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案山子転生

 私は35歳の小学校の先生だった。

 神様にお前は死んだと言われた時は、教え子達と両親への申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 神曰く私は転生するらしい。

 ミジンコかもしれない。昆虫かもしれない。鳥かもしれない。

 そして私は転生した。

 私は幸か不幸か前世の記憶を受け継いだ。

 私は畑を守る案山子(かかし)に生まれ変わった。


 案山子に生まれ変わったと言われても、特に出来ることは何もない。

 手も足も動かせない。何故か目と耳は機能するが、何か言葉を発することも出来ない。

 ただ鳥が荒らすのをにらむだけの日々が二週間続いた。


 やがて、私に機能が付いた。

 鈴が取り付けられ、鳥が来たらカランカランと音が鳴るのだ。

 これはどうやら私の体の一部らしく、頑張れば意識的に鳴らすことが出来た。

 一度私の作り主の家に泥棒が入った時一生懸命鳴らしたが、誰も気づいてはくれなかった。


 それからというもの、私はこの鈴とひたすら戯れる日々が続いた。

 夜になっても睡眠はない。ただただ長い孤独が待っているだけ。

 日に一度作り主が出てきては、畑を耕したり作物の面倒を見たりしていた。

 ただただ長い孤独が続いた。


 二年ほど経った頃だ。作り主が妻を娶った。

 畑に顔を出す人数が一人増えただけでも、私にとっては天国だった。

 男が食べるのは硬いパンから愛妻弁当へと変わった。


 更に一年後、奥さんは身ごもった。

 毎日少しずつ大きくなるお腹を見るだけでも、幸せな気分になった。

 お腹の子供はすくすくと育ち、作り主は一男の父となった。


 子供は最初は小さかったが、みるみるうちに大きくなり、いつの間にか歩くようになった。

 たまに私に興味があると両親にせがみ、私の顔を見るといつもキャッキャと笑っていた。

 孤独が続く私にとって、遥か昔に失った暖かさを少しだけ取り戻した気分だった。


 子供はいつしか少年と呼べるほど大きくなった。

 彼はたびたび私に話しかけるようになった。

 私はそれに対してカランと相槌をしてやった。

 彼にとって、私は友達の一人だったようだ。


 少年はすくすくと成長した。

 かつて教師だった私は、休耕状態の畑の上で球を追いかける姿は前世をどうしても思い出した。

 涙を流したかったが、私に涙を流せる目は取りついてはいなかった。


 ある時、少年が外で遊んでいると野生動物が畑にやってきた。

 少年が気づいていなかったので鈴を一生懸命鳴らした。

 異変に気付いた少年はすぐに家に逃げ込んで大事には至らなかった。

 その功績に作り主は私の為に帽子を作ってくれた。

 私は家族にしてくれたかのような気分になった。

 私と少年の間の絆は更に深まった。



 戦争が起こった。

 作り主は、軍隊に志願した。

 少し遅れて体が丈夫な少年も、軍へ入隊することになった。

 残った奥さんは毎日毎日泣いていた。

 家から活気が無くなった。


 三か月後、家に一通の手紙が届いた。

 作り主が亡くなったそうだ。朝も晩も、奥さんの泣き声がずっと聞こえてきた。

 私に出来る事は、ただ畑を守ることだけだった。

 やがて、少年からの連絡も途絶えた。






 どれほどの月日が流れただろう。

 家に一人の男性がやってきた。

 見紛う事は無い。あれはかつての少年だった。

 体に多くの傷を作り、片目の視力を失っていたようだった。

 それでも、彼は彼の帰るべき場所に帰ってきたのだった。


 彼は奥さんに変わって畑を耕すようになった。

 私の事も覚えていてくれたらしい。折れてしまった腕を直してくれた。

 彼が鍬を振り下ろす様は、かつての作り主に重なるものがあった。


 私は案山子だ。

 案山子になったことを後悔はしない。

 作り主から彼に受け継がれたこの畑を、私は守っている。

 彼が汗を流すのを応援するかのように、私は今日もカランと鈴を鳴らす。

読んでいただきありがとうございます。

連載作品の方もよろしくお願いします。

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