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ホタルノヒカリ/偶然と必然の関係


 まるでそれは、地上に舞い降りた月の様であった。


 鈍く光る不定形の物質……酷く柔らかいゼリーの様なモノに囲まれて、小さな衛星は公園の中空に浮遊している。


 白い、或いは黒い……否。ソレは赤くもあり、青くもある……不可解な極彩色をした眼球……ソレが魔神の姿であった。


 此処からでは、死を放つ瞳孔は確認できない。その視線は、反対側の入り口へと向けられていた。囮の方へ気をとられているのだろう。


 今なら、やれる……。


 玉座に座る死の王へ、俺は全速力で駆け寄った。



 どくん……。心臓が跳ねる。


 バロールが放つプレッシャーは、尋常ではない。


 たらりと、冷や汗が額を伝う。まるで刃物を首に突きつけられた時の様な……『死』を予感した時に感じる、根源的な恐怖。少しでも気を抜けば意識を失ってしまいそうだ。


 公園の中央……バロールの鎮座する其処までの約十メートルが、絶望的なまでに遠い。



 どくん……。心臓が跳ねる。


 もう少し……なのに。


 羅刹を握る両の手から、力が抜け始める。近づけば近づく程に強くなる重圧は、俺の身体を容赦なく締め上げた。


 あと、五メートル……。もう一秒もかからない距離。心臓が、パンクしそうな程に脈打っている。



 苦しい苦しい苦しい。



 早くアイツをやっつけて……一刻も早く此処から立ち去りたい。



 苦しい苦しい苦しい。



 頭が……おかしくなりそうだ。



 苦しい苦しい苦しい。



 早く、早くアイツを……。



 あぁ……そうだ、少しでも早く……。  




アイツを―――喰ライタイ!



 どくんっ!



 瞬間、確かに羅刹は鼓動を打った。


 有る筈のない心臓を、力強く脈動させたのだ。



……



「ここは……?」



 気がつくと俺は、見知らぬ部屋に居た。天井に始まり、前後左右、床に至るまで……病的なまでに白い空間。そんな人外魔境に、俺は立ち尽くしている。



「―――」



「ッ!」



 突然、俺以外の気配が生まれた。否、ソレはたぶん最初からそこに存在していたのだろう。

ただ単純に、俺がソイツに気付かなかっただけだ。


 純白に汚染された部屋の一角に、この空間の主が居た。まるでそこだけ切り取られたかのような、黒い影。ソイツは何をする訳でもなく、じっと俺を見据えている。


 いや、影に顔はないのだからその表現は不適切だ。正しくは、顔の部分を俺の方へ向けている。



「……」



 コイツに言葉が通じるのだろうか? 一瞬ためらうが、他にどうしようもないのだ……駄目で元々と話しかけてみる。



「あの……」



「……」



 返事はない。



「此処は、何処ですか?」



「……」



 返ってくるのは無言のみ。それでも諦めきれずに、俺は呼びかけを続ける。



「アナタは『誰』ですか?」



「……」



 やはり無言、か……。俺はふぅと溜息を吐いて、周りの壁でも調べようかとソイツから視線を逸らす。


 瞬間、その声が聞こえた。



「俺ガ誰カ、ダッテ?」



「えっ!?」



 振り向くと、ソイツがすぐ傍に立っていた。



「俺ハ……」



 白い空間の中心。モノクロオムだったソイツは、真っ赤な口を開けて俺に言った。



「オ前、ダヨ」



「あ……」



 赤い口が、ニヤリと歪む。黒一色の顔は、いつの間にか色を……否、人の顔を手にしている!



「サァ、早ク……アイツヲ……喰ラッテ、シマエ」



 俺の肩に手をかけて、俺の顔がそう言った。



「あ……あ……」



 思わず腰を抜かしそうになる。


 なんで……? なんでこんな……。



「クックック……モウスグ、モウスグダ」



 俺の顔が、嗤っている。


 俺が……俺が、





「あぁああああああああああああッッッ!!」





……



「あ……」



 目を覚ます。白い部屋は一瞬で掻き消え、俺は公園へと帰還した。


 コンマ何秒か、意識を失っていたようだ。我に返った途端、俺は自分の成すべき事を思い出す。


 羅刹を強く握り直して、俺は行動を再開する。五メートル程先の瞳孔へ、刀を突き立てる為に……。



「えっ?」



 瞳……孔?


 自分の思考に、自分で違和感を感じた。だってバロールはむこうを向いていた筈で……ソレならば瞳孔なんて見える筈なくて……。


 つまり、それって……。


 気付いた時には、全てが遅すぎた。


 俺を見つめる、死、そのもの。


 死という結果を孕んだ視線が、俺を射抜く。


 そうして、死が、形を成す。



「あ……あ……あぁ……あああ」



 そこまで、近づいている!


 一方的に強制的に激しく鋭く急激に、甘くねっとりとした快感が俺の中に染み込んでくる!


 あぁ、犯される、侵されている!


 こんなにも、こんなにも簡単に!


 俺という『存在』そのものが冒されるなんて!



 寸前にまで迫る死から、俺を救うモノはない。ただ見るだけで命を終わらせる魔眼に魅入られたモノを、助ける術などありはしない。


 見つめるだけ、という行為に……。



 『人の速度』では、追いつく事など出来はしないのだから。


 だから、そんなモノを救う事が出来るのは……。




 人の領域からはみ出した―――異界の法則以外に、ありはしない。



……



 光と化した魔術師が、俺の前に滑り込んだ。



「天樹さん!」



 バロールの魔眼から俺を庇った天樹さんは、崩れる様に倒れ伏した。



「……ぅ」



 ピクリとも動かない天樹さん。俺の脳裏に、先程までの能天気な笑顔が浮かんだ。


 自分は……非戦闘員だって、そう言っていたのに。


 なんで……なんで……。



「ぁあああああああああ」



 死体の様な天樹さんを踏まないように気をつけて……俺はその異能力を起動させた。


 バロールはギョロリと、天樹さんから俺へと視線を移す。だがしかし、俺はそれを遥かに上回る速度でバロールへと『射出』された。


 幾許かの猶予を持ってなお、俺の攻撃はその視線の速度には遠く及ばない。光の速度に追いつけるモノなど、ありはしないのだから。


 けれどもそれは、一瞬で人を殺せるわけでは、どうやらないらしい。一秒か二秒か? とにかく僅かなタイムラグが存在する事は、たった今身をもって知った。


 ならば俺にも、勝機は存在する!



「うわああああああああぁぁぁぁぁぁ」




 身体の内へと染み込んでくるその視線ごと、俺は魔神を両断した。



……



 どさっという音を立てて、俺は地面に墜落した。鈍い痛みが全身に広がる。どうやら背中を少し擦りむいたようだ。



「勝った……のか?」



 声にする。見上げると、ゼリー状の物質も極彩色の眼球も……悪い夢であったかの様に、跡形もなく消滅していた。



「俺……生きてる」



 その事実を確かめたくて、今日二回目の台詞を口にする。


 あぁ、俺、生きているんだ。


 言い様のない感情が、腹の底から湧き上がってくる。同時に、俺の声に答える人が居ないという現実を思い知った。



「天樹……さん」



 軋む身体に鞭を打って、彼女の元へと歩み寄る。


 地面に突っ伏している人形の様な天樹さんを抱き起こしてみるが、反応はない。土気色の顔は、まるで死んでいるみたいな……いや、違うか。



 『天樹蛍は、死亡した』んだ。



「俺の身代わりになって……」



 声にしてみれば、実にあっけない。なにをしたってその事実は曲がらない。


 俺が……殺したんだ。


 俺がうまくやれなかったばっかりに、天樹さんが……。



「くそッ!!」



 悔しくて、悔しくて……地面を思いっきり殴りつける。そんなのはただの八つ当たりだって解ってるけど……でも。


 そうせずには、いられなかったのだ。



「ちくしょう……」



 鈍い音が、断続的に響いた。その度に俺の拳は悲鳴をあげて、皮が破れ、血が流れたけれど……。


 不死身の異能力が、すぐに傷を治癒していった。



「こんな傷、すぐに治るのに!」



 それでも天樹さんは……治せない……。



「……でも、痛いでしょう?」



「え……?」



 一瞬、我が目を疑った。



「天樹……さん?」



「お疲れ……さま」



 顔面蒼白で、触れている体は冷たいけれど……。


 確かに、天樹さんは……。



「いやぁ……これも計算のうち、よ?」



 どう見ても無理をして、明るく振舞おうとしている彼女は確かに。



 確かに、命を鼓動させていた。



……



「いや、ホントに計算のうちだったのよ?」



 俺の血液を摂取(瑞希曰く不死身の力は血液を介して他人にも使用できるらしい)した天樹さんは、その能天気な言動を復活させていた。



「えぇー、信憑性ないっすよ」



「ノンノン。実はねー、あの時私は自分の目の前に水蒸気を発生させていたの」



「はぁ……水蒸気、ですか? そんなもんで……」



 得意げに語る天樹さんだったが、イマイチ俺には理解出来ない。



「だからぁ……いくら魔眼って言っても、それは視力によるモノなんだからその媒介は『光』に

なるのよ。解る? つまり死という情報を、光に乗せて相手に送っていると、そういう仕組み。んで、それをどうにかするには『対象に向けて放たれた光』に当たらなければ良いと、実に単純な結論に至った私は文字通り亮君を助ける為に光速で……」



 うーん、つまり蜃気楼みたいな現象を起こした? いや、違うか。


 理科が苦手な俺にはちんぷんかんぷんな話だ。ちなみに数学は得意、どうでもいいけど。



「まぁ結局は紙一重って事だったんだけど……」



 あんまり深刻そうに聞こえないけれど、言っている事は限りなく正しい。何らかの防御手段を使ったにしろ、天樹さんが助かったのは文字通り紙一重だったのだ。偶然、と言い換えてもいい。



「それでも……助かった、んですよね?」



「うん……これでまた、夢……あ、いや」



「?」



 何かを言いかけて、けれど口ごもってしまう天樹さん。なんだか見慣れないその様子に、少しだけドキっとしてしまう。



「とにかく、生きてるって素晴らしい!」



 高らかにそう言って、天樹さんはクルクルと踊るようにステップした。


 瞬間、俺はあの女性の最後を思い出していた。


 魔術師に殺されてしまった、あの女性。


 偶然助かった天樹さんと、死んでしまったあの人。


 名前すら知らないけれど……でも。



 俺が殺した事に、変わりはない。



「天樹さん……俺……」



「? どうしたの?」



 不思議そうに、俺の顔を覗き込む天樹さん。



「いや、なんでもない……です」



 言おうかどうか迷ったけれど、結局俺は言い出せなかった。今更そんな事を言ったって……何にもならない様な、気がしたからだ。


 懺悔の真似事をしたって……何が変わるわけでもない。あの日……彼女を護る為に人を殺した、あの晩から……。俺は咎人となったのだから。


 そう、だから全ては必然だったんだろう。天樹さんに手伝いを頼まれて、こうしてバロールを撃退する事……その全てが。


 偶然にしては出来すぎている。


 だって……。



「咎人が神に反逆するのも、道理って事か」



 妙に納得した俺と、話しに着いて来れない天樹さん。さっきの話は俺が置いてけぼりだったんだから、これでバランスが取れたってモンだ。



「さて、話しも一区切り着きましたし……」



「え? 区切れ? どこが?」



「そろそろ我が家に帰りましょう!」



 オロオロしてる(わりには楽しそうな)天樹さんを無視して、話しを進める。


 正直な所俺の疲労はピークに達していて、一刻も早く眠りたかった。今だったら五秒くらいで眠れる気がする。



「あ……」



 限界近い疲労の所為だろうか? 俺は今の今まで『その事』に、気がつく事が出来なかったのは。



「ん? どうしたの?」



「終電、とっくですよ」



 うぁっという、間の抜けた声を上げる天樹さん。その様子がどこかおかしくて、俺は思わず声を上げて笑った。天樹さんもつられて笑っている。


 結局俺たちは、二人揃って日の出を見る事になったのだった。



◇ ◇ ◇



 こうして再び、俺は日常へと埋没していった。


 平和な夏を帰宅した親父と過ごし。気の置けない友達と、呆れるくらい馬鹿やって……。


 季節が秋へと変わる頃。


 山の木々が、赤く燃える様に色を付け……。


 射す様な日差しが、幾分和らいだ九の月。



 黒い影が、赤く嗤う晩。




 鬼の少女が―――再び街へとやってくる。



長くなってしまいましたが、コレにて三章終了となります。

予定では次が最終章となっていますが、果たして伏線が回収しきれるのだろうか……自分でも不安です。

それでは、ご意見・ご感想あれば是非是非お願いいたします!

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