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黄昏世界/鬼殺シ

 迫る神剣、逃れえぬ死。闇を切り裂き落下する白銀は、無防備なままの俺へ―――『不死身』の力の届かぬ首へ―――狙い過たず吸い込まれ……けれど俺は、その切っ先が逸れるのを見た。



「な……!」



 驚きの声は人喰いのモノだ。ぐさり。地面に突き立つ羅刹はまるで、それが意思を持ってるみたいに……俺の首を避け通る。


 呆然と―――その様をただ呆然と眺めている人喰いの顔面に、俺は頭突きをぶちかます。



「がっ!」



 手ごたえ。俺の頭部が奴の顔にめり込んだ確かな手ごたえ。


 よろめく人喰いを尻目に、俺は羅刹を抜き取った。



「はっ……はっ……ぐ、……はっ」



 荒い息遣い。痛覚はどうやら麻痺しているようで、奴に砕かれた全身は嘔吐感と寒気が渦巻くも、痛みを感じる事はなかった。


 人喰いは顔を押さえ下を向いている。追撃をするなら今が最大の好機だろう。けれど、思うように動けない俺は奴にニ三歩近づくのが精一杯で、刀を振るう事など出来なかった。


 絶対の自信に泥を塗られたからか、押し黙り俯く人喰い。動きたくてもまだ満足に回復しない俺。


―――そうして、僅かばかりの沈黙が過ぎる。


 夜は依然として闇を深くし、月光は白く白く校庭を照らす。対峙し向き合う俺と鬼は、どちらも動く事は無く静かな空気が辺りを満たす。


 ちらりと瑞希の方へ視線をやる。身じろぎ一つせず横たわる彼女の容態は、此処からでは確認できない。


 俺の方の出血も酷い……いずれにせよ、残り時間は無いだろう。


 まともに動く事すらままならぬ体に鞭を打ち、俺は刀を構えなおす。


 呼吸は深く、視線は前へ。俯く俺へ、一歩を踏み出す。



「―――っ……はは……ははは」



 唐突に、人喰いは笑い声を上げた。


 刀を握る腕が、びくりと硬直する。奴の攻撃にいつでも対応できるよう、意識を刀に集中させる。



「あははは、ははははは!」



 笑い声は次第に大きく、高くなっていく。そうして最終的に、人喰いは腹を抱えて笑い出す。



「あはははははは、っ……」



 一頻り笑うと、人喰いは目元を拭ってから、こう呟いた。



「最高だ―――やっぱりお前は最高だよ、兄弟」



 刀。羅刹を模した奴の刀が、俺へ向かって突きつけられる。本物と寸分違わぬ煌きが、俺の命を戦慄させた。


 人喰いの顔から笑みが消える。暗く沈み込んだ表情には、ハッキリとした殺意が生じていた。今までの一切がお遊びに感じてしまう程、奴の放つ重圧はその有り様を一変させる。



「なぁ、お前もそう思うだろう?」



 死合再開の合図。


 水平に構えられた刀は天へ向かって振り上げられて……何の小細工も、策略も無く、ただ真っ直ぐに俺の脳天へと襲い掛かる。


 相も変わらずデタラメな速度だ。いくら異能の眼を持っていても、こんなんじゃ太刀筋を視る事で精一杯……?



「あ―――?」



 ブン。刃が空を裂く音が残響する。ソレは俺の体すれすれを掠めた刀が発した音。


 そう、俺はその一撃を躱したのである。


 先ほどまで、躱す事はおろか見る事すら出来なかったその一撃を、だ。


 間髪いれず、奴は再び刀を振るう。



「っ、ぁ……」



 跳ね上がる刀。狙いは首から顎にかけて……薙ぎ払う様に切り裂くつもりだ。


 見える……刀の軌跡が……奴の動きのその先が!


 凄まじい速度で繰り出される人喰いの斬撃。ソレは決して鮮明な映像ではない。切っ先は相変わらずブレているし、気を抜けば鉄の刃は俺の肉を引き裂くだろう。


 けれど実際に、俺はアイツの刀を躱している。その事実が、『まだ戦える』という希望が、俺の体を突き動かした。


 傷だらけの体が、徐々に軽くなる。治癒の速度が上がっているのかもしれない。俺はより自由に、より速く……アイツの刀を躱してみせる。


 肩口を、頭部を、鳩尾を、心臓を―――俺を狙うその凶刃を―――尽く躱しつくす。



「あぁあッ!」



 反撃。俺の首を刎ね飛ばさんと振るわれた刀を屈む様に躱すと同時、俺は奴の胴体目掛けて羅刹を突き出す。


 体を捻る人喰い。切っ先はワイシャツを引き裂いただけで、半身になった奴の胴に傷をつける事は出来なかった。



「ちっ」



 バックステップ。先ほどまでと明らかに様子の異なる俺を不審に思ったのか、人喰いは僅かばかり後退する。



「……慣れた―――とでも言うのかよ」



 苛立たしげに俺を睨みつけると、奴は小さな声でそう言った。



「どこまでも……その刀がッ!」



 だん。地面を強く踏みつけて、人喰いはその憤りを発露する。楽しそうに笑ったり、そうかと思えば怒鳴ったり……その情緒不安定な様子を眺めながら、俺は奴を倒す策を考える。


 不死身の力を持つであろう奴を殺すには、脳、首、心臓のいずれかを破壊しなければならない。


 僅かの思案で、俺はその何処をも破壊する事が困難であると結論した。奴の刀を躱す事が出来るようになったとは言え、それは『ギリギリなんとか躱せる』のであって、決して完全に動きを見切ったワケではない。同じ『眼』を持つ人喰いに攻撃を命中させる事ソレ自体が難しいのである。脳や首といった比較的小さな目標を狙ったのでは、掠る事さえ出来ぬであろう。


 残るは心臓―――だけど。



(それもNGだ、な。ってか、そもそも俺、心臓の位置とかよくわかんねーし)



 クソっ、せっかく奴の動きに対応できる様になったってのに……コレじゃあまったく意味がない。



「このセカイの王は、俺だ……だってのに、俺がその刀と繋がってるばっかりに……『城壁』の効果が薄い、ってワケか」



 ボソボソと一人呟く人喰い。俺が奴の動きに対応しだした事で動揺しているのだろうか。


 だからといって奴の力の正体が掴めたわけじゃない。


 せめて……アイツの動きさえ止める事が出来たら……。俺は奴の動きを思い返す。瞬間移動……恐らく、空間から空間に移動しているんだろう。なんていう、漫画か何かで得た知識が頭を過ぎる。


 そんなモノ、どうやって止めたら良いんだよッ。



「なら―――本気でいっても大丈夫だな?」



 俺の必死の考えは、一瞬にして吹き飛ばされる。目の前で起きた現象は、ソレまでの全てを凌駕していたのだから。


 ソレはまるで嵐だった。人喰いそのものが暴風と化して、俺を中心とした台風が出来上がる。


 瞬間移動の連続―――俺の死角に回り込む、どころではない。驚異的な速度で移動し続ける奴は、『解離の眼』をもってしてもその残像を僅かに捉える事しか出来ない。



「躱せよ? 兄弟!」



 『三人になった人喰い』は、正面、後ろ、右の三方向から、同時に俺へと刀を振るう。



「あッ!」



 背部に激痛が走る。反射的にそちらへ刀を振るが、手ごたえなんてある筈も無く……人喰いはまた暴風へと姿を変える。


 四、五、六……だんだんと数を増す奴の残像。恐らく、さっきまでの『眼』であったなら、残像すら視えず……透明人間に攻撃されている様な錯覚に陥っただろう。



(ソレが、不幸中の幸いか……)



 七人にまで増えた人喰い。その全てが一斉に、俺目掛けて刃を振った。


 こうなったら回避もクソもありゃしない。俺は闇雲に地面を転がって、どうにか雪崩みたいなその斬撃を避けようとする。


 けれど……。



「痛―――っ」



 起き上がるのと同時に、両手両足の肉が抉れた。


 俺よりも圧倒的に速い奴は避けられたのを『確認』してから、余裕綽々で俺へと追いつく。



「冗談じゃ、ねぇ……っ」



 距離を離す、というよりはむしろその嵐から逃げる為に、俺は『一速跳進』を起動させた。


 強烈な加速感。グン、と後方へ射出された俺の体は、嵐の中心から五、六メートルの地点に着地する。



「逃がす、と思うか?」



 声は―――『後ろから』―――っ!



「が、あああああァアアああ!」



 まだ治りきらない背中の傷口を、奴は再び切りつける。燃える様な痛みに俺は地面を転がりまわった。



「はっ、はっ……く、っそ」



 そうして俺が立ち上がる頃、周囲には再び暴風圏が形成される。



「これで最後にしようぜ、兄弟よぉ!」



 四方八方から発せられる声。最早その数を数える方が馬鹿らしくなるくらいに増えた残像は、絶望という二字を俺に突きつける。


―――あぁ、もう、駄目なのか……。


 無力感が俺を包む。諦めるなんて嫌だけど……けど、俺にはどうする事も出来ない。


 俺は呆然と、自分自身を見つめた。


 残酷な表情を浮かべた俺が、俺を殺そうと刀を構えている。


 何十という俺が、俺を殺す為に、そこに居る。



「じゃあな」



 死刑宣告。何の感情も持たない声が俺の耳に届いた時、俺はようやくその事実に気がついた。


 瞬間移動だと思っていた奴のその力が、俺と同じ『一速跳進』だったという事に。


 そうか……奴の……『反転城壁』の能力は……。


 音も無く、羅刹もどきが体を貫く。幻影の群れはたった一つの実体……俺の真正面の一人に収束した。



「っ―――ぐ?」



 奇妙な違和感。痛みと同時にこみ上げた抗い難いその感覚。同時に、俺は口から血を吐いた。


 呼吸が止まる。どうやら奴の刀は俺の肺を潰したらしい。


 意識が途切れる。視界が捻じれ、足から力が抜けていく。


 倒れる、倒れてしまう……人喰いの歪んだ笑みが視界に映る。



ふざ、けるな―――っ!

 


「なっ!?」



「瞬間……移動じゃないんなら……コレで、逃げられねぇだろう?」



 がっしりと、俺を貫いた人喰いの手を掴んで、声にならない声でそう告げる。



「くっ、」



「遅いッ!」



 俺の手を振り解こうとする人喰いよりも速く、羅刹がアイツの腹を貫く。



「が、ぁ……つ、……はは、兄弟よぉ、こんなんじゃ俺は……」



「死なない、当然だ……お前も……不死身の力を、持っているんだから」



 そう、そうなんだ。アイツの力は俺と同じ。ソレはアイツが羅刹と繋がっているから。だからアイツの力は『眼』と『跳進』と『砕断』と『不死身』。ソレにアイツが個別に吸収したという『鋼化』の五つと、人喰い自身の力『反転城壁』。


 けれどそれじゃ理屈にあわない。『反転城壁』の力がただの瞬間移動だってんなら……俺の『眼』が機能しなくなったり、『不死身』の回復が遅くなったりした事の説明がつかない。



「反転……させるんだよな? この空間は……異能力を―――無効化する……」



 能力者……『鬼』を、ただの『ヒト』へと反転させる。それならば、俺たちと同じ『眼』を持っている筈の瑞希が、あぁも簡単にやられた事にも納得がいく。弱化した『眼』による誤認……ソレが瞬間移動の正体。



「はっ、はははは。正解だ……。が、ソレが解ったところでどうしようもねぇだろ? 今更

そんな事に気がついたって……」



「いや……これで『充分』だ」



 鏡写しの現実。刀に貫かれている俺と俺。俺たちは同じ人間でありながら……けれど絶対の差を持って対峙する。



 王として、このセカイの王として立ちふさがる奴に対し、俺にあるのは一つだけ……。



 たった一つのちっぽけな意地。



 瑞希に、来栖さんに……そして、俺自身に。他の誰でもない、目の前の奴でもない……この俺自身に誓った。


 瑞希を護るって―――そう誓ったんだ。



「おぉおおおああああああああああああああッッ」



 咆哮。ただその思いを込めて、俺は羅刹を握り締める。


 あぁそうだ。俺はアイツを護るんだ。


 理由だってちゃんとある。我ながら呆れるくらい、ちっちゃな理由が。


 その為なら、俺は何を犠牲にしたって構わない。


 ソレが例え命でも……。


「そのくらい―――くれてやるッ!!」



「な……!?」



 驚きの声を上げる人喰い。ソレも無理はないだろう。




 だってコレは、遥か昔にお前を封じたモノなんだから。




 羅刹の刀身が淡い光を放つ。不思議な光だ。温度は無いのに、何故か暖かく感じる。


 徐々に光度を増す刀を必死に抜こうと、人喰いは空いている腕で俺を殴りつけた。


 目の前に火花が散る。鈍い痛みが、じんわりと頬から広がった。



「クソ……離しやがれ!」



 それでも腕を離さない俺へ、もう一撃を加えようとした所で―――




―――鬼の神剣が、炸裂した。



「ぁ」



 眩く白光した羅刹は、その刀身を光の奔流に変えてゆく。


 闇の中、シャープに伸びるその光に引き込まれる様にして、人喰いの姿は掻き消えた。


 それでもなお輝きを増す羅刹。


 無垢な輝きの向こうに、少女の顔が浮かんで消える。



「みずき―――」



 そっと、その子の名前を呟いて……。




 光に抱かれるように、俺の意識は消え去った。

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