Introduce―夜景校舎
◇ ◇ ◇
「……」
おかしい。
男は僅かに動揺した。報告では姫君一人の筈である。ところがいざ誘き寄せてみると見たことのない男。あの姫君が自ら協力を頼む筈はない……恐らくは偶然の産物か?
「ふん」
男は嘲笑した。例の刀を宿したのも縁なら、これもまた縁……か。
それでも自分の仕事に変わりはない。
だが……。
一族きっての弓使いは、そこで一つの懸念を抱いた。先程から『奴』の姿が見えぬ。目的を履き違えなければ良いのだが……。
なんにせよ、今は眼前の敵に集中するのみ。
男はただ一つの懸念を振り払い、自らの意識を戦闘の為のソレへと切り替えた。何よりも正確さを問われる弓を扱うのだ、余分な思考はノイズとなる。
ノイズは照準を狂わせ死角を生む。
そう、死角だ。
射撃場たる漆黒の廊下において、弓兵に死角はない。あるとすれば己が内……あるいは……。
「奴の力……か」
姫君の守護者を気取っているのなら、ただのヒトである筈がない。
その力は知るところではないが……それ故に万が一という事もありえるだろう。場合によっては負け戦となる。
もっとも、撤退を許されない弓兵にとってそんな事は粗末な問題だ。
「悪いが、先にジョーカーを切らせてもらう」
空気が鋭さを増す。
男の周囲の空間が、僅かに傾いだ。射撃場に座して待つ男は不適に笑う。
久しぶりの狩りだ……楽しませてもらおう、と。
◇ ◇ ◇
「…………」
乾いた足音。一定のテンポで階段を駆け上る。普段は気にならないような音量でさえ、今の校舎では響きすぎる。恐らくこちらの位置は筒抜けだろう……。
だが、構わない。
三階に到着した瞬間、敵に駆け寄り一刀で切り伏せる。例え奴の得物が弓であったとしても、頭部さえ守れば関係はない。
瞬間、穿つような殺気が俺を射抜く。
すぐに理解した……そこに『敵が居る』と。俺は臆すことなくペースを上げた。
跳ねる様な疾走。最後の一段をステップし……三階の廊下へ躍り出た。
セカイが───ぐらりと湾曲する。
「!?」
俺は文字通りの『異界』へと足を踏み入れてしまった。