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ホタルノヒカリ/赤く染まりし金色の(前)



◇ ◇ ◇



 雲の切れ間から差し込む月光が、その惨状を照らしていた。撒き散らされた肉と血液……ヒトだったモノが、今では奇妙なオブジェと化している。


 閑静な住宅街……その一角に漂う、憎しみに満ちた死臭。朱く染まりし惨劇の中心に、この上ない怒りを湛えた青年が立っていた。



「一つ……尋ねる……」



 五メートル程の距離をおいて対峙する魔術師に向かって、亮は口を開いた。



「なんで……殺した?」



 注意しなければ聞こえない程に小さな声。


 つまらなそうに、男は答える。



「殺した……とは、そこに散らばっている者共か?」



「ならば答える必要もあるまい。今夜『此処で果てる』運命であったに過ぎん」



 因果とはそういうものだと続けて、男はその表情をさらに深く沈ませた。



「……なんだよ……それ」



 青年は初めて、他人に対し明確な殺意を抱いた。



◇ ◇ ◇



……コイツハ、生キテイテハ、イケナイ。    



 声が、俺の頭に響いた。多分ソレは、俺という人格が、俺の肉体に下した命令だ。



殺セ。



 無力な自分が、許せなかった。



殺セ。



 救えなかった自分が、許せなかった。



殺セ。



 何よりも……アイツの存在が……許せない。


 瞬間、俺の中の『何か』が弾け跳んだ。


 黒い……黒い感情が、ノイズみたいに思考を満たす。



殺セ。



……言われるまでもない……。


 羅刹を強く握りなおす。溢れ出す感情に流されるように、俺は無骨な凶器の切っ先を魔術師へと向けた。



◇ ◇ ◇



 それが魔術師と青年の、開戦の合図であった。



 疾走が始まる。魔術というモノがその威力を発揮するのに僅かながらの時間を要することを先程の戦いで学習した青年は、迷う事無く先手を打った。


 五メートルもの間合いを、瞬間的にゼロへと変える。


 閃光の様な斬撃。魔術師の首を跳ね飛ばす筈の一刀は、しかし不自然な現象によって無力化された。



「成る程……時間練磨による破魔の力か」



 魔術師は紙一重の位置で停止した凶器を一瞥するだけで、その力を看破する。


 不可解な出来事に、亮の思考は一瞬だけ停止した。



「確かに強力だが……惜しいな、この障壁は魔力に因って生み出されたモノではない」



 表情こそ変わらないものの、余裕を感じさせる口調で魔術師は言った。


 言い終わると同時に、魔術師の体が動く。


 青年より十センチ以上はあろうかという長身から繰り出される強烈な上段蹴り。



「……!」



 蹴り……だと?


 魔術師らしからぬ(もっとも、亮は魔術師について何の知識もないが)行動に一瞬たじろぐも、異能の眼の前では問題足りえないレベルのモノだ。後方へスウェーバックして躱す。



「ほう、その眼にも何か仕掛けがあるようだ……!」



 亮の眼に勘付いた魔術師は、片手を突き出して青年を追撃する。



「Answer. Orphan blood. And, reject, reject, and reject him」



 魔を成す音節。男はその体を媒介に『向こう側のセカイ』とこちら側を繋ぐ。


 それは亮が羅刹を具現する時の現象に似ていた。


 起こり得ない奇跡が、絶対である筈の現実を内側から食い破る。曖昧な境界線と化した魔術師を通り、その神秘が顕現した。


 軋む空間。先程とは比べ物にならない速度で、公園中の血液に魔力が浸透する。



「……Execute!」



 呟きは死刑宣告に似ていた。静かな、けれど強い意志を込めた命令は、辺りに広がった血液を鼓動させる。



……ドクン!



 刃を形成する過程を飛び越して、流体の凶器が青年を襲った。



「……っ」



 正面から迫る一の槍と、青年を真横から薙ぎ払うニの槍。生き物じみた、鞭の如き水流は狙い過たず青年へと吸い込まれていき、ことごとく迎撃された。



「たいした能力だな、ソレは」 



 称賛の声。自身の攻撃を防ぎきられたのにも関わらず、魔術師の態度からは余裕が消えない。



「……」



 答える事なく、亮は一目散に駆け出した。


 今度こそ確実に殺す。先程よりも、さらに速く踏み込む。



「Essence of life.The the opposite truth thing.It must have shape and must appear.」



「遅いッ!」



 弧を描く光。渾身の一撃であった。加速と体重全てをぶつける、文句ない全力。


 それほどの威力をもってしてもなお、魔術師に刃が届くことは無かった。



「ち……ぃッ」



 舌打ちをする。持ちうる最大の攻撃ですら男を打倒する事は叶わなかった。ならば戦闘を続ける事は、自殺行為に他ならない。


 逃げろ、そう本能が言っていた。アイツは、想像以上の化け物だと。


 だが……。


 逃げ出すという選択が出来るほど、今の青年は冷静ではなかった。



「……」



 魔術師の周囲が、僅かにブレて見える。


 初めそれは、幻か何かであった。


 黒い色をした巨人……先程亮が倒した、魔術師の使い魔。まるで空間に染み出すように、三体ものソレが現れた。



「う……おおおおおおおぉぉぉぉ」



 咆哮。獣じみたその行為は、逃げる事を選べなかった自分への叱責か。勝算のないまま、亮は巨人達へと斬りかかった。


 一呼吸のうちに、向かって左側の巨人を消滅させる。


 その速度は文字通り獣のもので、青年を目掛けて振り下ろされた二体の巨人の腕部は、かする事もなく空を切った。


 反す刃が二体目……中央に位置する巨人を捕らえる。必殺と呼ぶに相応しい一撃がソレを葬った。


 刹那……青年は背後から、その腹部を貫かれた。



「が……」



 自分の腹から他人の腕が突き出ている様を、青年はただ呆然と見ていた。



「終わりだな」



 ぞぶり、と腕を引き抜いて、魔術師はつまらなげに言う。


 地面に倒れ伏した青年は、自身から流れ出る温かい液体を感じると、緩やかに意識を失った。



「gimle」



 鮮血がまるで剣の様に、天へ向かって生える。百舌がする早贄の様に刺し貫かれた青年は、力なく四肢を垂らしていた。


 魔術師は表情を変えぬまま、ピクリとも動かぬ青年を見ている。



……人の身に異能を宿したモノ。



「因果、か」



「そう、因果よ」



 高い、女性の声が公園に響く。


 魔術師が顔を向けると、見知った人物が立っていた。


 真夏だというのにも関わらず黒のロングコートを羽織った、この街に存在するもう一人の魔術師。



 絢爛たる月を背にして、天樹蛍がそこにいる。


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