Introduce―黄昏世界(2)
◇ ◇ ◇
時刻は夜の十一時。コチコチと時を刻む時計の音が、やけに大きく響く。場所は村上家のリビング。ソファに並んで座った二人の男は、互いに正面を向いたまま沈黙していた。
少女……雛森瑞希の姿は見えない。先ほど部屋を駆け出してからリビングには顔を出していない……恐らくは既に就寝しているのだろう。破れてしまった制服からTシャツとジーンズというラフな格好に着替えた青年は、難しい顔をして考え込んでいる男に声をかけて良いものかどうか悩んでいる。
「……あの」
意を決して話しかけてみると、男は不思議そうな顔で青年へと視線を向けた。
「少し、気になってたんですけど……なんで来栖さん、クーデターの日の出来事を知っているんですか? 確かその時、村にはいなかったって」
「……」
「来栖さん?」
「……アイツの名誉の為に、あまり言いたくはないんだけれど」
頭を掻きながら、来栖はそう前置きして答える。
「預言書について書庫で調べていた時の事だ。長時間の読書に疲れ果てたアイツは、机に突っ伏して居眠りを始めた。やれやれとその間抜けな寝顔を拝見していると、アイツは不意に言葉を発したんだ。怒鳴られるかなぁと思ったのも一瞬で、俺はソレが寝言だと気付いた。途切れ途切れに語られるクーデターの日の出来事。……熱い、熱いです。父様、母様……お家が燃える……約束……生きます…… 私は、生きます……ってね。ゾッとしたよ、俺は。何せ他ならぬ……」
そこまで聞いて、亮はソファから腰を浮かした。自分から聞いておいてこんな態度は最悪だと思ったが、これ以上聞いていたら気が狂ってしまうと、無理矢理に会話を中断させる。
「すいません」
来栖は文句一つ言わず、青年の背中を見据える。ガチャリとリビングのドアを開けて、青年は廊下へと消えた。
彼の居た空間を五分ほど眺め、それから来栖はおもむろにリビングの電気を消した。そうして先程まで腰掛けていたソファに横たわると、彼はその双眸をゆっくりと閉じる。
……
深い深い眠りの中で、来栖は短い夢を見た。
暖かなソレは再会の夢。
お日様みたいに笑う少女との、再会の夢。
夢の中で、来栖は泣いていた。嬉しい筈なのに泣いていた。
そんな彼を見て少女は、「相変わらずだな」と微笑んだ。
屈託のない、陰りのない、ほんとうの笑顔だった。
ソレを見て、来栖は再び泣いた。
いつか見た、幸せな幻想。
諦めかけた、幸せの幻想。
風がそよぐ場所で、来栖は少女と再会する。
いつか訪れるソレは、何よりも幸福な一つの未来。
涙に滲む視界の向こう、彼の望んだ未来が微笑んでいた。
涼やかな風が頬を撫でる。呆れるくらいの日本晴れ。
輝く太陽に負けないくらい明るく笑う少女に、来栖は呟く。
「ただいま」と。そうして彼は、ようやく笑顔を見せた。
少女に負けないくらいの、輝いた笑顔だった。
……
翌日。朝食の準備にリビングへ現れた瑞希が、来栖の姿を見る事はなかった。
*11/23追記
本文を大幅に改変しました。