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黄昏世界/相克のユメ

「文化祭の季節です!」



 だんと教卓を叩いて、メガネをかけた、いかにも委員長然とした女生徒が声を張り上げた。教室の前方、黒板の前に備えられたステージの上に立つ彼女は、授業中の先生よろしく普段よりも高い視点から阿鼻叫喚の様を一望している。


 際限なく続く私語の嵐。ガヤガヤという喧騒の真っ只中において、彼女の発する大声はただのノイズに成り下がっていた。


 金魚の様にパクパクと口を開閉している委員長の声は、教室の一番後ろ左寄り(正面黒板側から見た左、廊下側だ)の席に座っている俺には殆ど聞き取れない。


 ロングホームルームが始まって既に十五分強、休み時間の様な光景が延々と繰り広げられていた。おかげで『文化祭の出し物について』という学校生活においてかなり重要な議題は、まったくといって良い程進んでいない。


 俺には現状を打破する事など出来はしないので、文句など言える筈もないのだが……それでも今委員長がおかれている状況には少しだけ同情してしまう。



 ウチのクラスの委員長になったのが運の尽きだ……合掌。



 もっとも、委員長に選ばれる様な人間は、大抵は過去に似た様な状況を味わっているものだ(俺の偏見だけれど)。言い換えれば、このような苦境を『乗り越えてきた人間』なのである。当然、何かしらそのような状態を跳ね除ける『技』を身に着けているのだ(俺の偏見だけれど)。


 要するに何が言いたいのかというと……。



「あーーーーーーーーーッッッ」



 委員長の突破力は、高い(俺の偏見だけれど……って、さっきからこればっかだな)。



「私のッ! 話しをッ! 聞けいッッ!!」



 ぼかーんと、特撮ヒーロー番組でおなじみの爆発が……彼女の背後で起こったように、俺には見えた。


 ふわりと、委員長のセミロングの髪の毛が揺れる。


 教室は、一瞬で静まり返った。


 今やクラスメイトの視線は、委員長一人に集まっている。四十人近くの注目を浴びながらも臆する事はなく……むしろ此処が勝負どころと不敵な笑みを浮かべると、ふっと息を吸い込んで一気にまくし立てた。



……



 去年よりも強烈だった日差しもなりを潜めた九月。


 目眩(めくるめ)く夏も終わり、俺こと村上亮は世間一般の学生がそうであるように、平穏な日常へと埋没していた。



 代わり映えのしない、繰り返す毎日。



 劇的な事件や、不可思議な現象……夢みたいな出来事なんてない、ぬるま湯のような日々を俺は過ごしている。



 そう、これが―――



 普遍的(少なくとも、一般論においての)な生活に疑問を抱きながら……何か特別な事でも起きやしないだろうかと期待をしながら……それでも変わる事のない毎日を送ること。



―――これがきっと『日常』なんだ。



うん、多分。


……適当な所で、一旦思考を止める。最近ずっとそればっかり考えていたけれど……ようやくまとまった。


 興味を持つと考え込む悪癖……今回の対象はズバリ『日常』についてだった。


 きっかけは他愛のない友人との会話。夏休み最後の日の、宿題をやりながらの一言。



「あーぁ……明日からまた、いつも通りの毎日かぁ」



 そんな一言が、俺にはヤケに重く感じられて……今日、9月2日まで丸々二日間、悶々と思索にふけってしまったのだ。


 そうして思い至った結論は、先に述べたあやふやなモノだったが……ある程度で自重しないと延々考え込むかもしれないので、今回はここまでにしておく。



 そもそも『日常』という単語に俺が深く惹き付けられたのは、初夏に起きたある出来事が原因だった。


 その事件……或いは彼女との出会いは、日常の住人である筈の俺を、非日常へと否応無しに引き込んだ。



「雛森―――瑞希」



 自らを鬼と名乗った少女との……陳腐な言い回しになるが、運命的とも言える出会いは、それまでの俺を一変させた。


 有り得ないと思っていた不可思議な出来事が……まるで当たり前みたいに起こり得る世界。


 日常に、隣り合わせで存在する非日常。


 そんなセカイに、俺は足を踏み入れてしまったのだ。



 今思えば……まるで、夢みたいだ……。



 否。もしかしたら、本当に夢であったのかもしれない。なんせ二ヶ月も前の出来事だ……彼女との一件は初夏の日差しにやられた俺の脆弱な脳みそが、都合よくでっち上げた幻想なのかもしれない……そんな気さえする。


 少しだけ、眩暈がした。


 瞬間、彼女の紅い瞳が脳裏に浮かぶ。あやふやな記憶。夢と現の狭間を漂う二月前の幻想の中、その瞳の鮮烈な色合いが、彼女の存在をはっきりと肯定している。


 そう、それは幻想や妄想なんかじゃなくって……。


 紛れもない現実だ。


 彼女、雛森瑞希は―――確かに存在する。



「今頃、何処でなにやってんのかな……」



 誰にも聞こえないくらい小さな声……といっても委員長が騒ぎ立てているので実際にはそんなに小さくはなかったが……で一人ごちる。


 突然現れたかと思いきや、疾風の様に去っていったアイツ。ぶっきらぼうで、偉そうで……寂しがり屋で泣き虫の……。


 アイツは今、何処にいるんだろう?



……



「って事で……みんな! 今日の放課後から全力で作業にとりかかること!」



 最後にもう一度教卓をだんと叩いて、委員長は話しを終えた。

 

 同時にチャイムが響く。授業終了の合図……張り詰めた教室内の空気が一気に弛緩した。


 水を打ったような教室が、再び喧騒に包まれる。



「亮、俺たち衣装係になったけど……」



 思い思いに散って行くクラスメイト同様席を立った宮山が、俺の所まで来てそう言った。



「衣装係……? なんの?」



 例の考え事で委員長の話しをまったく聞いていなかった俺は、宮山に聞き返す。宮山は案の定といった具合に肩をすくめると、事の成り行きを説明した。



「今日は九月二日、文化祭は九日後の十一日。んで、この時点でなんの準備も出来てないクラスはウチだけ……はっきり言ってピンチ。まぁ委員長があんだけ憤慨するのも理解できるってモンだ」



「そりゃあピンチだな。で、ウチのクラスは一体何をやるんだ?」



「……ウチは『お化け屋敷』。後一週間弱でこんな大掛かりなモンやろうっていうんだから無謀というか何というか……」



 やれやれと、宮山は溜息をついた。



「ん? ってーとアレか? 俺とお前でお化けの衣装作るのか?」



「正確には俺と亮と、あそこで寝てるバカもだ」



 『バカ』を強調してそう言うと、宮山は机に突っ伏している小高を指差した。話しを全然聞いてなかった俺が言うのもアレだけど、委員長の大声疾呼の中すやすやと寝ていられる神経は並大抵のものじゃない。



「大丈夫なのか? 俺たちで」



 思わずそんな事を聞いてしまう。



「いや、他の作業が終わるかどうかは知らんが……衣装に関して言えば問題はない」



 答えた宮山は、予想に反して強気だった。小高の方をちらりと見て、言葉を続ける。



「アイツ、裁縫とか滅茶苦茶得意なんだ」



「は? 小高が?」



「あぁ。詳しくは省略するが、こと裁縫に関して言えばアイツは天才的だ」



 宮山の言葉には、畏敬の念が込められている。



「う……ん」



 すると突然、小高が顔を上げた。キョロキョロと辺りを見回している。どうやら寝ている間に授業が終わって混乱しているようだ。



「小高! 俺たち衣装係になったけど……」



 つかつかと、宮山が小高の元へと説明に向かう。一人残された俺は何をするのでもなく、ただボケっと座っていた。



……



 放課後。


 委員長は今日から作業開始と言っていたが、流石に準備の整っていない初日から突然作業など出切る訳もなく、教室に残っている生徒はごく僅かだった。かくいう俺も直帰組の一人で、例によって小高、宮山とクラスを後にする。


 昇降口を抜けると生徒の姿はまばらで、少しだけ違和感を覚えた。もっとも、ウチ以外のクラスは今日どころかずうっと前から準備に取り掛かっているのだ。授業が終わって即下校など、この時期には有り得ない話しなのだろう。



「んで、俺たちは具体的に何をすりゃ良いんだ?」



 校門を出た辺りで、小高がそう言った。



「お前は俺の話しを聞いていなかったのか?」



「衣装を作るってのは解ってるよ。俺が言いたいのはソレを作るまでの具体的な流れ。ただ作るにしたってなんかしらの見本とか、必要だろ?」



「む、確かに」



 小高のまともな発言に、成る程と頷く宮山。



「見本って、何を使うんだ? 漫画か?」



 ちょっと気になったので聞いてみる。ちなみに俺の家にはお化けの出るような漫画はない。



「別に漫画でも良いけど……ここはあえて映画とかどうだ? なんかリアルっぽくなりそうだぜ?」



 リアルってのがポイントだと続けて、小高が答えた。



「その映画はどうするんだ? 映画館まで見に行くのか?」



 なんて俺の不用意な質問は、宮山に一蹴された。



「亮……ビデオデッキぐらい家にあるだろ」



「ビデオ? いや、家にはないぞ」



「な……」



 俺の返答はかなり予想外だったらしく、宮山は暫くの間閉口していた。思い出したかの様に、小高が口を挟む。



「あぁ、そういや俺んちにもないぞ? こないだぶっ壊れてそのままだ……ちなみにDVDプレイヤーもない」



 あっけらかんとした口調でそう言う小高。うーむ、これで頼れるのは宮山だけになってしまった。


 と、ようやく復活した宮山が口を開く。



「オッケー……んじゃあ隣街のレンタルショップでDVDを借りてきてウチのパソコンで見よう。まぁ今日は定期しか持ってないからDVDは明日借りて来る事になるが」



「さすが宮山! 文化の子!」



「やっぱ頼れる男は違うぜ!」



 ワイワイと騒ぐ俺と小高。妙に息がピッタリで、なんとなく笑ってしまった。



……



「んじゃ、またなー」



 駅へと続く大通り。電車に乗る必要のない俺は、途中で二人と別れる事になる。



「おう、また明日」



「じゃあな」



 手を振って、大通りから外れた道へと入っていく。ふと気になって時計を確認すると、現在の時刻は十六時ピッタリ。気の早いお日様は少々傾いているものの、それでも往来を行き来する人影がちらほらと見受けられた。



「そういえば……」



 アイツと出会ったの……確か、この辺りだったっけ? ちょっとした坂道を下りながら、そんな事を思い出した。実際はもうちょい駅寄りの位置だったかな。あの時はとっくに日も沈んでたから、細かい場所まで覚えていないけど……うん、多分この辺り。



 此処で、アイツと……出会ったんだ。



「……」



 なんだかちょっとだけセンチメンタルな気分になった。


 アイツの顔を思い出す。護ると決めた、アイツの顔を……。


 ボーっとしながら……俺は『十字路』を右へと曲がる。勿論、例の十字路ではない。けれど俺は、僅かな期待感を抱いてしまう。



「―――ッ」



 不意に飛び出してくる人影。ぶつかりそうになって、慌てて飛び退く。


 一瞬アイツかと思ったけど、どうやらそれは人違いで……。同い年くらいの女の子は、無言のまま立ち去った。



……



「はぁ……」



 帰宅後。


 居間に備え付けられているソファに身を沈め、俺はボケッと時が過ぎるのを待っていた。


 出張を終え、今まで通りに勤務している父さんが帰ってくるのは十九時過ぎ……まだ三時間近くはある。


 今日の夕飯当番―――毎日交代で作る―――は俺か……。



「面倒くさい……」



 得体の知れない虚脱感。このまま眠ってしまいたい衝動に駆られるが、父さんの夕飯を放っておく訳にもにはいかない。



「……」



 しばらく考えた末、俺は冷蔵庫ではなく戸棚を開いた。ごちゃごちゃと詰め込まれたモノの中からカップラーメンを探し、一個だけ取り出す。夕食がインスタント食品だというのは少々可哀想な気もするが……。今の状態じゃまともなモノは作れそうにないので、父さんには悪いけど我慢してもらうしかない。



「ちょっと体調悪いんで寝ます。夕飯はコレで勘弁して……っと」



 適当な紙にボールペンでそう書いて置手紙にする。



「よし……」



 なんだか頭が痛い……ような気もするし、風邪だったら嫌なのでさっさと寝る事にする。


 居間とキッチンの照明を消して、俺は自分の部屋へと向かった。




 とりあえず適当な寝間着に着替えて、ベッドに横たわる。



「……」



 虚脱感に逆らえず、自然とまぶたが落ちた。あぁ、少しだけ楽になった気がする。


 全身の力が、すぅっと抜けて……。


 強烈な眠気に、俺の意識は攫われていった。



◇ ◇ ◇



 はっきりと覚えている。けれど細部はあやふやだ。


 コレは夢。だけど、もしかしたら現実なのかもしれない。


 『起こり得ない事』が起こる世界。だから夢。


 違う違う違う。そのロジックは違う。


 自己否定。自己否認。


 『起こり得ない事』の否定―――それは非日常を切り捨てる。それは駄目だ、断じて否。


 自己崩壊を内包した、二律背反(アンチノミー)。起こり得ない事は起こらない、けれど。起こってしまえばそれは起こり得ない事ではなくて……。



? なんだ? 俺は、誰だ?



 痛い痛い痛い……此処にいると、頭ガイタイ。



……



 何処までも続く空間。無限に広がる空と大地の中心に、俺は存在しているらしい。


 どこか渦を連想させる世界。空と大地は捻じれていて、物凄く巨大な螺子(ねじ)の様だ。


 その一方……大地の方向から、ソレはやってきた。なんだか解らない、けれどとても恐いもの。逃げなくちゃ……本能がそう言って、身体は勝手に空へと昇る。


 俺が逃げれば逃げるほど、ソレはどんどん加速して。果ての無い空間での鬼ごっこは、どうやら鬼に分があるらしい。


 グングン迫るソレは、ついに俺へと辿りつき。


 肩を掴まれた俺は、ソレの方へと振り向いて―――



―――自分自身の(かお)を見た。


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