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黄昏世界/乖離

◇ ◇ ◇



 傍観者だった。


 俺の意思とは無関係に動く体。突如現れた謎の人物。張り詰めていく空気は両者の闘争を予感させる。


 否、それは予感ではなく確信。たぶん、ではなく絶対に、数秒後には殺し合う。


 獣とミイラ男の戦いを、けれど俺はただ眺める事しか出来ない。だって今の俺には、何一つ自由になる体がないのだから。


 だから俺は傍観者だった。眺める事しか出来ぬ傍観者だった。



「ソレヲ……ワタセ」



 温度のない機械音。


 答える代わりに、俺の体は羅刹を具現化させる。爆ぜたイメージが、圧倒的な奔流となって現実へと現れた。


 切っ先をミイラ男に向け、俺はニヤリと笑みを浮かべる。瞬間、俺の体を動かしていたアイツは、獣から鬼へと変貌した。



「久しぶりの殺し合いだ―――加減は出来ないぜ?」



 例によって芝居がかった動作と台詞で、俺はそう言った。


 羅刹を両手で握りなおす。刃の様な殺気が、ミイラ男に突き刺さった。



「……」



 そんなモノは意に介せず、ミイラ男は片手を俺へと向ける。前に戦った魔術師に似た構え。



「~~~~」



 まったく未知の言語で、ミイラ男は呪文を唱えた。


 一秒とかからず詠唱を終える。同時に、向けられた手の平から赤黒い刃が飛び出した。


 それに対応すべく、異能の目が起動する。



「は―――っ!」



 高速で飛翔する刃。すれ違う様に躱し、男へと羅刹を振るう。


 軌跡が綺麗な弧を描く。だが、俺の腕には男を斬ったという手ごたえがない。男の左肩から腰までを切断せんとした一撃は、限界ギリギリまで体を仰け反らせるという荒業によって回避された。



「やるな! お前!」



 愉しげに言って俺は男を追撃する。再び腕を上げるミイラ男。その腕を掴み、俺は背負い投げの要領で男を大地へと投げつける。



「~~~~」



 構わずに呪文を唱えている男の顔面に、俺は羅刹を突き立てる。包帯が、ハラリと解けた。



「なっ……」



 そこには本来在るべきの―――顔が、ない―――頭部が存在しなかった。


 魔術が起動する。



「ぐ……」



 先程同様飛び出した刃が俺に直撃した。体の中心に、風穴が開く。


 すぅ、と、顔のない男が立ち上がった。



「……成る程、そういうカタチか……」



 修復途中の腹部を確認する。体は動かせないのに痛みがあるなんて……ちょっと不公平な気がした。


 そんな俺の思考などお構い無しに、俺の体はなにやらブツブツと呟いている。僅かな独り言の後、ミイラ男―――もっとも今は顔がないのでミイラなのかどうかは解らないが―――に向けて言った。



「良いよ、お前、かなり良い……肩慣らしの相手にしちゃあなかなかだ」



「~~~~」



 三度目の詠唱。再びの刃を、俺は躱すことなく受け止める。



「だが、これじゃ駄目だ。こんなんじゃ俺は殺せない」



 全力を出せと、俺の肉体は男へ言い放つ。



「ヲヲオオオオォォォ」



 咆哮。それが返答なのか、はたまた威嚇の類なのか……意思疎通の適わない相手なので確かめる事は出来ない。


 試すように、俺は受け止めていた刃をミイラ男へと投げ返す。同時に一速跳進を起動させる。


 ビュンという加速感。風を切って弾けた俺の体は自分で投げた刃を追い越して……前後同時の挟撃を仕掛ける。


 点で迫る刃と円を描く斬撃。その一連の動作はあまりにも人間離れしていて……美しささえ感じた。


 そんな鬼の攻撃を、人外の男は防ぎきる。鮮やかな体捌きや、超絶的な技巧ではない。ただ純粋に、圧倒的な頑丈さで二つの衝撃に耐えたのだ。


 鬼は舌を巻いた。破魔の力を持つ羅刹の斬撃は、魔力によって生じるいかなる防壁をも突破する。故にソレから身を守る為には、物理的な防御でなくてはならない。


 攻撃方法として魔術を用いた眼前のモノが、よもや防御において魔力に一切頼らないとは……。



「オオォオォ―――*―p#――」



 呻くような詠唱。機械的であった先程までとは違い、凶悪な魔力の渦が制御しきれずに迸っている。


 男の背後に、黒い球体が三つほど現れた。



「―――ァアァォォォ」



 それが合図だったのだろう。三つの球体はそれぞれ不規則な弾道で俺へと発射された。


 混ざり気のない、ただただ純粋な魔力塊。一つは上、一つは背後、一つは右下から……音も立てずに飛んでくる。


 そして四つ目の弾丸―――ミイラ男本体が、正面から走り寄る。


 鬼は迷う事無く四つ目……男に向けて羅刹を振るう。乱れ波紋は、狙い過たずミイラ男の胴体を斬りつけた。


 キィンという、鉄と鉄をぶつけた様な音が鳴り響く。



「ちぃッ!」



 男は僅かに体勢を崩すものの即座に立て直し、俺の体に取り付いた。瞬間、三つの魔力魂が炸裂する。



「あぁっ!」



 全身を打ち据える衝撃。堪らず地面に転がった俺に、男はのしかかる。



「ソレヲ……ワタセ」



 ガンッ! 顔面を殴りつけられる。



「ソレヲ―――」



「低級な悪魔が―――調子に乗りやがって!」



 上に乗る男に向かって鬼は言う。まるで言葉そのものに力があるかの様に、それを聞いた男は俺の上から飛び退いた。


 ゾクリ、と、悪寒がする……多分本能的に、男はコレを感じ取ったのだろう。俺が今から何をするのか、俺には解らない。けれどそれは確実に、あの男を滅ぼしうる何かなのだ。だから男は距離をとった。何があっても対応出来るよう、間合いを離したのだ。



「ペッ……あ―――口の中切っちまったじゃねーか! まぁ良いや、そろそろ遊ぶのも止めだ……時間が無いの思い出した」



 苛立たしげな言葉。俺は羅刹の切っ先を男へと向けた。凶々しい空気が辺りに立ち込める。



「この肉体は血の匂いが薄い……コレじゃ発動するだけでギリギリだ。一瞬しか出せないが、まぁそれで十分か」



 そして―――鬼はゆったりと、ミイラ男へ向けて歩き出す。


 まるで空間が凝固したかの様だ。鬼以外に動くモノはない。動こうとすれば動ける筈が、まるで蛇に睨まれた蛙の如く男はその行動の一切を停止している。



―――圧倒的な差が、逃げる事すら忘れさせたのか。



「あーあ、本当はもう少し格好いいんだけど……視覚的な変化が現れねぇな。やっぱ使うだけでギリギリか……。兄弟よぉ、もうちょい命喰らっとけよなー」



 能天気な口調……先程までの苛立ちが嘘のようだ。


 ピタリ、と男の三十センチ手前で歩を止めて、俺はふぅと溜息を吐く。そして一瞬だけ何事か考えて、男の胸……心臓目掛けて羅刹を突き立てた。


 ズブ、と、頑丈だった肉体の中に羅刹が沈みこむ。無抵抗のまま、断末魔すらなくミイラ男は霧の様に消え去った。


 静まり返る境内。魔的だった空気は神聖な雰囲気に浄化され、静謐な神社へと戻っていた。


 眩暈がする。急激に体力を消耗した為か、それとも何かしらの能力を使った反動か……それを判断する間もなく、俺の意識はしぼむ様に消失した。



……



 そうして次に目を開けた時、俺は例の捻じれた世界に居た。


 螺旋階段の様な空を見上げる。青々とした晴天だ。



「―――ん?」



 目の錯覚だろうか? 今、あの空の螺旋が伸びたような気がしたのだけれど……。



「気のせいじゃねぇよ」



 突然の声。振り向くと其処には俺が居る。



「さっきまでお前も見ていたんだろ? アイツとの殺し合いを。この捻じれた空間はな、羅刹の記録―――時の螺旋だ。大地は過去、空は未来を現してる……記録されたモノがどんどんと堆積してこのセカイを形作ってるってワケだ」



 空を指差して、俺の貌がソレを説明した。


 此処が……羅刹の中?


 羅刹が―――今までに記録してきたモノ達が創りだしたセカイ?


 なんだかスケールが大きいようなそうでもないような……。イマイチ話に付いていけないのでよく解らないけど。



「さて、と……んじゃ俺はそろそろオサラバさせて頂くぜ?」



「……サラバって……お前は」



「やっぱ他人の身体をどうこうってのは無茶だったな、長続きしない。本当は後二つ欲しかっ

たんだけど……幸い今のヤツは一人分よりも濃いみたいだから、これでなんとかなるだろ」



 言ってソイツはクルリと背を向けると、音も無く消えた。


 俺は暫くの間、呆然と立ち尽くした。



……



「―――」



 目が覚めた。どうやら俺は境内で倒れてしまったようだ。身体の節々が痛い。


 よいしょと起き上がり、ポケットから携帯を取り出す。時刻を確認すると、十八時二十三分だった。



「って、俺の体動くじゃん」



 手を握ったり開いたり、足踏みしたりして確認。よし、自由を取り戻したぞ。



「夢……じゃないよな?」



 さっきまでの体験が、どことなく信用できない。まぁこんな所で倒れていたって事は真実なのだろうけれど……。



「あ、そういえば『声』……」



 あんなに五月蝿かったのに、今は全然聞こえない。


 俺は嬉しさのあまり小躍りしそうになった。コレで学校に……いや、普段通りの生活が送れる。


 声の主……俺の貌をしたアイツ。アイツが羅刹の中からいなくなったから『声』も聞こえなくなったのだろう。


 背を向けて消えたアイツを思い浮かべる。そうだ、きっとアイツは刀の中からいなくなったのだ。


 そこで俺は一つの疑問に行き着く。


 では、アイツは、一体何処に行ったのだ、と。


 もしも……これは突飛な想像だが……アイツが、実体をもって刀の外に出てきていたら?


 背筋が冷える。アイツが俺の体を動かしていた時の事を思い浮かべたからだ。冷蔵庫の生肉を貪り、獣の様に得物を求め街を跋扈する鬼。アイツが外に出ると言う事は、人の知能を持った猛獣が檻を飛び出した事に等しいのだ。


 いや……俺は首を横に振る。そんな事はあり得ないだろう。形の無いモノが形を得る、なんて……御伽噺の類である。


 恐ろしい想像を無理矢理に捻じ曲げて、俺は自らを安心させるように自身に言い聞かせる。


 ソレはあり得ない事なんだと。



「とりあえず―――帰るか」



 こんな所で考えていてもしょうがない。ズボンとシャツに付いた土を払って、俺はクルリと後ろを向いた。


 黄昏時が終わり、夜の(かいな)が街を包む頃。俺は黄泉平坂を上ることにした。

*11/22追記

本文を大幅に改変しました。

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