あの日のつづき
「帰ったね」
少しだけ間をあけて、
「……うん、帰るよね」
誰もいない場所で、そう呟いた。
手元のカップに触れる。
白地に、青い線。
「懐かしいね」
そう言って、少しだけ笑う。
「……ちゃんと、覚えてるじゃん」
外は、静かだった。
無駄のない街。
整えられた色と匂い。
「……」
でも、
「ちょっと、つまらない」
「……いや、贅沢か」
「湊、エントリーした?」
「……なにを?」
「終わってるね」
少しだけ笑って、
「……まあ、そこがいいんだけど」
あの人は、ずっと迷っていた。
でも、
ちゃんと選ぶ人だった。
「選択肢が多い状態は非効率」
間違ってはいない。
この世界は、それでうまくいっている。
「……」
でも、
選ばなくてもいい理由が増えただけだ。
「……なんか」
あのときの自分を思い出す。
「……なんか、こっちかなって」
理由なんてなかった。
この世界は優しい。
でも、
少しだけ、
“選ばなくてもいい”
「……」
あの人は、選んだ。
迷ったまま、
でも、
最後はちゃんと。
「えらいえらい」
「……ほんとに」
ふと、
ベンチの記憶がよみがえる。
「寒いね」
「そうだな」
それだけで、
少し楽しかった。
「……ほんと、なんだったんだろ」
小さく笑う。
「……」
思い出す。
「落ち着くね」
あのとき、あの人が言った言葉。
「……」
「……そっちだったか」
少しだけ、照れたように笑う。
「……ずるいなぁ」
「……」
少しだけ目を閉じる。
好きだったよ。
「……たぶん、まだ」
声には出さない。
出す必要もない。
「……」
空を見る。
昔と、同じ色。
「……間違ってなかったよ」
少しだけ、笑って、
「……でしょ?」
カップに残ったぬくもりが、
少しだけ、
やさしかった。




