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黄昏世界/人ヲ喰ラウ、鬼

投稿遅れまして申し訳ございません……引越し等々、執筆もままならぬ状況でありまして……と、言い訳はこの辺にして、それでは本編をどうぞまったりと

◇ ◇ ◇



「ぐ……ッ」



 少女の頭蓋を叩き割り、肉体をニつに分断せんとした刃を、どこからともなく取り出した乳白色の短刀で受け止める。予想以上の速度と重みに、長身の男……来栖は肝を冷やした。


 初撃は受け止めた。これと同じ強さ、速さで打ち込まれるのならば例え千度繰り返そうと捌き切る自信はある。


 だが、少女を護りながらとなれば話は別だ。いかに異能の目を持っていたとしても、攻撃手段のない彼女は戦いの場において確実な負担となる。敵の戦力も解らぬ以上、戦闘行為は避けるべきだ。


 普段の彼からは想像もつかない程冷静に、男はソレを決定する。



「お嬢、逃げるぞ」



 刃と刃を交えながら、来栖は告げた。


 刀を構える敵は不敵な笑みを浮かべたまま、そんな男へ容赦なく攻撃を加える。


 稲妻の様な突き。顔面へと閃く電光を紙一重で交わし、来栖は青年の腹部を蹴り付けた。



「えっ? 逃げるって、え?」



 唖然とした表情で、少女は問い返す。異能を宿すその瞳は、見知った者達の繰り広げる殺し合いを見つめている。



「だって、わ、私は……亮にあ、会いに来てて……」



「ぐ、コイツ……」



 骨を砕いた手ごたえ。肋骨の五六本は確実にイッているという状態において、敵の動きは微塵も衰えない。


 蹴り込んだ足首をがっちりと握り締めると、そのまま無造作に投げ飛ばす。



「なッ!?」



 驚きは来栖のモノだ。90キロ近い彼を片腕だけで放り投げる筋力など、考えるだけで馬鹿馬鹿しい。


 来栖の滑空は、5メートル程離れた石塀にぶつかる事でようやく停止した。



「……く、来栖?」



 呼びかけるも答えはない。空間に吸い込まれる様に、少女の声はすぅと沈んでいった。


 ゆらり。細身の刀を担いで、青年は少女へと歩み寄る。


 ゆらり。妖しく光るニつの眼が、射竦める様に彼女を舐った。


 ゆらり。刀の切っ先を天に向け、彼は彼女の前に立ち止まる。


 まるでご馳走を目の前にした子供の様に無邪気で……生贄を前にした鬼の様に、残酷な笑みを浮かべて。


 三日月の様な口が、不気味に歪む。



「亮?」



「……」



―――無言。



「亮……」



「……」



―――無言。



「亮……!」



「……」



―――無言。



「……あ」



 ここにきて少女は、ようやく自身の置かれている状況に気がついた。


 今目の前にいる男は、私の知っているアイツじゃなくって……。あぁ、じゃあ、多分……私は……。すごく良く似た別の人物。亮の顔をした誰かに……。



―――私は、私は……殺されるのだ。



「亮……亮……」



 青年の名を呟く彼女には、逃げ出すといった考えはない。それどころか、まともな思考能力すら今の彼女からは失せている。それ程に、青年の顔をした敵が与えた精神的なダメージは深刻であったのだ。



「亮! 亮ッ!」



 慟哭。むせぶ様に胸中の相手を呼ぶ。月夜へ、あるいは虚空へ……。悲痛な叫びが木霊する。


 それでも返事は終ぞ返らず。少女はガクンと膝を折った。


 見下ろす青年は凶器の切っ先を少女へ向け、すっと表情を消す。来栖を投げ飛ばした強靭な……けれど外見上はなんの変哲も無い一般男性の腕に力がこもる。


 一秒先には殺される―――そんな極限の状況において、少女は叫んだ。その行為に大した意味など無いと解っていながらも。叫ばずにはいられなかった。


 現実は非情だって知っている。漫画みたいにはいかないんだって知っている。

事実、私の両親はあっけなく死んでいった。きっと私も、あっけなく死んでいく。


 何をしたって覆らない。どう足掻いても変わらない……けれど、だけれど少女は叫んだ。精一杯に叫んだ。もしも―――もしもアイツに、この声が届くのなら。


 少女は叫んだ。夏の日に出会った彼の名を。奇跡が起こり得るのなら……どうか神様、もう一度。


 もう一度彼と―――出会いたい。



「りょぉぉっ―――!」



◇ ◇ ◇



 気付いた時には駆け出していた。得体の知れない怒りが、俺の内で沸々と湧き上がっている。


 いざって時には冷静になれ……いつだったか読んだ漫画にそんな台詞があったのを思い出した。怒りは力みを生み、力みは無駄を生む……だかなんだか。

なるほど一理あるな、と……その時の俺はそう思ったワケだが、どうやら思っただけらしい。


 だって俺今、全然冷静じゃない。確かめてもいないクセにアイツが其処にいるって決め付けてる。本当はただの勘違いじゃないのだろうか? なんて少し不安になるけれど、一歩踏み出すごとにそんな考えを蹴っ飛ばす。


 あぁ、勘違いなワケねぇよ。だってそうだろう? 確かに俺は聞いたんだ。



―――俺の名を呼ぶアイツの声を。



「てめぇぇええええぇッッ!!」



 怒りが咆哮となって迸る。放出されていく感情の代わりに、羅刹から流れ込んでくる闘争の術。太刀筋や踏み込み、呼吸のタイミング……幾年月を経た神剣は、その内に記録している常識外の業を、まるで俺自身が研鑽し積み重ねてきたモノであるかの如く、俺に刷り込んでいく。


 フィードバックは一瞬だ。刹那的な接続で、羅刹は俺の手の延長と化す。


 滑らかな弧を描いて、刀は敵の首筋へと吸い込まれていき……。



「!」



 紙一重で、躱される。



「ち、ぃ」



 舌打ち。怒号により奇襲とは程遠くなったにせよ、ソレでも『敵』にとって予想外の一撃だったはず。ソレを事もなげに躱したその体捌きは驚くべきモノと言えた。


 数メートルの距離をおいて、俺は『敵』と対峙する。影になっていて良くは見えぬが、どうやらヤツの得物も刀のようだ。と、雲間から覗いた月光がソレを鈍く照らす。濡れた様な乱れ波紋が、一種の芸術に見えた。


 同時に、敵の素顔も月光に暴かれる。



「な……っ」



 絶句した。何か言葉を発しようとしたのだけれど、口はパクパクと動くだけで要領を得ない。じんわりと汗が滲む。心臓が止まりそうになる、とはこの事だろう。俺は我が目を疑った。



「……俺、?」



 目の前に居たのは、紛れもない俺自身だった。


 俺の顔をした男は、俺の唖然とした表情を見ると満足そうな笑みを浮かべ口を開いた。



「よう、兄弟。調子はどうだ?」



 聞き覚えのある口調。間違いない、俺の体を操った『あの声』の人物だ。



「驚いただろう? 自由になったとはいえ、やっぱり俺はどこかしらその刀と繋がっているらしい。肉体を創って見たらお前そっくりのが出来たんだからな」



 いつか夢の中……俺の顔をした男が言うには『羅刹の記録』の世界……で見せた様に、男は肩を竦めて言った。



「ま、別段ソレで不自由してるってワケじゃねぇし……それどころか、ホラ、今日の晩飯が自分から近づいて来てくれた……むしろお前には感謝してるぜ」



「晩飯?」



「あぁ、晩飯だ。お前だって喰うだろ、肉」



 俺はお前とは違って大喰らいだからなぁ、と続けて男は笑った。


 そうか、そういう事か……。ここにきてようやく、事態の全貌を把握した。つまりコイツは夕食として瑞希を喰らおうとしていた、と。



「なんだよ、ソレ」



 ワケわかんねぇ。人が人を喰うって、どういう事なんだよ。



「わかんねぇワケねぇだろ、ソレが自然ってモンだ。それにお前、根本的に勘違いしているぜ?」



 指を一本立てると、男はソレを自分の頭に近づけた。額のところでソレを固定すると、男は少しだけ小声になって続ける。



「俺は……鬼、なんだよ」



「、鬼だからって」



 反論する。『鬼』というカテゴリには瑞希だって含まれているのだ。鬼だから人を喰う、なんて良く解らない理由でアイツまで貶める様な真似はさせない。



「鬼だから人を喰らうじゃ納得出来ないか? ならいい。言い方を変えよう。たまたま俺はそういう『カタチ』に生まれついた……これでどうだ?」



 生まれた時から人を喰らう化物。いや、人を喰らう化物として生れ落ちた異端中の異端。存在としての鬼でなく、概念としての……恐怖の象徴としての鬼。その具現。ソレが俺だ。


 少しだけ自嘲気味に言って、男は空を見上げた。


 眩む様な月も今では雲に隠れ、霞がかった薄紫の儚げな寂光が僅かに雲間から差し込んでいる。


 男の手に握られた刀が静光を反射し、凪いだ水面の如く緩やかに輝いていた。



「だからな兄弟。俺は人を、喰らうんだ」



 その言葉を最後に、男の口元から笑みが消える。


 ふっと体の力が抜けたかと思うと、男は信じ難い速度で俺の懐へと踏み込んできた。



「くっ」



 間一髪で刃を受け止める。鉄と鉄、刀同士の激突に、僅か煌く火花が散った。



「成る程、そういえばお前も『眼』を持っているんだったな」



 恐らくは解理の眼の事を指しているのだろう、男はそう言うと、受け止められた刀を振り上げた。


 俺の頭蓋目掛け真っ直ぐに落ちる、落雷めいた斬撃。その速度と軌道を読み取って、俺は横へと体をスライドさせる。紙一重の回避運動。ぶん、という空を切る音が、横っ面を過ぎていった。


 即座に俺の体は反撃の準備を整える。躱す為の行動を、攻撃のための予備動作へとシフト。隙だらけなヤツの下顎へ、全力の左アッパーをぶちかます。



「な!?」



―――躱した?



 完全に決まった筈のソレは男の顎先1ミリの地点を通過し、虚しく空を切る。交錯は一瞬だ。隙を衝いて繰り出したアッパーカットを、ああも見事に見切れるものなのだろうか。



「別に不思議な事でも何でもないぜ、兄弟。俺もお前の……っと」



 男は不意に飛び退いた。


 直後―――男の立っていた空間を乳白色の刃が襲う。


 予知めいた回避を見せた鬼を睨みつける、刃を構えた長身の男。投げ飛ばされた際のダメージが大きいのか、肩で息をしている。



「ちっ……もう復活しやがったか。今の状態じゃ、ニ対一は分が悪いな……」



「逃げるのか?」



「痛い思いはしたくない主義なんでね」



 男の挑発を軽く受け流し、鬼はふぅと溜息をついた。



「ああ、そうそう、最後に一つだけ。なぁ兄弟、実はな、俺……」



 お前を、殺さなきゃいけない。


 射抜くような眼で俺を見つめる、俺自身。鏡に映った虚像の俺は、俺に向かってそう言った。



「ご覧の通り、俺たちの存在はダブってる。このままじゃ遠くない将来、俺たちは絶対法則から修正されちまう……ま、簡単に言えば消されるってワケだ。ソレを回避する為にはどうするか? 答えは簡単だ、どっちかが消えりゃあいい」



 だから俺は、お前を殺す。もう閉じ込められるのはごめんだ。目の前の俺はそう言い残し、夜の市街へ溶け込んだ。


 残された俺たちは、背中を向けて走り去るソイツを、ただ呆然と眺めていた。

*11/22追記

本文を大幅に改変しました。

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