紅い瞳の少女/日常
興味を持ってくれた方、誠にありがとうございます。ここから先は途中で主観が変わるザッピング方式(だったかな?)となります。 一応、分かりやすいようにと本文中に◇マークを付けました。分かりやすく、かつ魅力的なモノを書けるよう努力したいと思っていますので、もしよろしければ生暖かい目で見守ってやってください。って、毎回前書きが長くてスミマセンm(__)m
夏……というよりは、初夏という表現が適切なのだろうか?
徐々に長くなる日照時間とやけに耳につく蝉の声が、この季節をありありと感じさせてくれる。
そんな暖かい木漏れ日に誘われて、俺は眠い目を擦った。時刻は午前七時、いつも通りの起床に、自分でも几帳面だなぁと感心しながら布団をどける。
手早く着替えを済ませ、顔を洗うと、キッチンに備えられているテーブルにニ枚のトーストを見つけた。
「手抜きだな」
出勤前に必ず朝食を用意してくれる愛すべき親父殿に、そう愚痴る。
いくらなんでも一般的な高校生の朝食がトーストニ枚というのはいささか問題なのでは? と返ってくるわけでもない疑問を投げかけた。
勿論返ってこない。というか、そもそも受け取ってくれる人がこの家にはいない。
祖父母は俺が生まれた頃に亡くなっていた。
母親もいない。というのは別に死んでしまったとか、そういうんじゃなくって、いわゆる単身赴任。しかも海外に。
そんなわけで、今現在この家に住んでいるのは俺と父さんの二人だけだったりする。
別にそれに不満があるとか、嫌になったとか、そんなのは全然なかった。あるとすれば、もう少しばかり庶民的な朝食を用意してほしいとか、それくらい。
―――はぁ。
とりあえず皿の上に乗っかったトーストをかじる。途中、蝉の声だけが聞こえる朝食に耳が痛くなったので、テレビをつけた。
これと言って見たい番組があるわけでもないので、朝方は決まってニュースを眺める事になる。
テレビ画面では日本の首相が政治について語っているが、勿論VTRだ。
特に興味がないので適当に聞き流す。
きっとこんな高校生ばかりだから日本の将来が心配されているのだろう。
再び溜め息を漏らすと、残ったパンを口にほおばって席を立つ。
一通りの施錠を済ませるため、家の中を見まわる。一見面倒な作業に思えるかもしれないが、日課となった今では大した苦痛はない。
よし、それじゃあ行くかな
最後に玄関の鍵を閉め、俺は通学路を歩き始めた。
家から学校まではおよそ1キロ。神社や図書館の近くを通り、住宅街の中を歩き進むと目指すソレが見えてくる。
生徒数は千人弱。コレといった特徴もない、普通レベルの学校。
俺はこの学校のわりと平和な空気が気に入ってたりする。
校門をくぐり、上履きに履きかえる。階段を上って教室に入ると、朝特有のシンとした空気が教室に溢れていた。
と、今日は珍しく先客がいるようだ。
「お、今日は早いな」
声をかけると、そいつは顔を上げてまぁなと返事をした。
やや茶色がかった髪の毛と一重の鋭い目つき。だがその鋭さはノンフレームの伊達メガネによって『キツイ』から『シャープ』なモノへと演出されている。
学校指定のシャツとズボンをキッチリと着用したソイツ……宮山幸裕が人に与える印象は、素行の良い優等生と言ったところだ。
日頃から俺がつるんでいる仲間の一人である宮山。その真面目そうな表層とは裏腹に重度の遅刻魔である(本人によれば親子三代に渡るモノだとか)コイツが今この場に居る事は奇跡に近い。
勿論、奇跡などそうそう起こり得るモノではない。ソレに見えるのは大抵が人為的に起こされた必然である。
「で、どうしたんだ?」
この奇跡のタネには粗方見当がついているが……いちおう聞いておく。
「いやぁ、昨日は転職したからさ、つい嬉しくって……ね」
転職というのは勿論現実の話しではない。宮山は自他共に認めるネットゲーマーで、よく徹夜をするそうだ。
つまりコイツは、昨日から一睡もせずに登校してきたのである。家での睡眠不足を解消する為に早々と登校し、授業開始まで惰眠を貪るという腹積りなのだ。
見かけと中身のアンバランスな、なんとも個性的な奴である。
「てことでおやすみ」
言うが早いか宮山のヤツ、机の上に突っ伏して寝息をたて始める。
俺はやることもなく、一人朝の空気を満喫して過ごすことを決めた。
……
放課後、宮山や小高なんかと帰宅しようとしていた所を、担任の久保田に捕まってしまった。
プリントを運ぶから手伝って欲しい、とのことだ。
面倒だがしかたなく手伝う事にした俺は、二人に手を振って先生の後についていった。
意外と量の多いプリントにてこずり、全部終わって昇降口を出た時には五時近くになっていた。
部活動に所属していない俺は、いつもならホームルームの後にすぐ帰れるのだが……まぁ家に帰っても特別することはないので、気にするほどのタイムロスではない。
そんな事をぼんやりと考えながらいつもより遅い帰路を歩いた。
玄関の鍵を開け、家の中に入る。
誰もいない筈の我が家。だが、なぜか今日に限って人の気配を感じた。
母さんが帰ってきたのかとも思ったが、その場合は事前に連絡をくれることになってるし……。
ってことは後は父さんか空き巣か。
後者だったら嫌だなぁと思いつつ、わずかに身構えリビングのドアを開ける。
「おかえり」
「……今日は早いね」
まったく当たり前だが、そこに居たのは父さんだった。
一気に緊張感が解ける。理性では空き巣なんてありえないとは思っているものの、万が一を考えると変に緊張してしまう。
「ああ、明日から出張だからね……今日は早く終わったんだ」
と、さらりととんでもない事を言ってのける父。
―――なッ
「マジかよ!」
「マジだ」
うんと言って、父さんは先ほどまで口にしていた缶ビールを再び飲み始める。
父さんが出張に行ってしまったら、俺は家に一人きりって事になる。
まぁ特に大した事はないんだが……いやいや、父さんがいなくなったらマズイだろ!
飯は自分で作らなきゃならないし、洗濯しなきゃいけないし……あーッ、想像しただけで憂鬱だ。
「……解った、がんばって」
俺は本日三回目の溜め息をつく事になった。
……
本日の課程を終了し、俺は今まさに睡眠というめくるめく怠惰の世界に身を委ねようとしている。
明日からの生活を想像すると少し……大分悲しくなるが、まぁ、明日は明日の風が吹くといいますか、なんとかなるさって思う事にした。
そうして俺は目を瞑る。
闇の中には、やたらと耳につく蝉の声だけが響いていた。
暑苦しくて寝辛いが、それでも俺の意識は混濁していった。
◇ ◇ ◇
走っていた。
いや、実際のところ今も走っている。
ちらほらと街灯が在るものの、それは気休にしかならない。蝉の声が、やけに耳についた。
辺りを覆うのは闇。
漆黒の世界は、異形達の住まう特異空間に他ならない。
私はそこを、ただひたすらに走っている。
手にするは白銀、破魔の刀。
本来は仲間を護る為のそれが、今ではその同胞達の血によって深紅に染まっている。
なぜこんな事になってしまったのだろうか? 考えるものの答えは出ず、辺りに響く蝉の声が、私の呼吸に合わせ闇に溶けていた。
いや、真実そうではない。答えは……そう、答えはすでに分かりきっていたのだ。ただ、私自身がそれを認めることが出来ないだけ。
だってそれを認める事は私の存在を否定する事。
自身を否定する事は、自身には出来ない。
だって、自分を否定するってことは自分がいないって事。
自分がいないって事は、自分を否定する事も出来ないって事なのだから。
だから私はそれを認めることが出来ず、こうしてこんな夜更けに、人気のない山道を走っているのだ。
……結局は私のワガママで、その為に仲間達が犠牲になってしまった。
私だってこんな事望んだ訳じゃない。
私が死んでしまえば、きっと丸く収まったのだろう。
でも、それはできない。
だって、それが、私の約束なのだから。
仲間達に殺された―――両親との約束。
呼吸は苦しい。
足だってすでに悲鳴を上げている。けれど私が止まる事はなく、背後を確認しては前へと進む。
行き先なんてない。
どこに行けばいいのか……それすらも分からない。
ただ、此処よりも遠くへ。
夜の帳を越えて、私は走る。
それが両親との約束。
それが仲間達への裏切り。
それが私の……存在の意味。
蝉の声が闇を包むように辺りに響いていた。