第二話 「下僕のように使ってやるわ!」
シェリル達は牛を襲う狼達を追い払った。
しかし、殺したというわけではないので、様子見の為に3日待った。
そして4日目、狼達が牧場に戻って来ない事を見て、仕事を終えてサインを貰った。
シェリル達は街に帰り、すぐにも次の依頼を受けた。
「村の近くに住み着いた山賊ゴブリンを倒して欲しい」という、とある村人からの依頼だった。
依頼自体は素人向けで、「シェリル1人」だったなら、無傷でこなせる内容だった。
が、この依頼においても、フェインはシェリルの足を引っ張り、無用の傷を負わせてしまう。
その次も、そのまた次の依頼でも、フェインはやはり足手まといだった。
「駄目ね…このままだと私が先に参っちゃう…」
5つ目の依頼をこなした直後、シェリルは方針を変える事を決めた。
とりあえずは仲間を集め、全員でフェインをサポートしながら育てるという方向に修正したのだ。
フェインのミスで罠にハマり、ゴブリン達に捕らえられ、素っ裸にされかけてしまった事が、そう考えるようになった最大の原因だった。
シェリル達はまず最初に、回復魔法を使いこなせる僧侶を探すということを決めた。
そして、国民達の殆どが「素晴らしい人だ」と褒めちぎる1人の僧侶の存在を知る。
シェリル達は駄目を承知で、その僧侶の屋敷を訪ねた。
しかし、案の定追い返されて、諦めるか否かの選択を迫られた。
「諦めて次を探しましょうよ」
とは、言うまでも無くフェインの言葉だった。
「何言ってんの?駄目よ駄目」
が、優秀な僧侶が欲しいシェリルはそれでも諦めなかった。
「何か方法があるはずよ」
と、別の方法を模索したのだ。
翌日、2人は執念深く、僧侶にまつわる情報を集めた。
その結果、件の僧侶には孫が居り、学校に通っているという情報を入手するのである。
「ああ、コレは使えるかもね…」
それを聞いたシェリルは一言。
「ど、どういう事ですか…?」
という、フェインの疑問には何も答えず、「ちょっと黙ってて」と、思案を巡らせた。
シェリルの思案は夕方まで続き、夕食を食べ終えた後に思案の結果をフェインに伝えた。
「明日、孫をさらうから」
それは堂々の誘拐宣言。
孫をさらい、僧侶を呼び出し、孫の解放と引き換えに言う事を聞かせようとするシェリルの恐ろしい考え方だった。
「何言ってるんですか!?犯罪ですよ犯罪!そんなの勇者のやる事じゃないですよ!」
フェインは勿論猛反対した。
しかし、「反対できる立場なの?」と、シェリルに言われてやむを得ずに沈黙。
強制的に犯罪の片棒を担がされる事になるのであった。
翌日の夜、シェリルとフェインは、とある小屋の中に居た。
森深い所に作られた木こりが使う山小屋である。
小屋の中には2人の他に、黒い布で視界を奪われ、口に猿轡を噛まされた上で四肢の全てを拘束された1人の少女が転がっていた。
その年齢は12、3才。
髪の色は青色で、うなじにかかる程の長さであったが、布を巻いている為に瞳の色は分からなかった。
身長は140cm程度。
学校指定の赤い制服を着て、床の上でおとなしくしていた。
少女の名はフィリエル・クライトン。
国一番の僧侶と呼ばれるラムセス・クライトンの孫娘だ。
そう、シェリル達は本当に誘拐を実行したのである。
学校帰りの少女を襲い、睡眠魔法をかけた上で、ここまで少女を攫って来たのだ。
少女、フィリエルの実家たる、クライトン家にはもうすでに脅迫状が送られている。
「孫娘は預かった。無事に帰して欲しければ、ラムセス・クライトンただ1人で下記の場所までこられたし。万が一、それを破った場合は、孫娘の無事は保障しかねる」
それが、手段を選ばない卑劣なエルフが堂々と送った脅迫状だった。
誘拐の首謀者とその共犯者は、体操座りでラムセスを待っている。
脅迫状を送った時間は、今からおよそ3時間前。
ラムセスはそろそろ仕事を終えて、自宅に帰る頃だろう。
そして彼は迫られるのだ。
犯人の要求どおりに動くか、それとも自警団に通報し、小癪な犯人を逮捕するかを。
シェリルとフェインの2人としては、勿論前者を期待したい。
が、当然の事ではあるが、後者を選ばれる可能性もある。
そうなった場合はどうするのかと、臆病なフェインは考える。
いや、例え臆病でなくとも、「バカでなければ」考えるだろう。
しかし、賢いはずのエルフは「大丈夫よ」としか言わないのである。
その自信はどこから来るのか。フェインはそれを知りたかった。
30分、40分が無為に過ぎ、やがて60分近くが過ぎた。
いくら遅くともラムセスは、流石に事件を知った頃だろう。
「こんな事をする勇者っているのかな…」
そんな事を思ったフェインのお腹が「きゅうっ」と小さく鳴った。
こんな時でも人間は、しっかりと腹が減るらしい。
そう思ったフェインは苦笑した。
しかし、状況が状況なので「お腹がすいた」と、口にはしなかった。
「ちょっと様子を見てくるわ」
ローブについたフードをかぶり、シェリルが立ち上がりながら言った。
「あ、はい」
と、フェインが短く答える。
「しっかり見張ってるのよ」
という、続けられた言葉に同様の返事をする。
「戻ったわ」
5分。10分とが過ぎて、様子を見てきたシェリルが戻った。
「ヒイッ!!?」
自警団が来たかと思い、扉が開いただけでフェインが驚く。
「もう覚悟を決めなさい。捕まるか、捕まらないかのどちらかじゃない」
呆れた様子のシェリルが言って、懐から何かを取り出した。
それは、見た目にはリンゴのような果実。
実際にリンゴでは無いようだったが、赤く、おいしそうな果実であった。
「食べなさい。少しくらいは足しになるでしょ」
言って、シェリルは再び座った。
もうひとつ取ってきていたらしく、自身もそれを口にする。
「ありがとうございます」
フェインが言って、貰った果実を自身の袖で「きゅきゅっ」とこする。
そして、それにかぶりつこうと、果実を近づけて口を開いた。
「…」
が、直前でそれは止まった。
「あの、ナイフとか持ってますか?」
そして、唐突にシェリルに聞くのだ。
「ん?持ってるけどどうして?」
当然の疑問にシェリルが聞いた。
「…あの子もお腹が空いてるんじゃないかなって」
フェインは少女フィリエルの空腹を察してしまったようだ。
それ故に自分達だけが食事をするという事に、抵抗を感じてしまったのだろう。
「お人よしねぇ…でも、勇者として悪い事ではないわ」
シェリルは苦笑し、「ちょっと待ってなさい」と言って、フードをかぶって外へと向かった。
およそ2分後にシェリルは戻り、もぎ取って来た同じものを「はい」と言って投げ渡してきた。
「う、うわわ」
動揺しながらフェインが掴む。
その際に自分が貰った果実を床に落としてしまったが、それは気にしてないようだった。
受け取った果実を袖で拭い、それを右手にフェインは移動する
そして、フィリエルの猿轡を外し、果実を「ぐい」と口に押し付けた。
フィリエルは「んん!!?」と呻いて拒絶し、体を「びくり」と震わせた。
「驚いて当然よ…まずは説明をしてあげなさい」
それを見ていたシェリルが忠告する。
フードはすでに脱いでおり、食事の続きを開始していた。
「あ、そ、そうですよね…」
フェインはシェリルの言葉を受け入れ、フィリエルにまず説明をすることにした。
「だ、大丈夫。ただの果物だから。君もお腹が空いてると思って…驚かせたようならごめんね」
そう言った後、フェインは再度、果実をフィリエルの口に近づけた。
フィリエルは恐れていたようだったが、「大丈夫。君をどうこうするつもりはないから」という、フェインの言葉を信用したらしく、ゆっくりとその口を開いた。
「…おいしい」
それがフィリエルの初めての言葉。
それを聞いたフェインは素直に、とても綺麗な声だと思った。
「…もう大丈夫でしょ。ロープを解いてあげなさい」
その声を聞いたシェリルがそう言う。
例え、逃げようと動いた所で捕まえる自信もあった為に、フィリエルの解放を命じたのである。
フェインはこれに「はい」と返事し、フィリエルの体を拘束していたロープを少しずつ解いていった。
ロープを解き、猿轡を取り、最後に目隠しの布を外す。
完全に解放されたフィリエルは、少し痛かったのだろう右手首を擦りながら、床の上に体を起こした。
明らかになった顔を見ても、年齢はやはり12、3才。瞳の色は薄い緑だった。
「これ、果物。良かったら」
フェインが言って果実を渡し、シェリルの横に戻って座った。
フィリエルは2人を観察しながら、ゆっくりとした動作で果実を「しゃくり」。
フェインが予想した通りお腹が空いていたのであろう、更に「しゃくり」と果実を食べた。
全員が「しゃくり、しゃくり」と、言葉も発さず果実をかじる。
シェリル達は「どうなったのかな…」と、現在の状況を気にするが為。
人質となったフィリエルは「この人達は誰?ここはどこ?」と、詮索している為というのがその沈黙の原因だ。
1分ほどを無言で過ごしたか、シェリルが自身の果実を食べきり、芯だけになった果実を置いて、「チラリ」とフィリエルの方を見た。
「あの…」
それを逃さずフィリエルが話す。
「なぜわたしはさらわれたのですか?」
と、果実を両手で持ったままで、シェリルに向かってそう聞いた。
シェリルは少し考えた後、
「大丈夫よ。あなたには危害を加えないから」
と、それだけをフィリエルに向かって答え、誘拐の目的は話さなかった。
「そんな事は聞いていません。なぜわたしはさらわれたのか、その理由を聞いているんです」
が、フィリエルはそれで納得をせず、怒ったかのような顔で質問を続けた。
言葉遣いは丁寧で、見た目は幼く可憐だったが、このフィリエルという娘は言う事は言う少女のようだった。
「はぁ…」
シェリルは「面倒臭いわね」とひと息。
「お願い」
しかし、フィリエルが折れそうにないので、フェインに説明をするように言った。
「あ、あのね…」
頼まれたフェインが説明を始める。
魔王が復活するという事。
それまでに勇者を探し出し、育てておかねばならないという事。
自分がその勇者らしいが、足を引っ張ってばかりなので仲間を探し出したという事。
そして、その第一候補にラムセスが選ばれたという事を話した。
「ラムセスさんに話を聞いてもらう為に君を誘拐したというわけ。会って、話を聞いて貰えてたらこんな事は多分…しなかったと思う」
ここに至る経緯を話し、フェインがその話を終えた。
最後部分はフェインの予想だが、断られたら断られたで誘拐を実行していた事は、シェリルの性格を鑑みれば火を見るよりも明らかだった。
「そうだったんですか…」
2人の顔を見てフィリエルが言う。
「だからエルフが居たのか」と、内心で納得していたが、それは口にはしなかった。
フィリエルはフェイン同様、生まれて初めてエルフを見たが、驚いたりしたら失礼だと考えて、その事には一切触れていなかった。
フェインと同じくらいの年だが、考え方や感じ方はフェインよりはるかに大人のようである。
「それで、もし、わたしの祖父が協力を拒んだらどうするのですか?」
フィリエルが2人に向かって聞いた。
承知すれば自分は解放され、シェリルとフェインの罪も消える(闇の中に)。
しかし、もし、フィリエルの祖父が、協力を拒んだらどうなるだろう。
孫を返し、「いやァ、スミマセンでした」では、おそらくコトは済まないはずだ。
普通なら「ふざけるな!」という展開になり、2人は両手を繋がれて仲良く牢屋の中である。
祖父の性格を考えるなら、おそらく怒りはしないだろうが、動揺のあまり自警団に通報するという可能性はある。
自警団は祖父をわざわざここに連れては来ないだろう。
そうなるとこの人達に交渉の余地は全く無い。
その辺の事を承知していて、こんなに「のんびり」としているのか。
それを疑問に思った彼女は、2人に質問してみたわけなのだ。
「そ、その時は…その…」
と、しどろもどろに言うのはフェイン。
「…どうするんですか?」
直後にはシェリルに向かい、用意されているはずの答えを聞いていた。
「どうするもこうするも、その時はもう逃げるしかないでしょう」
用意されていた解答はそれ。
フィリエルもフェインもその言葉には、もはや絶句するしかなかった。
つまり、最初から逃げ道は無く、一か八かの心意気で「1の方」に賭けていただけなのだ。
駄目なら逃げる。
それが出来るのは、彼女がエルフだからであり、人間であるフェインには逃げ切る自信は全く無かった。
それどころか誘拐犯として国中に手配書が出回るわけで、そうなったら勇者になる事はおろか、普通の生活を送る事すら極めて困難になってしまうだろう。
「今からでも遅くはないです!自首しましょう!シェリルさん!」
そんな事を考えたフェインが険しい顔で言った。
逃げ回って罪を重ねるよりも、今すぐに自首をして償いを早く終えた方が、まだマシだろうと考えたのだ。
「勇者はどんな逆境に居ても最後の最後まで諦めないの。逮捕されるその瞬間まで絶対に諦めてはいけないわ」
フェインの肩に手を置いて、諭すようにシェリルが言った。
「それどんな勇者ですか!?逮捕とかされたら駄目じゃないですか!?」
その手を跳ね除け、肩を掴んで、フェインがシェリルを逆に諭す。
「それに逮捕されちゃったら何年間も牢屋の中ですよ!?そうなったら世界は魔王に滅ぼされてしまうじゃないですか!」
熱意と正論、ふたつをもって、フェインはシェリルへの説得を続けた。
「パン!」
が、直後に響く乾いた音。
「あ…」
シェリルがフェインの頬をぶったのだ。
フェインは言葉と体を止めて、なぜぶたれたのかと目を瞬かせた。
「捕まらなければいいだけじゃない!」
呆然としているフェインに向けて、シェリルが大きな声で言った。
「もう誘拐はしてしまったの。通報もされているかもしれない。そうだとしたら逃げ切って、捕まらなければいいだけよ。この国では「人攫いした最低最悪の偽勇者」と、蔑まれるかもしれないわ。でも他の多くの国で「そんな事をする奴じゃない」と、言われるようになれば人生勝ちなの!嘘が本当になってしまうのよ!だからもう覚悟を決めなさい。駄目なら逃げる。この国を捨て、他の国でやり直しましょう」
そして、自身の短慮を棚にあげて、今後の行動を雄弁に示すのだ。
シェリルの凄まじい考え方に、フェインもフィリエルも揃って唖然。
しかし、フェインは「わかった!?」と聞かれ「は、はい」と返事をしてしまうのである。
この時フェインは13才。祖国を捨てる覚悟を決める。
「あ、あの、もし良かったら、わたしが少し協力しますよ…?祖父が来たら説明しますし、自警団の方だけだったら、悪ふざけをした、という事でも良いです。そうすれば皆怒られるでしょうけど、国を捨てる必要は無くなると思います」
そんなフェインを哀れに思い、フィリエルが好意でそう言った。
誘拐こそされてしまったが、シェリルとフェインが本物の悪党ではないと分かった為に、救ってあげたくなったのである。
「ま、まぁ、やってみてくれても損は無いわね…」
「あ、ありがとう!ありがとう!」
2人はそれぞれの言葉で感謝し、最低の亡命を避ける為にフィリエルの言葉に甘える事にした。
それから更に数十分後、何者かがついに小屋を訪れた。
「あっ、お爺様」
小屋の扉の向こうには、フィリエルの祖父が一人で立っていた。
年齢は若く見ても70才以上。
白い髭を蓄えた温和な顔つきの老人だった。
祖父、ラムセスは迷った挙句、要求に従う道を選んだ。
そして「誰にも言うな」と告げて、一人でやって来たのだと言った。
シェリルとフェインはラムセスのこの言葉を信用した。
「この老人は嘘は言わない」という、不思議なオーラがラムセスにはあったのだ。
「ほら、シェリルさん…」
「わ、わかってるわよ」
フェインに急かされ、ここでシェリルが、誘拐の理由の顛末を話す。
「そうならそうと言って下されば…」
フィリエル本人の口添えもあり、穏やかな雰囲気で話しを終えられた。
どうやらラムセスの顔を見る限り、誘拐の理由を知った今は、どうこうするつもりはなさそうだった。
「しかし…」
が、直後にその表情が、雲行きの怪しいものへと変わる。
それを見たフェインの顔が固まり、「やっぱり駄目だった!許されなかった!?」という、絶望が頭を駆け巡った。
「協力したいのは山々ですが、老骨には少々厳しいお誘いで。もう10才若ければ喜んで力をお貸ししたのですが…。いや、まことに申し訳ない」
ラムセスはそう言って、頭を下げて謝った。
ラムセスの頭の中には、すでに誘拐の事は無かった。
協力はしたいがその老齢ゆえ、足手まといになるだけだろうと2人に向けて言ったのである。
冒険は立っているだけでは無い。
一日に数十キロを歩き、時には何日も野宿をする。
冒険に年齢は関係無いが、その生活に高齢者が耐え切れない事は間違い無かった。
流石のシェリルにもその点は分かり、
「わかりました」
と、承知して、騒がせた事を素直に謝った。
基本、暴走さえしていなければシェリルは立派なエルフなのだ。
「(いつもそうしていればいい人なのに)」
と、思いながらフェインも謝罪し、奇妙な話し合いの幕は下りた。
「では帰ろうか」
ラムセスが言って、フィリエルが頷く。
2人は夜の森を歩き、街にある自宅に帰るのだ。
「じゃあ私達も宿に戻りましょう」
「はい」
街までの方向が同じである為、シェリルとフェインもそれに同行し、4人で夜の森を歩く。
その途中でラムセスは、シェリルに何人かの僧侶を紹介した。
勿論、強制は出来ないので、本人の意思次第とも付け加えたが、シェリル達にはそれでも有り難かった。
小屋から10分程歩いただろうか、一向は街に辿り着き、シェリル達が泊まる宿屋へと着く。
「それではこれで。何かあったら言ってください。出来る限りは力になります」
ラムセスはそう言って、フィリエルを連れて帰ろうとした。
立ち去り際、フィリエルは「また会いましょうね」と、フェインに言った。
フェインは深く考えず、「あ、うん」と、軽くそれに答えた。
フィリエルは「にこり」と笑顔を残し、祖父と共に去って行った。
翌朝、宿屋のロビーには、旅支度を整えたフィリエルが居た。
フィリエルは「また会いましたね」と言って微笑み、
「もし良かったら連れて行って下さい。今はまだ未熟ですが、祖父譲りの素質があるはずなので、きっとお役に立てると思います」
と、シェリル達のパーティに加えてくれるよう願い出たのだった。
シェリルがとりあえず「ご家族には?」と聞くと、「祖父の許可は貰って来ました」と、真っ直ぐなまなざしでフィリエルは答えた。
「どうする?仲間に入ってもらう?」
とは、シェリルがフェインに聞いた言葉。
聞かれたフェインは「あうあう」という、言葉にならない言葉を発したが、それを見たシェリルは「大歓迎らしいわ」と、苦笑いでフィリエルに告げたのだった。
これによりフィリエルが仲間になったが、即戦力が欲しかったシェリルの望みは次回に流れた。
シェリルとしては断って、他を探しても問題なかった。
しかし、フェインの為を思い、フィリエルを仲間に迎えたのである。
同年代の話し相手が居れば、フェインも少しは気が楽だろう、と、シェリルはそう考えたのだ。
「よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ…」
と、無邪気に触れ合う2人を見ながら、「(ホント、なんだか母親の気分…」と、憂鬱になるシェリルであった。
「いい?次は戦士か剣士よ?年齢は最低でも20才以上。勿論、即戦力じゃなければアウト。自警団よりは強くなきゃ駄目。男でも、女でもどちらでも良いわ。そ・く・せ・ん・りょ・く・が、キーワードよ?」
それは朝食を摂る最中にシェリルが下した命令だった。
条件を細かく指定するのは、本来加える予定が無かったフィリエルを仲間に加えたからだ。
シェリルとしてもフィリエルの性格や外見は嫌いではない。
むしろ素直でいい子だと思う。
しかし、性格や外見で戦いが楽になるわけではない。
戦いを楽にする為には「戦える力を持った人物」を仲間に加えなければならないのだ。
フィリエルを仲間に加えた事は、シェリル自身の判断でもある。
理由はあるが、とにもかくにも自分は「OK」を出してしまった。
故に、シェリルはその事を今更どうこう言うつもりは無い。
ただ、次に入れる仲間は「絶対に即戦力」でなければならない。
フェイン1人でも危なかったのに、それと同レベルの者が3人も居たら、それこそ全滅モノだからだ。
「わかった?絶対に!絶対にだからね!「成長はこれから」なんて人を連れてきたら問答無用で引っ叩くわよ?」
フォークの先でフェインを指して、険しい顔でシェリルが言った。
フェインは「なんで僕だけ…」と、脅された事に不満げだったが、まだパーティに入ったばかりで、ひとつもミスを犯していないフィリエルに脅しをかける事は、流石のシェリルにも出来なかった。
「とにかく、ちゃんと守ってね。とりあえず、今日は情報だけでいいから、即戦力になりそうな戦士か剣士を探してきてよね」
その言葉を最後に会議は終了し、残っていた僅かの料理を平らげて3人は街へと散って行った。
この街の住人であるフェインとフィリエルは知人宅を訪ねた。
そして、強そうな戦士もしくは、剣士を知っているかと聞いて回った。
シェリルは2人とは別行動し、冒険者ギルドを訪れてみた。
そして、すっかり顔なじみとなってしまったギルドの親父に情報を聞いてみた。
しかし、ギルドの親父は「今は居ねぇな」と、シェリルの質問に短く答え、
「人に聞いた話なんだが、あんた相当の美人なんだって?チラっとでいいから見せてくれよ」
と、聞いた情報とは関係が無い、スケベ心をシェリルに向けた。
シェリルは外に出る時は必ずフードをかぶるようにしており、その為に親父は声は分かれど、シェリルの顔を知らないのである。
「いい戦士を紹介してくれたらね。何か思い出したら教えて」
そんな親父の頼みをスルーし、シェリルはそう言い残し、冒険者ギルドを後にした。
それから「ふらり」と城門へと向かい、アルウンド国の首都を守る衛兵達に話しかけた。
「現在の給料や待遇に不満がある兵士はいないかしら?」
聞いた衛兵達はしばらく沈黙。
「…それを聞いてどうするつもりだ?」
3人の内の1人が言って、「そうだ!怪しい奴だな!?」と、残りの2人が騒ぎ出した。
「別にどうもしないわよ。もし、不満があるようだったら、引き抜こうかと思ってただけ」
衛兵の質問にシェリルは迷うことなく答えた。
そして、「なっ…」と、絶句する衛兵達に「つまらない事を聞いてごめんなさい」と、謝罪をしてから歩き出す。
「ま、待て!怪しい奴め!さては他国のスパイだな!?」
あまりにも怪しいその言動に衛兵達は勝手に興奮し、シェリルをスパイと決め付けて、鐘を鳴らして仲間を呼んだ。
「ちょっ、冗談でしょ!どうかしてるわよあんた達!?」
シェリルはやむを得ずその場から逃走。
蟻のように群がってくる衛兵達をまく為に走った。
その逃走は数時間に及び、衛兵達をまいた頃には太陽はすでに傾いていた。
それ故にシェリルは情報収集を諦め、本拠地である宿屋へと戻った。
「えっ!?ずっと逃げてたんですか!?じゃあ情報は?もしかしてゼロ…!?」
信じられない、と言った顔で、フェインはシェリルにそう言った。
シェリルはそんなフェインに向かい、無言で頭を「スパン!」と叩く。
「な、なんで叩いたんですか!!?」
と、悲鳴を上げるフェインには、「なんとなくムシャクシャした」としか、答えられないシェリルであった。
シェリル達は夕食を摂り、そして活動の結果を話した。
しかし、フェインとフィリエルからは有益な情報は出されなかった。
衛兵達に追い回されていたシェリル自身にも情報は無く、今日一日が完全に無駄に終わった事を知った。
翌日。
昨日の事に懲りず、シェリル達は朝から行動を開始した。
シェリルはまたも一人で行動し、昨日「ちらり」と顔を出した冒険者ギルドを再訪してみた。
ギルドの親父は「おっほぉ!」と驚き、シェリルが来た事になぜか嬉し気。
「調べといたぜー!昨日のアレアレ!」
と、シェリルが昨日聞いた「有名な剣士もしくは戦士」の名前を連ねた紙を見せてきた。
親父は丁寧にも約束を守り、シェリル達の為に動いてくれたのだ。
「ありがとう。助かるわ…」
意外にいい人なのね、と、思いつつ、シェリルが紙に手を伸ばす。
「おっと!」
が、親父はその紙をギリギリの所で「さっ」と没収。
「こっちは約束を守ったんだ。今度はそっちが守る番だろ?」
紙を右手に握ったままで「にやり」と笑ってそう言ったのだ。
「約束?…守る?」
一体何の事かと思い、シェリルが不思議な顔をする。
「オイオイ、もう忘れたのかい…顔だよ顔。情報を提供したら、顔見せてくれるって言っただろ」
「あぁ…」
親父に言われ、シェリルは思い出す。
そういえばそんな事を言った気がすると。
「分かったわよ。じゃあ、一瞬だけね」
別に見せても減るものじゃなし、シェリルは耳だけは見せないようにして、親父に顔を一瞬見せた。
それを見た親父は「オホォォ!」と大興奮。
見た事が無い美女を前に「オホォォ!」の「ォ」の口のままで固まった。
「じゃあこれは貰っていくわね。約束を守ってくれてありがとう」
シェリルが再びフードをかぶり、素早い動きで紙を奪った。
奪われた親父は「お、おう」と言って、そこでようやく動きを戻した。
その両頬はなぜか赤く、シェリルの瞳を呆然と見ていたが、紙に目を通し始めたシェリルは親父の異常には気付かなかった。
「ええと…アイン、シェイダ、ソーピニオンはハルラーダ国を本拠として活動中。アイラ、カイン、ノアの3人は本拠地を持たない放浪剣士…槍の達人と名高いヨゼフは現在行方不明中…剣神と崇められているミズミは大陸のどこかを放浪中…ってこれ殆ど名前だけじゃない。確かに情報は情報だけど、行方不明ばっかりじゃ話にならないわ」
紙を握った右手を落とし、シェリルが親父に向かって言った。
親父はその声に「びくり」と反応し、見惚れていた虚ろな視線を戻した。
「そ、そんな事言われても仕方がねぇよ。この業界は不安定だからな。有名人でも死ぬときゃ死ぬし、家を持ってる奴も多くねぇから、基本一箇所に留まったりもしねぇ。ハルラーダに居るって連中も訪ねた時には居ないかもしれねぇ。絶対にそこに居る、って奴を教えろって方が無理な話だろ」
「ま、まぁ、確かに一理あるわね…」
その言葉にはシェリルも納得。
しかし「参ったわね」とため息を吐き、再び紙に視線を戻した。
「まぁ、確実に会いたいのなら、戦士より騎士の方がいいんじゃねぇか?確実にそこに居るだろうし、実力だって折り紙つきだ。ただ、国に仕えてるような奴を仲間に加えるのは大変だろうけどな」
親身になった親父が考え、ひとつの案をシェリルに提示する。
「例えば誘ってみるとして、この国の騎士なら誰がお勧め?」
現段階では本気ではないシェリルが親父にそれを聞いた。
「この国か…?ああ…そうだな…鉄壁の異名を持つハイランドか、神速の異名を持つレオンハルトだろうな」
シェリルの質問に親父が答える。
その瞳を直視できないのだろう、あらぬ所を見ながらの、顎髭をこすりながらの言葉である。
「ハイランドとレオンハルトね。ありがとう、参考になったわ」
親父に向かって礼を言い、シェリルが出口へ歩き出した。
「お、おいまさか、あんた行く気か?」
と、親父がそれを呼び止める。
「駄目で元々。何もしないよりはいいでしょ」
そんな親父に向かって答え、シェリルは再び歩みを進めた。
「ならハイランドは後回しにしな!妻帯者って話だから仲間にするのは多分無理だ!」
「わかったわ。ありがとう」
シェリルは親父の助言に感謝し、今度は止まらずギルドから出て行った。
「いやー、いい女だったなぁ…オレもついに年貢の納め時か…」
と、1人呟いた親父の妄想は、彼がレベル10以上の勇者の素質をもっていなければ、絶対に果たせない夢であった。
冒険者ギルドを去ったシェリルは、その通りの中で偶然見つけた雑貨店に立ち寄っていた。
シェリルの今の格好は、ローブにフードをかぶっているというもの。
もし、このまま城に行けば「昨日の奴だな!?」と言われる事は間違いの無い事であった。
その事に気付いたシェリルは考え、耳を隠せる何かを探して雑貨店に立ち寄ったのだ。
耳さえ隠せばエルフだとすぐには他人に分からなくなり、野暮ったいローブを着たり、息苦しいフードをかぶったりする必要が無くなるとも思ったからだ。
「うーん…そういうものは置いてないのかしら…?」
雑貨店の店先を見て、それからシェリルは店内に入った。
鍬や鋤、荷車やタンスなど、店には様々なものがあったが、耳を隠せるようなものは現在は発見できていなかった。
いや、強いていうのなら、頭を丸まる隠せてしまう「鉄仮面」がひとつあったが、ファッション的にも嫌な上に、却って注目を集めてしまうのでシェリルには手が出せなかった。
「いらっしゃぁぁい」
と、そこに店の主人が姿を現した。
年齢は80才くらい。おそらく起きているのだろうが、目を瞑っている程に両目が細い老人だった。
「何かお探しでぇぇぇ?」
老人がそう言いながら、シェリルの方に近付いてくる。
「あ、ええと、その耳をね。隠せるようなものを探しているの。私の耳はちょっと長くて、人に見せるのはコンプレックスなのよ」
老人に向かってシェリルが答えた。
多分、ここには無いだろうと薄々思い始めていたが、老人の好意を無駄にすまいと、少々の優しさを発揮したのだ。
「あーはいはいはいはい、ございますよございますよ。そういうモノならございますよ」
が、老人は「こくこくこくこく」頷いて、よちよち歩きで店内を徘徊。
「これなんてまさに条件どおり」
と言って、鉄仮面をシェリルに見せた。
「ちょ、ちょっとキツイかしら…」
二つの意味でそう答え、シェリルがひきつった笑いを見せる。
「そうですかぁぁぁ?お客さんにはお似合いじゃないかとわたくしなんぞは思いますがぁぁ」
老人は「そう言うんじゃしかたない」と言った様子で、鉄仮面をどこかに「ぽーん」と投げ捨てた。
「ではこれなんていかがですかぁぁ?」
そして続け、オークの皮で作られた「オークのマスク」をシェリルに見せるのだ。
「け、結構よ…いらないわ」
額を押さえ、シェリルが断った。
軽い眩暈を起こしてしまったのは、そんなマスクを顔につけた自分の姿を想像したからだ。
「わがままですねぇお客さんはぁぁぁ」
老人は更にそれを投棄し、店の中をしばらく漁り、何点かのモノを抱えてシェリルの前へと戻ってきた。
「…」
そして無言でそれらを提出し、シェリルの反応を待つのであった。
それは所謂「女王様セット」。
ベルトのような黒いマスクに同じ色のボンテージ。
そして鞭に蝋燭に赤いハイヒールという、お客を選ぶセットであった。
「・・・・」
これには流石のシェリルも絶句。
老人の思惑がまるで読めず、ひたすらに目を白黒させた。
「た、タダであげるからワシを縛って…」
顔を赤らめて老人が言う。
直後にはシェリルは全力疾走で、その店の外に飛び出していた。
「一体どういう店なのよ!?」
店を出て、看板を一瞥すると、そこには「雑貨店モインモイン。アダルトグッズ多数ありマス」と、隠しもせずに記されていた。
つまり、主にアダルトグッズをメインとして扱う店だったのだ。
「中央通りにあっちゃ駄目でしょ!?」
「裏通りにひっそりとありなさいよ!」と、そう続けんばかりにシェリルが叫ぶ。
「ぶって…!ワシを…!ワシをぶって…!」
「ひっ!?」
「ひょこひょこ」と老人が出て来た為に、シェリルはその場から慌てて逃走。
怪しい雑貨店の前から逃げ去り、普通の店を探し出した
一軒、二軒、三軒と回り、四軒目でシェリルはついに、「とりあえずはそれでいいや…」程度の耳を隠せる道具を見つける。
それは防寒具に分類される、白を基調とした「耳当て」だった。
耳を当てる部分の内側が空洞のようになっており、その中に耳を折って納める事が可能のようで、シェリルはそこに目をつけて「とりあえず」の形で妥協したのだ。
「寒くも無いのにヘンな人だね…」
という、店主の言葉にシェリルは苦笑い。
「人一倍寒がりなんです」
と言って答え、品物の代金を手渡した。
店を出て周囲を確認し、誰もいない事を見て、シェリルは裏路地に「すっ」と入った。
そして素早くローブを脱ぎ捨て、購入したばかりの耳当てをつける。
手で触った限りでは耳ははみ出ていないようだ。
「(よし!いけるわ!)」
心の中でシェリルが呟く。
そして、耳を隠しただけの状態で表路地に姿を現した。
「美人だな」と思ったり、「スタイル良いな…」と思ったりで、人々はシェリルを「ちらちら」と見ていたが、「エルフだ!珍しい!」という好奇の視線でシェリルを見る者は一人も居なかった。
とりあえずとしては上出来だ、と、そう判断したシェリルは移動を開始した。
目的地は先日、騒ぎを起こしたばかりの王城の城門前であった。
衛兵達は「オイ…」と言い、仲間にシェリルを見るよう言ったが、「ヒュー♪」と口笛を吹いただけで「昨日の犯人」とは疑わなかったようだ。
その事を雰囲気で確認した上で、シェリルは衛兵達にと近づいた。
そして、神速の異名を持つと言うレオンハルトの事を聞いた。
「もしかしてレオンハルト様のお恋人様ですか…?」
と、衛兵達はかしこまったが、シェリルが「ただのファンよ」と言うと、普通の態度と言葉に戻った。
レオンハルトは21才。
実直、誠実の権化のような、極めて真面目な人物で、不正を決して許さない公平な人物だと衛兵は言った。
現在は城に出仕中で、夕方の18時頃になればここから帰宅するという事らしかった。
「どうもありがとう。じゃあその頃にまた来て見るわ」
衛兵達に礼を言い、シェリルは本拠地の宿屋に戻った。
約1時間後にフェインが帰還し、それからおよそ30分後にフィリエルが宿に帰還した。
フェインには収穫は無し。
フィリエルには一応収穫があったが、「子供のお遊びに付き合う気は無い」と本人に断られてしまったと話した。
シェリルはフィリエルの行動を評価し、「頑張ったわね」と言って褒め、「それに比べて…」と、フェインを睨み付けた。
フェインは「スミマセン…」と小さく萎縮。
実際に何も出来てないので、反論や反抗はしなかった。
「とりあえず、その人の事は置いておきましょう。これから城の城門に行くわよ」
言って、シェリルが立ち上がり、フェインとフィリエルを従えて城門へと向かい始める。
シェリルはその道程で城門に向かう理由を話し、
「拒否されたら全員で泣き落とすのよ」
と、性別と年齢を利用した卑劣な策を2人に授けた。
17時50分頃。一行は城門の前に到着。
先の衛兵達とは違う別の衛兵に所在を尋ねた。
「れ、レオンハルト様のお恋人様ですか!?」
と、同じ間違いをされてしまうが、誤解を解いて情報を入手する。
レオンハルトがまだ城におり、自宅には帰っていないようだった。
「いい?君達はとりあえず「お願いします!」って言ってればいいから。交渉とか取引は全部私が担当するわ」
シェリルが2人に最終確認し、2人が頷いた事を見てから城門へと向き直る。
5分後。
城門の奥に見える扉が開いて男が現れる。
男は短いつり橋を渡り、城門から帰宅するようだった。
男の年齢は22、3才。
黒色の鎧をまとった精悍な顔つきの青年である。
「きたわね…行くわよ!」
この男こそがレオンハルトだ、と、そう判断したシェリルが走る。
遅れてフェインとフィリエルが続き、城門の前で男を待った。
男は「お疲れ様でした!」という衛兵達に右手で挨拶し、城門前で立っていたシェリル達の姿に気付いた。
「貴方がレオンハルトさんね?初めまして、私はシェリルと言います」
男に向かって話しかけ、シェリルが自身の名前を名乗った。
続き、フェインとフィリエルを紹介し、それぞれに頭を下げさせた。
「いや、私はハイランドだが…?」
が、男の言葉で全員が硬直。
「レオンハルトなら私の後ろだ。用が無いならこれで失礼」
男改めハイランドは言って、シェリル達に二の句を告げさせず、頭を下げた後に去って行った。
直後、城門の奥に見える扉が開いて男が現れた。
その男こそが目的のレオンハルトであるようだった。
茶色の髪に銀の鎧。下半身には同色の銀のチェインスカートを履いている。
身長は180cmくらい。
重厚な鎧を着ているせいか、シェリル達にはもう少し高く見えた。
目は鋭く、全体的に整った顔立ちをしていたが、眉根を「きっ」と寄せている為になんだか怒っているようだった。
「(別に怒っているわけじゃないから。あの方はあれで普通なんだ)」
と、小声でそれを教えた衛兵は、フェインが発した「ひっ」という小さな声を拾ったらしい。
「お疲れ様でした!」
そして向き直って上官たるレオンハルトに敬礼をする。
レオンハルトは「うむ」と一声。
「特に異常は無かったか?」
と、衛兵に向かって質問をした。
衛兵は「異常はなしであります!」と大きな声でそれに答える。
「そうか。ご苦労」
レオンハルトは頷いて、城門を抜けようとして歩き出した。
「ん?」
そこで、立ちはだかるシェリル達に気が付く。
「王城に何か御用ですか?」
透き通る声でレオンハルトが聞いた。
「王城には用はありません。私達が用があるのはレオンハルトさん。貴方です」
シェリルが答え、それを聞いたフェインが「お願いします!」と言った。
そんなフェインはシェリルに「キッ!」と、「今のはおかしいでしょ!」と睨まれる。
「ほう、私に御用ですか…?失礼だがあなた達は?」
言って、レオンハルトが素性を質した。
会った事は無いつもりだが、もしやと思っての質問である。
シェリルはここで自身を紹介し、それから2人の紹介をした。
「お願いします!」
と、繰り返すフェインは、ここでついに頭を叩かれ、「そう言えって言ったじゃないですか!」という、不満の声をシェリルに向けた。
「タイミングってモノがあるでしょ!もうフィリエルの後でいいから、フィリエルが言ったら言いなさい!」
シェリルに言われ、フェインが黙った。
口を「きっ」と結んでいるあたり、決して納得はしていないのだろう。
「ふむ…何やら複雑な事情があるようですね…歩きながらで良かったらお話を伺いますが」
それなりに忙しい身なのであろう、レオンハルトが提案をする。
シェリル達はそれを呑まざるをえず、一行は街を歩きつつ、ここに至った経緯を話した。
レオンハルトは「ほう」だとか「それは大変だ」とか言って聞いていたが、「仲間になって欲しい」と言われると、「それは無理だ」とあっさり言った。
「私には国を守る義務があるのだ」
表情も変えずにそう言って、
「…話は以上かな?」
と、立ち去ろうとして動き出した。
「お願いします!」
ここでフィリエルが奥の手を発動。
「お、お願いします!」
と、フェインが続き、
「城とか国とかの話じゃないでしょ。もし、魔王が復活したらこの世界が滅びてしまうのよ?こんな小さな子が頑張ってるのに、貴方はそれでいいと思うの?」
トドメとばかりにシェリルが言った。
勿論、その間にもフェインとフィリエルは「お願いします」の連続コールを忘れていない。
これには流石のレオンハルトも足を止めざるを得なかった。
「私は嘘は言いたくはない…だから本当の気持ちを言おう。それが…本当の話であれば、私は喜んで協力しよう。だが、客観的に見て、その話には信憑性が無い。騎士を辞し、全てを捨ててついて行ったその後に「嘘でした」では救いがないのだ」
レオンハルトは正直に、思う所をシェリルに言った。
レオンハルトは騎士である。
騎士になる為には腕を磨き、心も磨かなくてはならない。
様々な苦労をし、嫌な思いも体験しただろう。
そうして努力を重ねた結果、レオンハルトは騎士になった。
騎士、騎士、と簡単に言うが、大貴族の息子でもなければ簡単に騎士にはなれないのである。
レオンハルトはそれ故に軽率に信用するわけにはいかず、ついていく事ができなかったのだ。
それを聞かされたシェリルとしても、その気持ちはある程度理解はできた。
「信じろ」といきなり言われて、信じるのはフィリエルくらいのものだ。
それは美徳と評価できるが、ある程度は疑う事を覚えた方が身の為だろう。
「わかったわ」
そう思ったシェリルは一言。
「じゃあ、どうすれば信じてくれる?エルフだと証明しようかしら?」
だからと言って諦めるわけにもいかず、長い耳を見せようとして、右手を伸ばして耳当てを触った。
「いや、無用だ。あなたがエルフであろうとなかろうと信憑性には関わりが無い」
それはつまり「エルフだからと言って無条件で信じるつもりはない」という、レオンハルトの意思表示であり、取り方によっては「エルフの中にも嘘つきがいるかもしれない」という、侮辱にもとれる言葉でもあった。
そして当然、侮辱と取ったシェリルが「どういう意味よ!?」とキレかける。
「あの、わたし達には本当にレオンハルトさんの力が必要なんです。どうしても信じてもらえないなら、信じてもらう為に何かをします。言って下さい。何をしたらわたし達を信じてもらえますか?」
キレかけたシェリルはフェインに抑えられ、フィリエルが論理的に、「どうすれば良いか」をレオンハルトに問った。
「…」
レオンハルトはしばし沈黙。
「…幼い頃、私は、ドラゴンナイトになりたかった。だが、ドラゴンの幼生を捕らえる事は不可能だと父に諭されて諦めた。もし、ドラゴンの幼生を私に見せてくれたなら、君達の事を信用しよう」
そして30秒ほどがたった後に、フィリエルにそう答えたのだった。
それは極めて無茶な話で「出来ない話だ」と思ったからこそ、話して聞かせたものであった。
だが、それでも行動をして、ドラゴンの幼生を連れてきたなら「そこまでする何かがあるのだ」と信用する事に決めたのである。
「では、失礼。期待に添えなくて申し訳ない」
レオンハルトは最後にそう言い、夜の街に消えて行った。
「ど、どうします?」
シェリルに向かい、フェインが聞いた。
「やってやるわよ!上等じゃない!エルフ族を馬鹿にした報いをきちんと受けてもらうわ!」
シェリルはすでにやる気全開。
無謀とも思える挑戦に全力で挑むつもりであった。
「そして仲間にした後は下僕のように使ってやるわぁぁあ!!」
それは第二のフェインの誕生。
第一のフェインとしては「自分が少し楽になるので」歓迎したい流れではあった。
お付き合いありがとうございました!




