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夜景校舎/永劫回帰



◇ ◇ ◇



「いらっしゃいませ、お姫様……」



 声は彼方より響いていた。少女は螺旋階段を上っている。



 空へと伸びるそれに果ては無く……。



 足元には巨大な闇が広がっていた。



 いや、正確には今も広がり続けている。一秒でもそこに立ち止まっていればたちどころに飲み込まれてしまうであろう。



 一体これは何なのだ?



 少女の思考に浮かぶ、一つの疑問。学校にいた筈の自分が、何故このような場所にいるのだろう? 考えれども答えは出ずに、少女はただただ階段を上る。



「どう? 気に入ってくれたかな……僕の結界。永劫回帰っていうんだけど、なかなかピッタリのネーミングだと思わない?」



 何処からか聞こえるその声。脳を揺さぶるような感覚に吐き気を催す。



 『結界』とは、自分を中心として区切られた一定の空間を別の空間へとすりかえる異能力の総称だ。別の空間とは、即ち『術者の作り出した実在しない妄想の世界』である。


 妄想と言っても思い描いた通りの空間になるわけではない。大抵はその人物の深層心理を表現した、他人には理解の及ばない世界となる。


 外敵を自分に圧倒的有利なフィールドへ封じ込めるようなものだ、その威力は言うまでも無い。



「くそッ」



 少女は予想以上の失敗に悪態をつく。もともと奴等の狙いは自分なのだ、何故このような事態を想定しなかった。



「……これではアイツを責められぬではないか」



 永遠に続く螺旋。いつ終わるとも知れないソレは、確実に少女を磨り減らしていく。


 例えるのならこの空間は圧倒的な拷問だ。



 準強制的、半永久的……。



 何もかもが曖昧な世界は、何よりも心へ負担をかける。折れそうな心は、肉体さえも鈍らせて……。



「あ……!」



 少女は足を滑らせた。



……闇が迫る。



 徐々に広がる漆黒に飲み込まれぬよう、棒のような足を引きずった。



「は……っ……は……っ!」



 体は既に限界であった。気を抜けば次の瞬間には地に伏せてしまうだろう。そんな彼女を動かしているモノは両親と交わした約束と……とても小さな意地である。



「そうだ……こんな……所で……」



 無事に帰ったら、むざむざと罠にかかってすいませんと謝らせてやる。無論、そう簡単に許しはしないが。それから、贖罪として何処かに連れて行ってもらおう。前から一度デパートに行ってみたかったのだ。それからそれから、護るって言ってくれてありがとうって……。



「……はは」



 少女は微笑した。


 今、考えた事を全て実行する為にも、こんな所で倒れるわけにはいかぬ。息を切らせながら、それでも少女は空へと上る。



「ずいぶん頑張るんだね、さっき転んだ時に終わっちゃうと思ったのに」



 少女をあざ笑うかのように、結界の主は言った。



「そろそろ諦めなよ、その方が楽だと思うけど?」



 その声はまるでノイズだ。ハッキリと聞こえている筈なのに、扉一枚を隔てたかのようにくぐもっている。そう、まるでこの場に居ないかのように、遥か遠くから聞こえてくるのだ。



「ッ!」



 瞬間、少女はその事実に気が付いた。いつの間にか階段を上っていた自分。ノイズの様に遠い声。永遠に続く螺旋。そう、何もかも曖昧な此処で一つだけ曖昧であってはいけない事。


 少女はその歩みを止めて、背後へと振り返った。



 眼下を埋め尽くす黒の海。


 一瞬の間をおいて、少女はその海へ……。



 その海へ、飛び込んだ。



◇ ◇ ◇



「どうやら……予想は当たっていたようだな」



 不適な笑みを浮かべ、少女は目の前に佇む人影へと告げた。



「く……っそ、なんで……」



 月光に照らされて姿を現したその人物は、抑えきれない憤りから少女を睨み付ける。


 その正体に、彼女は少なからず驚いていた。


 先程まで自分の命を狙っていた一族の刺客が、年端のいかぬ少年だと誰が想像できるだろうか。


 いや、だからこそ、なのかもしれぬ。


 先代の王の血族、それも王権の正統な後継者など、現在の王にとってはただの腫瘍……いわば癌だ。そんなものは、一刻も早く摘出するのが定石。手段などは問題ではないのだ。



「僕の能力が結界じゃないと、なんで解った?」



 呻く様に、眼前の少年は問うた。



「何故、だと? そんなもの、答えるまでもない。もっとも、ソレに気付かなかった私も間抜けではあるのだが……良いか? 結界とは自身の深層心理と現実を入れ替える異能だ。その力がいかに強大であろうと、現実と空想が入れ替わる瞬間が必ず存在する。お前の見せた幻覚は曖昧すぎた、明確な境界さえぼやけるほどに、な」



「入れ替わる瞬間……そんな、簡単な事で……」



 少年は悔しそうに呟いた。



「幻覚を見せる力……直接脳に働きかけるが故に強力だが、自覚することが出来れば打ち破るのは容易い。さて……」



 にやり、と少女は微笑んだ。限りない、意地の悪さを湛えて。



「な、何をする気だっ?」



 ゾクリとした悪寒を感じ、少年は狼狽した。



「なぁに、大した事ではない……ちょっとした質問に答えて貰うだけさ……あぁ、抵抗しよう、なんて考えない方が良いぞ……手荒な事はしたくないのでな、くっくっく」



 愉快そうな笑い声をあげて、少女は少年へとにじり寄る。


 その様子とは裏腹に、彼女は胸中へ一株の不安を抱えていた。


 幻覚を見せる能力者と弓兵は別。ならば、弓兵の異能力はいったいなんなのだろう、と。



「油断だけは、するなよ」



 不気味な雰囲気を漂わせている校舎を見上げて、少女は青年の無事を祈った。


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