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紅い瞳の少女/月下鮮血(後)

前回の投稿から大分間が開いてしまいました。興味を持って下さった方、ありがとうございます。相も変わらずまとまりのない文章ですが、まったりと読んでいただけたらなぁとか思ってます。ではでは、本編をどうぞ。



―――殺される。



 眼前に迫った男は、何の躊躇いもなくその巨大な拳を振り下ろした。


 圧倒的な殺意。ソレを躱す術を持たない俺は、それでも瞳を逸らす事だけはしなかった。


 風を切り、迫る殺意をただ見つめ続ける。


 そうして俺は、異変に気付いた。


 やけに拳が鮮明に視える。


 突然の現象に、しかし俺の身体は反応してくれた。


 僅かに身を捻ってその拳を躱す。


 なんせ身体はこの刀を握った時から軽いのだ、そのうえ男の動きがスローモーションの様にゆっくりに見えたら、ソレを躱す事など造作もない。



―――ああ、そうか。



 そこまで考えて俺は、男の拳が鮮明に視えた理由に気が付いた。



 そう、とどのつまりその動きがゆっくりになっていたのだ。いや、正確にはゆっくりに視えていた。



 何が起こったのかはわからない。でも、少なくともこの現象は俺を助けてくれた事になる。死を間近にすると周囲の動きがゆっくりになったりするらしいが、ソレと関係があるのだろうか?


 そんな事を悠長に考えていたら、男は二度目の攻撃を繰り出そうとしていた。


 振り下ろした拳の勢いそのままに、左足による回し蹴り。客観的に見れば、大した運動能力だと言える。攻撃を躱された瞬間に、次の動作を開始するなんていう高等技術は、かなりの達人技なんじゃないか……なんて思った。


 でも結局は予備動作見え見えのツマラナイ蹴りだ。


 やはり先程同様ソレを躱す。


 と同時に踏み込んで、隙だらけな男へと刀を振るう。



 ボテっと、その右腕が地面に落ちた。



「……なッ」



 一瞬の間を空けて、まるで噴水のようにその血液が飛び散る。


 ソレはよろめき後退したが、決して倒れる事はなく、俺を睨みつけていた。


 僅かな沈黙、少しばかりの空白。


 不死身と名のった男は、残された左腕を右腕の付け根へと軽く当てた。



「ぐ……が……」



 小さく苦悶の声を洩らす。そして俺は、我が目を疑った。


 切り落とした筈の右腕が、何事もなかったかのように、あるべき場所へと戻っていたからだ。



「……コレが俺の呼び名の由来だ」



 男はそう言うと、再び俺へと向かってくる。それを躱し、斬りつける。斬られる度に治る傷と、治る度に斬りつける刀。まるで壊れたレコードの様に、何度も何度も。



「一体、どうなってんだ」



 思わずぼやく。コイツ本当に人間なのか? そんな疑問が頭に浮かぶ。


 外見はたしかに人の形をしているが、確実にヒトではない何か。


 何度斬られても立ち上がる文字通りの『不死身』。



「はぁ、はぁ、くそ……っ」



 息が上がる。集中力は途切れ、動きは徐々に散漫になっていく。


 このままじゃ埒があかない。

そうは思えど、俺は奴を倒す術を知らず。ただ体力だけを浪費した。



「どうした? そんなもんかよ」



 不死身はまだ余力を残しているのか、その口調はあくまで軽い。



「くッ」



 再び振るわれるその拳。何度繰り出されようが、あくまでソレはスローモーション。


 躱す事など造作もない。


 大きく右にステップをして、迫る暴力を避ける。もう何度目になるだろう、そんな事を考える余裕を持てるくらい、それくらい簡単に躱す。


 それが良くなかったのかもしれない。


 大きく右にステップした俺は、確かにその亜音速の拳を躱した。


 けれど、疲れからくる集中力の低下は、思ってもみなかった失態を俺に冒させる。



◇ ◇ ◇



 ずるり、と足元の血溜まりに足を滑らせ、青年はその場に横転した。


 突然の異変に一瞬その動きを止めるものの、この機を逃すほど、その男は愚かではない。



 不死身は、溢れんばかりの殺気を従えて亮の上へと馬乗りになると、その腕を先程少女にしたように青年の首へとかけた。



 今度は迷うことなく、一気に力を込める。


 迫る死を感じて、亮は落ち着きを取り戻していた。落ち着き……というよりもむしろ諦めに近かったが。


 とにかくソレは、青年に一度きりの機会を与えた。


 『死』を目前にして混乱していたら、確実に開けなかった活路。



 たった一筋の光明を、亮は掴んだ。


 確実な止めを狙った不死身の行動……絞殺。ソレは確かに正しかったのかもしれない。


 しかし、マウントポジションという不死身と亮が向かい合うような体勢は、その事を気付かせないという意味では最高の状態といえた。



渾身を込めて―――少女は不死身に跳びかかった。



「……ッ」



 もちろんその程度では男を倒すどころか、亮の上から退かす事すら出来はしない。重要なのは、その一瞬だけ、そう……その一瞬だけ男の意識を他へと向ける事。



 ソレが……命運を分けた。



 その巨体はあいも変わらず青年の上に鎮座している。だが、一瞬逸らしたその意識は青年を行動させるには充分過ぎるほどの隙であった。


 男に身体の動きは制限されていたので、馬乗り状態の不死身を突き飛ばす事は不可能だ。勿論刀を振るう事も出来ない。


 だから亮に出来たのは、その顔を、全力で殴る事だけだった。


 いや、実際その程度では男を退けるのに大した効果は持たない。しかし、現実に不死身は悲鳴を上げ、亮の上から飛び退いた。



「ぐっあああぁぁぁ」



 自らの顔を押さえ、苦痛の声を洩らす不死身。その左目からは、一筋の涙が流れていた。



 躊躇わず、青年は刀を振るう。



 一瞬で切り落とされた両腕。



 ずるり……とズレるように身体を離れた両足。



 そして、朱い泪を流しているその首をスパッと……。



 マルデ溶ケタバターヲ切ルヨウニスパット。



―――その巨大な身体から切り離した。



◇ ◇ ◇



 終りは、酷くあっけなかった。


 その巨大な体は先程までの様子とは打って変わり、赤い血液を撒き散らすスプリンクラーと化していた。



 ピチャリ、ピチャリと響く音が、コレは現実だと俺に訴える。


 ヒトを殺したという……変えようのない現実。逃げ場のない現実を、俺に突きつけていた。


 結局は虫を殺すのと一緒だって、そう自分に言い聞かせる……。その事実はあまりに重いから。


 正当防衛だって、自分を誤魔化す……。だってソレは、信じられないくらい怖いから。



 狂ったみたいに温かい液体を噴出していたソレは、二三度痙攣するとその一切を停止した。



 真っ白な思考の中で俺が見たものは、霧のように雲散していくその死骸と、その様子をぼう、と眺める少女の……赤い紅い、血の様に朱い瞳だけだった。

とりあえず、一章終了となりました。全四章構成(予定)ですので、少々長くなるかもですが、どうか最後まで読んで貰えたら幸せです。ご意見・ご感想ありましたらヨロシクお願いしますm(__)m

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