Introduce―黄昏世界
◇ ◇ ◇
「……という次第で、暫くの間外出許可を頂きたいのですが……」
玉座へむけ、ぎこちない口調で男―――来栖はそう言った。
本来ならば百八十近い長身の彼だが、片膝を付いたいかにもなポーズのせいで随分と小さくなっている。
敬う言葉を用いていながら、その表情は平素のモノと変わりがない。慣れぬ敬語を使うのは、ただ『眼前の人間が王として君臨している』からである。
だから男には、眼前の人物に対して畏敬の念を抱いているとか、尊敬しているとか、服属しているなどといった―――上下関係にあるといった意識はない。
ただ単に、王に対する平民のカタチをとっているだけである。
自分が敬語を使うだけで立てなくても良い波風を立てぬのならそうしようと、男の頭にあるのはただそれだけなのだ。
本来、民主国家である日本に『王』というモノは存在しない。概念としては存在しても、ソレが実権力を持って君臨するなど有り得ない。
だが、実際に眼前の男はこの小さな集落において『王』として存在している。
それは何故か?
話しは簡単である。単に此処が『人間の領域でない』からだ。
いかに国の定めた法律であろうと、それに影響されるのはその国の国民のみ……言い換えればその法は、人間の為のモノである。
つまり……人外の民には、その掟は当てはまらないのだ。
もっとも、そういった理屈が通じたのは遥か昔。いくら人とは違うと言ってもその見てくれは同一なのであるし、生活圏も被るのだから、どう転んでも両者は激突する事となる。
―――『多数』対『少数』。
勝敗は目に見えている。ならば争いは避けようと、鬼達は人間社会に溶け込む事で事なきを得た。
勿論表層は、である。鬼としての接触を禁じ、あくまで人間のフリをした。
人間達に知られぬよう人間として暮らす……不都合があれば、人間として抗議する。
鬼としての干渉は、弾圧の対象となるからだ。
非常識を排斥する、人の秩序。その監視網に触れたが最後……絶対数で劣る異端達は、残らず殲滅されるだろう。だからこその偽装である。
玉座に座る男は、人の地位に置き換えるのなら村長といったところだ。対外的には村長として振舞いながら、村の内部では王として統治する。
道化の村に道化の王……だからいつまでも我々はこうなのだと、来栖は心の内で毒突いた。
「……そんな事を……私が許可するとでも?」
たっぷりと時間をかけて、中老の男は重々しくそう言った。その口調は王としての貫禄に満ちている。
重圧を受け流すように、来栖は軽々しく「まさか」と答えた。
「先代王の娘とはいえ、仮にも討伐指定を喰らったんだ……とりあえず生かしているとはいえ、そんな勝手を認めるなんて正気の沙汰とは思えませんね」
「解っているのなら余計な真似をするな!」
よっこらしょと立ち上がり、来栖は視線を王へと向ける。
「別に了解を得ようなんて思っちゃいない……ただ、報告するのが筋だと思ったからそうしたまでだ」
「来栖! 口が過ぎるぞ!」
玉座の隣に控えていた長髪の男―――王の護衛が、大声を上げた。尋常ならざる殺気を携えて、護衛の男は来栖を睨む。
今にも飛び掛ろうとしている男を片手で制し、努めて冷静に王は言った。
「来栖よ、その様な事をすれば貴様も討伐対象となるのだぞ?」
「その命令を出すのはアンタだろう。やめてくれりゃありがたいが―――俺は一向に構わないぜ?」
「来栖ッ!!」
線の細い容姿からは想像出来ない咆哮。挑発的な来栖の言動が、護衛の男を爆発させた。
背後から棒状の物を取り出す。黒一色に統一された六尺あまりのソレが、長髪の男の得物であった。
来栖へとソレを向け、男は動きを止める。いかに激昂していようとも、王の護衛を務めるほどの人物である。ただ対峙しただけで、眼前の男の力量を感じ取ったのだ。
―――その結果が『静止』である。それ以上をするのならタダでは済まないと、男はそう判断したのだ。
拮抗状態。一触即発の空気。呼吸すらままならぬ雰囲気に耐えかねて、王は言葉を発した。
「下がれ倉月……私は来栖と話しをしている」
「し、しかし……」
護衛―――倉月は納得できないといった顔で食い下がった。
「くどい! 分をわきまえよ!」
「く―――失礼いたしました」
しぶしぶといった様子で、倉月は棒を背負い直す。
ソレを見届け、来栖は視線を王へと戻した。
わざとらしく咳払いをして、王は話を続ける。
「私にも立場がある。貴様の意見をやすやすと受け入れるワケにはいかん」
「だから俺は、」
「黙認―――黙認という事ならば」
少しだけ間を置いて、王はそう口にした。
「ただし……解っていような?」
「二度と村には戻らない……故郷を棄てるってのは、ちとしんどいが」
「本来ならば処刑だ!」
倉月が横から口を挟む。王は咎める様に一瞥し、続けて言った。
「村を棄てる覚悟ならば、何処へなりと行くが良い」
「……ご容赦、感謝します。それでは」
皮肉っぽく答え、来栖は部屋を後にした。
……
「……俗物が」
去っていく背中へ吐き捨てる様に、倉月が言った。
王は酷く疲れた様子で玉座から立ち上がる。
「お休みになられますか?」
「……倉月よ……私は時々思うのだ」
窓から外を見つめ、王は過去を省みる様に言った。
「武力を用い、先代の―――あの娘の両親を殺して―――私のような小心者が王と祀り上げられる……コレが果たして正しい行いなのか、と」
多分それは、王なりの懺悔なのだろう。遠くを見るように細めた目は、在りし日の風景を幻視している。
「それは……私には解りません」
思った事を口にした。護衛であるこの男は、そういった事に対し呆れるくらい不器用である。
王はただ、そうかとだけ答え、寝室へと向かって歩き出した。まだ日が高い……月を見れればこの陰鬱な気分も払拭されるのに、と愚痴りながら。
*11/22追記
本文を大幅に改変しました。