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夜景校舎/Breakfast with her〜lesson2,瑞希先生の難しい授業(辛口)

◇ ◇ ◇



 顔に向かって降り注ぐ日光に、うっすらと目を開ける。



 もう、朝か……。



 眠い目をこすりながら、布団から起き上がる。正直寝た気がしない。やたら高い気温が原因か、それとも別の何かか……。



 恐らくは後者だろう。そこで昨夜の事を思い出して,溜め息をつきたくなる。


 夢だったなら……どんなに良いだろう。


 でも、この手にはしっかりと―――



―――人を斬った感触が、残っていた。



「本当に、俺……」



 殺してしまったんだ……。



 確かにあのままじゃ、俺や雛森の方が殺されていただろう。


 あの男……不死身と名乗ったあの男は、あからさまな殺意を持って俺達に襲い掛かってきた。

だから、正当防衛と言えるのかもしれない。けど、それが人を殺して良い理由になるとも思えなかった。



「自首……しよっかな」



 ごちて部屋を後にする。とりあえずは朝食を食べてからだ。それから雛森と話をしてみよう。巻き込まれたんなら、俺には知る権利ってものがある筈なのだから。



 朝特有の静けさを感じながら細長い廊下を歩く。二本目の角を曲がり,ダイニングへの扉を開いた。



 そして目の前の光景に……。



「……なっ」



 思わず、叫び声を上げてしまいそうになる。



「なにごとーーーーーっっ」



 というか、叫び声を上げてしまった。


 そこには、本来あるはずの、だがこの二日間失われていた我が家の、いや全国のご家庭の午前中という多忙な時間を生き抜く活力源を生み出す奇跡の物体。


 あー、混乱していて自分でも何を言っているのか分からなくなってしまったが、つまりアレです。



「な、なんだこの朝食は」



 目の前に用意された朝食に、思わず叫び声を上げてしまった。



「一宿一飯の恩返しだ、勝手に冷蔵庫を開けてしまったことを許してくれ」



 どこからともなく現れた雛森は、そんなことを言って軽く微笑んだ。



「いや、別に良いっていうか、むしろ礼を言うのは俺のほうじゃないのか?」



 素直にそう思った。それほどの衝撃を受けたのだ、朝食に。この二日間の朝食を思い出して、うっすらと涙さえ浮かびそうになる。



「うん、やっぱり礼を言うのは俺のほうだ。ありがとう、雛森」



「な……っ……あ、あの……当たり前の事を……しただけだよ」



 照れているのか、真っ赤な顔をそむけてそう呟く。その口調にどこか違和感を感じ、そう言えば昨日も同じような事があったな……なんて、記憶を辿ってみる。


 ああ、そういえば十字路で出会い頭にキスした時もこんな感じだったっけ。


 ……なるほど。


 ピンときてしまった俺は、雛森へわざと恥ずかしい台詞を吐いてみる。



「雛森……どうせならこのまま家で暮らさないか?」



 やば、なんか俺も恥ずかしいなこれは。実質プロポーズに近い台詞は、俺にとって諸刃の剣だったようだ。


 だが、向こうが受けたダメージは俺の比ではないらしい。


 もう赤くなる所がないって位その顔を真っ赤にして、早口に言った。



「な、あ、そ、その……きゅ……急に……そんな」



 うぷぷ、どうやら俺の推理は正しいようだな。



「なぁ、お前って焦ると口調変わるのか?」



「っ! どうしてそれを……?」



 いつもの調子に戻った雛森は、驚いたふうに言った。いや、かなり分かりやすいですよ。



「ほら、昨日出会い頭にキスした時とか……」



「うあぁ、ほら、早く食べないとせっかくの料理が冷める」



 無理矢理に俺を椅子へ座らせると、さぁ食べてくれ、なんて笑顔で言った。


 ちょっと引きつってたけど。


 まぁ確かに、せっかくの料理が冷めてしまうのはいただけない。俺は箸を手にとって、さっそく雛森お手製の朝食をいただくことにした。



「では……いただきます」



 静かな,けれど確かな感謝の気持ちを込めて……。俺は、目の前にある卵焼きに箸を伸ばした。



……



「……ふぅ、ごちそうさま」



 いやぁ、食った食った。テーブルの上には空になった食器がずらりと並んでいる。


 食後のお茶を啜りながら、そういえばこんな朝食は久しぶりだな……なんて考えていた。


 メニューの事ではなく……。


 誰かと、一緒に食べる……朝食が。



「あ……」



 急に、雛森が頓狂な声を上げた。



「ん……どうした?」



 問い掛ける。すると雛森の口から、先ほど俺が考えた内容そのままの言葉が飛び出してきた。



「いや、誰かと食べる食事は……久しいな、って……そう思っただけだ」



……。



 不意に、昨夜の言葉が脳裏に浮かんだ。



 帰る場所がないと、泣きながら言った彼女。あの涙の理由は……なんだったんだろう。


 見ず知らずの男に唇を奪われたから……?


 いや違う。違う……気がする。


 きっと、本当は、人と話をするのも久しぶりだったんじゃないのだろうか? 一人きりで……不安だったんじゃ……ないのだろうか?



 追っ手って言っていた、あの男。逃げることに必死で、いろんな事を……置いてきてしまったんじゃないのだろうか?



 詳しい理由はわからないけど……。本当は、ずっと弱い、泣き虫の女の子……なんだと思う。



 だから、きっと……。



「なぁ、その……さ。お前がいいんなら…さっきも言ったけど、しばらくは家に居てくれてかまわないから」



 本当は……ずっと居てくれてかまわないって、言いたかった。でも俺は子供で……。今は家に一人って言っても、やっぱり子供で……。親に養ってもらわなきゃ生活もままならない子供だから。


 ずっと居てくれ、なんて言うことはできない。


 だけど……。



「狭い家だけどさ、父さんも母さんも出張だから、それが終わるまでは一人だし……。ほら、飯も作れないから、俺」



 それくらいなら……許されるんじゃないのだろうか?


 わかってる、俺のわがままだって事くらい。結局は両親に甘えているって事くらい。


 でも……それでも……。


 この子に、涙をこらえて一人逃げつづける事だけは……させたくない。



「しかし、それでは亮に迷惑をかけてしまう」



「だから、ギブアンドテイク。部屋を貸す代わりに家事をやって貰うっていうのは……駄目か?」



 交換条件。これなら俺も助かるし,雛森としても家に居易いんじゃないだろうか?



……。


 

 しばしの沈黙のあと、雛森は静かに口を開いた。



「本当に……良いのか?」



 遠慮がちな言葉。俺はその問いかけに、首を縦に振って答える。



「……あの……私……料理……下手だぞ?」



 俯きながらそう言う彼女がおかしくて、俺は思わず失笑してしまう。



「何言ってんだ、こんなにおいしいのに」



 素直な感想を述べる。



「……そ、そうか……それは、良かった」



 安心したような、そんな呟き。



「んじゃ、ちょっくら学校に電話してくる」



 そう言って席を立ち上がる。と、雛森は「どうするんだ?」といって手で俺を制止した。



「いや、だって追われてるんだろ? 雛森は。学校なんて行ってる場合じゃないよ」



 狙われてるっていう女の子を、一人にしてはおけない。怪我をしてるんだから、なおさらだ。



「ん、それはありがたいのだが……多分、襲ってくるとしたら夜になると思う。それに、私が民家に隠れていると、向こうには気づかれていない……と、思う」



 ものすごく曖昧な言い方をする雛森。根拠があるっていうのなら従うが、出来れば雛森を危険に晒したくない。



「じゃ、昼は安全だから平気だって言うのか?」



「確証はないが……もともと、我々には人間と関わらないという、不干渉の掟がある。騒ぎを大きくするのは向こうの望む所ではない」



 雛森はそう言うと、残りのお茶を飲み干した。



「けど、絶対ってわけじゃないんだろ? それに、暗殺……みたいなことになったらどうするんだよ?」



 そう、昼だからといって、周囲の人に気づかれない方法はある。



「むう、確かに……」



 言い返せないのか、黙り込む雛森。



「よし、決まり。んじゃ電話してくる」



「待て! それでは亮の私生活にまで支障をきたす。これ以上、亮に迷惑はかけたくないんだ」



 叫ぶように、訴えかけてくる雛森。その悲痛な顔は、俺の決心を鈍らせたけど……。



「いや、一度決めたことだ。女の子を一人きりにはできないし、なにより俺がしたくてするんだから。雛森は気にしないでくれ」



 決意を折るにはいたらなかった。



 俺は、受話器を手に取ると、学校の番号をダイヤルした。



……



 さて……。とりあえず学校には連絡したので、今は家に居る訳だが……。


 なんというか、落ち着かない。間が持たないので話しがしたいのだが、肝心の雛森はさっきから真剣な様子でテレビを見ている。


 自然俺も付き合うカタチでお茶を啜りながらブラウン管を眺めることになっているのだが……。




「貴様ッ、許さん!」


「上等だッッ、俺もてめぇが気にいらねぇ!」


 がきん、がきん、ばびゅーん!


「……なかなかやるな」


「ぬかせッ」


 がきん、がきん、ばびゅーん!




 なんだろう、コレ。


 画面では先ほどから二人の男が激戦を繰り広げている。そりゃもう、すごいくらい激しいのだが、そもそもなんでコイツ等は戦ってるのだろう。


 途中からじゃ話が解らん。なんでも昔やっていたアニメの再放送らしいのだが……。



「おお、いけ、そこだ」



 この様子じゃ説明とかはなさそうだし……。とりあえず残り十五分の辛抱と、俺は視線をテレビに戻した。



「ふう……」



 やたらとカッコイイ次回予告が終わると、ようやく雛森はコッチの世界に帰ってきた。



「いやぁ、いつ見てもこの作品は燃えるなぁ……」



 感慨深そうにそう言って、満足そうにうなずくお嬢様。



「じゃなくって!」



 ちょっと待てーっと、ツッコミを入れる。



「えっとさ、せっかく時間もあるんだし……昨日の話しの続きを聞かせてほしいんだけど……」



「ん? 確かにそうだな、よし、今のうちに必要な事を話すとしよう」



 快く了承してくれた雛森は、俺の向い側に座りなおして話を始めた。



「……では……」



 ごくりと、唾を飲み込む。真剣な顔つきの雛森は、しかし、途端に顔を曇らせた。



「あーっと、うん……あ、思い出した」



 って、なんすかそりゃ。



「すまんすまん、では改めて……」



 今度こそ話の続きが始まった。内容はもちろん昨日の続き。



『鬼』について。



「昨日も触れたが、鬼とは異能者を生み出す血筋と考えてもらって良い。さらに細かく細分化すると、純血種と混血種とに分けられる。純血種が文字通り鬼同士の交配によって生まれた者を指すのに対し、混血種は人間とのハーフを指す。元々の数が少ないのだから、人間との交配は種の保存の為には仕方のない事だ。最初はうまくいっていたし、問題はないかのように思えた……。

だが、それから百年と経たないうちにある壁にぶつかった……。それは、混血同士の交配から生まれた子供……つまりは純血種の孫の世代になるわけだが……には、なんの異能も発現されないという、脆弱な遺伝子の悪戯。そうなるともう、その子供は『鬼』なのか『人』なのかの区別が出来なくなった。問題はここからだ……その事実、いずれ訪れる一族の破滅を感じ取った我々の中では、二つの勢力が生まれた。一つは運命を受け入れて、滅びを待つ……日和見主義。もう一つは純血主義……我々の交配を意図的に操作して、滅びを回避しようとしている連中だ。両者の意見は平行線の一途を辿っていたが、ついに先日、事件が起きた。 私の父……先代の王が日和見主義だということに不満を抱いたタカ派が、クーデターを計画したのだ。結果,クーデターは成功。王権は交代し、両親の手配でなんとか逃げ延びた私は……って、聞いているのかッ!」



 突然の大声に我に返る。あまりのショックで気が動転していたようだ。



「いや、すまん……ちょっと、驚いただけだ。話を続けてくれ」


 

 まさか目の前で偉そうに話している女の子が、本当に偉かったなんて、ちょっと信じられない。というか、鬼の方々は絶対王政なんですか?



「む、そうか……では続きを……」



 こほんと軽く咳払いをして、続きを話し始める雛森…もといお姫様。



「……で、私は逃げ延びることが出来たのだが、案の定、タカ派の連中は日和見王のシンボルであった私の命を狙って追っ手を差し向けてきたのだ。私個人としては日和見だとか純血主義だとかはどうでもいいのだが……どっちになろうが別に興味はないしな。ただ問題なのは、私の命が狙われているということ。私を逃がしてくれた両親との約束がある以上、私は簡単に殺されるわけにはいかない」



 遠くを眺めるように、雛森は言った。



 その横顔が、少し悲しげで……。なぜだろう、俺は言葉を発する事が出来ないでいた。



「さて、事の背景はこれ位にして、次は亮の異能について説明をしておこう」


 

 重たい空気を払拭するように、雛森は努めて明るく言った。そんな彼女の心配りを無駄にしないように、俺もいっそう真剣に耳を傾ける。



「偉そうな事を言っておきながらで申し訳ないのだが、ここから先はあくまで私の憶測なので必ずしも事実と一致するとは限らないという事を肝に銘じておいてほしい」



 念を押すように、雛森はそう告げた。こくり、と首を縦に振る。


 それを見届けて、雛森は続きを話し始めた。



「……昨夜の戦いを見る限り、亮に備わった異能力は『吸収』でほぼ間違いはあるまい」



「吸……収?」



「ああ、他者の異能力を自らに取り込む特殊な力だ。もっとも、亮のソレは押収といった方が正しいのかもしれんが……。とにかくソレは条件を満たした相手の異能を奪う、異例中の異例とも言える反則だ」



 他人の力を奪う……? ふと、昨夜の光景が脳裏をよぎる。


 不死身と対峙する雛森。空を切る拳と、舞い踊る少女。向けられた手の平と、何も起こらなかった現実。


 そして……。


 そして、突然現れた日本刀……。



「そう、お前が昨日振るった刀こそ最大の証拠。元来アレを使えるのは鬼の中でも血の薄い混 血、それも世界でただ一人のみ。 だからこそアレは呪いであり鬼たる証でもあるのだ……ソ レを」

 


 そこまで言ってこちらを睨む雛森。えっと……つまりアレは雛森の大事な……?



「おまけに刀よりも大事なモノを……っ、一体どうしてくれるのよ!」



 さらに一人でヒートアップしていく少女、話について行けない俺は一人ぼっちで少し寂しい。



「まてまてまてまて、あの刀が雛森にとってすごく大切なモノだってのは解った。けど、それより大事なモノなんか……」

 


 プチっと、何かが切れる音が聞こえた。


 気がした。



「わ、わた、私の……く、唇を奪った事実を……ッ、忘れたか!」



 あ。


 すっかり忘れていた。確かに俺は昨日の夜、雛森とマヌケにもキスをしてしまったのだ。そりゃ怒るわ。



「ごめんごめん、でもアレは不可抗力で……」



「言い訳無用! 刀と唇……大事なモノ二つ、しかも同時に奪うなんて……いつかこの恨みは」



「ちょっと待って……同時って、どういう……?」



 雛森の言葉に違和感を感じ、口を挟む。



「ふん、同時も同時。元々貴様の力はそういうモノなのだから……」



 えっと……つまり……? キスした人の力を奪う力?



「ああ、勘違いするなよ、別にソレだけが条件って訳じゃない。対象との魂魄が近づく行為なら何をしても吸収できる……そうだな、例えば粘膜同士の接触、魔術的な契約や、命を奪う事なんかが該当するな」



 魂魄……つまりは魂って事か。


 魂が近づけば他者の力を奪う、『吸収』。そこで、台所での一件を思い出す。そう、包丁で指を切ってしまったあの時、瞬時に傷が消えたのは見間違えなんかじゃなくて……。



「あの男……不死身の力も……?」



 こくりと首を縦に振る少女。     



「恐らくは新陳代謝の異常だな、能力者の血液を摂取しただけでも効果があったのは驚いたが……とにかく不死身の異能は亮に吸収されている筈だ 私の力と同様にな」



 血液を摂取、とは雛森の傷に対しての事だろうか? そう言われれば昨晩はかなりの大怪我だったのに今はピンピンしている……機嫌はだいぶ悪そうだが。


 俺は出来るだけ彼女を刺激しないように、丁寧に訪ねた。



「その、雛森の刀の事なんだけど……」



「瑞希!」



……。



「えっと……?」



 突然の出来事に唖然としてしまう。目の前の少女が発した言葉の意味が理解できず、俺は目を白黒させた。



「どうも調子が悪いと思っていたが、私の事を呼ぶときは名前で頼む」



 そこまで言われて、ようやく先程の言葉の意味を理解した。



「ん、解った。じゃあ瑞希、その、瑞希の刀の事なんだけど……」



 最後まで言いきる前に、瑞希が口を挟んだ。



「ああ、そういえばまだ詳しくは話していなかったな。あの刀は羅刹。鬼の……ソレも血の薄い混血にしか顕れない呪い……遙か昔から存在する記録装置だ。アレを作った我らの祖は、鬼という種が滅び行く運命にあることをを予見していたのだろうな……あの刀には今までソレを手にした者たちの異能が記録されている。人間には持ち得ない『力』こそが鬼が鬼である証明だからな、ソレを記録しているのだから、羅刹こそ鬼そのものとも言える……伝承によるとアレは……いや、まぁこれはまたの機会にしよう」



 なにやら気になるところで話を区切ってしまう瑞希。続きが聞きたくないわけではないが、本人もまたの機会と言っているのでその時まで待つことにしよう。



「さて……一通り説明も済んだわけだし、特訓といくか」



……はい?



 突然の出来事に頭がついていかない俺。って、さっきからこればっかりだな。


 あっと……特訓?



「ああ、備えあれば憂いなし。せっかく学校を休んだのだから多少の準備はしておいた方がいいだろう?」



 確かに、瑞希の言うことには一理あるが……。



「その、特訓って……家じゃ無理だぞ?」



 自慢じゃないがごくごく平凡な中流家庭である我が家にはそれほどのスペースはない。庭だって大して広くはないし……。



「案ずるな、訓練といっても体を動かすようなものではない。羅刹を扱うということは自身をコントロールする事に他ならない……羅刹を形作っているのは持ち主の想念だからだ。強固な意志が有れば、後は羅刹がやってくれるさ」



 むむむ、難しくてよくわからん。



「つまり俺はどうすれば?」



「どうもこうもない、まずは羅刹を具現させてみろ」



 さも当然といった様子で瑞希は言った。うーん、とは言っても……。昨日まで普通の人間をやってた俺ですので、突然そんなことを言われても正直お手上げです、すいません。



「……? どうした、早く刀を……」



 一向に動く様子を見せない俺を不審に思ったのか、瑞希が声をかけてくる。



「それが……」



 かくかくしかじか(死語)で……。



「なに? 昨日の夜は偶然で、実はどうやったのかも覚えていないだと?」



 信じられないといった表情を浮かべ、瑞希は溜息をついた。


 っていうか今の説明でよくわかったな。



「まったく……いいか、ソレはもうお前の力なんだから出そうと思えば嫌でも具現できる」



 嫌でも……ね。



「……わかった、んじゃ……」



 ふう、と深く息を吸い込んで右手の平を正面に向ける……。


 瞬間、閃いた『刀』のイメージが脳裏に爆ぜた。空想でしかない鉄の凶器はシナプスを通り、神経というバイパスを駆ける。


 まずは網膜、続いて右腕に現れた異常。在る筈のない刀の幻想は現実を侵食し、実像となって存在を反転した。


 確かに感じる鉄の重み。


 ソレは……まるで初めからそこに在ったかのように……。


 セカイへと―――現れた。



「ほ、ほんとに……出来た」



 思わず言葉が漏れる。


 吸い込まれるような乱れ刃紋。気の遠くなるような年月を超えたモノだけに帯びる、異質とも言える空気。鈍く輝くその刀身からは……夥しい、死の匂いがした。


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