黄昏世界/彼の週末〜彼女の週末
前回からだいぶ間が開いてしまいました。読んでくれてる方々にはホント申し訳ないです(汗)
翌日、九月六日。
「村上くん! でっかい方のガムテープとって!」
「はいよ」
「村上、それ終わったらあっちの手伝いも頼む」
「おう」
「おい亮、暇になったら衣装合わせに協力しろよ! 休んでた分しっかり働け」
「へーい」
俺は喧騒の真っ只中に居た。とりあえず一日くらいは様子見(もしかしたらまた声が聞こえるかもしれないので)しようと思ったのだが、文化祭準備は一刻を争うようで……朝の七時には電話で叩き起こされ、こうして俺は馬車馬の如く働かされている。
最初は俺の事を心配してくれたクラスメイト達も作業開始から一時間が経つ頃にはそんな事は忘れ、二時間が経つ頃には俺を扱いこなす名ジョッキーになっていた。
「コラッ新入り! しっかり働け!」
「ヘイ、親分!」
親分こと委員長の激しい叱咤。見かけによらずノリが良い。おまけに最小の作業時間で最大の成果を上げるスケジュール管理と監督能力により、絶望的に見えたお化け屋敷製作も今は終わりが見える所まで来ている。
「亮! まだかかるのか?」
「悪い、今行く!」
宮山に急かされ、俺は一旦教室を後にする。向かう先は被服室。宮山が開けた扉の向こうには、どこか頼もしげな小高の背中が見えた。
「小高! 亮を連れてきたぞ」
「ん、あぁ、来たか。とりあえずそこにあるの着てみてくれ」
疲れた表情の小高が指差した先には布で出来た山がある。言うまでも無く、その全ては小高によって生み出された衣装たちだ。いや、宮山も手伝ったのかもしれないが。
「す、すげえ……」
思わず声が洩れる。大量生産・高品質の衣装群。商売出来るレベルだなこれは。
「んじゃ、ちょっと着てみてよ」
「ん、了解」
適当な衣装に袖を通す。手近な所に姿見があったので自分でも確認してみる……うん、バッチリだ。
「完成度高いな、これ」
「だろ? 自分で言うのもなんだけど、なかなかの傑作だ」
満足そうに頷いて、小高はニカっと笑った。
「しかし……ホントすげぇよ、小高は」
俺と同じように衣装の試着をして、宮山が言う。ちなみに今俺が着ているのは河童で、宮山が着ているのはぬりかべ(もはや着ぐるみである)だ。入れ違いに姿見の前に立ち、宮山が続ける。
「俺なんて殆どなにもしてないのに……滅茶苦茶手際よくてさー。尊敬するぜ」
―――。
ん? ちょっと待て。
なんか今、聞き捨てならん事を言わなかったかい?
「悪い、今の台詞もう一回言ってくれ」
「―――? 俺なんて殆どなにもしてないのに……」
「ストップ!」
ビクっと体を強張らせる宮山。そんな事はお構い無しに、俺は身の内でグラグラと煮立つ怒りを発散する。
「殆どなにもしてない……だとぉー! 俺が今日、どれだけ―――どれだけこき使われたと思ってんだー!!」
ぼかーん!
「待て待て待て待て。お前はなんか勘違いしてる! 殆どっていうのはだな、その、ゼロじゃあないんだよ? 言ってる意味わかる? どぅーゆーあんだすたーん?」
「うるせぇ!」
ポカ。確信犯に鉄拳制裁を加える。
「痛い! なにすんの!?」
「俺はね、怒ってんの! くっそー、こうなりゃ委員長に報告してやる。そんでもってクラス会議で取り上げてそれからそれから……」
「うーわー、止めてくれー」
十分後……。教室には馬車馬二号として生まれ変わった宮山の姿があった。
……
「えー、ゴホン。連絡します」
本日の作業を終了し、委員長の諸連絡が始まった。休みだというのに出席率の良い俺たちは、教室に散らばりつつもそちらに耳を傾ける。
「まずは皆さんに朗報です。―――我がクラス一の裁縫家である小高君が、先程全ての衣装を作り終えました!」
瞬間、クラス中に響く大歓声。騒ぎの中心である小高は顔を真っ赤にして俯いている……って、大の男がそれやると気持ち悪いぞ、マジで。
「さて、次は業務連絡です。明日の日程についてですが……」
先程までとは打って変わって、淡々とした口調で話す委員長。みんなも出来るだけ音を立てない様に連絡事項を聞いている。どうやら明日の作業は午後かららしい。今日の分の作業が予想以上に進んだから、ソレの骨休めといった所だろうか。
「では、暗いので事故には気をつけて帰ってください。解散!」
その一声を境に、教室中の雰囲気が弛緩する。思い思いに散って行くクラスメイト達に混ざって、俺たち三人も教室を後にした。
……
「―――んじゃ、またな」
いつもの分かれ道に差し掛かる。小高が明るい声で言った。
「暗いんだから気をつけろよ」
「亮の方もな。殺人事件起こったの、つい最近なんだし」
最近って言っても二月前だぞと、小高が宮山の言葉に付け加える。
「あぁ、そりゃ大丈夫だよ」
「? なんだ、やけに自信あるじゃん」
「まぁな、なんたって殺人鬼は……」
―――って、危ねぇ。何を言おうとしてるんだ俺は。
「殺人鬼は?」
「殺人鬼は……そろそろ時期外れ? みたいな」
追求してくる小高。適当な事を言って誤魔化してみる。
「―――」
あぁ! なんか二人でヒソヒソしてる!
「ちょっと……あたま……変……」
「聞こえてるよ!」
わざとかどうかは解らんが、二人の声は余裕で俺へと届いている。それじゃ内緒話として成立しないだろ。
「まぁアレだ、そろそろ電車の時間だし……またな! 亮!」
「遅刻するなよ」
すげぇ良い笑顔を浮かべて去っていく二人。一人取り残された俺は、泣く泣く家路に着いた。
◇ ◇ ◇
「もう一度確認するぞ? 村を出たら、もう二度と此処には帰って来れない……それでも良いのか?」
村の入り口。正午の高い日差しの下、恐い顔でそう言う来栖。
「―――」
あぁ、未練など有りはしない……そう即答しようとした私の口はしかし、パクパクと動くだけで声を発する事は無かった。
何故だろう……よく解らない。感情とか、思い出とか……色々なモノがゴチャゴチャと邪魔をしているのだろうか?
あぁそうだ、この村は私の故郷なんだ……。世界中で私が……胸を張って帰ってこれる生まれ故郷……ソレを棄てるって、そういう事なんだ……。
「止めたって構わない。元々俺は反対だしな」
「わ、私は……」
声が震える。いや、声だけじゃない。足も―――ギュッと握った手の平も―――ブルブルと小刻みに震えている。
情けなくて悔しくて……涙が零れそうになった。
父様が殺された、母様が殺された―――それでも私は―――この村が好きだ。
謀反を起こした者が居る。父様を殺した者がいる。母様を殺した者もいる。私を殺そうとした者もいる……けれど、でも……私はこの村から離れたくない!
「お嬢?」
「私は……ッ」
―――護るって、決めたんだから
瞬間、アイツの言葉が脳裏をよぎる。
村上……亮。
偶然、運命、奇跡、必然、予定調和―――そのどれでもあり、どれでもない―――私たちの出会い。いつか読んだ漫画みたいに美しくはないけれど……なんだかバタバタとした出会いだったけれど!
「私は―――」
一緒にご飯を食べて、テレビを見て―――危ない目にもあったけど―――。
優しくしてくれた、護るって言ってくれた―――アイツに、亮に―――もう一度会いたい。会いに、行きたい。
「―――私は、村を―――出たいんだ」
「そう、か……わかった。それじゃあ、行くぜ?」
来栖はそれ以上何も言わず、クルリと背中を向けて歩き出した。私もその後に続く。
正面から堂々と村を出る。二度と戻らないという約束の代わりに追っ手も差し向けない……来栖がそう話しをつけてくれたらしい。
何から何まで頼りっぱなし……何時になったら私は、両親との約束を果たせるのだろうか。
「……」
あの日―――革命の日―――私を逃がしてくれた父様、母様……。反乱軍に囲まれた家、迫る炎の中で交わした約束。あれが―――、
「お嬢!」
「―――ッ、ぁ……すまん、ぼうっとしていた」
上の空で山道を歩く事ほど危険なものはない。私はブンブンと頭を振り、気を取り直す。
呆れたような来栖が再び背を向ける。私は一度だけ村の方へ振り向き、すぐに来栖の後を追った。
◇ ◇ ◇
熱い日差しを浴びながら、俺は歩きなれた道を歩いている。
「ふぁ、あ」
気温こそ高いものの暑苦しいというワケではなく、むしろ時折吹き抜ける涼やかな風が心地よい。なんだか眠くなる陽気だ……今日は十時過ぎまで寝ていたというのにも関わらず、大きな欠伸をしてしまう。
1キロ程の道のりをゆっくりと、二十分くらいかけて歩いた。今日の作業は一時三十分からなので急ぐ必要はない。
校門をくぐったのは時計が一時をちょっと過ぎた頃だった。
教室に向かうと既に何人かの生徒が作業を始めている。俺も鞄を適当な机に置いて輪の中に混ざった。
「村上君、今日は宮山君達と一緒じゃないの?」
あんまり話しをした事のない女子(確か名前は笹木真子)から質問された。
「いや、アイツら電車通学だから」
突然の事に驚いたが、すぐに答える。
「ふーん、そうなんだ……おっと」
四つん這いでダンボールの飾り付けをしていた笹木さんの長い黒髪に糊が付着しそうになる。間一髪で糊を躱すと、笹木さんは危ない危ないと言って笑った。
「真子、髪の毛縛れよ」
「あーちゃん!」
あーちゃんと呼ばれた女生徒……阿東朝美は、はい、と言ってゴムを取り出した。本人はショートカットでゴムを使う事などなさそうなのだけれど……いやいや、それは偏見か。髪の毛の長さなどは関係なく、女の子はみんなゴムの一つや二つは持っているのだろう……あれ?
これも偏見? うーん、深い。
などと馬鹿な考えにふけっているうちに、笹木さんは手早く髪の毛をまとめた。
「ありがと、あーちゃん」
「おう。あ、村上君―――悪いけど、それ取ってくれ」
まるで男性の様な口調の阿東さん。指差した先にはガムテープがあった。
「はいよ。あ、でも阿東さん、それは布製だから天井には貼っちゃ駄目だって」
「そうか。気をつけるよ」
ガムテープを受け取ると、阿東さんは立ち上がって言った。
「真子、悪いけど手伝ってくれ」
「うん、良いよー」
言うが早いかすっくと立ち上がり、笹木さんは子犬の様にパタパタと阿東さんの後に着いて行った。
さて、それじゃあ俺も何かやるか。とりあえず笹木さんが途中まで接着したダンボールを完成させよう。
「こっちを貼り付けて……っと」
お化け屋敷の外壁となるであろうダンボール……ソレを飾る、厚紙で作られたおどろおどろしい骸骨を丁寧に接着していく。
作業開始十五分……ガヤガヤと騒がしい連中が現れた。どうやらウチのクラスの男共らしい。見ればその中には小高や宮山もいる。
「よう、精が出るな」
鞄を放り投げ、小高がやってきた。宮山も後に続く。
「ん、そろそろ外壁部分も終わるぜ」
「みたいだな……っと、そういやお前さ、昨日俺らと別れた後―――駅に行った?」
俺の隣に座り込んだ宮山が言った。
「駅ぃ?」
うーんと思案する……までもなく、俺は答えを返す。昨日は家まで真っ直ぐ帰ったのだ。
「いや、あのまま家に帰った」
「ホントかぁ?」
いぶかしむ様に、視線を細める宮山。なんだなんだ、なんかあるのか?
「嘘吐いたってしょうがないだろ」
「いや、新作のエロ本を買いに行ったって事も」
「ねぇよ!」
お前は教室で何を言っとるんだ!!
「うーん……じゃあただのそっくりさんか」
腕を組んで何やら考え込む宮山。いまいち腑に落ちないが、そんな事を気にしていたら作業は出来ないのだ。思考の外に追い出す事にしよう。
「ほらほら、そんなんどうでも良いからチャッチャと働け」
「そうだな……んじゃやるか」
それを合図に、俺たちは作業を開始した。
……
夕方まで頑張って、お化け屋敷製作はようやく折り返し地点に辿り着いた。
『ようやく』とは言ったものの、作業時間を考えれば早すぎるくらいだ。まさに神速とでも呼ぶべき速度である。先生は驚いていたけれど、実際に作っている俺たちの驚きはそれ以上だ。
「何とかなりそうだな……うん」
帰り道……唐突に小高が口を開いた。
「なんとかって……お化け屋敷か?」
「うん。最初は無理だと思ったんだけどなぁ」
「いや、お前がいなきゃ無理だったんだろうけど」
衣装製作の事を指して宮山が言った。うんうんと俺も頷く。正直、小高がいなければ俺たち
はまだ布の裁断をやっていただろう。
「適材適所ってヤツだろ。実際俺だけ居たって無理なんだし」
「そりゃあまぁ、そうだろうけどさ」
なんやかんやと騒いでいるうちに、分かれ道へ到着。いつもどおり一人だけ左折し、例によってちょっとした坂道を下る。いつもと同じ道順で、普段と同じ景色を眺め、俺は家へと帰るのだ。
「日常―――か」
あれほど考えたその言葉を、今では意識する事すらないなんて。
或いは―――そもそも意識した時点で『非日常』なのだろうか?
っと、いかんいかん。また考え込む所だった。そうなるとまた長いからな……。
「―――あ」
思わず声を上げてしまう。やはり考え事は良くないのか、どうやら俺は道を間違えたらしい。……と言っても一本奥の道に入ってしまっただけなので、別段引き返す必要などは無い。なんだかたまには違う景色も良いかな、なんて思ったので今日はこっちのルートで帰る事にする。
いつもと違う景色の中を、一人テクテクと歩く。黄昏時の住宅街。T字路を一つ曲がるとそこはいつぞやの十字路だった。
このあいだ知らない女の子とぶつかった場所、ではなく。正真正銘あの時の、である。
「日常と―――非日常」
その境界となった少女との、出会いの場所。ここを左折し……俺はアイツとぶつかったんだ。
「漫画とかじゃ、きっと此処で再開出来るんだろうけど―――」
現実はそこまで甘くないわけで、それでもちょっとだけ期待して十字路を左に曲がり……。
「―――」
やっぱり、そこには誰もいなかった。
「って、当然だよな」
都合の良い想像をしている自分に嫌気がさす。ホント俺、馬鹿みたいだ。
「……はぁ」
自分でも大きいと思うほどの溜息を吐き、俺はトボトボと歩き始めた。
……
「―――ただいま」
「おう。おかえり」
キッチンの方から父さんの声がする。どうやら夕飯を作っている最中らしい……香ばしいか
おりが玄関先にまで漂っている。今日は中華だな。勘だけど。
「……おわ、なんでこんな」
豪華なの? と続ける前に父さんが答えた。心なしか疲れている様に見える。
「実はな―――父さんまた出張なんだ」
「へ? 出張?」
「あぁ。だからうまいモンでも作って亮の機嫌でもとろうかと……いやいや、ホラ、お前にも迷惑かけるだろうし」
しどろもどろな父さん。そこまで気を使ってもらうなんて……なんだか申し訳なくなる。
「そりゃありがたいけど……」
「で、さっそくだけど行ってくる」
「え、今から?」
手早くスーツに着替えると、父さんは早口で答えた。
「実は、今日は昼から呼び出しを受けてな。色々忙しかった上に急な出張だろ? はぁ……
まったく、こっちの身にもなって欲しいもんだ」
言い終わるやいなや、父さんは家を飛び出していった。
嵐の様な出来事に、イマイチついていけない。
「……あ、夕飯」
とりあえず冷める前に頂こう。明日からの事はそれから考えれば良い。
「いただきます」
予想通り、やっぱり今日の夕食は中華だった。
……
「―――年より寒かった今年の……」
「あー……明日からどうすっかなぁ……」
夕食後……俺はズルズルとコーヒーを啜りながら明日からの生活に思いを巡らせていた。ちなみに耳が寂しいという理由だけでテレビをつけてみたりした。
「―――に、死刑判……」
普段ならまだしも、今は文化祭の準備があるからな……。とりあえずは朝夕のご飯とお弁当、洗濯と買出しと……。
「―――納地区で男性一人が行方……」
「あ、そういや洗濯機の調子が悪いんだっけ?」
嫌な事を思い出したぞ。とりあえず明日にでも修理を頼むか。
「―――が覚せい剤所持……」
調子悪いと言えば洗面台の電気が一つ切れてたな……コレも明日買いに行こう。
「―――、今日は美味しいにんにくの使い方……」
「お! これは見とかないと」
適当な紙をメモ帳代わりにする。テレビでは四十代の女性がにんにくの上手な料理法について熱心に説明していた。
「……よし、っと」
あらかたメモを取り終えて、ようやく俺は一息ついた。これじゃ明日からの生活も思いやられるな……いや、こないだの出張の時も大丈夫だったワケだし……なんとかなる、のか?
うーん―――なんだかもの凄く不安になった。
*11/22追記
本文を大幅に改変しました。