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黄昏世界/交差

◇ ◇ ◇



「ぅー」



 宵闇の中、近隣のみなさまに迷惑をかけない程度の音量で、私は低く唸っていた。原因は一つ、自己嫌悪である。



「お嬢。いい加減にしとけ……さっきすれ違った人、気味悪いモンでも見たって顔してたから」



「ほ、ほっといてくれ。……ぅー」



 両手で顔を隠す。あぁホントにもう、私ってば最低だ。


 村を捨てて出てきたというのに、気が付けばニヤニヤと笑っている。こんなにも悲しいのに! 何で私の顔は嬉しそうなんだ。



「だからー、別に変な事じゃないって。二ヶ月ぶりなんだろ? 彼と会うの」



「彼とか言うな!」



 思わず声を荒げてしまう。勿論ただの八つ当たりで、私はますます自己嫌悪の渦に捕らわれる。


 そもそも私の目的はアイツに会う事ではない。アイツに会うのは、いわば副産物というか、まぁついでであり別に何か特別なアレとかアレとかアレがある訳じゃないというかそもそも私が此処に再びやってくる事になった原因はアイツにある訳でつまるところ全ての原因はアイツにあり羅刹を奪われ唇を奪われあまつさえ私の手を煩わすアイツに恨みこそあれアレなんてある筈がない訳でありつまり要約すると私はアイツの事が嫌いという事になるのだがそれもなんだかしっくりこないというかいまいち本筋からズレているようなソレが本筋のような良く解らない感覚に捕らわれるからそこを追求したらマズイような追及したいような気になってくるから出来れば無視したいところでありでも決着をつけたくも思うわけでつまるところ私が苦しむのも歩き疲れて足が痛いのもお腹が減ったのも身長が低いのも全てアイツが悪い!



「ん、お嬢」



「……?」



 指の間から来栖を覗く。キョロキョロと辺りを見回しているが、何かあったのだろうか。



「だいぶ近くまで来たと思うけど、見覚えはないのか?」



「ちか、く……?」



 近くって、何の近くだ? なんてすっとぼけた思考を自分で一蹴する。どうやら混乱しすぎて頭が真っ白になっていたらしい。私はブンブンと頭を振ってから、どれどれと辺りの様子を記憶の中と照合する。


 暖かな雰囲気が漂う住宅街。間違いなく見覚えのある景色だ。


 そう伝えると来栖は、そうか、と言って再び辺りを見回し始めた。



「どした? さっきからキョロキョロと」



「いや、大した事じゃないんだが……」



 神妙な面持ちでなにやら考え込む来栖。邪魔するのも忍びないので私は口を閉じた。


 静かな夜だ。空を見上げ、私は星を眺める。黒い海を漂う孤独な旅人達は、故郷を捨てた私に少しだけ似ている気がした。



「……濁ってるな」



 小さく発せられた来栖の一言に、私は視線を地上へと戻す。


 濁っているって、何がだ? そう尋ねようと来栖の方へ向き直る瞬間、私の瞳に映りこむアイツの面影。



「―――亮?」



 幻覚の様に希薄な存在。あるいはソレは何かの拍子に、暗黒へ投射された私の想像かもしれぬ。だが……。



「亮!」



 確信めいた何か。ソレを感じた瞬間、私は走り出していた。


 後で来栖が何かを言っている様だが、聞こえぬふりをする。


 体が軽い。大地を蹴ってグングンと速度を上げる。十字路の向こうへと歩いていくアイツを追いかけて、私は息が切れる程全力で疾走した。


 あぁ、そういえば……。あの時、アイツと出会ったのもこのような十字路であったな。


 それを思い出した途端、私の胸は激しく鼓動を打った。



―――なんだ……やっぱりコレって、運命の……。



「はぁ……はぁ……っ……。り、亮っ!」



 呼びかけて、肩に手を伸ばす。平均的な身長だが、体つきは意外としっかりしているんだな



―――って、私は何を考えているのだ!



 いかんいかんと頭を振って、いかがわしい邪念を追い払う。今はそんな場合ではないのだから。


 突然呼び止められたアイツは、不思議そうに振り返って……。



◇ ◇ ◇



「あ!」



 ベットでゴロゴロと自堕落に漫画を読んでいた俺は、突然大声を上げた。明日の美術で鉛筆デッサンをやるという事を思い出したのだ。



「鉛筆―――あったかな」



 ガバっと起き上がって筆箱を確認。……シャーペン三つに消しゴム一つ。赤ペン青ペン修正液と、一通り揃ってはいるものの肝心の鉛筆が見当たらない。

机の引き出しなども捜してみるが発見する事は出来なかった。


 美術は一時間目。明日の朝一でコンビニまで行けば大丈夫……か? いや、万が一の事を考えるとそれは危険だ。ならば小高か宮山に借りるというのは? ……否、コレも確実とは言えない。


 鬼ババア―――もとい、美術担当の先生はそういった事に滅茶苦茶厳しい。だけでなく、なんというか、叱り方が嫌味っぽいのだ。ネチネチとした、聞いているだけで不快になる話し方で心を抉る様に攻め立てるあの話法! 思い出しただけでムカムカする。



「しょうがない、今から買いに行くか」



 少々面倒だがそれならば確実だ。机の上に出しっぱなしの財布から五百円玉を取り出して、俺は駅前のコンビニに向かった。


 余談にだが、俺の家の近くにはコンビニが三件ある。学校よりの場所に一つと、俺の家を挟んで反対側、駅の近くに二つ。学校帰りの買い食いならば断然前者だが、一度帰宅した後なら駅付近のコンビニの方が家からは近い。



「―――」



 街灯の無い夜道。神社の立っている山……その麓のデコボコ道が駅までの最短ルート。言い換えるならコンビニまでの近道でもある。


 誰もいない、物音しない木々の生い茂る道。少々気味が悪いが我慢する。


 うるさい程鳴いていた蝉達も、今では地に還ったのか。そう考えるとなんだかちょっとだけ物悲しい。



「って、うぉっと」



 足元の小石に躓いて転びそうになる。ただでさえ暗いのに、考え事などしていたら当然だ。



「……ふぅ」



 気を取り直して歩き出す。痛い思いをするのは嫌なので今度はさっきよりも注意深く、慎重に暗闇を進む事にした。


 山道を抜ける。車が来ないタイミングを見計らって道路を横断し、100メートル程坂道を下るとコンビニを確認する事が出来た。



「いらっしゃいませー」



 うぃーんという自動ドアの機械音と共に聞こえてくる店員の元気な声。ちらりと見ると、どうやら学校の先輩らしい。俺は軽く会釈をして、目的の鉛筆を探す為文房具を並べてある棚に目をやった。



「ありがとうございましたー」



 先輩の声に送られてコンビニを出る。なんやかんやで世間話にもつれ込み、HBの鉛筆一本買うのに二十分近くかかってしまった。


 まぁ別に急ぐ必要もないか。なんて思った俺は唐突に、回り道をして帰る事にした。


 別に大した意味はない思いつき。ただなんとなく、いつもとは違う景色を見たくなった。学校からの帰路も今日はいつもとは違ったのだし……たぶんそういう日なんだろう。


 もう一つのコンビニを通過し、駅前のロータリーをぐるりと回る。いつもより人気の少ない駅前の通りは、なんだか寂しい雰囲気だ。


 そのまま俺は駅正面の大通り(小高達は登下校の際この道を通る)を歩いていく。坂道になっている大通りをちょっとだけ上ると、横に入っていく細い道がある。此処を道なりに進めば、アイツと出会った十字路に……。



「ん?」



 暗闇に目を凝らす。どうやら例の十字路の手前に人が居るようだが……。


 なんだか、様子が変だ。



「喧嘩―――か?」



 巻き込まれたら困るな……。俺はゆっくりと様子を見ながら進む。



―――キぃン。



 突如聞こえた金属音。同時に胸中へ浮かぶ、言い知れぬ不安。なんだ? 何かがおかしい。



―――キぃン。



 再びの金属音。先程よりも大きなソレを奏でているのは、どうやら十字路付近で踊っている人影らしい。



―――キぃン。キぃン。キぃン。



 早まる間隔。激しいビートを刻む人影。舞踊はニ人芝居のようだ。


 火花を散らす乱舞。リズムは加速度的に上昇し、その速さは既に人の業を超えていた。


 近づく度に鮮明となる踊りの細部。華麗な足運びと、体捌き。手に持った鉄製の棒同士が、まるで気でも狂った様に悲鳴を上げる。



―――キぃン。キぃン。



 ここにきて、俺はようやくソレに気付いた。


 そう、あれは―――


―――あれは紛れも無い殺し合いだ、と。



◇ ◇ ◇



 不思議そうに振り返ったアイツは……。



「え?」



 嗤って、る―――?



「お嬢! 離れろッ!」



◇ ◇ ◇



 鳴る鉄塊。人知を超えた、瞬速の攻防。幾重にも切り結ぶ凶器と狂気の狭間、原始の惑星(ほし)に似た激しい剣戟の最中……俺は、確かに、聞いた―――



「亮! 亮ッ!」



―――護ると決めた、少女の叫びを。

*11/22追記

本文を大幅に改変しました。

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