黄昏世界/一人ぼっちの王様
またもや前回からだいぶ間があいてしまいました。お待ちしている方、申し訳ありません。
いつも通り文化祭の準備に奔走した俺は、くたくたになった体を引きずって我が家へと帰宅した。時刻は十九時。ただいまの声と共にリビングの扉を開くと、エプロンをつけた瑞希が奥の台所で夕食の支度をしていた。
その辺に鞄を放り投げてソファに身を預ける。エアコンのもたらす冷風が汗まみれの体を撫で回すと、俺は心地よさにふぅと息を吐いた。
「随分疲れているようだな」
トテトテとやってきて瑞希が言う。どうやら準備が終わったらしい。台所のテーブルには大きな皿が置かれていた。
まぁなと答えて、テーブルへと移動する。
「おぉ、うまそうだな」
大きな皿の上では焼きソバが湯気をたてている。瑞希と二人、向かい合うように座って、早速ソレを頂く事にした。
……
「そういえば」
食後。二人でお茶を飲みながらグダグダしていたら、唐突にソレを思い出して俺は口を開く。テレビの音量を僅かに下げ、瑞希はこちらに顔を向けた。
「今週の金曜日と土曜日に学校の文化祭があるんだけど、準備の関係で木曜日に学校へ泊まる事になったから」
今日の放課後、突然委員長が声を上げてソレを決定したのだ。彼女曰く、準備は予定よりもかなりハイペースで進んでいるが、そもそもスタートが遅かったので間に合わない。どこかで無茶をしなけりゃならない、だそうだ。許可が下りるかどうか不安ではあったがそんな心配は無用だったらしく、委員長はあっさりと先生の首を縦に振らせた。恐るべし委員長パワーである。
「学校に泊まるのか。ふむ……」
何やら難しい顔で考え込んだのも一瞬。唐突に笑顔を浮かべ、瑞希はとんでもない事を言い出した。
「では制服が必要だな。女子用の」
「……うん? 制服?」
「うむ。流石に私服で学校へ入るワケにもいかんだろうし」
さも当然の事だといった風に、彼女は真面目な顔をしてそう言った。
「えーっと……」
非常に聞き辛い事なんですが……。
「もしかして、来るの?」
にっこりと笑った彼女は、力強く首を縦に振った。
◇ ◇ ◇
男は、一人きりで宵闇に佇んでいた。
足元にはバラバラになった、元人間……今日の食事の、最後の一欠片が放り出されている。
男の口元から零れ落ちた雫が、足元に広がる水溜りに一つの波紋を作り出す。
ソレをぼうと眺めながら、男は考えていた。今回で四人目。とりあえずアイツを殺す事が出来るだけの力は戻っただろう。だが……。
「万全を期す為には、後一人……いや、二人か?」
アイツは、忌々しいあの刀を持っているのだ、念には念を入れるべきである。失敗しては、元も子もない。
「明後日、か」
くくく、と男は楽しそうに笑みを漏らす。否、真実男は愉しんでいた。狂ってしまう程の年月を孤独な空間で過ごしてきた彼にとって、『外の世界』は文字通り夢の様な場所なのである。時間、空間、生と死……全てが曖昧だったあそことは違う、現実感。
空を見上げて、男は嗤った。ソレはとても無邪気な笑みだった。
◇ ◇ ◇
夕焼けに染まるアスファルト。いつも通り二人の友人と駅前の大通りを歩く。辺りには沢山の学生達。聞いた話しによると、大体のクラスは文化祭の準備を終えているとの事。残りのクラスも明日の前日準備で完成するようだから、今日はみんな早帰りしているのだろう。
「でも亮、本当に良いのか? 俺たちだけ先に帰って」
「おう、なんだかんだで迷惑かけたしな。今日は俺が働くよ」
遠慮がちに言う宮山に、俺はそう答えた。
今日、俺たちに与えられた雑務はズバリ『買出し』である。と言ってもペンキを二缶買ってくるだけなので、ものすごく楽な仕事だ。実質、休みと言っても良い。本来ならば三人で行くようなモノではないのだが、人手は割と余り気味だったので俺たちが任命された。
「特に小高は衣装製作を頑張ったんだから、今日くらいゆっくりしててくれ」
「ん。そっか? いや、すまねぇな」
紺のスポーツバッグを左手でブラブラさせながら、小高が答える。
「まぁ、二人には何だかんだで迷惑かけたしな」
切符を改札に通し、振り返って二人に言う。ちなみに小高と宮山はそれぞれ定期で電車に乗る。
「迷惑って、言うほど迷惑してないぞ?」
「んだんだ。亮はちょっと気にしすぎだぜ」
「そうかぁ? いやでもさ、ちょっとは借りを……っと、電車来たな」
けたたましい音を上げて、電車がホームに滑り込んできた。学校前の駅である此処はしかし、上りと下りの二車線(と言うのだろうか?)しかなく、実に狭い。故に、電車が到着してから改札をくぐっても、小走りすれば悠々と乗り込めるのだ。改札からホームまで歩道橋を渡らねばいけないのが玉に瑕だが、乗り遅れる心配がほとんど無いのは実に嬉しい。……もっとも、駅員さんに迷惑はかかるかもしれないが。
ガタンゴトンと三分ほど電車に揺られ、隣街と学校の中間に位置するI駅に到着した。
「んじゃ、また明日な」
「わりぃな、今日はゆっくりさせて貰うよ」
「頼んだぜ、亮」
口々に言って、小高と宮山は電車と共に消えていった。勿論、俺が置いてきぼりにされたとか、そういう訳ではない。今日は俺が働くから二人はサボって家に帰って良いぞ、という提案を俺がしたのである。まぁ言うならば一種の恩返しというか、さっきも言ったけど二人には色々と迷惑をかけているしな。
というワケで俺は一人I駅の改札を抜ける。
ちなみに、何故二駅離れた街が『隣街』なのかと言えば、ひとえにこのI駅周辺を『街』と呼ぶ事に抵抗を感じるからである。
閑古鳥もとっくの昔に見放してしまった、と言えば解りやすいだろうか? 近代的なモノは何一つ無い、良くも悪くも『町』なのである。もっとも、ソレが駄目だなんて言うつもりはこれっぽっちもない。確かに此処は遊ぶ場所も無ければ様々な商店が並ぶショッピングモールなんてモノも無い。けれどきっと此処には、そんな街には無いような、暖かさ、みたいなモノが在る。
我ながら良い事言ったなぁ、なんて思ってる間に目当てのホームセンターに到着した。
ウィーンという機械音と共に開いた自動扉を通り、エアコンの効いた店内へ。
「色は確か……」
塗料コーナーで目的の物を探す。お、これだ。沢山並んだ円形の缶の中から二色を取り出して、レジまで持って行く。
最後に領収書を頂いて、俺はホームセンターを後にした。
◇ ◇ ◇
リビングで煎餅を齧りつつお茶を啜っていた少女は、何とは無しにテレビのスイッチを入れた。料理番組でも見て今晩の献立を考えようとチャンネルを切り替えていた少女の目に飛び込んだのは、とあるニュースのワンシーン。画面にはでかでかと『行方不明、これで四人目』というテロップが映し出されている。
「さて。先日、日曜日にお伝え致しました行方不明事件ですが、続報が入りましたのでお伝えします」
中年の男性ニュースキャスターが落ち着いた声で話し出す。最初は興味本位で聞いていた少女はしかし、現地リポーターからの中継放送に至って思わず息を呑んだ。
「っ、これは……」
切り替わった画面に一瞬映りこんだのは、紛れもなく『村上家』だった。
「……市、神納地区では先週土曜日から一日に一人ずつ住民が行方不明となっており、警察は捜索を続けると共に何らかの事件であるとして調査に乗り出す方針である事を、先程発表いたしました」
正確な住所は解らぬものの、確かに聞き覚えのある地名だった。リポーターが歩き回る風景
にも見覚えがある。……そして何よりも、
「行方不明、か。マズイな」
時間的にも距離的にも近すぎる。思案するまでも無く、少女は結論した。
間違いない。これは、人喰いが起こした事件だと。
*11/23追記
本文を大幅に改変しました。