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ホタルノヒカリ/外れたモノ



◇ ◇ ◇



「ま、魔術師?」



 彼女の言葉に、僅かながら動揺する。眼前の彼女は、確かに『魔術師』と発した。



「ええ、そうよ。もっとも、日本で言うのなら魔法使いって方が正しいのかもしれないけど……ほら、呪術師と被るじゃない? 発音とか」



 結局のところはどっちでも良いんだけど、と続けて、彼女は話を中断する。


 人は、その内にある常識を超えた出来事に遭遇した時『考える』事を停止する。今まで築きあげてきた自己を護るための防衛機能だ。そしてその『異常』を自分が壊れてしまわないよう、自分の物差しで理解できる様に咀嚼し、正常な思考を取り戻す為には僅かな時間を要する。


 沈黙は、ソレを考慮してのものである。


 しかし彼女の心遣いは少なくとも青年の前では無意味であった。それほど、亮という人間の物差しはヒトの規格を凌駕している。


 あるいは、ただ単に『慣れ』たのか。


 どちらにせよ亮にとってソレは、驚きはするが思考を停止する程の出来事ではなかった。


 彼が閉口していたのはその事実の為ではなく、ただ単に、眼前の女性が彼女のいう魔術師……あるいは魔法使い……にはとても見えなかったからだ。


 魔術師の存在は……鬼という御伽噺の住人が実在していたように……確信を持って信じる。だが、目の前の人物がそこにカテゴライズされるとは、どうしても信じることが出来ない。



「話しはなんとなく解りました。でも何で俺なんですか? 他に協力してくれる人とか……天樹さんの仲間……とかは?」



 蛍が魔術師であるか否かはこの際置いておいて、亮はもっとも気になっていた事を尋ねた。


 そう、もし彼女が魔術師であるのならば、他にも魔術師がいる筈だ。現に彼女が探しているという男も魔術師であるのだというし……彼女に協力してくれる者だっている筈である。


 だが、実際に彼女が助力を請うたのは他でもない亮なのだ。自身の仲間ではなく、噂に聞いていたという程度の見ず知らずの他人。断られる可能性だって十分に有り得るのにも関わらず、である。


 そもそも、亮はこの話しに乗り気ではない。元々自分は、そんな事とは無関係な人間である。

偶然とはいえ瑞希に協力する事にはなったが、あくまでソレは例外。危険な事には関わりたくはない。それは人として当然の感情でもある。



「ん、ちょっと待って……とりあえず場所を変えましょう。これ以上此処にいるのは危険だわ」



 表通りの方を指差して、蛍は言った。



「……」



 こくりと頷いて、彼女の後に着いて行く亮。


 すっかりと日の落ちた表通り。やはり人影は無い。


 その様相は不気味である。


 人が人の為に作り出した街というコミュニティ。文明の集合地たるそこに、主である筈の人がいない。


 この世の果ての様な、暗い世界。ちらほらと見える街灯が、その闇を際立たせている。


 唐突に、彼女は口を開いた。



「さっきの質問だけど……魔術師というものはね、仲間とか、そういった概念は持ち合わせていないのよ。魔術を学ぶということは孤立することだって、私の先生は言っていたわ。ほら、よく企業秘密とかって言うじゃない? 例えばおいしいラーメンを作る為に必要な技術とか材料とかを公表したらどうなるか、簡単に想像出来るでしょ? ラーメン屋さんにとってのレシピがそうであるように、私たちにとっての魔術は、人に教えたり、見せたりするものではないの。もちろん例外はあるけどね……神秘は神秘であるからこそ意味を成す。だから私たちは自分の後継者にのみその技を伝えるのよ」



 ふぅっと息をついた彼女は、青年の方を見ることすらせずに続きを話し始めた。



「もっとも、みんながみんなラーメン屋でないように、私たちの魔術行使を普通の人が見たところでマネ出来る訳はないんだけどね……けど、それがおいしいラーメンならテレビとかで紹介されるんでしょうけど、魔術なんて非科学的なモノであった場合、人はその秩序を護るために動くわ。利己的で身勝手なクセにヘンな所で律儀というか……築き上げた自分たちの『常識』を覆すモノを、『常識』は許さない。人は異端を嫌うの……しかもその習慣は根強い。もっとも、私たち『異端者』だってバカじゃないから、目立つようなマネはしないわ……だからこそ魔術は『常識』として認識されながら『非常識』の技として今なお存在している。ゲームとかであるでしょ? でもソレを現実で使えるなんて誰も思っていない……空想のモノだと解釈しているからね」



 再びの小休止。長々と続く話が自分の問いに対する答えへ辿り着くのか、亮は少しだけ不安になった。



「そうして魔術は在りながらも無い存在になった。ここまで来てようやく、私たち魔術師は自分の目的を果たせるようになったのよ。まぁソレは人それぞれだから一概には言えないんだけど……例えば不老不死の薬を作ろうとしたり、完全な未来予知で世界の終焉を見ようとしたり……とにかく色々ね。もっとも、大体は寿命という制限時間に邪魔をされる。だから私たちは次代の魔術師へとその遺志と技を託すの……あ、ここ先生の受け売りなんだけど……」



 話しが脱線している。いい加減痺れを切らせた亮が口を挟もうとするが、彼女はすぐに話を再開した。



「ってなワケで、先代……ううん、もっともっと昔から受け継がれてきた技を、そう易々と同業者に見せるワケにはいかないのよ……私が亮君に協力を頼んだのはそういう理由があったからなの」



 魔術師ではないが、異端者ではある君に。



「……」



 異端という言葉に、亮は少なからず反発を抱いた。確かに自分は鬼である少女と関わりを持ってしまった。羅刹という人ならざる異能も、成り行きから手に入れた。


 それでも……自分が世界から外れた存在であるという事には、同意することが出来ない。



「ん? あぁ、ゴメン……気に障ったのなら謝るわ。この通り、人付き合いとかまるで駄目でね、ズケズケ言っちゃうのがいけないってのは解ってるんだけど……」



 悪びれる様子もなく、彼女は言った。



「じゃあこの街を守る為っていうのはどう?」



「え!?」



 突拍子もない台詞。


 青年は混乱した。そんな亮の様子を見て、彼女は自身の放った言葉があまりにだしぬけである事に気がついた様だ。



「ゴメンゴメン、ちょっと突然だったね。街を守るっていうのは、まぁ言葉通りの意味なんだけど……アイツ、ロード=ヴァレンディアは、人を殺すわ」



「殺……す?」



「コレは正確な表現ではないわね……正しくは殺している。ニュースとかで見なかった? 男女二名の変死体。男は首を、女は四肢を―――それぞれ切断されてた」



 そこまで聞いて、青年は思い出した。


 ソレは瑞希と出会った日……朝食の時、何気なく見たニュース。確かあの事件は、この辺りで起きたモノであった筈だ。



「でもアレは……」



 最初の敵、不死身によるものではないのか……そう言いかけたのと、あの時の出来事を思い出したのは同時であった。






―――男女のペアが……殺される。



―――男連れとは……なかなかどうして積極的だな






「あ……」



 どうして気がつかなかったのだろう。その違和感は、しかし決定的な証拠である。


 不死身は……瑞希が一人きりでいると思っていたのだ。だからあの時、亮が瑞希と一緒にいて、そう呟いた。


 瑞希と亮……二人が男女のペアであったから襲われたのではなく……襲われた時、たまたま男女のペアになっていたのだ。



「じゃあ……」



 蛍は首を縦に振った。



「ええ、殺人は―――まだ続いている」



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