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黄昏世界/反転城壁

 その感覚は推測や想像といった一切を飛び越して、俺の脳髄を直に揺さぶった。


 反射的……といって間違いは無いだろう。火にかけていた薬缶に誤って触れてしまうその瞬間、熱いと感じるのと同時に手を薬缶から離す様に。モノを考えるというタイムラグの一切を切り捨てて、俺は行動を開始する。


 殺される―――このままでは確実に。闇を駆ける俺に付随した思考は、ただ死の予感と、その恐怖だった。



「―――ぁあああああ」



 叫び。恐れを断ち切る様に、俺は羅刹を振るう。


 ただ、殺す為に。目の前の鬼を殺す為に。俺は羅刹を振るう。


 狙いは首だ。人体の中……重要な割りに脆弱な、人類共通の弱点。いかな化物であろうとも、其処を分断されては生きてはいられまい。


 『鋼化』と『不死身』……二つの盾を叩き割り、たったの一撃で命を奪う。ただその為に、俺は死力を尽くす。


 恐怖に駆られ、冷静さを失っていてもなお……俺の肉体は効率よく人を斬る為の動作を―――蓄積され、研鑽された人殺しの技を―――寸分違わず模倣する。


 右手を天に向けたまま棒の様に立ち尽くすアイツへ……。薄く微笑む、俺の顔をしたアイツへ……。人を喰らう化物へ……。


 俺は迷う事無く、躊躇う事無く……両腕を、手中の刀を……振りぬいた。


 紅い飛沫が僅か、音も無く目の前に現れる。


 同時に、俺は自身の正気を疑った。



「え―――」



 思考が白く染まる。いったい俺は、何を見ているんだ?


 落ち着け、そう告げる本能に対し、俺は最大限の努力を持って答える。


 深呼吸を二度、頭は少しずつクリアになる。


 けれど、でも―――はは、思わず笑いがこみ上げてしまう。それほどに、それほどに今、目の前で起きた現象はぶっ飛んでいたのだ。


 順序だてて整理しよう。そんな悠長な事をしている場合ではないと解っていながら……けれど俺は、自分の正気を保つ為に、ソレをしなければならなかった。じゃなけりゃ、俺はきっとおかしくなっちまう。


 目前の惨状など気にも留めず、自分の記憶を……刹那の出来事を思い返す。


 異能力を起動させようと人喰いが動き―――ソレをさせまいと羅刹を振り上げ、俺は奴へと斬りかかった。そう、俺はアイツに斬りかかったんだ。


 そうして刀を振り下ろした瞬間、俺の目の前からアイツは……そう、アイツはまるでお化けか何かみたいに消え失せた。


 『一速跳進』を使った時とはまるで違う……。確かにあの力も消えたみたいに見えるけれど……でも、違う。動きの軌跡すら見せない、なんて―――『跳進』とは速度としての質がまったく違う。


 唖然とする俺の前に現れたのは紅い飛沫。宙に散ったソレは、奴の血液の様にも見えた。或いは、俺の刃は奴に掠っていたのかもしれない。



 そのクレナイが闇に塗り潰されるのと同時―――音も揺れも、一切の前兆も伴わず、ソレは地中から現れた。



 乏しい俺の語彙の中からソレに当てはまる語を選択したのなら、ソレは『城壁』に近いモノだった。


 直径は約百メートルといったところだろう、材質は良く解らないけれど……見た所かなり頑丈そうで、恐らく大砲の直撃にも耐えるんじゃないか、とさえ思える。


 その堅牢な城壁の内部に、俺は―――俺と瑞希は囚われた。


 そこで俺は気がついたんだ……異能の発動前、アイツが何て言っていたのかを。


 瑞希―――ッ! 俺は瑞希の居た方へ視線をやる。人喰いの殺意の矛先は、確かに瑞希へと向けられていたのだ。


―――ドサリと、乾いた音を立てて彼女は地面に倒れこむ。



「み……」



 そして―――



「みず、き……」



―――回想は、現実へと回帰した。



「瑞希ッ!!」



 白い筈のブラウスが、見る見る内に朱へ染まる。まるで墓標みたいに……彼女の腹部から生えた刀を引き抜いて、鬼は満足そうに嗤った。


 月光に照らされた彼女は人形の様にピクリとも動かず、白かった肌は、生気を失い青白く変貌していた。



 なんで、なんで―――?



 なんでなんでなんでなんでなんで!?



「ああああァぁぁぁぁぁああああああああああ」



 なんで! なんで瑞希がこんな目にあわなきゃならないんだよ!!


 アイツの目的は俺なんだろ!? ソレが、なんで、こんな……。



「縮尺世界・反転城壁―――ようこそ兄弟。此処が俺のセカイだ」



 城主……この世界の王は、口調こそ平素のモノと変わらないものの……恭しく頭を下げ、まるで挙式をするみたいにそう告げた。



「さて、これにて邪魔者は消え去った。ようやく思う存分ヤリあえるってモンだな、え? 兄弟」



 滴る朱色を振り払い、王は汚れた刀を天に向けて高らかにうたう。


 俺はそんな言葉なんて聞きたくもなくって、ただゆっくりと瑞希の許へと歩み寄る。


 血溜まりの中心に横たわる彼女は、依然として動く気配を見せなかった。



「おいおい。無視すんなよなー、寂しくなるじゃねぇかよ」



「……」



 騒ぎ立てる人喰いなどには目もくれず、俺は赤い池へと踏み込んだ。


―――ピチャリ。彼女の命が音を立てる。横たわる瑞希は、静かに瞼を閉じていた。



「だからぁ……」



 はぁ、という大きな溜息の直後。突然真横から加えられた衝撃によって、俺の体は宙を舞った。



「がっ……」



 ふわりという無重力感は一瞬で、すぐさま肉体は星の袂へ引き寄せられる。


 激しく体を打ち付けて停止した時に初めて、俺は飛翔の合間に三回地面をバウンドした事に気がついた。


 自分が蹴られたのか殴られたのか……ソレすらも解らず、俺はただ、全身が発する痛みという信号を享受する事しか出来ずにいた。



「無視、するんじゃねーよ。ソレと勝手に景品に手を触れるのも反則だぜ?」



「け、……?」



 言葉にならない。既に全身打撲の域は超えていて、一瞬でも気を抜けば意識が飛んでしまいそうな状態。そんな俺をかろうじて引き止めたのは、奴の放ったその台詞だった。



「そ、景品だ。さっきは殺すって言ったけど……約束を違えるのはポリシーに反するから

な。まずは兄弟との決着が先って事で」



 もっとも、邪魔にならないよう静かにして貰ったがな。そう続く言葉はしかし、俺の耳には入らない。



 瑞希は、生きている―――!



 その事実に、俺は危うく涙するところだった。



「おいおい、安心するのは早いぜ? ソレに、いくら生きているって言っても虫の息だ。早いトコ俺を殺さないと、助かるモンも助からなくなるんじゃねーのか?」



 挑発する様に、人喰いはそう言った。確かに、いくら生きているとはいえ、腹部を刀で貫かれたのだ。仮に急所を外していたとしても出血が酷い、早くしなければ瑞希は……。


 俺は力の半分抜けた足を何とか動かして、ゆっくりと立ち上がる。気は急くけれど、痛む体ではこのスピードが限界だ。



「よしよし、ちゃんとに立ったな」



 そんな俺の様子を楽しそうに眺めながら人喰いは瑞希の許を離れ、再び俺たちは対峙する。


 同じ顔、同じ体、同じ武器。鏡合わせの現実。けれど両者の差は絶対的に開いていて……此処の王であるアイツに、俺は果たして勝てるのだろうか。


 一瞬だけ、視線を瑞希の方へと向ける。死んだ様に静止した彼女を助ける為には……たとえ無理でも、やるしかないのだ。


 そんな俺の隙を……人喰いはニヤニヤと見逃した。否、『不死身』の力を考えたのなら、そもそもこのように時間を置く事自体が俺に利するのである。


 そう、詰まる所人喰いは、俺の傷が癒えるのを待っているのだ。



「余裕のつもり、か?」



 無意識に言葉が出た。一体コイツは何を考えているんだ? 自由になる為に俺を殺すと、そう言った。けれど実際には、今みたいに手を抜いている節がある。


 何か、企んでいるのだろうか。そうも思うが、結局のところ、今の俺に出来る事は全力でコイツと戦う事だけなのだ。余計な思考はやめておく。


 精神を……集中させる。コイツの考えとか、今はどうだって良い。体の傷だって、さっきよりはだいぶマシになってきた……。今は一刻も早くコイツを……。このセカイの王を、人喰いを倒すんだ。


 羅刹を構える。戦術はもう決まっていた。ハッキリ言って、俺は人喰いよりも劣っている。羅刹の最大の長所……複数個の異能力の保持においても、奴は俺より上であり……その上、今となっても詳細不明な『城壁』を持っている。


 そんなアイツに、俺が勝つ方法……。ソレは―――



「当たって砕ける、しかねーよな。クソッ」



 奴の『鋼化』は『不死身』の力と相性が良すぎる。傷つき辛い上にすぐソレが治るってのは、ハッキリ言って反則だ。


 ならばこそ俺は、自分が傷つく事を恐れず、相打ち覚悟で飛び込むしかない。



(そうすりゃ、後は運の強い方が勝つ……)



 勿論、そんな事を本気で思っているわけじゃない。けど、ソレくらいの気持ちでなきゃやってられないほど、俺とアイツの差はデカイのだ。


 腕の一本や二本はくれてしまっても構わない……ッ、最後にアイツの喉笛を喰い千切れりゃ良いんだ。



 覚悟は決まった。後は―――やるだけだ。



「……」



 必ず勝つと、俺は誓う―――


 俺を此処(ひにちじょう )へと引き込んだ……泣き虫で、寂しがり屋の女の子に。


 護るって、そう決めた……意地っ張りで、優しいあの子に。


―――他の誰でもない、雛森瑞希にそう誓う。


……そうだ、俺の方の問題なんて……ちゃっちゃと片付けちまうからさ。そしたら二人で考えようぜ、お前の方の問題を。


 アイツの生を、アイツだけの人生を……来栖さんが、俺に託した、託してくれた……アイツ自身を取り戻す、その為に。



「……行くぜ、王様?」



 こんな奴、すぐにでもやっつけて……。



 二人きりで、何処かへ行こう。



 デパートでも遊園地でも……その辺のゲーセンだって構わない。



 お前が、お前らしく笑える場所へ。



 俺が、お前を連れて行く。



 そう―――此処よりも遠くへ。


さて、いよいよ大詰めとなってまいりました。残すところ後3話(or4話)。の投稿がいつになるかはわかりませんが……出来るだけ早いアップを心がけたいと思いつつ頑張りますので、応援よろしくお願いします。

ご意見・ご感想、ここおかしくねー? などありましたら是非是非お願いいたしますm(_ _)m

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