第5話 二つの熱
目を醒めれば体調は悪かったとすぐにわかった。
「はぁはぁ……
体が熱い……」
まるで、体に湯たんぽを付けられたように熱かった。
「風邪?
こんな、これから頑張らんといけない時に?」
だが、弱音も言ってられない。
この世界について何もわかっていない。
呼吸は乱れて吸って吐いたりするが悟られないようにするしかない。
「……三月か」
外を見る。
昨日までの体験は夢ではないし、一日経てばどうにかなるものではない。
つまり、ずっと起きてもどうにかなるものではないことだ。
それはわかっていたから落ち込んでられないが、それでも体の熱に関しては頭を抱えそうになる。
「……水飲みに行くか」
喉がカラカラに乾いている。
サイレンはまだ寝ていた。
普通の寝巻きで安心もした。
サイレンもどこか安心したかのようにぐっすり寝ている。
「……いや、寝転がったらすぐに寝た俺は何なんや?」
確か、サイレンと同じ部屋に寝て自分は寝れるのだろうかなどと悶々していたが、そんな心配をよそに俺の体は素直だった。
寝転がってしばらくしたら眠気が襲い掛かって、それに耐えられずサイレンが近くにいるのにぐっすりと寝てしまった。
そう美女が近くにいるのに、ぐっすりと寝てしまったのだ。
「……いや、サイレンの期待を裏切らずに済んでよかったのはええんやが……
男としてどうなんや?
もうちょっと……
こう!」
自分に対してツッコミを入れたくなった。
それだけで自分の体の熱は消えないが、それでも言いたかった。
「……はあ……
まあ、給食のケーキを食べたいがために四十度あるのに学校に行こうとしたり、三十九度あるのに我慢して学校に来ていた俺が言っても説得力はないわな」
今回も似たようなものだ。
正直、病は気からという言葉はあるが、あれは嘘だと思う。
気を張っても辛いものは辛い。
我慢したり食べたりして良くなるものではない。
だから、病は気からなどとは言わない。
それでも、今回だけは我慢して頑張ろう。
ベッドから出て、食堂に向かう。
「……辛いが一応、走り回れるな」
サイレンは見た感じかなり強い人間だ。
その人間に釣り合いたいのなら、ここで寝てるわけにはいかない。
彼女に追いつけるようにこちらも必死にならないと結局彼女に甘えてしまう
それは男として自分が自分を許せない。
「……とりあえず今後欲しいもんは……」
コップに水を入れて飲む。
冷たい水が体に染みる。
満足するまで何杯でも水を飲んだ。
「……書くもん……
紙やペン……
夢それが最低限必要なもんや……
まあ、書くことができればペンやのうてもええんやが……
せやけど、冒険者としても加えるのなら魔獣図鑑は絶対に読んでおいておきたい」
すでに構想は練っているし、ここにいるのなら多少修正必要になるが、ここに合わせる程度でむしろやる気に満ちていた。
「……絶対に熊型の魔獣はおる。
その好物とか色々調べて、それで書ければオモロい作品は書ける」
そう言った確信は俺の中にはあった。
珍しいし、あまり見ない組み合わせだが、それ故に誰もいない地点だから興味を持って読んでくれる。
「魔獣図鑑、サイレンに聞いてみるか」
そして、泊まっている部屋に戻る。
「……いや、こうなると歴史とかも興味あるな……
サイレンにはああ言ったけど、どう考えても荷物が増える……」
紙も多くなるだろう。
読むための本もきっと多くなる。
料理するための道具も必要になるし、旅をするのなら道具も手に入る機会も多い。
「……『拠点』……
あるいは荷物が多くても移動できる『馬車』とかそういうもんが必要になるな」
拠点となる場所があれば旅をしても帰ることができる。
これの問題は家と言った拠点は“その土地に縛られることにある”。
あるいは“借金が人生に縛られることになる”
金がない時に家を買おうと思ったら借金を背負うことになる。
そうなるとその借金を返すために依頼を受けることになる。
それで旅はできるかどうか。
今の俺の目的とも相反する。
仮に家を買ったとしてもそこが俺らにとっていい場所かどうか分からん。
家を買うのならサイレンと相談することになるが、サイレン自身も買うのなら自分がいいなと思う場所がいいだろう。
そして、価値観が違うのならすれ違うこともある。
サイレンが旅、冒険したいのなら家を買うのは消極的になる筈だ。
俺自身マイホームなんて夢、あるいは誰かが作った神話、幻想やと思っている。
そう言う常識は上の人が儲けようと思ったから流している餌、目標に過ぎない。
「……拠点はやっぱ宿屋になるな」
そっちの方が冒険者らしいし、場所取りは大変やろうが連泊しながらやったら拠点とも言える。
「となると馬車か」
ただ、馬は大体八十キロぐらいしか運べんという。
大量の馬を買って馬車の台を買うと思ったらどのくらいになるか分からない。
しかも、馬も生き物だ。
その餌代はかかるだろうし、病気になれば安楽死させないといけないからその費用もかかる。
今はまだ徒歩、乗るとしても遠い地を一気に行くように雇って乗らないといけない。
「ええのは、馬よりもドラゴンか?」
馬車ならぬドラゴン車、ありそうだ。
魔獣を飼い慣らして、あるいは互いに信頼し合って協力しているのならその道も十分あり得る。
「……いや、馬も魔獣となってるやろうか」
そこが正直スッとしない。
動物は動物と言えるのか、目の前に生えている植物は本当に植物と言えるのか。
「……」
今までの暗い気分は消えてなくなりそうになった。
体の熱が自身の好奇心と同調して昂っているようにさえ思えた。
「……せっかくや。
この体験を利用せな、もったいないわ」
恐らく、俺はニヤリと笑っているだろう。
自身の好奇心を満たして、それを利用して、いいものを書きたいとうずうずしている。
「……ハハっ、どうやらこの好奇心となろうとしている本能は止められそうにないわ」
扉に手を掛ける。
そうだ、ウジウジ考えるよりもこうして考えた方がいい。
今はこの気持ちと本能に従っていこう。
「よし、気分を切り替えて前向きにーー」
そう思って扉を開けた。
それがいけなかった。
うっかり忘れていたんだ。
ノックするのをーー。
「あっ……」
「……ん?」
部屋に入るとサイレンは着替え途中で頭と片腕を服の袖を通しているが、それが逆にこっちが見えるくらいに肌が見えていた。
豊満な胸とそれを見られないようにしているブラジャー。
そして、鍛え上げた肉体。
うっすらと腹筋やら腕の筋肉が見えるが、筋骨隆々ではなく美しさと力強さのバランスがいい肉体。
「あっーー」
はっきり言えばラッキースケベである。
このシーンはよく見るけど、俺は絶対にそうならないと思っていた。
そう。
絶対にそうならないと思っている人は大抵そうなる。
詐欺が時にそう。
これを見て、俺は内心、詐欺に引っ掛からないように気を付けようと再度思った。
そう言う現実逃避である。
「ご、ごめん!
ノック忘れて!」
「……構わない。
それともう終わるから出なくていいぞ」
俺の顔は茹で蛸みたいに真っ赤になって急いで出て行こうとしているのに、サイレンの方はまるで何事も起きてないように冷静そのままで怒りすらしなかった。
「お、怒らんのか?」
「……ブラジャーもパンツも水着のようなものだ……
海の時になればそう言う格好になるだろ」
とりあえず、急いで扉を閉めた。
「それ男だけの理屈ちゃうん!?」
そう。
俺もよく人に見られながらズボンを脱いで着替えている。
近くに異性がいても同じだ。
その理由は同じで海パンのようなもの。
見られてもなと言うものだ。
「……もちろん、お前が仲間でもなく冒険者でもなければある程度攻撃はしていただろう。
まあ、その場合なら一緒に寝ることもしないが」
「ぼ、冒険者なら仲間ならええん?」
「……一緒に泊まっている以上、こういうことは起きる。
……気にするな」
そう言って、サイレンは出て行った。
そして、俺はズルズルとヘタレこむ。
「せめて、気にしてくれ……」
俺の呟きを聞いてくれる人はいなかった。




