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彼の告白

 僕の部屋にやってきて以来、彼が自分のことを語ることはほとんどなかった。

 彼がどうしてここにやってきたのか、どうして一人きりなのか、いつまでここにいるのか。そういったことを僕が尋ねると、彼は突然聞こえないふりをして、狸寝入りを決め込んでしまうのだった。

 そんな彼が、突然自分について語り始めたのは、彼が来てから一月ほど経った、満月の夜のことだった。

 その日彼は、僕の部屋の窓のところにちょこんと座り、その透きとおった青い瞳で、青白い満月を見上げていた。夜遅くに塾から帰ってきた僕は、いつもなら籠の中で丸くなって眠っているはずの時間に彼が起きているのを見て、少し驚いて声をかけた。

「あれ、今日は寝てないの?」

「月を……月を見ているのだ」

 答えた彼の声は、心なしか震えてるみたいだった。

 不思議に思った僕が、彼の顔を覗き込むと、彼の深い青の瞳が、しっとりと濡れていた。

「……泣いてるの?」

 僕が尋ねると、彼は初めて自分が涙を流していたことに気付いたみたいだった。その短い前足で涙を拭うと、決まり悪げに頭をかいた。

「私としたことが……感傷に浸ってしまっていたようだ」

 彼はそう言うと、照れ隠しをするように、そのふかふかの顔をほころばせてみせた。

 強がった彼の笑顔に、僕は胸の奥がきゅっと掴まれたような気分になった。

「私は、月からやってきたのだ」

 彼が、ポツリと言った。僕は小さくうなずいた。

「うん。来たときに聞いたよ」

「そうだったな」

 僕が言うと、彼は目を細めてやさしい笑顔でうなずいた。それはもちろん、かわいらしいウサギの顔だったんだけど、僕にはその表情がなんだかひどく大人っぽく見えた。

「私は……月に帰らねばならない」

 彼が視線を月に戻して、そう言った。窓の外に向けられた彼の表情は、僕からは窺うことができない。

「帰っちゃうの?」

 思わず僕は尋ねていた。

 この一月で、僕はすっかり彼のことを好きになってしまっていたのだった。

 偉そうでわがままだけど、まっすぐで不器用な彼。自分勝手で常識知らずで、寂しがり屋で純粋な彼。

 彼にとって僕は多分、地球で唯一の知り合いだったから、僕に対してはすごく心を開いてくれているみたいだった。

 僕もあまり友達が多い方じゃなかったから、僕は彼のことを友達か、兄弟のように思っていたのだった。

 それなのに、帰っちゃうだなんて。

「……いつ帰るの?」

「次の、満月の夜だ」

 彼は静かに言った。その声は少しだけ震えていたけれど、きっぱりとしていた。きっと、それは変えることのできないことなのだろう。

「そっか」

 僕にはそれしか言えなかった。本当は行かないでくれ、って言いたかったけど、寂しそうに月を見上げて涙を流している彼を見ると、そんなこと言えるはずがなかった。

「お前には、世話になったな」

 僕の方に向き直り、いつになく優しい声で彼は言った。

 僕は何も言わなかった。僕が彼に言って欲しかった言葉は、そんなのじゃなかったからだ。

 彼は黙ったままの僕をしばらく見つめていたが、やがて再び窓の外の月を見上げた。

 彼の青い目から、透きとおった涙がもう一筋、流れて落ちた。

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