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黄昏世界/羅刹

◇ ◇ ◇



 なんだ、コレ?


 目の前がチカチカする。強い頭痛と眩暈。この映像を見てはいけないと、脳が俺に訴えかける。


 登場人物が、次々と惨殺されていく。そうして殺されたモノ達は化物となって、他の仲間を喰らう。



……ラエ。



「……あ」



……喰ラエ。



 声が―――あの時の声が聞こえる。狂気に満ちたシーン。ソレに呼応するかの様に、声が聞こえる。



……喰ラエ。



「あ……あぁ……あ、あ……」



 頭が、割れそうだ。その声が響くたび、耐え難い衝動が俺の中で渦を巻く。


 あぁ……このままじゃ……。



「!? おい、亮! どうした?」



 小高が話しかけてくる。



……コイツヲ、喰ラエ。



「具合悪いのか? 顔色良くねーぞ」



 宮山も、話しかけてくる。



……肉ヲ、喰ラエ。



「……う……うぁ、あ……」



 早鐘を打つ心臓。感覚はどんどん鋭敏になってゆくのに、頭の芯は痺れたみたいに不確かだ。


 自分が、自分でなくなる。呼吸すら満足に出来ず、俺は獣の様に喘いだ。


 苦しい……苦しい……。いっそこの声に従ってしまえば、楽になるのではないか。そんな考えが脳裏に過る。



……喰ラエ。



 事は簡単だ。人間二人、解体するなど児戯に等しい。ぶちまけた臓物を……暖かい血液を……啜り、啜り、咀嚼して……体の内に満たせれば、この苦しみから解放される―――そんな幻想が、俺を突き動かす。



「―――ッ」



 止めろ!


 僅かに残った理性が、具現しかけた刀を押し止める。


 瞬間、その昂りは嘘のように鎮まった。


 冷や汗が頬を伝う。


 俺は今……何をしようとした? 友達を―――殺そうとしたのか?


 このまま此処に居たら、取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない。言いようのない恐怖が、俺の脳裏によぎる。


 それだけは―――駄目だ。



「……悪い……俺、帰るわ」



 震える声でそう言って、立ち上がる。心配そうな二人……友人たちに別れを告げて、俺は宮山の家を後にした。



……



 電車に乗っている間中、俺は自分の手の平だけを見つめていた。人影が視界に入ると、声が聞こえてくるような、そんな気がしたからだ。



「なんなんだよ……あの声は」



 唐突に響く、あの声。他の人には聞こえない―――ソレはさっきので解った―――声。


 あれは一体なんなんだ? 規則的に振動する電車に揺られながら、俺は『声』について考える。


 そもそも、一番最初に声を聞いたのはいつだ? 記憶を辿る。最初に声を聞いたのは……確か。



「羅刹を拾った時、か」



 そうだ。不死身に襲われた日、瑞希が殺されそうになったあの時。それから時々、声が聞こえるようになったのは。


 という事は……。



「羅刹に、関係しているのか?」



 刀が声を発する、なんて有り得ないが……そう考えると辻褄があう。


 或いは……羅刹そのモノに意思がある……とか?


 そこで俺は、魔眼の神と対峙したあの夜の事を思い出した。


 異界じみた公園。魔神に刃を向けた夜に、モノクロームの世界で出会った俺の顔をしたアイツ。



「サァ、早ク……アイツヲ……喰ラッテ、シマエ」



 そうだ、アイツは確かにそう言った。『喰ラエ』と、赤い口を三日月の様に歪めてアイツはそう言ったのだ。


 羅刹を拾ってから聞こえるようになった、得体の知れない声。『喰ラエ』というキーワード。二つの事実から、俺は確信する。


 この『声』は間違いなく俺の顔をしたアイツのモノである、と。



「輪廻の呪い……か」



 あぁ、確かに瑞希はそう言っていた。成る程、これは確かに『呪い』だ。



「友達を、殺そうとするなんて」



 なんて質の悪い、呪いなんだろう。



……



 電車から降りた俺は、辺りをブラブラと徘徊していた。


 なんとなく家には帰りたくないという、ただそれだけの理由。


 そうして俺が辿り着いたのは、神社の入り口だった。


 長い石段が……山の上まで続いている。まるでこの世とあの世の境目だ……向こうへ行ったら、二度と帰って来れないような、そんな予感を抱いてしまう。



「……」



 少しだけ躊躇した後、俺は石段へと足をかけた。一歩一歩、冷たい階段を上っていく。


 自然物をそのまま利用したのであろう石段はそれぞれ疎らな形をしていて、普通に上っているだけで結構体力を使う。頂上に近づく頃には、うっすらと額に汗が滲んでいた。



「よ……っと」



 最後の一段を超える。そこには古びた社が存在した。


 静かに……ただ静かに時を重ねてきたモノ。その正面に立って、俺は大きく息を吸う。



「……はぁ」



 肺に満ちた澄んだ空気をいっぺんに吐き出した。心地よい疲労感。陰鬱な気分も少しだけ晴れた気がする。あの『声』の事も少しだけ忘れて、暫くの間その心地よさに浸ることにした。



……



 今、何時だろう? 日も傾いてきたので、流石に気になった。携帯を取り出して時間を確認する。五時三十分だ。



「あ、メールきてる」



 まったく気がつかなかった……誰からだろう。慣れた手つきでセキュリティを解除する……宮山からだ。



『大丈夫か? 小高も心配してたぞ』



 絵文字の一つもない、素っ気無い文章。けれど……それが俺には無性に嬉しかった。本当に心配してくれていると感じられたからだ。



『なんとか大丈夫だけど、明日学校休むかも』



 送信。パタンと携帯を閉じて、俺は神社から立ち去る。こういうものを扱うのなら、山を下りたほうが良い気がしたからだ。


 機械とか嫌ってそうだし、神様。



……



 翌日。宣言通りに学校を休んだ俺は、一日かけて羅刹の事を調べようと朝から昨日の石段を上っていた。万が一『声』の影響を受けて暴走しても大丈夫な、人気のない神社が最適だろうと、そう考えたからだ。一年を通してこの神社が賑わうのは大晦日のお祭りの時だけなのである。


 案の定、境内には人っ子一人いなかった。ふぅと一息ついて、社の周りをぐるりと一周する。



「誰もいない……な」



 念には念を入れて確認をすると、俺は再び社の正面に立った。



「よし……」



 気合を入れ、右腕を突き出す。今ではすっかりと慣れた、羅刹を具現する動作。


 脳に閃いた『刀』のイメージ。『向こう側のセカイ』から呼び出された情報が、体を通して実体を成す。そうして数秒とかかることなく、羅刹はこのセカイに現れた。



「……」



 しげしげと、刀の隅々までを眺めてみる。特に変哲もない(もっとも、本物の日本刀なんてテレビでしか見た事はないけれど)、いたって普通の刀だ。強いて言うのなら―――そう、此処に来て気付いたのだが―――この刀の発する『雰囲気』というか、匂いというか……そういったものが、目の前にある神社と近いモノである、という事くらいか。



「つまりは骨董品って事だよな」



 目の前で煌く古刀はしかし、その切れ味以上の威力を秘めているのである。


 それが『鬼の記録装置』としての能力だと、瑞希は言っていた。


 今までこの刀を握ってきた宿主達の異能力―――鬼と呼ばれる一族に見られる先天的な超能力―――そのことごとくを、この刀は記録しているのだと。

事実、俺はその力のいくつかを使えるのだ。


 一定以下のレベルの事象を読み取る『解理の眼』。新陳代謝のオーバーワーク、不死身の能力。それとこの間の一件で使えるようになった『一速跳進』と『砕断』。


 そういえば、砕断はまだ使った事ないな……。それがどういった効果を持つのかは、なんとなく解るのだが―――瑞希が言うにはソレも羅刹の力らしい―――実際に使ってみた方が良いだろう。



 何の為に? 唐突に、思い至った。



 そう、今の俺には羅刹を振るう理由が……存在しない。

護るべき対象も、敵と呼べるものだって―――今の俺には存在しないのだ。



「いやいや、『声』の手がかりになるかもしれないだろ」



 後ろ向きな考えは却下する。備えは何時だって必要なんだし、もしかしたら―――もしかしたら、また瑞希に会えるかも―――しれない。天樹さんとの事もある。やっぱり備えは……うーん。


 あー! よく解らん! アイツに対する、その、未練って言うか―――なんだかハッキリしないこの感情とか。『声』の事とか、文化祭の準備だってしなきゃいけないし……そういえばソレが終わったら中間テストも待ってるし。


 なんだかゴチャゴチャとしてきた。こういう時は、優先順位を考えて―――。



「一つずつやっていく」



 とりあえず『声』の問題をどうにかしないと。何をやるにしろ、まずはソレだ。



「よし!」



 再び気合を入れる。余計な事を考えるから駄目なんだ。やると決めた事をやれば良い。


 まずは今使えるだけの能力を試してみて、『声』と関係が有るのか調べなければいけない。


 という事で『砕断』を使ってみる。とりあえず解っている限りでは『空間を切り開く』モノだという事。コレだけ聞くと物凄く強そうだが、切り開ける時間には制限がある。そして制限時間を過ぎると開いていた空間は自動的に閉じて元通りになるのだ。


 果たしてそんな能力に使い道があるのかないのか……。使ってみなけりゃなんとも言えんので、とりあえず実践してみる。



「えーっと……」



 何かないかなぁーと辺りを見回す。と言っても此処は神社。実験に使えそうなモノなどそうそう落ちてなどいない、筈なのだが……。



「―――お!」



 都合よく、サッカーボールが落ちているのを発見する。なんでこんな所にこんな物があるのか―――深く考えると恐くなりそうなので気にしない事にする。


 とりあえずコレで実験してみようと、俺はくすんだサッカーボールを手近な位置に転がした。


 風が少し強くなる。秋風だ。冷たいソレは帯の様なしなやかさで俺の頬を撫で去っていく。


 心が透き通る。ボールに向けた切っ先を中心に、波紋一つない水面が広がっていく錯覚。俺はふぅと息を吐いた。


 目標に集中し、刀を高く振り上げる。


 そうして一瞬の間を置いた後、殆ど力を込める事なく、その美しい刀身をボール目掛けて振り下ろす。


 弧を描く軌跡、迷い無く標的へ吸い込まれる鉄の刃。分断される球体。



 どくん。



「あ……」



 脈動。いつか聞いた羅刹の心音。気のせいか? 僅かな疑心がさざなみを立てる。


 戦慄(わなな)いた心に浮かぶ幻像。二つに割られた人の貌。俺の中へ、赤いモノが染み込んでくる。


 そうして俺は、揺らめく水面に映りこむ誰かの嘲笑を見た。

*11/22追記

本文を大幅に改変しました。

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