Introduce―ホタルノヒカリ
◇ ◇ ◇
結局俺は、彼女の申し出を承諾した。ただし、いざこざには出来るだけ関わらない、あくまで例の魔術師を探すだけという条件付きで、である。
魔術(日本的には魔法と呼んだ方が良いらしい。呪術と被るとかなんとか。本場では魔術と言うらしいので俺はそう呼ぶことにした)というものにも興味はあったが、相手はかなりの危険人物らしいので発見しだい携帯で連絡をとるという約束をしてその日は別れた。
……
翌日。すっかりと日が落ちて、辺りが闇に沈む頃……俺は魔術師の男を探す為、夜の街を徘徊していた。
電灯だけが照らす、漆黒の世界。静かすぎる拱廊を、一枚の写真を握ってふらりふらりと歩む。
誘蛾灯に群がる虫たちのように、俺は暗闇の中へと埋没していった。
人気のない場所を重点的に、細い路地をくまなく探す。
「こんなに静かじゃ、電話をかけた途端に気付かれちまう」
耳が痛くなる程の静寂に耐え切れず、俺は一人呟いた。男を探すだけという約束だが、あるいは……。
「巻き込まれるかもな」
もっとも、彼女の頼みを聞き入れた時点で多少の覚悟はしていた。俺にも少なからず正義感と言うか、そういったモノはあるわけで。
自分自身を『異端』だと認めたくない俺にとって、殺人というものは許しがたい行為だから。
例えソレが、見ず知らずの誰かに起こる事故の様なものであったとしても。
俺に、その誰かを救う力があるのだとすれば……。
「……って、何言ってんだ、俺は」
ガラにもない事を考える自分に、ツッコミを入れる。ヒーロー願望でもあるのだろうか?
そんなこんなで街の端まで到着。初日の捜査は何の収穫もなく終わりを迎えた。
……
三日目。夕闇に暮れる街。俺は例によって、主なき空間を写真片手にうろうろと彷徨っていた。
最初は不気味に感じた誰もいないアーケードも三日目ともなれば慣れたもので。静かすぎる静寂も散歩には丁度いいかな? なんて思ったりもするようになった。
「うーん……」
もともと、此処だ、という具体的な箇所があるわけでもない。探し人が、黒い害虫(名前は伏せておく)の様に、暗くてジメジメした場所を好むだとか、そういった情報は一切知らされていないのだ。
ならば何処を探そうが、結局は同じ事である。
悩む事数瞬。俺はいつもと違う方向へ歩き出した。
◇ ◇ ◇
穢れ。悪夢。死。ヒトが、本能的に嫌うモノ。
死を内包した穢れた魂を持ちながら、ヒトはソレを悪夢としてその意識の外へと追いやる。それら全てが、内より湧き出るモノだとも知らず。
自己中心。傲岸不遜……ヒトはエゴに満ちている。だからこそヒトは、平気で他人を傷つけ……。
殺し、殺し、殺し、殺し……。
ヒトは……人を殺す。
―――もう……うんざりだ。
何度目とも知れない問いかけ。終わりの見えぬ自問自答に、男は変わることのない答えを返す。
あの日……歯車の噛みあったあの日から、男はそれ以外の回答を失った。
すなわちそれは、完全なる滅び。
虚無というモノを追い求めた男は、その過程で他の全てを捨てた。
無を成す者。
あるいは男は、既に人の規格を超えていた。肉体、業はもとより……その在り方が、である。
男はヒトでありながら、人そのものの消滅を望んでいた。終末思考や、破滅主義者というワケではない。男の望みは、純粋な滅び。まったくの『無』である。
ただひたすらに、無というモノを求めた。無に何かを見出したのではない。
ただ、有るという事が許せなかっただけだ。
あの日、あの時から……。人というものが、許せなくなった。
「贄を……」
黄昏の様な呟き。深い憎悪を湛えた表情を崩す事無く、男は闇に掻き消えた。
◇ ◇ ◇
駅を挟んだ反対……街の西側。俺は川沿いの道をひたすらに進んでいた。
勿論根拠はない。ただなんとなく水の傍を歩いてみたかったのだ。静寂の中に響く、さらさらという清らかな音。日中に見れば生活廃水などで濁っているのだろうが、宵闇の中ならば関係は無い。
俺は暫くの間、軽い足取りで夜の川沿いを闊歩した。
不意に、異臭が鼻をついた。
始めは気のせいだとも思ったが、歩を進めていくうちに強さを増すその匂いは、ある物質を連想させた。
それはまるで……血液のような……。
「ッ!」
思考がそこまで辿り着くのと、俺が駆け出すのはほぼ同時であった。十数メートル程先に、中規模な公園を見つける。
天樹さんへの連絡も忘れて、俺はそこに駆け込んだ。確信はない。だが、ある種の予感が俺の体をそこに向かわせたのだ。
そして俺は、ソレを目撃する。
月明かりに照らされた公園の中央。
漆黒の巨人に胸を刺し貫かれている女性と……五体をバラバラに解体された、ヒトだったものを。