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夜景校舎/離別



◇ ◇ ◇



 例えるのならソレは暴風雨だ。


 前方より飛来する豪雨じみた大量の矢。次々と射出されるソレらを、青年はことごとく迎撃した。ぶつかりあう鉄。幾度と無く散る火花は、夜空に輝く星々の様である。


 その渦中において、青年は焦りを覚えつつあった。両目から生じる痛みが、耐え難いモノになっていく。恐らくは能力を酷使した代償か。限界が近づきつつあった。


 解理の眼を失う事は敗北へと直結する。

 

 このままではマズイ、そうは思えど青年に出来ることは自らを射抜かんとする殺意を切り払う事だけだ。



「……ッ」



 そうして募って行く焦燥感は、確実に青年を疲弊させる。


 なんとかして逃れなければ……。


 既に二桁を超える敵の攻撃。しかし、追い込まれているのは青年だけではなかった。


 氷桀結界の内において絶対であるはずの狩人もまた、その胸中に得体の知れない不安を抱いていた。


 何故こうまでも躱すことが出来るのだ。


 あるいはソレがヤツの能力なのか?


 馬鹿馬鹿しい考えではあるが、万が一という事もある。いかに廊下程度の範囲とはいえ、いつまでも結界を維持出来る訳ではないのだ。長期戦は必ずしも有利とは言えない。


 多少の博打も必要……という事か。



 冷笑して、次弾を取り出す。狩人は右の掌を傷つけて搾り出した血液を、その鏃へと付着させた。



「これは使いたくはなかったが……」



 何年か前、村に訪れた魔術師に習った炎の魔術。魔術的な攻撃は結界の持続時間に支障をきたすが……これで仕留めれば問題はない。



「さらばだ、久しく楽しめたぞ」



 鉄が軋む。限界まで張り詰めた弦。その開放が、驚異的な破壊力を秘めた奥の手を打ち出した。



……



 飛翔する殺意。その数は三つ。



 雪原を直進する初弾。


 その後を追うように進む次弾。


 わかりきった弾道だ。青年は問題なく迎撃する。


 僅かに逸れる三発目。射出された時点での微妙なズレは、十五メートル先では致命的な誤差となる。



―――大ハズレだ。



一瞬の判断でソレへの意識を切る。



 引き絞られる弓。信じられない程の連射速度だ。


 それでもなお、青年を仕留めるには至らない。


 ソレが解き放たれるのと、ハズレ弾が青年を掠め飛んでいくのは同時であった。



 瞬間―――轟音が廊下を支配する。



「な!?」



 爆発、した?



 背中に感じる熱風。間違いない……後ろだ。



 ハズレ弾が……?



 そんな馬鹿な!?



 慌てて背後を確認する。眼前から飛来する必殺のソレへ、無防備なままに。



―――しまった。



 思考が追いついた時には、既に手遅れであった。


 間に合わない……!


 白銀のセカイを、二度目の轟音が満たした。



……



「獲った!」



 目の前一杯に広がる硝煙。狩人は自らの勝利を確信した。結界は既に消滅している。魔術師ではない狩人にとって、二度の魔術行使はそれほどの消耗をもたらしたのだ。



 だが構わない。



「残るは姫君の捕縛」



 王族とはいえ混血……それも、年端のいかぬ娘となれば捕らえる事は容易い。



「問題はあの坊主か……」



 姫を誘き出すには僕の能力が最適だ、などとぬかすから連れて来たは良いものの……独断専行も甚だしい。


 だが坊主……たしか寿太郎といっただろうか……にも少しは感謝しなければならないな。ただの人間にしてはあの男……実に楽しませてくれた。



「さらばだ……名も知らぬ人間よ」



 いまだ消えぬ硝煙の向こう、今は亡き強敵へと別れを告げる。まるで無二の親友を失ったような、そんな悲哀の表情を湛えて。



「村上亮―――俺の名前だ」



「ッ!」



 仄暗い廊下。硝煙を切り裂いて現れたのは、たったいま爆散した筈の青年であった。



◇ ◇ ◇



 間に合わない!


 俺へと迫る、死という結果。逃れることの出来ない残酷な結末。


 抗うように左手を突き出して……俺は轟音を聞いた。



「ァ―――」



 熱い。



 熱い熱い熱い熱い。



 思考は真っ白で、もう何を考えているのかもわからない。根元から吹き飛んだ左腕。傷口からは赤い血液が噴き出している。


 言葉にならない悲鳴を上げて、俺はその場でのたうち回った。



痛い痛い痛い痛い痛い。



―――あぁ、でも、生きている。



 感覚が麻痺したのだろうか、気を狂わせてしまう程の痛みがすぅっと引いていった。見れば左腕は既に再生している。



「はぁ……ッ、はぁ……」



 気がつくと白いセカイは反転し、元の色を取り戻していた。


 解き放たれた両足に力を入れる。



……まだやれる。



 俺は即座に立ち上がって、硝煙の向こうを目指し歩き出した。



 狩人との決着をつけるために。



◇ ◇ ◇



 男の喉元へ刀を突きつける。ほんの僅か力を込めるだけで、この男を殺すことが出来る。生殺与奪を握る、とはこのことだろうか。そんな状態でなお、目の前の男は余裕に満ちた笑みを浮かべていた。



「どうした? 殺さないのか」



「アンタ、瑞希を殺しに来たんじゃないのか?」



 質問が重なる。


 短い沈黙を破り、先に答えたのは狩人だ。



「俺に課せられた任務は姫君を村へと連れて帰ること……殺しは任務ではない」



 もっとも、任務遂行における障害の排除は認められていたがなと続けて、弓兵は口を閉じた。



「薄々……そんな事だろうとは思ってた。アンタ、手加減しただろう?」



 思ったままを口にする。俺の問いかけに、男はまさかと首をすくめた。



「いや、殺そうと思えば……最初のあの時に終わっていた筈だ」



 幻覚によって校舎へと誘き出されたあの時。校門に立ち尽くす俺を狙撃したあの瞬間。



「さっきの爆発なら、出来たはずだ」



 だが、しなかった。恐らくアレは、瑞希の足を止めるために撃たれたモノ。実際は俺というオマケが邪魔をしたのだが……そうとでも思わなければ説明がつかない。



「なかなかどうして、頭は切れるらしいな」



 その通りだ、と狩人は肯定した。


 質問を続ける。



「アンタたちの目的はなんだ? 瑞希を連れ帰る必要なんてないだろ?」



 日和見主義であった瑞希の父……先代の王。そのシンボルである瑞希を亡き者にしようとするってのは理解できる。


 だが、わざわざ村に連れ帰る必要はないはずだ。



「状況が……変わったのだ」



 先程とは打って変わって、深刻そうな表情を見せる男。



「もっとも、私も詳しい事は聞いてはいない……だが、王の様子は尋常ではなかった」



 ここでいう『王』とは瑞希の父親ではなく、現在の王、つまりタカ派のリーダーであろう。



「大変な事が起こる……王はそう言っていた」



「大変な事? ソレと瑞希は関係しているのか?」



「わからない……」



 男は首を横に振った。嘘をついているとは思えない。本当にこの男は知らないのだ。


 これ以上の事を問うたところで無駄だろう。



「話は解った。 だが、そんな良く解らない理由で瑞希を連れて行かせたりはしない。この場は退いてくれ」



「……是非もないな」



「ちょっと待った!」



 突然響く制止の声。


 ドタドタと足音を立てて、廊下の向こうから瑞希が現れた。



「話しは後ろの小童から聞いた。亮よ、私は村に戻る」



「な―――本気か?」



「ああ……私にも思い当たるフシがあってな」



 なに、命の心配なら無用だと続けて、瑞希は微笑んだ。



「どうやら、来栖が帰って来ているらしいからな」



「来栖……?」



 聞いたことのない単語。どうやら人の名前らしいが……瑞希はソレについて説明することはなく、話しを進めた。



「とにかく、一度村に戻ってみる。短い間だったが、迷惑をかけてすまなかったな」



「……」



 何故だろう、何か言いたい事がある筈なのに……。言葉にならない。瑞希の話は続いているようだったが、それすら耳に届かない。



 もう一度微笑んで、瑞希は男たちと共に校舎を出て行った。俺は最後まで何も言えずに、ただその背中を見送る。



……



 コレが俺の、二日間にわたる非日常の終わり。


 思い返せば夢の様な、初夏の体験。





―――鬼の少女が再びこの街にやってくるのは、しばらく先の事となる。



一応コレで二章終了となります。前回から間が開いた上に力量不足も手伝ってグダグダな文になってしまいました。

ご意見・ご感想あればよろしくお願いいたします

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