夜景校舎/lesson1,瑞希先生の難しい授業
◇ ◇ ◇
私に選ぶ道などなかった。巻き込まれた彼に対して適当に誤魔化す事など出来るわけもない。
本当は……言いたくない。
でもそれは許されない。
誰にも頼らないと、そう決めたばかりなのに……。
二、三日すら一人でいる事に耐えられなかった。
だからこれは……罰なのだろう。逃げることの出来ない……罰。
ふっと息を吸い込み、覚悟を決めて私は話す。たとえそれが自分を貶める行為だと解っていても。
「亮は、『鬼』というモノを知っているか?」
アレほどためらっていた言葉が、自分でも驚くほどあっさりと紡がれた。
「おに? あの、昔話なんかによく出てくる?」
怪訝そうな顔をしたまま答える亮。当然だ。こんな事を突然言われたら、誰だってそんな顔をする。
「そうだ。 今から少しだけ昔話をするが……聞いてくれるか?」
よく解らないが了解といった表情をして、亮は首を縦に振ってくれた。
私は一度深呼吸をして……昔話を始める。
「昔々、とある山村で不可思議な現象が起きた。角が生えた奇形児が生まれたという、不思議な事件が。村人はその子を神の子として崇め、赤ん坊は不自由なく育った。そうして彼が成人の儀式を迎えるちょうど前日、ついに彼を神の子たらしめる事件が起きた。その日、寝付けなかった彼が庭を散歩していたときの事、夜道で見通しが悪かったためかふとした拍子で小石に躓き頭を強く打ち付けた。その時、あまりの勢いのためか二本の角がパキンと折れてしまう。男は悲しみ嘆いたが、驚いたことに折れた角は一組の男女になった」
「へぇ、なんか神話みたいな話だな」
意外にも、興味を示してくれたようだ。私はうなずいて話を続ける。
「ああ、実際一種の神話だ。我々、『鬼』創世の神話」
と、そこで彼は顔を曇らせた。
「お、おい、一体どういう……」
慌てた様子で問いかけてくる。まだ……解らないのか?
まぁ無理もないが……。
「つまりはそういうことだ」
それだけ言うと亮は、そんな馬鹿なと食い下がってきた。
「では亮、あの不死身やお前の刀はどう説明するのだ?」
あんな異常な回復能力、ありえる筈ないだろう? 刀にしたってそう……。お前はあの刀を拾った……なんて思っているのかもしれないが、それは大きな間違いだ。
「いいか、亮。鬼か人か、違いは些細なことなんだ。人間とは生まれながらにして何の異能も持たないモノ。対して鬼とは、生まれながらにしてなんらかの異能を持っているモノ……」
それでも納得がいかないのか、憮然とした表情が見て取れる。
「普通の人間が、何もないところから刀をだす……というのか?」
「!」
ようやくピンときたのか、亮ははっとなって顔を上げた。
「じゃあ、俺は人間じゃなかったのか?」
そんな疑問を持ってしまうのは、当然だと思う。
今まで、人間のつもりで日々を送ってきたけど、突然『私は人間じゃない、お前もだ』なんて言われたって、急に信じられるものじゃない。
「そうとも言えるが……実際に『鬼』と呼ばれるのは我らの血族だけで、お前はただの異能者に過ぎない」
この辺の境界が微妙なんだが、他に言いようもないのでそのまま伝えた。少なくとも、亮は『人間』と呼ばれるモノなのだ。
「と言っても、異端には変わりはないがな。それから、少し勘違いをしているのかもしれないが……。我々鬼種は、DNA的には人間と同種という事になる」
これまた厄介な説明になってしまう。慌てて解りやすく言い直した。
「む、難しくなってしまったな。まぁ、つまり、まとめると『鬼』とは生まれついての異能者一族……言い替えれば異能力者を生み出す血筋……かな」
「なるほど…じゃあ俺は単に異能者ってだけで、鬼の一族とは違うわけだな?」
あの説明でそれだけ理解してくれたって言うのなら文句はない。私は頷くと、暫く間を置いて言った。
「その辺りをもう少し詳しく説明したいのだが……いかんせん今日は疲れた。すまないが、しばしの時間をくれないか? 解りやすくまとめるのにも時間はかかる」
流石に頭がぼーっとしてきたので、そんな提案をしてみる。あっさりと頷いてくれるあたり、亮の人柄の良さが伺えた。
うん、やっぱり良い奴なんだ。なんて、らしくもないことを考えて少し可笑しくなる。
「じゃあ、奥の部屋が空いてるから……そこを」
亮はそういうと、空いているという部屋まで案内してくれた。
六畳間の和室。普段使う者はいないのか、やけに片づいているその部屋に布団を敷いた。
「じゃあ……おやすみ」
そういい残して部屋を後にする亮。彼の背中を見て思う。
父様、母様、私は正しいのでしょうか? 誰も頼らないと誓ったのに……。
本当に弱い……私。私は最後に小さく溜息をつくと、布団に潜って瞼を閉じた。
追っ手のこと、刀のこと……。そして、私が追われているその理由。明日はそれを説明しなければならない……。
嵐のような一日は、微睡みの中へと消えていった。