黄昏世界/来栖
◇ ◇ ◇
剣閃は回を増す毎に鋭く冴え、獣じみた体捌きは徐々に洗練されていく。幾度と無く振るわれる刀同士はしかし一度も切り結ばれる事は無く、だから戦場は恐ろしい程に静かであった。
お互いに斬り、お互いに躱す。もしもこの戦いを見る者が居たのなら、或いは美しい演舞の様に感じただろう。
静かすぎる舞台で踊る二人の男は刹那を見切り……それゆえ必殺の応酬はあろう事か必殺足りえず、二人の演舞は熾烈を極めた。
長身の男……来栖の持つ白い刃が跳ねる。青年……亮の足元を薙ぎ払い、ソレが躱された瞬間その軌道を変化させ、彼を追撃する。
人間の反応速度を越えた連撃。その絶技を、異能の眼は難なく見切る。
同時に、羅刹が煌いた。空気はおろか大気中の魔力さえ切り裂いて、鬼の神剣が来栖を襲う。太刀筋は一本。男の袈裟を狙ったソレが暗闇に美しい軌跡を描く。
最小限のスウェーバック。ミリ単位の見切りは無駄な動作を極限まで減らし……故に、その反撃は恐るべき速度で繰り出される。
微塵の迷いも無く青年の首へと到来する白色刀。
―――鋭い、っ。
目では捉える事が出来ても、崩れた体は彼の思考に追い付かない。袈裟斬りの体勢の彼は迫り来る不可避の一撃を―――地面に倒れこむ事によって回避する。
「!」
予想外の回避に驚くのは一瞬。すぐさま来栖は転がった亮へと刀を振り上げ、自らの足首を両断せんとす斬撃を後方へ跳躍して避ける。
「今のは……危なかったな」
「は、っ……はぁ」
肩で息をする亮とは正反対に、幾許かの余裕を持ち合わせる来栖。基本的な体力差は言うまでも無いが、消耗に此処までの違いを生んだのは青年を幾度と無く救った異能の眼である。
来栖が、その圧倒的とも言える技量と経験によって亮の攻撃を避けるのに対し、青年は男の攻撃を『眼』によって予め読み取り回避する。無論、異能の眼は無尽蔵に使用できるモノではない。脳に負担をかけるソレは、使えば使う程に彼の体力を奪うのである。
今の亮が来栖と同等の立ち回りを見せるのは、詰まる所その眼の力に因るのであって、その損失はイコール敗北に直結する。
長期戦は不利と見た青年は斬り合いを放棄し、即座に『一速跳進』を起動させた。
ふっと、青年の体がブレる。
───疾い!
起動した異能が彼の体をあり得ない程に加速させる。
圧倒的速度で来栖の背後へと現れた亮はあろう事か、恐るべきその移動速度よりも更に速い斬撃を三度放つ。
一つは首、一つは右腕、一つは胴を───音すら追い越す三つの銀光が、微塵の躊躇もなく振り抜かれた。
その全てを―――鬼の男は躱してみせる。
青年は眼を見開いた。
「あ」
同時に、気付く。自分が取り返しのつかない程大きな隙を晒しているという事に。
真上から振り下ろされる乳白色の刃。ゾクリ。痛みよりも速く伝わる、死の予感。ソレを躱すには彼のスタートはあまりにも遅く……苦し紛れに突き出した羅刹は白色刀を掠めただけで、その斬撃を受け止めるには至らなかった。
「な、?」
だが……予想に反し、声を上げたのは来栖であった。
青年を仕留めた筈の一刀が……彼に届くどころか、空中にて雲散霧消したのだ。そんな様を目の当たりにしたのなら……驚きを隠せぬのも無理はないだろう。もっとも、その事実に驚いたのは青年も同じであったが。
「くっ―――」
青年から距離をおき、来栖の思考はようやく沈静した。
(クソ、失念していた)
時間練磨による破魔の力。『魔力によって作られた』来栖の刀は、羅刹の特性によって無効化される。
知らなかったワケではない……自分の迂闊さと、羅刹のデタラメさに、来栖は内心舌を打つ。
「? しまっ」
間髪入れず、彼は二度目の舌打ちをする。予想外の出来事への動揺が彼に犯させた失態は、取り返しのつかぬ程に大きかった。
振り向いた彼が目撃したモノは、羅刹を振り上げた青年だった。
「、うぉぉッ!」
なりふり構わぬ回避が功を奏したのか……それとも、確実な一撃を狙った青年のミスなのか……振るわれた羅刹は来栖の足元へと逸れる。
後ろへと大きくステップした来栖は、咄嗟の事にバランスを崩しかけるも何とか着地し……上体をくの字に曲げる。
瞬間、胴のあった場所を過ぎ去っていく弧状の軌跡。着地点へと先回りした青年の斬撃である。
恐るべきは、悪魔的な攻撃を繰り出した青年よりも、ソレを躱しきった来栖であろう。
上体を起こす来栖と……刀を振りぬいた青年の……視線が空中で交わる。
にやり、と男は口元を歪めた。
加速と斬撃のコンビネーション。回避先へ先回りしての攻撃は、確かに強力である。だが……。
今度こそ隙だらけな彼へと、乳白色の刃が叩き込まれた。
「ぐ、あぁぁああ」
切断された右腕。吹き上がる鮮血。激痛によって明滅する視界。けれども青年は、失いそうな意識を必死に繋ぎとめて、ぐるん、と体を一回転させる。
青年の繰り出した斬撃……虚しく空を切ったその行動の持っていた左向きのベクトル。その勢いを利用した、滅茶苦茶な回し蹴り。
右腕を切り落とされながらも……青年は確かに、来栖へと一撃を決める。
勿論、体重も乗っていなければ体勢も不完全な……威力なんて欠片もない一撃である。カウンター気味に貰ったとは言え、充分に反応できる速度……自ら飛ぶ事で蹴りの威力を完全に完璧に無効化する。
そんな来栖を、青年は決死の覚悟で追いかける。
回転によって地上に円を描いた血飛沫。その中心から、彼は再び……体力を考えれば最後になるであろう『跳進』を起動させた。
グン。前方へと射出される青年の体。消耗の為か、もはや先ほどまでの速度はないが……構うもんかと亮は腹を括る。どのみちこれで駄目ならば終わりなのだ。当たって砕けろでいくしかない。
そんな彼を見て、来栖は少しばかり落胆した。最後の最後、捨て身の攻撃が何も考えぬ突進か。
(真っ直ぐすぎるのも考えモンだぞ。そんな見え透いた攻撃じゃ……)
恐らくは彼にとっても最後となる回避行動……蹴りの威力を殺す跳躍。着地の瞬間、右腕に握られる乳白色の刃。迎撃の為、青年に向けた視線。
その視線が―――
「ぁ?」
―――凍りつく。
(コレは、何だ?)
足元に広がる漆黒のクレバス。先ほどの空振り……異能力『砕断』によって切り開かれた地面には、横一文字に裂けた闇が顔を覗かせている。
ゾブ、と。足が地面へとめり込んだ。
「う、ぁああああああああ」
咆哮。同時に青年は『異能の眼』を全開にする。加速度的に速度を緩めていくセカイ。スローモーションの映像も一瞬で、コンマの後には時間が逆行する。遥か太古の時代、かつて預言者と呼ばれた人物達がそうしたように、その眼は向こう側と繋がって───セカイの理を解きほぐす。
どんな手段で迎撃されようと、全てを躱しきってみせる。いまや時の狭間を視る彼には、絶対の自信があった。
徐々に埋まる距離……実際には一瞬の出来事であるが……青年は刀を振り上げる。
鬼は動けない。
グッと、左腕に力を込める。
鬼は動けない。
頭頂部目掛けて、一気に振り下ろす。
鬼は、動かない───?
「……」
パクパクと、来栖の口元が動く。どうやら言葉を発したらしい。
瞬間、青年の背筋に昨晩と同様の悪寒が走った。
得体の知れぬ不安。ぬるりとした、気味の悪い感覚。動けぬ……否、動こうともしない鬼は、口元以外の一切が停止している。
刹那、亮は彼の言葉を耳にする。
「認めよう―――」
鼓膜を振るわせ青年へと届いたメッセージ。続く台詞を掻き消すように、羅刹は来栖の頭頂部へと吸い込まれ……。
青年は来栖の目前で、全身を切り刻まれて停止した。
「―――君になら、アイツを任せられる」
掻き消えなかった台詞の続き。ソレを聞き終わると、青年は静かに瞼を閉じた。
*11/23追記
本文を大幅に改変しました。