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黄昏世界/三者の夜

「亮……」



 コンクリートの地面に呆然と座り込んでいる瑞希がか細い声を上げた。その様子は以前の彼女と同一人物とは思えない程に弱々しい。



「久しぶり……だな」



 彼女の元へと歩み寄り、手を差し伸べる。彼女は俺の顔をじっと見つめ、すがる様に手をとった。まるで小動物の様だ……庇護欲を掻き立てられるというかなんというか……って、何を考えてんだ俺は。


 すっと立ち上がり、彼女はニコリと微笑んだ。



「……久しぶり、だね」



 あ、やばい。


 不覚にもドキリとしてしまった俺は、照れ隠しに顔を背ける。と、長身の男が目に飛び込んできた。ややフラフラとした足取りでやってきた男は、持っていた刀を中空へと放り投げる。すると、乳白色の刃は蒸発する様に消滅した。


 遠くから犬の鳴き声が聞こえる。



「大丈夫か、お嬢」



「私の事よりも……来栖、お前は平気なのか?」



 いつも通りの口調で、瑞希は男にそう言った。どうやらこの長身の男が『来栖』らしい。



「受身はとったからな。骨折って程じゃあない」



「そうか。それなら……む、そうだ」



 くるりとこちらに振り返り、瑞希は小さく咳払いをしてから続けた。



「紹介しよう。コイツは来栖……古くからの馴染みでな、色々と世話になっている」



 彼女の言葉に続くように一歩こちらに歩み寄ると、来栖さんは右手を差し出した。



「村上です。はじめまして、来栖さん」



 我ながら愛想の良い挨拶をして、右手を差し出し握手を交わす。


 がっちり、と結ばれた右手と右手。瑞希の古い知り合いだという彼。精悍な顔つきと高い身長。真っ直ぐな眼差しからは信頼のおける人柄がうかがい知れる。あぁ、良い人だ。なんて思いかけた瞬間、



「君が亮くんか。思ったよりも普通な顔だな」



 ガラガラと崩壊した。



「な!?」



 なんだコイツ! とても初対面で飛び出す台詞じゃないぞ。



「うーん、身長も普通だし、頭も……特別良さそうには見えないなぁ……あ! 足は少し大きいね」



 しげしげと俺を観察した後、さわやかな笑みを浮かべて言った。


 ぷちっと、何かが切れる音が聞こえる。



「くーるーすーっ!」



 どうやらソレは堪忍袋の緒が切れる音だったらしい、瑞希の。



「お前はアホか! 常識を考えろ、馬鹿!」



「な、なんだよお嬢。それじゃ俺はアホなのか馬鹿なのか解らんぜ」



 答える代わりに、ゴスっという鈍い音が響く。堪りかねた瑞希から拳骨が飛び出たらしい。



「……すまんな、亮。見ての通りだが、一応頼りになるヤツだ。どうか勘弁してやって欲しい」



 深々と頭を下げる瑞希。



「気にすんなよ。アホな連れには慣れてるから」



 頭の中で悪友二人を思い浮かべ、俺は苦笑しながら答えた。



「それよりも、その……」



 モゴモゴと口篭る瑞希。何か言い辛い事なのだろうか? 俯いている為その表情を読み取る事は出来ない。胸の前で両方の人差し指をくるくると弄んでいるのだけが確認できた。



「さっきは……あの……ぅ」



 僅かな間の後、意を決したように顔を上げて、



「話しは終わったか? じゃあ早速亮くんの家に向かおう」



……。



「なんだよ、お嬢。何怒ってんだ?」



 さっきとは反対の頬をさすりながら、訳が解らんといった様子でそう言う来栖さん。



「、……はぁ」



 やたらとでかい溜息をついた瑞希は、視線をこちらへ向けてから、もう一度頭を下げた。



「ほんっ、とーっにすまん」



「気にすんなよ。……だんだん慣れてきたから」



 先ほどのやり取りの焼き直し。このままループしていてもしょうがないので、とりあえず家に行こうと瑞希に告げる。



「ありがとう、世話になる」



 ペコリと再び頭を下げる瑞希。


 そうして俺たちは、三人揃ってその場を後にした。



◇ ◇ ◇



 帰宅後、俺たちは台所のテーブル越しに向かい合っていた。瑞希と来栖さんが此処へとやってきた理由を聞く為である。



「単刀直入に言うと……」



 湯呑みを両手で包み込みながら、瑞希は話し始めた。



「先ほど対峙したアイツを葬る事、それが私たちの目的だ」



 言うまでもなく『アイツ』とは、俺の顔をした鬼の事であろう。



「アイツ……」



 少しだけ思案してから尋ねる。



「俺の顔をしたアイツは……一体何なんだ? 羅刹に取り込まれた、みたいな事を言ってたけど」



 不可思議な声の正体。俺の肉体を乗っ取ったアイツ。アレは果たして人間なのだろうか。


 ずずっとお茶を一口啜り、瑞希はその問いに返答した。



「人喰い、と私達は呼んでいる。行き過ぎた純血主義の生み出した……化物だ」



「生み出した……? どういうことだ」



「……近親交配」



 ポツリと、瑞希はそう述べる。すぐにピンと来なくて、俺は小首を傾げた。そんな俺の様子を察してか、瑞希は説明を付け足す。



「簡単に言えば、自分と近しい者との間で子供を作る事だ。表現は悪いがな。薄れ行く鬼の血をどうにかして保存しようとした連中が犯した禁忌……その結果が『生まれつきの食人嗜好者』である奴だ。遺伝子の悪戯……とでも言うべきか、アイツは人を食わなければいられない衝動を持って生まれてきた」



 『そういうカタチに生まれついた』……奴の台詞が頭を過ぎる。食人行為、その衝動を持って生まれてきたアイツ。けれどソレを、アイツは望んでいたのだろうか?



「なんだか……アイツばっかりが悪いってワケじゃなさそうだな」



 もとはと言えば、純血主義だとかをぬかす連中が妙な事を考えたせいなのだから、アイツ一人を悪者にするのはどうなのだろう。



「私もそう思うさ。けど、それでもアイツは人を食うんだ……誰かが止めなきゃいけない」



 ならば同じ『鬼』として、私たちが止めてやるべきだろうと、瑞希は続けた。俺は首を縦に振って同意を示す。勿論俺はただの人間で、鬼ってのとは違うけど……人が殺されるのを黙って見ていられる程、理性的じゃない。


 いや、違うか。



「あぁ、そうだな」



 他の人間がどうたら、とか、そういうんじゃなくって……。詰まる所、もっとシンプルな話し。


 危険だと解っていて、ソレでも首を突っ込まなきゃいけない問題にコイツが直面したんなら……俺のするべき事は一つ。



 瑞希を護る、それだけ。



 あの時、そう決めたのだから。



「と、もう一つ質問。お前が村に連れ戻されたのって……」



「ん、人喰いに関する事だ。どうやら村の予知能力者がヤツの出現を視たらしくってな。街中に人喰いを放つ事だけはマズイと、村で処理する為に私を連れ戻そうとしたらしいが……生憎私はどこかの輩に刀を奪われてしまっていたからな」



 じろり、と俺を睨みつける瑞希。ってか、まだ根に持ってらっしゃる?



「結果として私は、現状維持を選んだ王によって極々軽度の軟禁生活。外出以外の自由は許されていたので地下の書庫に潜り、いつぞや言った『心当たり』の裏を取っていたのだ」



 『ああ……私にも思い当たるフシがあってな』夜の校舎での一言がフラッシュバックする。



「というのも、昔読んだ預言書の一冊に、今回の予知と似た様な記述があったのを思い出したからだ。王を始め、村の連中は私が刀を持っていなかった事で予知は外れたモノだと思い込んでいたのだが……調べてみたら案の定。二つの予知の符合から、私は人喰い出現を確信し、こうして討伐部隊の代わりにソレを処理しにやって来た」



 最後にもう一度お茶を啜り、瑞希は話に区切りをつけた。


 俺は考える。もしも仮に、瑞希達が戻ってこなかった場合の事を。


 食人嗜好者……なんの躊躇いも無く瑞希を晩飯と言い切ったアイツが引き起こす惨劇。一人、また一人と消えていく無関係な人々。千切り咀嚼し、奴は街を食い尽くす。


 そんな異常事態に、俺は果たして気がつけたのか?


 恐らくは……のうのうと日々を過ごしていただろう。聞こえなくなった『声』に安堵し、日常に埋没する。人が喰われて行く事になど気が付かず。



「っ……瑞希、」



 いてもたってもいられずに、俺はガタンと椅子から立ち上がる。


 と、それまで退屈そうに座っていた来栖さんが、低い声で呟いた。



「落ち着けよ。とりあえず今後の方針を決めよう」



「落ち着け、って言ったって」



「今飛び出して行って、何が出来る?」



 冷静な一言。来栖さんの言葉はもっともだったが、けれどそんな悠長な事を言っている場合ではないのもまた確か。俺は逸る気持ちを少しでも鎮めようと、努めて冷静に言った。



「犠牲が出てからじゃ、遅いでしょう?」



「遅いとか早いとかって問題じゃなくてだな……」



 やれやれ、といった様子で椅子から立ち上がると、来栖さんはゆったりとした動作で視線をこちらへと向ける。



「君一人で出て行って、ヤツをどうにか出来るのか?」



 瞬間、俺の背筋に閃く、稲妻めいた悪寒。視線そのものに何かしらの力でも宿っているんじゃないかっていう位にソレは力強く、俺を射抜く。



「で、でも……」



「何の為に俺たちが来たと思ってるんだ? 単独行動には限界があるし、何より闇雲に外へ出てもヤツは見つけられないだろう」



 まったくの正論。俺は言い返す事も出来ず、黙って椅子に着席する。


 ふむと一息ついてから、瑞希が再び口を開いた。



「では、現状私たちに出来る事は夜の見回りくらいか?」



「ヤツのねぐらが解らない以上、そうなるだろうな……。一見消極的なようだが、他に有効な手段がある訳でもない」



 来栖さんは瑞希にそう答えると、俺の方へと視線を向けた。俺は首を縦に振って同意を示す。



「じゃあ見回りは明日の夜からだ。ヤツが動くとしたら夜間だろうし」



 最後にそう確認し、本日の作戦会議は終了となった。



◇ ◇ ◇



「村上、亮か」



 暗闇に包まれるリビング、そこに備え付けられているソファに横たわりながら来栖は呟いた。


 視線の先には薄ぼんやりとした天井。無論、其処には何のヴィジョンもありはしない。故にソレを見る事に何の意味もないが、かといって目を瞑る気にもなれない彼は、こうして三十分ほど天井を眺めていた。


 そうして眠りとも覚醒ともつかぬ曖昧な思考で、彼は考える。『村上亮』という存在について。


 二人のやりとりを見る限り……瑞希には良い影響を与えてくれるだろう事は想像に難くない。恐らくは彼なら……瑞希に刻まれた刻印を払拭してくれるだろう。瑞希の事だけを考えるのなら、彼の存在は限りなくプラスに働く。


 だが……そこで来栖は新たな問題を浮上させる。


 はたして彼は、対人喰い戦において戦力足り得るのだろうか? いざという時、背中を預けるに足る人物なのか?


 瑞希から信用されていようが、羅刹を持っていようが……戦力とならなければ意味がない。


 共闘どころか、足を引っ張られては堪らない……そんな相手に背中を預けるなどは自殺行為もいい所である。戦って死ぬ事は問題ではないが、みすみす命を投げ出そうとは思わない。



 それに……。



「試して、みるか」



 呟いて、彼はその双眸を閉じた。


 明日は大変になりそうだと少しばかりついた溜息は、暫くして寝息へと変わっていった。

*11/22追記

本文を大幅に改変しました。

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