第7話 笑う迷惑花
「……これは確かに」
馬車に乗って依頼を出した村に来たのだが、その村の近くにある森から聞こえてくるのだ。
遠いから小さく感じるが、ワハハとかガハハのような笑い声が。
森を響いて聞こえてくる。
「……これいつも?」
「ああ、いつも通りじゃ」
そう答えてくれたのはこの村の村長である。
その顔はどう見ても困り果てている。
「……確かにこれはうるさいな」
「ええ……
悪ければ夜にもこの笑い声が響いて」
「夜に笑い声って……
普通に迷惑やんけ。
笑い声に怒って行くことを狙っとるんか、その笑い花は?」
人によってはピアノの音がうるさいからって言って殺す人もいる。
それを考えればこの笑い声も騒音であり、大迷惑にしかならない。
笑う門には福来るというが、これは度が過ぎている。
「……わかった。
私達が倒しに行こう」
「お願いします!
この笑い声を何とかしてください!」
そう言われて村人達は深々と頭を下げた。
「……とりあえず、あの森を進むしかないな」
「ああ、せやな」
サイレンが歩き出して、俺はその後を追いかけた。
あの飲み薬のおかげで熱はまだあるが怠さは消えてマシになった。
「……」
村を抜けて森に入る頃に俺は剣の柄に触れて周囲を警戒する。
ついでにあることもしておく。
「……ん?
何をしてるんだ?」
「確認や……
あんなうるさい笑い声や……
変な魔獣が向かっとるかも知れへんやんし、子供とかが向かっとるかも知れへん」
そして、落ち葉を払って地面を見る。
「こういう地面なら足跡残っとることもあるやろ」
プロの場合は隠されたりしているからわからなくなるが子どもや動物はそういうのは気にしない。
バックトラックという方法を使う動物もいるが、それは追われているとか気づかれない限りはしないだろう。
この地面からはそういう足跡はない。
ということは魔獣や人間が笑い花の方に向かっていないことになる。
「まあ、尤も浮いとる魔獣がいたら意味あらへんがな」
「……そうだな」
そう言ってサイレンも地面を観察しながら歩き始める。
森を警戒しながら進んでいく。
森は魔獣の餌も豊富で隠れる場所も多い。
だから、恐ろしい魔獣が力をつけて静かに待っていてもおかしくはない。
尤もそういう魔獣が出たらすぐに依頼に出されて討伐されるとも思う。
「……っ!
段々と笑い声が大きくなってきた」
しかも声質に不気味でまるで侮辱するかのように大笑いをしている。
「……近いな」
そして、茂みを掻き分けて進むと見つけることができた。
まだバレていないから急いで茂みの中に隠れる。
「あれが……
『笑い花』か」
「アハハハハハッハ!
ギヒヒヒヒヒ!
ブハハッハハハアッハ!」
「ぐっ!
これはうるさっ!
近くで聞くとほんま騒音やで!」
笑い花の見た目もまるでただのおっさんのように醜悪。
四つの植物性の触手と根っこもある。
「……確かにあそこまで不気味に笑うなど冒険者にはいなかったな」
「……ホンマに?」
「……笑ったとしてもあそこまで人を不機嫌にさせたりはしないものだ」
「サイレン、笑い花に対して何か知っとる?」
「知ってはいるが……
私がフォローをするから練人、戦ってみてくれ」
「……あれと?」
「ああ……
練人がどの程度戦えるのか知りたい」
「……勝てる?」
「さあな……
しかし、ヤバくなったら私がいつでもフォローする」
「……わかったわ」
自分で言った。
サイレンにあまり頼らないようにすると。
そもそもの話、戦いが怖いのだったら最初から冒険者の道を進むべきではない。
他にも道があった筈なのにこの道を自分の意思で選んだ。
なら、その考えに矛盾を起こさせてはいけない。
矛盾が出たら確実に歪む。
歪んだらどこかで修正不可能になる。
「ふぅー……
わかった……
行くぞ!」
俺は茂みから出て笑い花に向かって走って行く。
剣はすでに出した。
「ブハハハハ!
ハッ!」
すると、笑い花は笑いながら触手を俺に振り落とす。
「っ!」
だが、遅い。
触手が太過ぎるせいだろうか。
あるいはこれは相手を怒らせるためだろうか。
ともかく、これなら避けることもできる。
少し逸らして避ける。
「づっ!」
当然、他にも触手があるのでそれを使って攻撃仕掛ける。
だが、その触手はどちらかというとこちらを掴んで拘束するためで殺意はない。
「せい!」
触手を剣で切り落とす。
しかし、痛覚はないのだろうか、それとも笑い過ぎる性質上、痛みは感じにくいのか。
痛がることもなく、構わず触手で掴もうとする。
「よっ!」
しかし、ここまで動かされると体力を使う。
ここで手をこまねいて剣で切り掛かるのが遅くなればなるほど触手に当たる可能性がある。
(逃げてばっかやと勝てん!)
触手を躱した後にすぐに前に進む。
あの本体に剣が当たることができれば何かが起こる筈だ。
「は、は、は、は」
「んっ?」
笑い花がヒクヒクとする。
笑いを途切れさせて口をぱくぱくしている。
あれはまるでーー。
「!?
くっ!」
俺は急いで横に大きく、口の射程に入らないように逃げるように移動する。
「ハックシューン!!!!」
笑い花が大きなくしゃみをした。
そのくしゃみから桃色の粉が舞い散る。
俺には当たらなかったら思わず呼吸を止める。
(あれは何や!?
毒か!?)
あの笑い花がくしゃみをするような仕草をしていたからわかったが、下手をしたらその花粉をモロに受けていたに違いない。
この笑い花のことがわからない以上、あの花粉を吸い込みたくない。
毒かも知れない。
「……練人!」
「ぐわっ!」
いきなり背後から首を絞められた。
(嘘やろ!?
まさか他にも触手が!?)
後ろを振り返ろうとしたら今度は邪魔だと言わんがばかりに左に払い除けられた。
「うわっ!
な、何や!?」
すぐに見るとそこにいたのは別の魔獣だった。
恐ろしい顔に頭には短い角が生えていた。
一番の特徴は腕が鞭のようになっている。
あれで絞められたのだろう。
その魔獣は怒り狂って笑い花に襲いかかる。
「ギィルアアア!」
「ブハハハハはっ!」
その怒りようは、まるで笑い声うるさいんだよと言わんばかりでバシバシと鞭で笑い花を叩きつける。
笑い花は怯む様子はなく、むしろさらに大笑いしていた。
「は、は、は、は!」
(またあの花粉!?)
俺は急いで左に回る。
花粉から逃げるためでもあるが、花粉の射程にあの魔獣がいる。
あの花粉を吸ったらどうなるかわかるかも知れない。
「アックシューン!」
思った通り笑い花は花粉を出して、その花粉を魔獣がモロに受けた。
魔獣は驚いて払って後退する。
それでも吸い込んでしまった。
「ぎ、ぎ、ギャハハハハハハ!」
まるで笑いたくないように顔が自然とそうなり腹の底から大笑いし始めた。
苦しいのか地面を鞭で叩き始める。
「ギャハハ!」
「ブハハハハっ!」
そして、笑い花もバンバンと笑いながら肩を叩いているだけのように触手を使って魔獣を叩き出した。
(まさか、あの花粉を吸い込むと笑いが止まらなくなる!?)
そうなったらあの魔獣のように隙だらけになる。
(なるほど……
あれが笑い花の捕食方法!)
ああやって笑い声で獲物を惹きつけて、大笑い花粉で大笑いさせて攻撃を封じ、触手で叩いて殺したり、絞め殺したりするのだろう…
そして、その死体から栄養を奪う。
まるで、匂いで獲物を惹きつける食虫植物のように。
「ってことはチャンスやな!」
笑い花が獲物に夢中になっている隙に一気に近付く。
「でりりゃあああ!」
剣を持って一回転。
その勢いのまま笑い花を切り掛かる。
「ハッ!」
笑い花の触手は切り落とされて初めて笑い花から笑い声は止まった。
笑い花がこちらに振り返るまでに二回ほど切る。
笑い花の体から緑色の液体が滴り落ちる。
「ハハハ!」
笑い花が触手で攻撃するが遅い上にここまで接近、加えて触手の数も減った今では避けながら攻撃するのは容易。
「は、は、はーー」
「お前が食らえ!」
俺は避けると同時に今も笑いこけている魔獣を蹴りで押し出して盾にする。
そして、その後で避ける。
「は、ハックシューン!!!」
「ギョビ!」
当然、その花粉を魔獣は吸い込んでしまう。
また魔獣は地面に笑いこけてしまう。
そして、俺は笑い花を蹴る。
「ハハハハーーー」
「もう黙ってろ!」
体を回転させて勢いよく笑い花を叩き切る。
それで笑い花は沈黙した。
「残りは!」
今も笑いこけている魔獣。
こいつは被害者かも知れないが歯から見ても肉食で人間も食らうだろう。
あるいは笑い花にムカついて来ただけかも知れない。
どっちにしろ、こんな隙だらけの魔獣を放置して置けない。
「すまんが!」
隙だらけの魔獣を余計な苦痛を感じさせないために一気に切り伏せる。
剣で切り裂かれた魔獣はそこで倒れた。
「……ふぅ」
戦いが終わり森に静けさが戻った。
「終わった……
で、ええか?」
「ああ……
想像以上のできだ」
「さよか……
疲れたわ……
魔獣がもう一体現れた時はびっくりしたで」
「……だが、見事対処したじゃないか。
ダメだったら私も援護したが」
「運が良かったとも言うがな。
あの大笑い花粉の効力に気づかなかったらヤバかったな」
あの魔獣も終始大笑いして攻撃できずに隙だらけだった。
本来なら、倒すのにもっと苦戦していた筈だった。
多分、笑い花の根っこの地面を調べれば捕食した魔獣の骨だらけが見付かるだろうな。
「……そうだな。
お疲れ様」
「ふぅー……
疲れたわ」
俺は初めて戦いの余韻に浸るために、地面に寝転がって倒れた。
そして、サイレンは二体の魔獣の死骸にギルドから受け取った護符を貼り付けた。
「それは?」
「……魔獣を倒したらこれを貼るルールだ」
「へ~……
何でなん?」
「……その説明は後でする。
立てるか?」
「あ、ああ……
ちょっと興奮したから熱くなってきたが大丈夫や」
そう言ってよろよろと立ち上がる。
初めての戦いだが、何とか乗り切ることができた。
「……帰ったらすぐに寝ろ。
あの薬はあくまで熱の症状を抑える程度の効力しかない。
すぐに効力は消えてしんどくなる」
「さよか」
確かに段々と体が熱くなり始めた。
「……村に戻ってすぐに帰るぞ」
「了解」




