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黄昏世界/向き合う二人

お待ち下さっている方、毎度ながらの更新速度申し訳ありません。年内に終わらせる予定が、なんだかんだでこの調子です。此処まで来たら後少し、是非最後までお付き合いを。

 深夜。自室のベッドに横たわり微睡む俺は、夢と現の狭間をゆらゆらと漂いながら二つの事を考えていた。


 迫る人食いとの戦いの事と、来栖さんから頼まれた事。


 現在進行形の、二つの問題。前者は俺の、後者は瑞希の……それぞれが抱える、それぞれの問題。


 俺の問題は……羅刹という呪縛から逃れる為、宿主である俺を殺そうとしている殺人鬼との問題は……もう間もなく、片がつく。明日の(正確には、既に今日である)夜に行われる殺し合いに勝てば……俺がアイツを殺す事が出来れば……その問題は解決するのだ。



「う……」



 少しだけ気分が悪くなる。人を殺す……殺人行為。脳裏に反芻する不気味なほどに冷たい言葉。


 今までは……ほんの二ヶ月前までは、ブラウン管の向こうの出来事だと思っていた。或いはソレは、漫画の中や小説の中……フィクションに彩られたモノの中にだけ存在するのだと信じていた。


 そんな俺の日常を、常識を……容易く反転させた、彼女との出会い。俺を非日常へと誘った、鬼と呼ばれる少女。


 そんな彼女の抱える問題。歪な生からの開放。『約束』という呪いに蝕まれた、道化の王。彼女自身の生を取り戻す事。


 そのためには、一体何をすれば良いのだろうか。来栖さんとの一件以来、ソレをずっと考えていた。


 お前の人生はお前のモノだと言えば良いのだろうか? 自分を偽って生きるのはもう止めろと、そう言えば良いのだろうか?


……俺には解らない。来栖さんから頼まれたっていうのに、俺にはどうして良いのか解らない。


 解らないと言えば、来栖さんの行方もだ。突然、何の前触れもなく消えてしまった彼は、今頃何処で何をしているのだろうか。否、そもそも、なぜこんな時になって消えてしまったのだろうか。



「……」



 うまく纏まらない思考ではこれといった答えは出ない。今は解らない事が多すぎる。

 結局俺は考えるのを止めて、心地よい微睡の中に沈む。今優先すべきは、明日に備えて体を休める事である。


……そう、まずはアイツを止める事が先決なのだ。


 暗闇の中、俺の意識は急速に形を失っていった。



……



「いただきます」



 短い文句を唱えて、俺は瑞希の用意してくれた朝食に箸を伸ばす。瑞希もテーブルの反対側で同じ様に食事を始めた。


 運命のというには大げさなのかもしれないが、少なくとも俺の今後を左右するであろう重大な日である今日の朝は、けれども予想に反して穏やかなモノであった。少しばかり静かな事を除けば、食器の鳴る音や意味もなく垂れ流されるニュース番組の声などが、毎朝のソレと同じ朝の空気を生み出している。


 俺は見慣れたその景色に、まだ自分が日常の中にいる事を感じた。同時に、目の前の少女こそ非日常のシンボルである事を思い出す。なんだか矛盾している……俺はお茶碗に残ったご飯を口に放り込んで席を立つ。流しに食器を置くと、居間に放り投げてあった鞄を手に取った。


 瑞希の居る風景は、きっと俺にとって非日常なのだろう。けれど俺はそこに、日常に対して感じる安心感みたいなものを見出していた。今はまだ非日常だけれど、いつかこの光景が日常になる時が来るかもしれない。小高や宮山みたいに、一緒に居るのが当たり前な、そんな光景が。



「それじゃ、行ってくる」



 一言そう告げる。瑞希は最初、自分も着いて行くと言っていたが、制服の入手が不可能だったのと人喰いとの戦いを考えて、家に居るように言い含めた。


 複雑な表情を浮かべた瑞希に背を向けて、俺は家を出る。玄関の閉まる乾いた音が、しばらく耳から離れなかった。



……



 教室に入ると、いつもよりも賑わったクラスメイトたちの様子が耳と眼で確認できた。今日は一日準備。授業時間全部を使って文化祭の準備をする、いわば最後の追い込みである。同時に、机にへばりついて先生の話しを聞かなくて済む、まさに盆と正月がいっぺんに来たような日なのだ。



「よう。昨日はありがとな」



 と、奥で作業をしていたらしい小高が右手を上げながら声をかけてきた。俺は鞄を教室の空きスペースである教壇に放り投げて、返事を返す。



「気にすんなよ。まぁ俺なりのお礼って事で」



「それはギャグなのか?」



 素っ頓狂な声を上げて、宮山が乱入してくる。やけに眠そうな顔をしているところを見ると、どうやら昨晩も夜更かしをしたのだろう。のわりに遅刻せずに登校しているのだから、律儀なヤツである。



「そこの三馬鹿トリオ! 突っ立ってる暇があったら手伝ってよ」



 入り口付近にて立ち尽くす俺たちの後方から、委員長の元気な声が飛んできた。両手には沢山のプリントを抱えている。俺たちは委員長に道を開けると、その後に続いた。


 徐々に組み立てられていくお化け屋敷の内壁。暗幕を張り、照明を取り付ける。わいわいガヤガヤと、それこそ祭の賑わいで準備に勤しむクラスメイト。


 彼らは誰も知りはしない。この日常が、もしかしたら今日で終わってしまうかもしれない事を。誰もがみな、明日が来ると信じている。或いは今夜が、人生最後の夜になるのかもしれないのに。


……そんな事、させるか。


 文化祭の前日。明日への希望に満ちた教室の活気を感じながら、俺は改めて人喰いと交わした言葉の重さを感じていた。



◇ ◇ ◇



 深夜の校舎は、死んだ様に静かであった。いつぞや鬼の弓兵と一戦を交えた時とは違い、今、現在ここには四十人を越える人数の生徒達がいる。にも関わらず物音一つしないこの状況は、言葉よりも雄弁にこの夜の不気味さを感じさせた。


 無論、生徒達は何か異常な現象に襲われているとか、一刻を争う事態に陥っているという訳ではない。現に、教室棟の二階に行けば男子が、同伴の教師の目をかいくぐって三階へ行けば女子が、それぞれ穏やかに眠っているのを確認できるだろう。


 だからこの不気味さは、あるいは青年の思い過ごしであるのかもしれない。


 けれど……校門の影に一人佇む彼は、その感覚が決してあやふやなモノではないと確信していた。


 奴が……人を喰らう鬼が、やって来るのだ。血と肉を好む鬼が。


 青年は一時も気を抜く事無く、ただその時を待った。五感全てを研ぎ澄まし、必要とあらばコンマのうちに羅刹を顕現させられるよう身構えていた。


 風の無い、生暖かい夜。夏というのには涼しく、かといって冬というには温い、初秋の気温。そのなんとも言えない、粘性の空気が青年の肺に満ちる。落ち着いた呼吸だ。案外、昂っているのは気のせいなのかも知れぬと、亮は冷静に分析する。これから殺し合いをするという現実感が、イマイチ湧かないというただそれだけなのかもしれないが……。


 ガサ。突然の物音。青年は瞬時に羅刹を具現化すると、音源である校門横の垣根へと切っ先を向ける。


 僅かな沈黙の後、垣根から小柄な影が飛び出した。



「わた、私だ私!」



「……みず、き?」



 振り上げていた刀を下ろし、亮は間の抜けた声を上げる。目の前に現れた人物が他ならぬ雛森瑞希である事を確認し、彼は羅刹を消し去った。



「はぁ……まったく、洒落にならないだろう」



 間一髪だ、と少女は自らの胸に手を当ててほっと息を吐いた。確かに、危うく彼女は羅刹の一撃を受けるところであったのだ。青年も胸を撫で下ろした。



「って、そうじゃなくって!」



 ハッと我に返った亮は、今が深夜である事も忘れて大声を出した。



「……っ。なんだ大きな声を出して。時と場所を考えろ」



 耳を押さえた瑞希は、しれっとそう言った。青年は家にいるように言ってある彼女が此処にやって来た事について言及しようと思ったが、彼女の様子に毒気を抜かれてしまい、結局何も発する事が出来なかった。



「何で……来たんだ」



 代わりに喉元を出た言葉がソレであった。少女は目を丸くした後、さも当然といった様子でその問いに答える。



「お前一人に任せるのは、荷が思いだろうと思ってな」



 一人じゃ無理だけど、二人なら。腕を組んだ瑞希は自信満々にそう言う。そんな彼女の様子を見て、亮は呆れ半分に言葉を返した。



「あのなぁ……大体、刀も持っていないんだ。それでどうやって戦うって言うんだよ」



「この拳でだ!」



 小さい右手で握りこぶしを作って見せる少女。贔屓目に見たってソレがあの化物を倒しうるとは思えない。否、そもそも彼女を護るという青年の誓いを考えれば、最も危険の及ぶであろう殺し合いの場に少女を居合わせるなど出来る筈がなかった。



「最悪、私が奴の動きを止めてだな……」



「瑞希」



 強く、彼女の名前を呼んだ。ワンフレーズのソレが、彼女の心を強く打つ。彼の思いは、たった一言で瑞希へと伝わったのだ。


 けれども、少女の思いは揺らがない。



「私は、帰らない……」



「危険なんだ。死ぬかもしれないんだぞ……お前だって見ただろ。アイツは、来栖さんと互角にやりあえるんだ……しかも今は……その時よりも、強くなってるんだろ?」



「だからって、帰れる訳がない」



 なおも少女は気持ちを曲げず、真っ直ぐに青年の瞳を見やる。紅玉の瞳は、強い意志によって赤々と燃えていた。



「私は……私は、王の娘なんだぞ……。私のために戦う者を残して、一人でおめおめ帰れるか!」



 そう言い切る少女。けれど青年は怯まない。彼女の言葉に、真っ向から挑みかかる。



「違う、そんな事を言ってるんじゃない。俺を残していくとか、王だとか、そういうのは関係ないんだよ! 俺はお前に傷ついて欲しくない……今回ばっかりは、護りきる自信が無いんだ……今までだって、有った訳じゃないけど……でも今夜は何かが違う。だから……」



「私も同じだ!」



 俯いた少女の声が、青年を射抜く。細い肩を震わせながら、こみ上げる感情をぶちまけてしまいたい衝動に耐えながら、少女は二の句を紡ぐ。



「私だって、お前に傷ついて欲しくない……護られてばかりは、もう嫌なんだ!」



「っ、だけど……」



 言葉に窮する青年。ふっと顔を上げた瑞希は、優しく微笑んでいた。



「なぁ亮。お前は前、私に向かってこう言ってくれたよな……ギブアンドテイクって。あの時はね、凄く嬉しかった。嬉しかった、けれど……でも、解ったんだ。ソレはやっぱり、私の甘えなんだって。だってそうだろう? 亮ばっかりが痛い思いをするなんて事、平等じゃない」



 そこまで言われて、青年は気付いた。彼女を護るという誓い。けれどソレは、自分一人に都合の良い考えであった事に。護られる対象である彼女の気持ちを考えていなかった事に。



「だから、私も一緒に……」



「本当に、危ないんだぞ。それでも……良いんだな?」



 答える代わりに、少女は首を縦に振った。眼には少しだけ涙が浮かんでいる。



「それに……私だって、こんな所で死ぬつもりはない。父様との約束がある以上、そう簡単に死ぬわけにはいかないんだ」



「……」



 その一言によって、青年は閉口した。記憶の内より来栖とのやり取りが蘇る。



―――仮初の生に……幸福なんてありはしない



「……っ」



 喉元で声が止まる。青年には、少女にかけるべき言葉が見つからない。彼女の生を取り戻す、その方法が解らない。



「なぁ……瑞希」



 けれど、解らないからといって少女をほうっておくことなどは出来ない。だから彼は、自分の中にある、形にならない言葉を、少しずつ取り出してみることにした。



「その『約束』って……何なんだ?」



 恐らくは少女の根幹に関わるであろう『約束』という単語。青年がソレについて尋ねたのは、その意味を知る為ではない。意味、内容は来栖から聞いていたのだから、青年の意図するところは別にあった。


 すなわちソレは問題の共有である。今現在、瑞希の問題は、亮が一方的に知っているというだけであって、少女にしてみれば自己の内部に存在するモノでしかない。ソレを二人の間の共通の認識とする事で、青年がソレについて尋ねたり、解決するための行動を出来るようにしようというのである。


 勿論、彼女にしてみればソレを問題として見てはいないのだから、話しは慎重に進める必要がある。だから青年は出来るだけ優しい口調で、丁寧に聞いた。



「それは……その……」



 対する少女は、何と答えて良いのやら解らず混乱していた。今までその部分に触れてくる者はいなかったのだ、当然と言えば当然であろう。そもそも少女にしてみれば、何故、彼がその様な言葉に対して興味を抱いたのかすら解らないのだ。ソレが余計に瑞希を混乱させる。


 答えを待つ青年と、答えを探す少女。場は必然的に沈黙する。



「……」



 そうして、少女の中で一つの答えが生まれたその時。



「待たせたな、兄弟」



 最後の役者が、現れた。  

興味を持ってくれた方、ありがとうございます。ご意見・ご感想等ありましたら是非、お願いいたします。飛び上がって喜びますので。

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