ウサギ?
「どっかのペットが逃げ出したのかな?」
僕は膝の上に座る彼を見て、そう思った。だとしたら、返してあげなくてはいけない。僕は腕を組んで首を傾げたが、どちらにしろ今は真夜中だ。返すにしても明日の朝以降がいいだろう。
「ま、明日考えればいいか」
遅くまで試験勉強をしていて眠かった僕はそう結論付けて、どこか彼を置いて置けるところはないか、自分の部屋の中を見渡した。
「お、これがあった」
部屋の片隅に無造作に置かれていた鳥籠。前に飼っていたカナリヤが逃げてしまってからはそのままにしてあった。藤を編んで作ったアンティークのもので、真ん中から大きく開けることができるようになっている。大き目の鳥籠なので、彼を入れておくこともできるだろう。……ちょっと狭いけれど。
「よいしょ、っと」
僕は鳥籠の上半分を取り外し、彼を抱き上げて、鳥籠の中にそっと彼を入れた。
「うーん、ちょっと寝にくいかな?」
鳥籠の底も藤で編んで作られているため、この中で眠ると体が痛くなってしまいそうだ。彼も、その青い目を半開きにして、心なしか不愉快そうに見える。僕はちょっと考えて、タンスの引き出しの中からタオルを取り出して、鳥籠の中に敷いてやった。
「これで、痛くないだろ?」
彼にそう言うと、彼は仕方ない許してやるか、とでも言いたげにこちらにちらりと目を向けると大きくあくびをして、鳥籠の中で丸くなった。
「なんか、偉そうなやつだなぁ」
僕はそう言いながら、彼の頭を軽くなでてやった。彼は満足そうに目を細めている。僕は、鳥籠の上半分を取り付けて、籠にふたをした。籠はやっぱりちょっと彼には窮屈そうだったけど、丸くなって眠っている今の彼には、問題なさそうだった。
「じゃあ、おやすみ」
満足そうに眠る彼の姿を見た僕は、彼にそう言って、自分もベッドに入った。
その時僕は、彼がウサギではないなんてことを、考えもしていなかった。
もともと眠かった僕は、瞬く間に眠りの世界に入っていった。
外は、何事もなかったかのように、静かだった。
彼が宇宙人だということを僕が知ったのは、その翌日の朝のことだった。
翌朝、僕は頭にかすかな痛みを衝撃を覚えて目を覚ました。何かが僕の頭を叩いているみたいだった。
「うーん」
「こら、そこのお前! いつまで寝ているんだ。早く起きろ!」
枕元で、幼い子供のような高い声を聞いたときも、寝ぼけていた僕はそれを夢の延長のように思っていて、驚きもしなかった。そしていつもの習慣で、枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばした。
「んー、あれ?」
そこにあるはずの固い感触の代わりに、なんだか、ふかふかとした柔らかい感触が伸ばした手のひらに当たる。
「ふにゃ?」
「こ、こら、乱暴に触るなっ!」
思わず掴んだふかふかした何かが、抗議の声を上げた。
――え、声?
僕は驚いて、バッと体を起こした。寝ぼけ眼をごしごしとこすって目を見開いた。
「だ、だれだっ?」
僕がその日朝起きて初めて見たものは、真っ白で柔らかそうな毛に覆われた、青い目のウサギだった。
「……なんだ、昨日のウサギか」
さっきの声はやっぱり夢だったらしい。僕はそう思ってもう一度眠りにつこうとした。
「誰がウサギだ!」
二度寝をしようと横になった僕の頭がパシッと鳴った。誰かに叩かれたらしい。
「いてて、何だよ……」
僕は頭をさすりながら顔を上げた。
「私はウサギではない!」
今度は間違いなかった。僕の目の前で、ウサギが、喋っていた。
「う、ウサギが、喋った!」
「だから、ウサギではないと言っているだろうが!」
ウサギが、甲高い声で叫んだ。いやいやをするように、その小さな体を震わせる。
そしてウサギは、小さな胸をピンと張り、その前足を腰に当てて、言い放った。
「私は、ムーン。月からやってきた。しばらくの間ここに厄介になるぞ。よろしくな」