紅い瞳の少女/遭遇
パソコンが壊れてしばらく作業が出来ませんでした。これからはテンポよく書けたら良いなぁとか、思ってます。
◇ ◇ ◇
電車に揺られて五分強……俺は住み慣れた街に戻ってきた。
改札を出て帰路に着く。人っ子一人いないというのは、きっとこういう時に使うべきなんだろうな……なんて思うくらい静まりかえっている。
おっと、ぼやぼやしていると補導時間になってしまう。俺は足早に歩きだした。
しばらく歩いて、俺は一つの選択を迫られていた。いつも通りの最短ルートで帰るか、それとも回り道をするか。
いや、普通なら最短ルートを選ぶよ、誰だって。
でも真っ暗だぜ?
神社の隣道を通るんだぜ?
「マジ怖い」
結局俺は遠回りをして帰ることにした。坂道になっているが、街灯がある分いつもの道より心強い。
「それにしても今日の対戦は……」
歩きながら今日の対戦の反省をしていた。
別にそんなこと今考えなくてもいいと思ったけど、そうしていないと別の考えで頭が一杯になりそうだった。
「んで、あの起き攻めからそのまま相手を……」
殺しきる……と言いそうになってやめた。
不味いマズイまずい。
意識していなくても思い出してしまう。
―――殺人事件。
「くそっ」
安心しろ、周りには誰もいない。
……そうは思えど、その事を考えたら物凄く不安になってきた。
周りには誰もいないから……今が絶好のチャンスなんじゃないのか?
「ッ!」
突然の気配に飛び上がりそうになる。
なんだ……猫か。
ふうっと息を吐き出す。よくよく考えたら被害者は男女のカップルだっていうし、一人でいる分には狙われる事はないんじゃないだろうか。
うん、そうだ、きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせて俺はさらに歩みを早くする。
早く家に帰りたかった。
自然に、注意力が散漫になる。
だからあれは、俺が悪かったのかもしれない。でもきっとあっちだって不注意だったんだ。俺が一方的に悪いって事はない筈。
その後に起こった事についてはまったくと言って良いほど無関係だ。俺にその気はなかったし、不可抗力ってヤツだろう。
まぁ、とにかく……俺はその十字路でソイツと出会ってしまった。
◇ ◇ ◇
「うおわぁああ」
情けない声を上げて青年はその場に尻餅をついた。
暗闇で、しかも突然現れたソレに体勢を崩した青年は、勢いよく転倒したのだ。壁かなにかと思ったが、目を凝らせば確かに人の形をしていることに気付く。
「ッ!」
今朝に見たニュースのためか、頭をよぎったのはただ殺されるという予感。青年―――村上亮は、次の瞬間には背中を向けて走り出していた。
「ちょ、ちょっと待て!」
走り出した背中を引き止める声が、辺りに響く。
「え、あっ」
反射的に止まる。が、予想に反し、発せられた声が女性のものであった事に僅かばかりの余裕を取り戻した亮は、その人物へと向き直る。
「人にぶつかっておいて謝罪もなしとは……何様のつもりだ!」
そこにいたのは、自分と同い年くらいの少女であった。歳は自分と同じか、少し下だろうか?
肩口で切り揃えられた細い黒髪と、抜けるような白い肌……華奢で小柄な体つきから、白いブラウスにネクタイ、黒のミニスカートといった格好をした少女はしかし、そのカジュアルな服装とは間逆の日本人形じみた可憐な印象を青年に与えた。
「飛び出してきたのは君だろ! 随分と一方的な物言いをするんだな」
さっきまでの醜態を誤魔化すように、威圧的に言い放つ。しかし、そんなことは気にしていない様子で、少女は言葉を返した。
「何を偉そうに……逃げ出す時は女々しいのに、口だけは妙に雄々しいのだな。情けない」
「ぐっ」
奇妙な言葉遣いをする少女は、至極もっともな意見を述べた。
「一言ごめんなさいとそう言えば良いものを、まったく情けないな、貴様は」
あまりの正論に返す言葉もない青年へ少女はさらに詰め寄ると、じろりとその瞳を睨みつけた。
美しい、紅い色をした不思議な瞳に気圧されて、後ろへ一歩後ずさる。
ぐらり……と、青年の体が傾いた。
なにかの魔術か、それとも単に混乱しただけなのか。足がもつれ、その体が再び後ろへと倒れこむ。
慌てて手を伸ばすが掴むものがないのだ、その手はただ虚空を掻くだけに止まった。
「危ないッ」
反射的に腕を掴む少女。だが、小柄な少女と一般的な青年ではどうしても体重差がいなめない。
とどのつまり、重い物体に軽い物体が引っ張られるという現象はまさしく道理。
かくして青年は本日2度目の尻餅をつく事になる。
◇ ◇ ◇
「ぐッ……うう」
再び尻餅をつく。くそ、なんだってんだ一体。
十字路から人が飛び出してきたと思ったらなんか物凄く偉そうな事を言ってくるわ近寄ってくるわで、おまけに倒れそうになって助けてくれるのかと思ったらまったく役にたたないし。
はぁ、と溜め息をつきたくなって異変に気付いた。いや、気付いたといっても実際には転んでから一秒と経ってないんだろうが、とにかく気付いた。
なんでコイツ俺の上に乗っかってるんだ?
どうもさっきから苦しいと思ってたが、コイツが俺の呼吸を邪魔してやがった。
うーん、表現が悪いな……正確には俺の出した二酸化炭素を吸って、俺に二酸化炭素を吸わせてる?
あー、つまりだが……。
――キス?
疑問系なのはソレに気付いた瞬間に殴り飛ばされたからだ。
「き、き、貴っ様ぁっ! 何を、何をしてくれたッ!」
少女は怒り心頭といった感じでわめき散らしている。
だが、少なくとも俺に落ち度はない……筈。
「痛たた……いい加減失礼な奴だな。今のはどう考えてもお前が俺の唇を貪るように……」
ガンっ、と固い音がして火花が散った。どうやらまた殴られたらしい。
「……」
一瞬の沈黙。
「……?」
不審に感じて顔を上げると、少女はうっ、うっと嗚咽を漏らしていた。
うわぁ、滅茶苦茶気まずい。
「あの、その……ゴメン」
どうにも腑におちないがとりあえず謝ってみる。こんな時男って弱いな……なんて感じながら。
「っく……う……っ……えく……」
少女が泣き止む様子もなく、途方にくれてしまう。あーもう、一体どうすれば良いんだよ!
なんて思ってもどうにもならないわけで……。
「ほら、なんでも言うこと聞くからさ……ね?」
さっきまでの威圧的な言動はどこへやら、出来る限り優しい声で言った。もっとも、出来ることにも限界はあるんだけど。
「う……っ……ひ……っく」
再びの沈黙。重たい空気は俺にのしかかって、呼吸すらうまくできない。
気まずさが……苦しい。
沈黙を破ったのは少女の、予想外の一言だった。
「……わ、私を……貴方……の……家……に……泊めて……くらさい……っ」
「へ?」
思わず、もう一回言って、とか聞き返しそうになってしまう。だって、少女の口から出た言葉は予想外というより問題外って感じがしたから。
私を……貴方の家に泊めてくらさい?
「あ、えーっと……意味わかってる?」
「……っく……帰る……ひっ……所が……く……ないっ……の」
―――え?
その言葉には、冗談とかそういった類のニュアンスは含まれていない。ただ真実を語った、それだけ。
帰る所がない。
事情はわからない、でもなんとなく……。ただ、なんとなく……彼女の孤独が、一人きりでいるってことが……暗闇を歩いていく怖さに似ているなって思ったら……ほうっておけなくなった。
「わかった。言い出したのは俺だし……泊めてあげるから、ついて来て」
もう夜も遅い、詳しい話は家に帰ってからだ。
黒い道を、名前も知らない女の子と歩く。
それにしても……出会って五分も経たない人物を家に泊めるなんて、自分のお人好しさに少し呆れる。
いやいや、それを言ったらこの女の子だってちょっと危機感っていうかなんていうか……そういうのが足りてないんじゃないか?
なんて考えてたら、また何かにぶつかった。
「痛っ、今度はなんだよ」
顔を上げる。
そこには先ほど同様、人の形をした影があった。
月光を浴びて鈍く光る金色の短髪。胸元を大きく開けた黒いシャツとシンプルな黒のジーンズ。上下ともに黒で統一された装いの中、胸元から覗く頭髪と同じ色をした長方形のアクセサリーがやけに目立つ。
そして何よりも特筆すべきは、その男の身長である。身の丈170センチ弱の俺より20センチ以上も高い……まごうことなき大男だ。
―――くっくっく、男連れとは……なかなかどうして積極的だな。
男の野太い声が闇夜に響く。頭一つ分高い位置から発せられる言葉に、本能的な恐れを抱いた。
突然の出来事。俺は前後不覚に陥る。
真っ白な思考の中で……男女のペアが殺されたという……今朝のニュースだけを鮮明に思い出していた。
読んでくださった方、ありがとうございます。感想等ありましたら、是非おねがいします。