってきた。
フィリエルは解放された村人達に治療が必要か診て回っていた。
「やあ、初めまして。ボクの名前はレウルって言うんだ。よろしくねフェイン君」
やってきたフェインに向かい、少年、改め、レウルが言った。
右手を伸ばし、握手を求め、戸惑うフェインに笑いかける。
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
敵意は無いと判断したのか、フェインが言って握手に応じた。
「あ、あの、どうして僕の名前を?」
しかし、そこに疑問があったか、「にこり」と笑うレウルに対し、不思議そうにフェインが聞いた。
「あははっ。嫌だなぁ。さっき綺麗なお姉さんが、君の名前を呼んでただろう?ほら、そこのトレントに君が捕えられた時さ」
「あ、あっ、そうか…そういえば呼ばれてたかも」
レウルの答えを聞いたフェインが、照れ隠しのように「アハハ…」と笑う。
それを聞いたレウルが「アハハ」と、それを見たフェインが更に「アハハ」と、小さな笑いが連鎖した。
「それで」
それを断ち切ったのはやはりシェリル。
「君はあそこで何をしていたの?察するに私達の戦いをずっと見ていたみたいだけど」
なぜ、どうしてこんな少年がこの場に居るのかを問いただした。
「いやあ」
レウルは頭に右手を当てて、困ったようにまずは一声。
「実はそのダークトレント、ボクが育てたものなんだよね。毎日ほんの少しずつ血を与えていたんだけれど、少し前からおかしくなっちゃって」
恥じるようにそう言って、そのままの姿勢で「あははっ」と笑った。
「だから、今日は責任を取って、処分しようと思って来たんだ。そうしたら君達がここに居た。ボクがやろうとしていた事を君達がやってくれていた。だから感謝と称賛の意を込めて拍手を送らせてもらったわけさ」
当たり前のようにレウルは言って、最後に「どうもありがとう。手間が省けたよ」と、シェリル達に向かって言った。
「なぜ、こんなものを育てたのだ?」
ダークトレントの遺体を見ながら、間髪入れずにレオンハルトが聞いた。
「どうなるのか興味があったんだろうね」
悪意は全くないのであろう、レウルが笑顔のままで答える。
この反応によりレオンハルトは、レウルの中の異常性に気づき、何かがずれているこの少年に、あまり関わらない方が良いと感じた。
「皆さん息がありました。食事を取って、ゆっくり休めば元に戻ると思います」
ここで、治療を終えたフィリエルがやってきて、パーティーのリーダーたるシェリルに全員の命の無事を伝えた。
「了解よ。お疲れ様」
シェリルが微笑んでフィリエルを労う。
フィリエルは同じように微笑んだ後、見慣れないレウルの姿に気づいた。
「じゃあ村長に伝えてくるわ。あなた達はここで待機。何かあったらレオンに聞いて。それから君は帰りなさい。もうここには用は無いでしょ?」
シェリルは仲間とレウルに指示し、依頼の達成を伝える為に萎びた村へと向かって行った。
それから二時間後。
村人を連れ、シェリルはローブをまとって戻り、フェインと仲良く話をしていたレウルの姿をその目に入れる。
同世代のはずのフィリエルはそこからは少し距離を置いて、レオンハルトと会話していた。
どうやら彼女もレオンハルト同様、レウルとは馬が合わないようだった。
「(一体どういうつもりなのかしら…)」
帰れ、と言ったのにまだ居る事に、シェリルが若干の疑問を感じる。
「あっ、シェリルさん。レウルがシェリルさんに話があるって」
そんなシェリルの姿を見つけたフェインが無邪気に声をかけてきた。
「あそこよ」
連れて来た村人達に負傷者がいる場所を伝え、その後にシェリルは歩き、フェイン達の元へと近づいてきた。
「どういった御用かしら?」
「私は帰れと言ったわよね?」と、言わんばかりの口調と顔で、シェリルが眼下のレウルに向かう。
「(何か怒ってるみたいだね?)」
レウルがフェインに耳打ちをする。
勿論それはシェリルにも聞こえ、少し「かちん」と来た為だろう、シェリルの眉根が「ぴくり」と動いた。
直後、レウルが「すっく」と立ち上がる。
「フェインから大体話は聞いたよ。復活する魔王を倒す為に強い仲間を探してるんでしょ?だったらボクも連れて行ってよ。絶対に役にたてると思うよ?」
そして、振り向きざまにそう言って、仲間にしてくれるようシェリルに頼むのだ。
突然の事にシェリルは唖然。
許可、不許可を考えるより早く、とりあえずフェインを「じろり」と睨む。
その理由は「何を勝手に大事な事を話しているの!?」と、怒っているが為である。
それが分かったフェインは「ひぃ!」と、小さな声で呻いたが、それが分からないレウルは誤解し、
「あ、実力を示した方が良いよね?」
と言って、魔法を発動させる為の詠唱へと入った。
そうじゃないわ、と、言うのは容易いが、一方で実力を見たい気持ちもあったシェリルは敢えてそれを放置した。
所謂「お手並み拝見」というやつだ。
詠唱は約5秒後に終了。
「出でよ我が手足となる僕よ!」
という、レウルの言葉で魔法が発動し、レウルの背後の地面の上に6芳星が描き出された。
そして現れるレウルの僕。
身長はおよそ3m。
2本の角に紫の肌。2つのまなこは黄色に光り、上顎と下顎からは鋭い牙が伸びている。
筋骨隆々の体は人間。
しかし、腰から下にかけてはバッファローのそれに近かった。
それは「グレーターデーモン」と言う、この世界には存在しない別の世界に住む悪魔であった。
グレーターデーモンの実力は人間の騎士20人分で、格闘にも魔法にも長けた極めて危険な存在だった。
格上には「アークデーモン」がおり、これは人間の騎士50人分。
格下の「レッサーデーモン」ですら、人間の騎士10人分の実力を持っているという、凄まじい種族の一員だった。
「時間にしたら約10分。こいつを使役する事が出来る。大抵の敵ならやっつけられるけど、これくらいじゃ物足りないかな?」
恐ろしい形相の悪魔を従え、美しい顔の少年は無邪気な笑顔をシェリルに見せた。
はっきり言ってレベルは高い。
これほどの魔法使いは大陸に数人と居ないはずだ。
が、それだからこそ、シェリルはどこか不安であった。
「そんなうまい話があるか」と、疑っている所もあるかもしれない。
その中にはレウルの年齢や、素性、性格等を考え、「うかつに信用するのは危険だ」と警戒している部分もあった。
素性が不明。これは追い追い聞いて行けば良い事だろう。
性格はまぁ我慢したり、矯正すれば良い事である。
が、おそらく15、6才という年齢だけは第三者がどうこうできるものではなかった。
シェリルはつまり、15、6才の少年が悪魔を呼び出せた事に対して一抹の不安を感じていたのだ。
召喚魔法は技術と経験、その両方があってこそ、初めて使えるようになる。
40年、50年と、魔法研究にその身を捧げた探求者だけに拓かれる道で、15、6才の子供がそれを身に付けられるわけがない。
素質、天才、運命等、一言で片付けられる言葉はいくつかあるが、常識的に考えるならレウルはありえない存在だった。
故に、シェリルは即答をせず、戦力になるのは間違い無いのに、「断る」という方向で考えていた。
戦力になるのは間違いないが、得体が知れない事も確か。
自分から「仲間にしてくれ」と頼んで来た辺りも怪しかった。
「良いですよねシェリルさん!僕、レウルと一緒なら頑張って行けると思うんです!レオンハルトさんは頼りになるけど、友達って感じじゃないし、レウルなら僕と年が近いし、友達になれると思うんですよ!」
それは同意を求めるというより、懇願に近い言葉だった。
シェリルとしては「その位置」にフィリエルを配置したつもりであった。
しかし、性別の違いが邪魔をして、そうはなれなかったようである。
故にフェインは友を求め、レウルを仲間に入れてくれるよう、シェリルに懇願したのであろう。
「(そんな顔されたら断れないじゃない…)」
フェインの必死な顔を見て、シェリルは自身の考えを変えた。
「…いいわよ。好きにしなさい」
根本的には優しいシェリルは、フェインの為を思うが故に、レウルを仲間に入れるのである。
「ありがとうフェイン…正直少しキツかったんだよ」
レウルが言って、フェインに感謝した。
そして、正直な所はキツかったというグレーターデーモンの使役を解いた。
使役を解かれたデーモンは魔方陣の中へと沈み、地面の上に描き出された魔方陣もすぐに消えた。
レウルは小さく息を吐き、その場に座ってフェインに微笑んだ。
その額には良く見れば、小さな汗が浮かんでいた。
「(一応無理はしてたのね。だったらそう警戒する事もないか)」
その様子を見ていたシェリルは心の中でそう思い、レウルへの警戒を少しだけ緩める事に決めたのだった。
シェリル達は仕事を終えてコーンシェイドの街へと戻った。
報酬を貰って数日休み、それから次の依頼を受けた。
新参者のレウルの活躍で、その依頼はあっさりと解決。
誰一人として傷を負わず、フェインとフィリエルの2人に至っては口を動かしただけであった。
その次も、そのまた次の依頼も、さしたる苦労をせずに終了。
シェリル達は強力な魔法使いが居るという事の素晴らしさを実感する事になった。
最初こそ警戒していたシェリルも「これは掘り出し物だわ…!」と、レウルに対する見方を変えた。
他の仲間も少しずつ、レウルに心を開いて行っている。
ちょっとした問題が発生したのは、レウルが仲間になってから、5つ目の依頼を受けた時だった。
依頼自体は「誘拐犯(盗賊だったのだが)から息子を救って欲しい」というもので、これはなんとか達成できた。
相手が人間だった事と、アジトである洞窟での戦いだった為、罠にハマったり、狭かったりで思わぬ苦戦を強いられたのだ。
が、それでも戦いに勝ち、盗賊達を全員捕縛した。
その後にちょっとした問題は起こる。
盗賊達が集めたもの、つまり、宝箱を発見したのだが、その宝箱を開けられる者が仲間の中に居なかったのだ。
宝箱の鍵は途中で逃げた副頭領が持っていたらしく、残された盗賊連中や、頭領にすら開けられないと言う。
ならば壊せばいいじゃないか、と、シェリルが言うと盗賊達は「高価なものが入ってるのになんて事を言うんだこの馬鹿女!」と、立場を弁えず抗議するのだ。
箱の中には金銀財宝や、目の玉が飛び出るような価値があるアクセサリー等が詰められており、強引に箱を壊そうものなら、それらが壊れる可能性も無きにしも非ずと言うのである。
シェリルは金には興味はないが、人間界で生活するにはそれが必要だと理解していた。
故に、とりあえずは破壊を保留し、宝箱を持ち帰る事という選択をしたのだ。
シェリル達は依頼をこなし、宝箱を持って街に戻った。
そして冒険者ギルドの親父に「どうするべきか」を聞いたのだった。
「宝箱を開けるなら盗賊の力を借りるしかないだろ。ていうか冒険者を目指すんだったら、仲間に入れておいた方が良いと思うぜ」
冒険者ギルドの親父はそう言い、
「それはそうと今夜どうだい?良かったら晩飯でも一緒に」
と、どさくさでシェリルを食事に誘った。
「ごめんなさい。今日は都合が悪いの」
が、シェリルはそれをあっさりと拒否。
宿屋に帰り、仲間達に「盗賊を仲間に加える事」への個人個人の考えを聞いた。
結果は賛成たったの1名。
反対も同じくたったの1名。
どちらでも良い、が2名であった。
内訳は賛成票がレウル。
反対票がレオンハルト。
どちらでも良いがフェインとフィリエルだ。
迷ったシェリルはその決断をフェインに任せる事にした。
一応は勇者候補なのだし、たまには何かを決断させて経験を積ませようと考えたのだ。
「えっ!?ぼ、僕が決めるんですか!?」
突然の指名にフェインは困惑し、
「うううううーーーん…」
それでも真剣に考えたようだったが、
「じゃ、じゃあジャンケンで決めましょうよ…僕が勝ったら仲間に加える。シェリルさんが勝ったら仲間に加えない。それでいいですよね?ねっ?」
結局はその決断を運に任せてしまうのだった。
「あーはいはい…それでいいわよ…」
ほんの少し呆れつつ、シェリルはフェインの提案を受け入れた。
兎にも角にも考えて決めた事を大事としたのだ。
「さーいしょーはグー!ジャンケンぽんっ!」
そしてフェインの声に合わせて適当に「グー」を二回出した。
「あ、僕の勝ちだ」
結果は「パー」を出したフェインの勝利。
「これも運命の導きだね」
という、レウルの言葉で方向が決まる。
シェリル達はその翌日、有能な盗賊の情報を集めた。
そして、コーンシェイドの南にあると言う「ヤヴィン」という名前の監獄に、今世紀最高の盗賊が捕まっているという情報を聞く。
「仕方ないわね…脱獄させるわよ」
どうせならば最上級を。
そう考えるシェリルの言葉で、フェイン達はあろう事か、今世紀最高の盗賊の脱獄を手伝わされる事になるのであった。
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