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ホタルノヒカリ/赤く染まりし金色の(中)


「久しぶりね、元気そうでなによりだわ」



 まるで気の置けない友人にするような、フランクな挨拶。能天気なその声は鮮血の四散する地獄めいた公園には不釣合いで、一種異様な雰囲気を醸し出している。


 例えるのならソレは戦場で歌うアイドルの様なモノで。あまりに場違いな彼女と惨状との対比は、見ているものを酷く不安にさせる。



 「二年ぶりか? まさか此処まで追ってくるとは……貴様の執念には驚かされる」



 その口調こそ先程と変わらないものの、明らかに男は身構えていた。蛍を知らぬ者にとってみればそれは、子猫を警戒する様に映るだろう。


 だが男は知っていた。目の前の年端もいかぬ娘が、獅子である事を。


 油断など、出来る筈もない。



「執念……ね。ソレを言えばアナタだって同じなんじゃない? 結局の所人が動く理由なんてそういうもんでしょ」



 溜息混じりに彼女は言った。



「いかにも。信念なき行動など高が知れている」



 男は自らの内に秘められた決意を反芻し、そう答えた。



「はぁ……アナタのそういうところは素敵だと思うんだけどなぁ……」



「ほう、貴様が私を称賛するか?」



 少しだけ驚いた様子を見せる男。



「えぇ、まぁ性格上の話しね。顔もそこそこ好みだけど……残念、アナタ性根が腐り過ぎてる」



 能天気な口調に、殺意が混じる。


 あるいはソレは、溢れる衝動を隠蔽する為の擬態なのか。其処にいる彼女は、先程までの天樹蛍とは明らかに一線を画す存在であった。



「戯言を……人の性とは本来穢れたものだ」



「だから人を殺すって? そんなのはアナタのエゴでしょう。少なくともそれが人を殺していい理由になんかならないわ」



「エゴの塊の様な女がよく吼える……殺人に理由などはないと、先程そこの死骸にも言ったのだがな……貴様にも同じことを教えてやろう」



「『今夜此処で果てる運命であったに過ぎない』? 死骸ってのがそこにいる男の子を指しているのならソレは見当違いだけど」



「蒙昧な。生者と死者の違いも解らぬのか?」



 男は嘲る様に言った。何の魔術も知らぬ人間が、あれ程の損傷を受けて生きていられる筈がない。



「まぁ、確かにアナタみたいな化け物と比べたらその子は極めてまともな一般ピープル代表って感じだけど……壊れてるとこはしっかり壊れてるんだから。事実、アナタは呪文一つ知らない人間に使い魔を三度も消滅させられているワケだし」



 あんまりバカにしない方が良いわよと続けて、蛍は意地悪く微笑んだ。



「ふん、それこそ妄言よ……あのような残留思念体など使い魔の内に入らぬわ」



 男はいたくプライドを傷つけられた様で、先程より語気を荒げ彼女の言葉を否定した。



「まぁアナタみたいなへそ曲がりは亮君と相性悪そうだし……真っ直ぐ過ぎるのよねー……瑞希ちゃんの名前を聞いただけで大声出しちゃうくらいだし」



「ミズキ? ミズキだと……? まさかその人間は……」



 僅かに狼狽する魔術師。


 蛍は、ええ、と答えて黒いロングコートのボタンに手をかけた。



「アナタが探していた『媒介』の持ち主……の代理ってのが正しいのかな? いや吸収しちゃったらしいから今は彼が持ち主、なのか……うーん」



 一つ、ボタンを外す。



「馬鹿な!? あり得ん! その様な小僧が……」



「だから言ったでしょ? 因果だって。ホント、変な話しよね……追い求めたアナタではなく、何も知らないただの男の子が手に入れるなんて」



 一つ、ボタンを外す。



「しかし、どこに隠し持っていると言うのだ? 私の見た限り媒介と成り得る様な魔力を内臓したモノは……」



 一つ、ボタンを外す。



「はぁ……アナタ、少しは日本語の読み書きも勉強した方が良いわよ。会話だけならやたらと流暢なのに……その手の文献を読めばすぐに解る筈よ。『輪廻の呪い』は持ち主の深層意識を読み取って、宿主毎に異なった形を持つ……もっとも、八割方は剣、ないし刀として発現するみたいだけど」



 そんな事も知らないの? と彼女は少しだけ呆れた様子で肩を竦めてみせる。


 男は悔いる様に言った。



「ではまさか……先程まで振るっていたあの刀こそ!?」



「ご名答。今度から自分の探すものがどんな形をしているのか予め調べた方が良いわよ……まぁ、次があればの話しだけれど」



 最後のボタンを外すと、彼女はその外套を脱ぎ捨てた。何の変哲もない、黒のTシャツとベージュのキュロットといういでたち。


 ただ、ベルトに括り付けられた栄養ドリンクの瓶らしき物体だけが、その風体を奇妙なモノ足らしめている。


 数は三つ。ラベルは剥がされていて本来の内容物は解らない。


 ソレを見た男は、皮肉げに言った。既に冷静さを取り戻しているようである。



「ブースターか? 戦闘において道具を使用するのはポリシーに反するなどとのたまっていた貴様らしくないな」



「私も大人になったって事かな? ポリシーに縛られてアナタを逃がしたらこの先面倒だし……追いかけっこもいい加減ウンザリなのよね」



 心底嫌そうな顔をして、蛍は言った。



「ほう、私が貴様にかけた呪い……忘れたワケではあるまい?」



 彼女を罵る様に言うと、男は天を指差した。その先には、爛と輝く月がある。


 彼女はソレを忌々しげに眺めると、天を仰いだまま男へと呟いた。



「満月なら半分は使えるわ。アナタを殺すには十分よ」



 『魔力』とは、文字通り魔を成す力の事である。多くの場合、魔術師は自身の魔力と引き換えに神秘の業を行う。故に、魔術師同士の戦闘においてその量は、戦局を大きく左右する重要なファクター足り得るのだ。


 ところが彼女は、その魔力に大きな制限がかけられている。


 魔力拡散……それが彼女にかけられた呪いの名前だ。これにより蛍は、日の出から日没までは全ての魔力を、夜間にはその七割の魔力を失う事になる。


 幸い、満月の夜だけはその効果が軽減されて、本来の五割程度の魔力を使えるようになるのだが……。



「本来の貴様ならいざ知らず、力を半減された状態で私を打倒するなど……随分とつまらない冗談だな、天樹よ」



「能書きはいいわ。強い方が勝つ、それだけでしょ?」



 そう言って彼女は、緩慢な動作で瓶を一本取り外した。



「いかにも、その通りだ。それに……」



 一旦言葉を切って、魔術師は続けた。



「どうやら次で百と二十一に届くらしい。そこの小僧が邪魔さえしなければ、私は先程到達していたのだが……ふむ、これも因果か。百二十一番目の魂魄は、貴様のモノを使うとしよう」



 黒い靄が、男の周囲に発生する。


……残留思念!


 瞬時に見切った蛍は、瓶を持っていない左腕を男へ向けた。


 たったそれだけの動きで、彼女は一つの魔術を起動させる。



「……ッ!」



 眩い閃光が、男へと直撃した。


 否、直撃した筈であった。


 事実、彼の周囲を取り巻いていた靄は雲散している。だが、魔術師本人には毛程のダメージも負わせていない。



「術式か……詠唱を必要としないが故の高速起動、驚愕に値する……だが、非力だな」



 呟いて、男は呪文の詠唱を始める。



「Answer, and blood that ..profundity.. becomes.it.I am a contractor.Make the accusation that flows in this body provisions and do shape.in this conduct oneself.Thine name"Soul Eater"」



「何? また使い魔でも召喚する気? 言っておくけど、さっき亮君がやっつけたようなヤツだったら相手にならな……」



 言いかけて、彼女はその表情を凍りつかせる。それは純粋な戦慄であった。それほどに、揺らぐ境界の向こうから出現したモノは異質であったのだ。



……一言で形容するのなら腕を生やした黒い頭骸骨である。



 生物という概念を大きく無視したソレは、明らかに通常の使い魔とはその『在り方』が異なっている。



「アナタ……『創った』のね?」



 僅かに青ざめた顔で、彼女は問うた。



「かつて追った夢の残骸だ。十年ほど前の私は、自身のイメージによって生み出した怪物でヒトの絶滅を目論んだが……やはり個人の想像では弱いらしい。あちらから引っ張ってきてみれば、このような出来損ないだ」



 男は自嘲気味に答える。


 二人の間に鎮座した黒い頭骨が、今か今かと主の命令を待っていた。



「そこで私は古い神の召喚を思いついた。それならば……十分な量の供物と、神を受け入れる受容体があれば……こちらのセカイへ呼び出したとしても存在が薄れる事はないと、そう考えたのだ」



 淡々と、男は語る。



「皮肉にも、コレは供物集めには最適な道具であった。もっとも、見返りとして蒐集した魂魄の一部を求められるのが玉に瑕だが……おかげで百二十一などと半端な数になってしまった……まぁ、それでもコレがいなければ五年ほど余分な時間を要しただろうがな」



 長々とした男の話しに嫌気がさしたのか……それとも、ただ単に自身の空腹に勝てなくなったのか、黒い頭骨は低い唸り声をあげた。


 それだけで、蛍の背筋に悪寒が走る。



「ふ、すまない……ガラにもなく長話など……そろそろコイツも限界のようだ」



 いい加減飛び出しそうな使い魔の様子を察知し、男は話しを打ち切った。



魂喰らい(ソウルイーター)……二十にも及ぶ魂魄を用いて契約した、私の使い魔だ」



「醜悪ね……センス悪いわ」



「それが貴様の遺言か?」



 紛れもない死刑宣告。執行人である使い魔は、その落ち窪んだ眼窩を欄と輝かせた。



「喰らえ!」



 闇を裂く様な怒号。ソレが合図となって、魂喰らいはその欲求を満たす為の行動を開始した。


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