表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

別れ。そして。

 彼との別れの日は、あっという間にやってきた。

 その日までの一ヶ月、僕は落ち着かない日々を過ごした。彼との別れのことを考えると、何も手につかなくなる。

 彼もそんな僕の様子を感じていたのか、僕に気を使っているみたいで、わがままを言う回数も少なくなった。そんなぎこちない感じが余計に悲しくて、僕はわざと明るく振舞ったりした。

 その日、僕は塾のテストの日だった。本当は塾なんて休みたかったけど、そういうわけにも行かなくて、僕は塾が終わったあと、自転車を全速力で飛ばして家に帰ってきた。

「はあ、はあ……ただいま!」

 彼がまだいるかどうか心配で、僕は息も整わないままに部屋に駆け込んだ。

 彼は、窓際の出窓になっている部分にちょこんと座り、一月前と同じように月を見上げていた。僕に気がつくと彼は、ゆっくりと振り返って少し淋しそうな笑顔で「お帰り」と言った。

「……まだ、いてくれたんだね」

「ああ。しかしもうすぐ行かねばならない」

 彼は目を伏せて、静かに言った。

「やっぱり、行っちゃうんだ……」

 僕が消え入りそうな声で言うと、彼は優しく微笑んで僕に手招きをした。僕は招かれるままに、彼のいる出窓に近づいていった。僕がそばに寄ると、彼はその短い腕――というか前肢を、僕の方に精一杯伸ばしながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「その、頭を……頭をこちらに」

「?」

 なんだかよくわからないまま、僕は彼の方に頭を差し出した。彼はそのふかふかとした短い前肢で、僕の頭をぽんぽんと叩いた。どうやら僕の頭を撫でているつもりらしい。

 彼のサイズでは出窓に乗っても僕の頭には届かなくて、それでさっきから必死で飛び跳ねていたんだ。そんな彼の様子が可笑しくて、僕は思わず吹き出してしまった。

「笑顔になったな。……よかった」

 彼が、優しく言った。

 僕は、その言葉にはっとして彼を見つめ――できる限りの笑顔でうなずいた。これ以上彼を心配させちゃいけない。僕は精一杯の笑顔を作った。

 そんな僕に対して、彼は全てわかっている、という風にその可愛らしい顔に微笑を浮かべてみせた。

「では、私はもう行くよ。世話になったな」

 彼が明るい調子の声で言った。だけど、彼が無理して明るく振舞っていることが、僕にはわかった。

「うん。さよなら」

 だから僕も、努めて明るくうなずいた。

「ああ、さよなら」

 彼はもう一度微笑むと、短い前肢で器用に窓を開けた。

 最後に振り向いた彼の瞳が、「またな」と、僕に言った気がした。

 そして彼は、青白い満月を見上げて――。

 跳んだ。

 窓から勢いよく。

 静かに地上を照らす、蒼い満月に向かって。

 僕は驚いて、窓から身を乗り出した。けれど、窓の外にはもう、彼の姿はどこにもなかった。

 空を見上げると――それは僕の錯覚だったのかもしれないが――青白い満月の中で餅をついているウサギの影が、かすかに手を振っているように見えた。


 そして今。

 あれから3年経ち、僕は無事に大学生になっていた。運よく家から近くの大学に進学できたので、相変わらず同じ部屋に住んでいる。

 僕は今日もあの日と同じように、夜遅くまで机に向かっていた。明日提出のレポート課題を仕上げなくちゃならないからだ。

 そう言えば、今日は十五夜だ。あの日と同じ青白い満月が、窓から部屋の中へ、冴え冴えとした光を投げかけている。

 僕は課題を片付けるべく、パソコンのキーボードを叩いていた。

 ――その時。

 目の眩むような閃光と、重い爆発音。

 やっぱりあの時と同じように、椅子から転げ落ちてしまった僕だったが――。

 ドクン。――僕の胸は、かすかな期待に高鳴った。

ラストになります。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ