黄昏世界/昔話
◇ ◇ ◇
「ぅあー」
自然公園の中央。たった今まで壮絶なやり取りを演じたとはとうてい信じられぬマヌケ声を上げて、来栖は頭を抱え込む。
彼の実力を測るという意味でも、来栖の真の目的という意味でも……流石に今回はやりすぎた。まさか殺し合い紛いのやりあいにまで発展するとは……一体何処でブレーキをかけ損ねたんだ?
先ほどから都合五回目の自問。考えども考えども答えは出ず……強いてあげるなら手塩にかけて育てた娘がある日突然彼氏を連れてきたんで思わず彼氏をぶん殴っちゃいました、てへ☆ てな心理とでも言おうか。うーん。
なんて考えがグルグルしている来栖の隣。死んだように横たわっていた青年が、一時間ぶりに眼を覚ました。
「あぁ、起きたか」
「来栖、さん……」
青年は僅かに首を上げて、全身の負傷を確認する。意識は無くとも不死身の異能力はしっかりと機能してくれたらしく、右腕は元通り再生し、全身に刻まれた無数の切り傷も大半が薄っすらと痕を残すのみである。
「大丈夫か?」
自分でやっておいてこの台詞もどうかと思うが、一応そう口にする。青年は少しだけ戸惑った後に「まぁ何とか」と答えた。
「そうか」
それきり口をつぐむ来栖。その横顔は何事か逡巡している様にも見える。
「来栖さん?」
横になったまま彼の名を呼ぶ亮。無言のまま青年の隣に腰を下ろすと、来栖は空を仰ぎ見た。
そうして秋口の星々をゆっくりと眺めた後、来栖は吐き出す様に言葉を紡ぐ。
「すまない」
「……いえ、お互い様ですよ」
どうやら青年はその謝罪を、「怪我させてすまん」といった意味で捉えたらしい。来栖は少々困惑したが、いちいち訂正するのも面倒なのでそのまま話しを続けた。
「ソレともう一つ、すまん。俺は君に黙っていた事がある……」
空を見上げたままの来栖。彼はゆっくりと、噛み締める様に言う。
「俺が此処に来た本当の目的こそ……君に会う事だったんだ」
「……俺に?」
「あぁ。『話しに聞く亮くん』が、本当に雛森瑞希を救い得る存在なのか。ソレを確かめにね」
ようやく彼はその視線を青年へと向ける。真っ暗な闇夜に浮かぶ来栖の表情は、心なしか寂
しそうに揺れていた。
「救う……瑞希を? それは一体……」
「……昔話をしよう」
なんの脈絡も無く、そんな台詞が飛び出した。先ほど同様の脱線かと思ったが、来栖の真剣な様子に青年は言葉を押し留められ、結果として彼の話しを黙って聞く事となる。
そして、昔話が始まった。
「俺たちの村は昔から王家の血筋が統治していたってのは聞いてるな? そしてその体制が最近になって崩されたのも。もしもあの晩クーデターが起こらなければ、アイツは次期統治者となるべき存在だった……先代の王の子供はアイツだけだからな。だから瑞希は幼い頃から『王となるべき教育』を受けてきた。と言ってもそんな大それたものじゃない、堂々とした態度でいろとか、まぁそんなモンだ。……問題はソレじゃあない。問題は……その都度王が囁いてきた『約束』という言葉なんだ。真面目で愚直なアイツは、ただただ王との約束を守る事だけに執心し、いつからかアイツは『王となるべき人物』の仮面を被るようになった。真っ直ぐであるという事が裏目に出たんだな。アイツは本来のアイツを殺し、次期王として相応しい物腰や言葉を使うようになった。まるで王の役割を果たす道化の様に」
淡々と、言葉を並べていく来栖。
「アイツの口調が、時折おかしくなるのはその為だ。おかしくなる……ってのは変か。元に戻るって言った方が正しいな。本当のアイツは……泣き虫で寂しがり屋の、普通の女の子なのに……歪んでしまった。そう、歪みきったんだ。そうしてあの晩……クーデターの日。巨大な火の海に包まれた家、炎上していくセカイ。先代の王は……瑞希の父親は、せめてアイツだけでも逃がそうと……王妃共々、時間稼ぎとしてわざと捕縛された。その際……別れの時。王はアイツと最後の約束をした……『何が何でも生きていてくれ』と。それは約束と言うよりもむしろ、親としての望みだったんだろう。けれどアイツにはそうは聞こえなかった様だった。ただ『生きる』という事すらアイツは両親との約束と捉えたんだな。だからアイツの生き方は歪んでいるんだ。他の誰の為でもない、両親の為に生きる、なんて……それじゃアイツの、アイツ自身の幸せはどうなる? 仮初の生に……幸福なんてありはしない」
叫び。彼女の身を本気で案じる男の、悲痛なまでの叫び。冷静な口調の裏側に潜む、絶望にも似た感情を、青年は感じた。
「この間……久しぶりに村に帰って、俺は心底驚いたよ。君の事を楽しそうに話す彼女にね。まるで昔のアイツを見たような気にさえなった……そして俺は思ったんだ。その彼なら、村上亮になら……目の前の女の子を救えるんじゃないかってね」
「……」
「そして……今、実際に君と刃を交えて確信した。頼む、瑞希を……アイツを」
「、来栖さん」
少しだけ語気を強めて、青年は男の言葉に割り込んだ。まだ痛む体を立ち上がらせて、来栖同様に空を見上げる。
「俺にアイツが救えるかとか、良く解らないけど……でも、」
そこから先は、言葉にせずとも伝わった。
だから男も、笑って答える。
「そう、だったな。君の思いも、覚悟も……俺はさっき、見せてもらったんだ」
そうしてすっくと立ち上がり、来栖は大きく伸びをした。
「……帰りましょう」
その声を合図に、二人は公園を後にする。
彼らの去った後。舞台となった公園に、再び静寂の幕が下りた。
◇ ◇ ◇
家に帰ると、リビングのソファに瑞希が座っていた。テレビを見ていたのだろう、俺たちが部屋に入った事に気が付くまで僅かながら間があった。
「―――な!」
素っ頓狂な声を上げたかと思えば、ずかずかとこちらへ歩み寄る彼女。なにやら険しい顔をしているのだけれど……。
「こんな時間まで何処に行ってたんだ! って、何で制服がこんな……怪我は無いのか!?」
「あ、ちょ」
破れた制服ごとぺたぺたと体中をまさぐる瑞希さん。意識してるんだか知りませんが、流石にちょっとマズイっすよ。
「特に……問題は無い……か?」
直も触診を続ける瑞希。いい加減俺の方がアレなんで、無理矢理に引っぺがす。
「サンキュ、怪我は無いよ。……それより」
何とか平静を装ってそう言うと、俺は来栖さんの方をジロリと睨みつける。
(見回りに行くって、ちゃんと伝えたんじゃないですか?)
(いや、本当の事を言ったら絶対に引き下がらないと思ってね)
(……嘘ついたんですか?)
(いやぁ……)
と、視線を他所へ向けて誤魔化す来栖さん。しかも、口笛まで吹いてるし……なんてベタな。
「まったく、心配する身にもなってくれ!」
「や、お前さっきまでテレビ見てただろ」
「テレビを点けてないと不安だったんだ!」
あ……。
マズ、と思ったが時すでに遅く。リビングは嫌な沈黙に支配された。
「あのな、お嬢……」
「……っ……ぅ」
「う、」
俯いたまま、静かに震える瑞希。物言わぬその様子は、心底心配していたのであろう彼女の気持ちを、痛いほど俺たちへ伝えた。
「そのー、だな」
「あ、えー」
二人してしどろもどろに声をかけるものの、適切な言葉がそう簡単に口をついて出てくる筈も無く……歯切れの悪い断片のみが彼女へと届けられる。
「……く」
「うん?」
もにょもにょと、嗚咽混じりになにやら呟く瑞希。一言一句聞き漏らさぬよう耳をそばだて
ると、
「次は着いてくから!!!」
キーン! と、鼓膜を声が突き抜けた。
叫ぶだけ叫ぶと、ダッシュで部屋を出て行く瑞希。
「えーっと……」
「参ったね、どうも」
肩を竦め、そんな事を言う元凶さん。
糾弾する気にもなれず、俺は大きな溜息を吐いた。
*11/23追記
本文を大幅に改変しました。