勇者様の幼馴染みのその後の幸福!
保護者に昇格したジークと、愉快で優しい魔族の皆さんのいる魔王城に居候をはじめてからはや一ヶ月ちょっと。
いまだに勇者なあのやろーこと幼馴染みの噂は聞かないから、まだ暗黒の森にも入ってないのだと思う。
ま、わたしには関係ないよねッ!
魔王城の一室、漆黒を基調としたシックな部屋のジークの横で、クッションに抱きついてごろごろしながらわたしは、ふふっと笑った。
ジークの横は、居心地がいい。
今のわたしは、豪華で空虚なだけの王宮にいた頃よりもずっと、ずっと幸せだ。
なによりも、頭の軽い……悪い?(どっちもどっちだよね)お姉さんもいないしね!
「マリカ?どうした、今日は妙に機嫌がいいな」
「ふっふっふ、平和な日々を噛み締めてるの!あと、今日は料理長のマリウスさんからクッキーもらったんだよ、ジークもだべない?」
ごそごそと、黒いフェミニンなレースやフリルたっぷりの膝丈ドレスのポケットから、綺麗にラッピングされたクッキーの袋を取り出す。
え?ドレスは誰の趣味かって?
それは聞いてびっくりジークです!毎朝枕元に置いてあるドレスの選出者を聞いたときにはびっくりした………イケメンがドレス選び…………だめだ、想像できないっ!
だけど、うん、至れり尽くせりな生活だね。
そう思いながら、ピーコックブルーのリボンで結んであった開け口を開く。
マリウスさんは、厳ついお顔のミノタウロスなんだけど、すっごく優しい。
会うたびにお菓子をくれるいい人だ。
うん、最低限の食べ物しかない生活を三日もおくったら、食べ物くれる人はみんなに天使に見える……。
可愛らしいマーブルクッキーを手につまんで、ジークの形のいい唇に押し付ける。甘いものが嫌いじゃないのはリサーチ済みだ。
「ムグっ、いきなりはよせいきなりは」
片眉を軽く上げて抗議するジークに、美形はなにしても美しいな、と思いながらも自分の口にクッキーを放り込んだ。
サクサクしっとりでおいしい。
ちなみにジークは今、執務中なのだが、構わずそばにウロチョロしている。
仕事をしたいといったら、即却下だったから仕方ないのだ!
まぁ、わたしはなんにもできないからそれこそ仕方ないけどね!!
「そういえばマリカ、お前に客人が来ていると先程報告があったぞ」
クッキーを咀嚼し、飲み込んだジークが羽ペンをさらさらと動かしながら言った。
なんだろうか。
嫌な予感がする。森がなくなった時にも感じた…………嫌な予感しかしない。
逃げていいかな?いいよね。
久しぶりに、本気で泣きそう。今ならギャン泣きできるよ、たぶん。
「茉莉花ーーーっっ!!!」
その声を聞いて、反射的に殴りかからなかったわたしはすごいと思う。即座にジークにしがみつき、猫のように威嚇の体制をとる。
なぜかというと、樫材でできたドアを派手な音をたてながら開け、中にはいってきたのが勇者な幼馴染みだったからだ。
しがみついた拍子になにかが倒れる音が聞こえたが、気にしない。
「うわぁ!」だとか「ヘ、陛下ぁーー!?」だとかいう叫びは無視した。
たぶん書類にインクがこぼれたのだろう。
というか、明らかに襲来するのが早すぎるだろうこの災害!!
やっぱりわたしってば前世でなにかした!?
「茉莉花ーーー!!!なんで逃げるの、なんで威嚇するの?」
「あんたに威嚇しなかったことないし、逃げなかったこともない!!」
「勇者か………?おい、この書類どうしてくれる………」
叫んだわたしは、毎日なぜかいやというほど見てきた幼馴染み───つまり、わたしが暗黒の森をさ迷わなくてはならないようにした元凶、チート君な勇者様こと玲音の顔面に手短にあった文鎮を投げつけた。
たぶんこれは書類の上に置かれてたやつだ。無駄にきらきらしい装飾がついてるから。
「ぅおっと!危ないよ、茉莉花!?」
「煩い!!黄泉路を下れ、永眠しろっ!」
「それって遠回しに死ねって言ってるよね?!茉莉花はいつも会うたびにそれいってるね、もう!照れ屋なんだから!!」
「…………………ジーク、助けて。へるぷ みー」
無駄なかっこよさも頭のネジのユルさも全く変わっていない幼馴染みは、ゲームのなかの勇者みたいな鎧を身に付け、背中には大剣をくっつけている。
勇者がここにいるということは、頭の悪い(軽い)お姉さんたちもいるのだろう。
何て言ったって、玲音のハーレム要員だからね。
ジークを締め上げながら、助けを乞う。
って、ジークってば魔王ではないか!!勇者と魔王………会えばたつのは死亡フラグじゃないか!?
「勇者、マリカもこう言っていることだ。さっさと帰れ。それとも強制送還させられるか?お前、ここに単騎で乗り込んで来たのだろう?一人で歴代最高と言われる私に勝てるか?」
「ッ!……………────お前が、魔王か!?茉莉花を離せ、そして灰になれっ!」
「どちらも断る。まずマリカの方が私を離さぬしな。お前………嫌われてるのではないか、マリカに?」
羽ペンを置いたジークは椅子から立ち上がり、ふんッと玲音を見下すかのように鼻で笑った。
さすが魔王、さすがイケメン。どんなセリフも言動もハマって見えるよ!
ちなみにわたしはジークの腰にぎゅうぎゅうにしがみついてます。なんていうかもう………神様なんてわたしは信じない。信じたらダメな気がする。
というか、今思ったけどわたし、不幸体質?
「嫌われてなんかいない!というか、お前は茉莉花のなんなんだよ!どういう関係なんだっ!!」
わたしに対する言葉遣いとは違う、荒々しい口調で玲音はジークを憎々しげに見つめる。
「どういう関係?難しい質問だな………強いて言えば───────同衾する仲だな」
「ど、どうきんーーー!?つまりはなに、俺の茉莉花と同じベッドで一緒に寝る仲だと!?」
「そうなるな」
間違いではないけどひたすら誤解生むからそれーーーーーー!!!
ほら、玲音なんて卒倒しそうではないか!
念のためにいっておくと、そうゆう妖しい関係ではなく、ただ単に添い寝してもらっているだけだ。
別に他意はない。お恥ずかしながら、あの日からわたしは一人で眠れなくなってしまったらしい。だからジークに添い寝してもらっているのだ。うん、抱き締めて眠ってくれるよ、このイケメン!
やっぱりジークは、大好きな保護者様だ。
安定感がはんぱない。
しかーし、そんな言葉足らずに言ったら見事に誤解されるからね!?玲音、固まっちゃってるからね!?
「俺だって寝せてもらったことないのにーーー!!抱き締めてもらったのも、三歳までなんだぞっ!?」
「ふん、毎晩抱き合って眠っているぞ?」
というか、何をはりあってるのデスカ?
取り敢えず玲音はもう帰れ。ジークは言葉をもっとオブラートに包もうか。
ほら、「俺の茉莉花が穢された~~~!」なんて叫んでるから、玲音。
本当にどうにかしてほしい。
うんざりしてジークにしがみつきながらも玲音を見つめれば、玲音はなぜか泣いている。
アレ?混沌としてきた。
こら、そこの魔族!修羅場なんて言って喜ぶな!
思わず溜め息を吐きそうになっていたら、突然ジークがぱちんと指を鳴らした。
その瞬間、玲音の周りが光に包まれ──────次には玲音の体はきれいさっぱり消え去った。
これはきっと転移魔法だ。以前、わたしを暗黒の森に置き去りにしたお姉さん(魔女)が使っているのを見たことがある。
けれど、使ったあとは魔力を大幅に削るから、しばらくは動けない─────ハズ、だ。
「鬱陶しいことこの上ないな、勇者は。マリカ、もう大丈夫だ。北にある血薔薇の魔境に翔ばして置いたからな。最低でも二月は出てこれない」
あぁ、チートだね…………ジーク。普通に歩いて、普通にわたしを抱っこして、普通に喋ってるよ。
やっぱり神様は理不尽………………。
というか、なぜ抱っこ!?
「疲れた。昼寝でもしようかと思ってな。マリカは添い寝してくれるだろう?」
わたしを赤ちゃん抱っこして、寝室のほうに向かうジークは悪戯を仕掛けたこどもみたいな目をしている。けど、やっぱり安定感ははんぱない。
「するよ、わたしも疲れたから…………こうして抱っこされてると、ジークってばお父さんみたいだよね!」
そう言って首に手を回し、ぎゅうぎゅうと抱きつく。一瞬、ジークが固まったきもしたが気のせいだろう。
「お父さん……………お父さんか、お父さん……マリカにとって私はお父さんか、お父さん」
ぶつぶつ呟く声も、わたしには聞こえなかったが、呟くくらいの事柄ならば、大したことではないだろう。
しっかりこの一ヶ月ちょっとでジークや魔族のみんなを家族認識したわたしは、今日も幸せを噛み締めながら微笑んだ。
主人公は一ヶ月ちょっとで、だいぶやわらかな雰囲気となっています。
魔族の皆さんは、魔王の連れてきた女の子を娘のように(笑)温かく見守っています。過保護で激甘なのです。