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ホタルノヒカリ/反逆者


◇ ◇ ◇



 目覚めはゆるやかだった。


 霞がかった視界と、感覚のない四肢。鈍重な意識の中、腹部の違和感だけがいやにリアルだ。


 俺、生きてる……。


 生暖かい血溜まりの中、俺は確かに自分の生を感じた。


 同時に、その事実に疑問を抱く。


 あの男に負けたのならば、生かされる筈がない。何故俺は止めを刺されなかったんだろう、と。


 そこまで考えて、答えがすぐそこにある事に気がついた。


 少しずつクリアになっていく映像。



 そこには、地面に倒れ伏している男の死骸と天樹さんの姿があった。



「気がついた……?」



 こちらに視線を向けて、天樹さんが言った。その表情は何かに怯えている様な……それでいて焦っている様な、複雑なモノを感じさせる。



「怪我してるとこ悪いけど、一旦逃げるわよ」



 はい、と手を貸してくれる天樹さん。ソレを掴んで立ち上がる。


 思ったよりも細く柔らかな感触に、不謹慎だと思いつつもドキドキした。こんな華奢な手の持ち主があんな化け物を倒したのかと思うと、なんとなく不思議な気分だ。


 なんとか歩ける程度に回復していたものの本調子にはまだまだ遠いようで、少し動いただけで頭がクラクラする。



「急いで! 早くしないと間違いなく死ぬわ」



 そう言って天樹さんは走り出す。


 軽くジョギング、なんてペースではない……文字通りの全力ダッシュだ。


 イマイチ状況が飲み込めないけど、なんだかマズイ事態だって事だけは理解した。恐らく彼女の言葉は真実で、此処に止まっていたら死ぬ事になるのだろう。



「そんなのは……ご免だ」



 自らを奮い立たせる為の呟き。俺は、言う事を聞かない身体をなんとか引きずって、彼女の後を追いかけた。


 血に濡れた公園を抜け、川沿いの道を駅とは反対……市街地の方へ進む。二百メートル程走っただろうか? 脱兎の如く走り去った天樹さんにようやく追いついた……どうやら俺を待っていてくれたようだ。



「ふぅ、ここまで来れば暫くは大丈夫ね……傷は大丈夫?」



「あーっと……なんとか大丈夫です」



 八割ほどは回復しただろうか? 全力とはいかないまでも日常生活に支障のない程度の運動は出来そうだ。



「うんうん、さっすが私の見込んだ男の子。っと、無駄話しは置いといて……状況、説明するわね?」



 一瞬で真顔になると、天樹さんは今俺たちが置かれている状態について話し始めた。



……



「神……ですか?」



「そ、神様……といっても、本当に居たのかどうかは怪しいけれどね」



 人類の抹殺の為に神を召喚……?


 流石にありえないだろー!? と突っ込みたくなるのも無理はない。


 なんたって神様だぞ?


 そんな事、人の領分を越えている。



「もちろん完全な形で呼び出す事が出来るわけじゃないわ。存在時間も決まってるし、何より媒介が不完全。契約者も死んじゃって暴走状態だから、十時間くらいでこっちの世界から消滅するはずよ」



「十時間? じゃあ明日の昼前には……」



「ええ、綺麗さっぱり消えてしまうわ……もっとも、その前にこの辺りの人間は死に絶えるでしょうけど」



 しれっと、天樹さんは恐ろしい事を口にした。


 街から、人がいなくなる……?


 ふと、天樹さんと出会った日の事を思い出した。


 暗いアーケード、朧気な街灯……冷たい風景に人影はなく、街は街である事をやめる。限りなく冷たい、コンクリートの荒野。人が眠りについた後の揺籃と化した街ですら、異次元めいた不気味さを秘めているのだ……『死』に包まれた街がどうなるのか……。


 考えただけで冷や汗が流れる。



「なんとか……ならないんですか?」



「……死ぬかもしれないわよ?」



「……」



 一瞬、答えにつまる。


 見ず知らずの人達の為に、命を賭ける。そんな決断を簡単に下せる程、俺はお人好しでもなければ偽善者でもないつもりだ。


 出来る事なら、逃げ出してしまいたい……。


 けど……。



「もし、もしも……またアイツに会えるかもって事になって……そんな時……なんていうか、後ろめたいと言うか……逃げた自分じゃ嫌っていうか……」



「はぁ……」



 溜息をつく天樹さん。なんだか冷たい目線でこっちを一瞥した後、満面の笑みを浮かべて言った。



「ホント、真っ直ぐというか素直というか……こういう時は格好つけて、街を護りたいって言うものよ。 もともとそういう約束でしょ?」



「そういえば、そういう話もありましたね」



 三日前の出来事を思い浮かべ、俺は笑顔を返した。



「それじゃ……?」



「……」



 無言のまま、一度だけ首を縦に振る。


 死ぬかもしれない……けれど、逃げる事だけはしたくない。


 そうして俺達は、反逆の徒として神に刃を向ける事となった。



……



 公園から約五十メートル程に位置する交差点。完全に陰になる位置に身を潜め、魔神打倒の機会を窺っていた。


 天樹さんの説明によると、『召喚』の工程が中途半端な状態では、呼び出されたモノを倒す事は出来ないらしい。


 現実に無いモノが、在るけれど無いモノを経由し実在するモノとして形を持つ事が召喚であり、今はその中間地点……即ち『在るけれど無いモノ』な状態だから触れる事が出来ないとかなんとか。


 まぁ解りやすく言えば幽霊みたいな? いや、違うか。


 そんなこんなで待機中な俺達は、ソイツがこの世界に現れる瞬間を叩くという奇襲じみた戦法をとることにしたのだ。



「良い? 何があってもバロールに『見られては』いけないわよ?」



 それがもっとも重要だと、天樹さんは口をすっぱくして言った。



「死という結果を含んだ視線……ただ見るだけで生命を終わらせる魔眼の前ではどんなに優れた回復能力であっても意味をなさない」



 俺の身体を指差す。不死身の力の事を言っているのだろう。



「だからこその先手必勝! 一発で叩き斬っちゃってね!」



 ビシっと、明後日の方目掛けてポーズをキメる天樹さん。さっきまでの真剣な雰囲気が一瞬で瓦解した。


 つーか、なんか違和感感じるんですけど……。



「叩き斬っちゃって、って……天樹さんが遠くからバーンとやっつけてくれるんじゃないんですか!?」



「えー!? 私は一言もやっつけるなんて言ってないしぃー」



「語尾伸ばさないで下さいよ……じゃあアレですか? 目から死ね死ねビームを出すような相手に接近戦オンリーな俺が挑めと? 自殺行為じゃないですかー!!」



 いくらなんだってソレはあんまりだーと泣いてみる。いや、嘘泣きだけども。



「真面目な話し私じゃ無理なの……いくら不完全だからって曲がり形にも相手は神様よ? ソレを葬る為にはそれこそ大儀式クラスの準備をしなきゃ……」



「そんなぁ……天樹さんでも無理なら尚更」



 俺なんかじゃ、とても無理だ。



「いいえ、アナタの刀ならやれる筈よ」



 予想外の言葉。打って変わって真剣な眼差しを向けてくる天樹さんは、自信たっぷりにそう言った。



「神と言ってもアレを構成しているのは百二十一の魂魄と魔力だけ……亮君の羅刹ならその魔力を消し去る事が出来るわ」



 破魔の力、とかってヤツの事を言っているのだろう。確かに羅刹なら、鬼の神が遺した刀ならあるいは……。



「でも、近づく前にやられちゃったら……」



「はぁ……何の為の奇襲だと思ってるのよぉ。それに、ちゃんとした囮も用意するわ」



 大丈夫大丈夫と俺の背中を叩く。



 瞬間、俺の脳がスパークした。



「あ……」



 あまりに唐突な出来事は、僅かだけ俺の思考を停止させる。


 クリアな脳に滑り込む情報……支離滅裂な言語が、早送りに刷り込まれる。


 同時に、ソレがなんなのかを理解した。



「『砕断』と『一速跳進』」



「へ?」



 怪訝そうな瞳を向ける天樹さん。俺は瑞希から聞いた羅刹の力について説明した。



「なるほどね……伝承にあった『其の刀、鬼と言ふ物を象る也』ってのはその力の事を記してたって訳か……象ると模るをかけてるわね」



 鬼の象徴としての刀であると同時に、宿主の力を模る、つまりコピーする刀であるってとこかしら、と続けて彼女はまじまじと羅刹を観察した。



「それで、その砕断と一速なんちゃらってのは、どういうモノなの?」



 乱れ波紋を食い入る様に眺めながら、彼女は能天気に言った。


 俺は先程脳髄に閃いた二つの能力について説明をする。



「砕断は、モノではなく空間を切り開く事が出来るみたいです。といっても切り開いた空間は数秒で元の状態に戻るので攻撃などには使えません」



 一旦間を置く。正直自分でも良く解らないので少しばかり落ち着きたかったのだ。


 ふぅと息を吸い込んで続きを話す。



「一速跳進の方は……有体に言えば加速する力です。あ、いや、加速と言うと少々語弊があるんですが……正確には自分自身を弾丸の様に射出する……? ちょっと説明しづらいです」



 俺の中ではそこそこ纏まっていても、口に出すと理解不能なモノとなってしまった。


 説明している自分ですら良く解っていないのだ、聞いている方はそれこそちんぷんかんぷんだろう。


 だがそんな予想とは裏腹に、天樹さんはふんふんと頷いている。



「成る程成る程……うん。考えようによっちゃこのタイミングでの能力開放は物凄くラッキーな事かも。特に後者の能力は……」



 言葉が途切れる。


 しんと静まり返った闇の中……自らの鼓動だけが嫌に煩い。


 草木も眠る丑三つ時。揺籃の街を満たす、無音というノイズ。聞いているだけで、胸が苦しい。


 静けさに……押し潰される。


 否、ソレは妄想だ。


 無音なんていう音はない。ただ、言い様の無いその重圧を、脳が都合良く解釈しようと生み出した妄想なのだ。だから実際は、静寂なんかじゃなくて……。



 得体の知れないモノに、押し潰されてしまいそうになった。



「っ……は……」



 苦しげな吐息。顔面蒼白な天樹さんは、今にも倒れてしまいそうだ。



「大丈夫ですか?」



 慌てて彼女を支える。息も絶え絶えな天樹さんは、喘ぐ様に答えた。



「予想以上、ね……もう少し近くにいたら『持って行かれて』たかも……」



 ふぅと大きく息を吐いて、天樹さんはもう大丈夫よと言った。



「媒介が不完全だったから手当たり次第に吸い込んで、少しでも足しにしようとしてたみたいね……っと、そんな事より……亮君、準備は良い?」



 俺より五センチばかり低い身長の彼女は、少しだけ見上げて問うた。


 先程の重圧を受けた(俺が感じたモノと同様のモノかは不明だが)影響か、何処か弱々しい彼女に、俺は首を縦に振って答える。



「やれるだけは……やってみます」



「うんうん、頼もしい! やっぱり男の子ね」



 一転して明るい口調……多分無理をしているのだろう……の天樹さんは、公園の方を指差して続けた。



「今から一分後、川側の入り口から囮を突入させるわ。亮君はその五秒後に、反対……住宅街側の入り口から一気に突入、後はその刀で……」



 一刀両断する。



「さて、ここで考えられるケースは四つ」



 彼女は指を四本立てて言った。やや、早口になっている。



「一つ目、バロールの攻撃態勢が整っていない場合。召喚直後で、魔眼の効力自体が無いというケースね。希望的観測だけど」



「二つ目、バロールの攻撃速度……対象を視認し、殺すまで……が五秒以上の場合」



「これら二つは予定通りって事で、パパッとやっつけちゃってね」



 余裕が有るのか無いのか解らない口調だ。続けて残り二つを話す。



「三つ目、バロールの攻撃速度が五秒以内の場合。これは亮君の突撃前に囮がやられちゃってるケース。コレははっきり言ってピンチだから、もし間に合うのなら逃走、無理なら……」



 胸の前で合掌する天樹さん。いや、洒落にならないですよ。



「最後……四つ目は、囮を無視した場合。コレはもっとも最悪ね、十中八九殺されるわ」



 コレばっかりは運だから……なんて不吉な締めで、説明終了。



「ちなみに天樹さんは?」



 なんとなく気になったので聞いてみる。



「私は此処で待機してるわ。非戦闘員だし」



「なんかズルイ様な……」



「愚痴愚痴言わない。はい、後十秒」



 俺の不平をサラリと受け流し、天樹さんは何やらブツブツと始めた。


 恐らく呪文を唱えているのだろう。そういえば天樹さんが魔術を使う所を、俺は初めて見る。



「Projizieren Sie Gestalt」



 彼女の周囲が一瞬揺らいだかと思うと、白い霧状の物が発生した。


 まるで意思を持っているかの様に、霧は人の形を作り出す。



「……それじゃ、気をつけてね」



 彼女の言葉を合図に、ふらふらと白い虚像が歩き出した。俺は囮を追う様に、十メートル程の間隔を開けて付いて行く。


 木々に囲まれた正方形の公園。こちらから見て左側……川側の入り口に囮が到着したのを確認し、俺は息を止めた。


 跳ねる様な心臓……本能的な恐怖を感じ、汗が滲む。


 躊躇う事無く、白い虚像は公園に突入した。


 体内感覚を頼りに五秒間をカウントする。



「……」



……4……3……



 市街地側の入り口に到着する。



……2……1―――



「―――ッ!!」



 最後のカウントと同時に、俺は神の待つ魔境へと飛び込んだ。


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