第1話 始まりは突然……
二月二十八日、夜。
「……ふぅ~」
扉前で俺は深く息を吸い込んだ。
この扉を開けて足を踏み込んだら自分の運命は決まってしまうかも知れない。
しかし、別の選択肢も見当たらないし、ここで逃げたら夢からさらに遠ざかってしまう。
故にこの道を選ぶしかない。
ちなみに俺の喋り方は特別だが、地の文では普通にするようにする。
「よし!」
意を決して俺は扉を開き中に入った。
「……うわぁ」
思わず感嘆の声が漏れた。
木造の建物の中は、想像以上に熱気に包まれていた。
入り口近くでは大剣を床に立てかけた男と、長槍を傍に置いた男が腕相撲をしている。
周囲はどちらが勝つか賭けをしている者もいる。
少し離れたテーブルでは、四人組が食事をしながら真剣に話し込んでいる。
明日の予定を会議しているのだろうか。
さらに奥の方にはローブを纏った男女の魔術師が二人、ジョッキを掲げて楽しそうに飲んでいた。
正直に言えば、軽く感動してる。
「これが……
冒険者ギルドか。
結構広いわ」
視線を奥に向けると、長いカウンターでギルド職員らしき人々が忙しく動いていた。
冒険者と会話し、書類を受け取り、金銭を数え、時には注意を促すような鋭い視線を向けている。
どうやら依頼の受付や報酬の受け渡しは、あのカウンターで行われているらしい。
そのやり取りを見て、一つ理解したことがある。
ーーここの通貨は、基本的にコインだ。
金属の触れ合う乾いた音が、あちこちのテーブルから鳴っている。
銀貨、銅貨、鉄貨。
恐らく一番価値があるのは金貨で、よく見れば同じ銅貨でも大小の違いがある。
「っと、感動してる場合じゃないわな」
俺がここに来た理由は単純明快。
冒険者登録をして冒険者になるため。
「さて、どこで登録できるんやろ?」
だが、思った以上に受付カウンターの数が多い。
さっき報酬を受け取っていたカウンターの他にも、別の窓口がいくつも並んでいる。
とはいえ、どれが登録ようなのか見極めるのは難しくはない。
明らかに農民風の服装の人や、戦いとは無縁そうな商人、さらに子ども連れの主婦や老夫婦までもが並んでいる窓口がある。
どう見ても冒険者になるタイプではない。
つまり、あそこは一般市民用の受付だ。
ギルドに依頼を申請する時や相談事がある場合はあそこに行くことになるのだろう。
あるいは何かの書類を提出する時など。
「……そうなると登録用は絞られていく」
今は夕方だからか、列はなく、一人の女性が受付と何かしらの会話をして書類を書いている。
「……あそこやな」
そう呟いてそこに向かう。
丁度、女性の隣の受付が空いていた。
「すんません、冒険者登録をしたいんやが、ここで合ってる?」
応対してくれたのは真面目そうで眼鏡を掛けた緑色の短髪の男性受付だった。
受付の胸には名札が付いており、名札には【アルフレッド・コーネル】と書かれている。
「はい、そうです。
冒険者登録がご希望ですね?」
「ああ、せや」
「それではこの用紙に記入してください」
「わかったわ」
俺はその用紙に書いていく。
名前……【練人】
性別……【男】
年齢……【十六】
誕生日……【四月十四日】
血液型……【B型】
身長……【百七十二】
体重……【六十四】
「……書き終わったけど、これでええか?」
「ーーはい。
これで大丈夫ですよ」
そう言って近くの棚から真っ白なカードを取り出した。
そして、ある装置を机の上に置いた。
その装置は木製で、上部は透明の板が嵌め込まれており、下はカードを出し入れするための隙間があった。
装置の両脇には水晶が接続されており、コーネルさんは用紙を上部に置いて、カードを下に挿入した。
「両脇の水晶に触れてください」
「……こうか?
……っ」
両手の指から静電気のような痛みが走った。
だが、その痛みもすぐに消え、装置が起動する。
上の用紙が読み取り、細い光が下のカードに当たる。
すると、カードに俺の情報が浮かび上がる。
「おおっ!
これは凄いわ!」
しばらくして、光は消えた。
「これで冒険者登録は終わりました。
そのカードは練人様の所有物をギルドに預ける際にも使いますので、紛失しないようにお気を付けてください」
「……それって、お金も含まれるん?」
「もちろんでございます。
そして、こちらが初期費用である八百“デラル”です。
どうぞ」
コーネルさんは革の袋を差し出した。
袋の中身を確認すると、小さな銅のコインが三枚、大きな銅のコインが一枚入っていた。
八百ということは大きい銅のコインは五百、小さいコインは百デラルなのだろう。
「後は『コガワ』と周辺の地図です」
「それはご親切におおきに」
「それでは、練人様。
あなた様の冒険者生活が幸が多かれと、お祈りします」
その時、隣から視線を感じた。
(……?
……何や?)
そう思って隣を見た。
隣で登録用紙を書いていた女性だった。
彼女は杖を持っており、杖は彼女の肩から足までと同じ長さ、柄は白銀、先には青い宝玉が付いており、宝玉の周囲は青と白銀の装飾が施されていた。
彼女の顔は整っており、ツリ目で細い。
そして、瞳の色は紫色だ。
前髪はM字バンク。
後ろ髪は背中に届くくらい長い。
魔術師らしい大きめの白いとんがり帽子を被っている。
ローブは白と青が基調になっており、大胆にもスリットもあり、そこから黒のニーソックスが見える。
ローブの胸部分には円とそれを包むような角状のパーツが描かれた青いマークがあり、どことなく彼女が持っている杖の先に似ているような気がする。
また、体にフィットしたローブだから豊満な胸と女性らしくも引き締まっている体型が分かりやすくなっている。
(うわぁ~、えらいべっびんさんやな……)
ただ、彼女がジロジロと見過ぎたかなと思っていると同時に、彼女もまるで俺を見定めているようにジロジロと見ていた。
「……あの~」
「……冒険者登録、終えたか?」
「ん?
あ、ああ……
そうやけど……」
「……お前が良ければだが、私の仲間にならないか?」
「……え?」
あまりにも突然過ぎて、前振りが一切なかったから、俺の頭が一瞬だけフリーズした。
「……えっと、すんません。
今、俺、アンタに仲間にならないかと誘われたんか?」
「……ああ、確かに誘った。
……聞き間違いではない」
危ない。
思わず断りそうになった。
だって、こんな美人から仲間にならないかと誘われるとは思ってもみなかった。
都合が良過ぎるとさえ思った。
だが、俺はいつか必ず仲間を募集した。
一人だけで何とかなるほど、冒険者生活は甘くない。
だったら、これだけ綺麗な人と組んだ方が良い。
「……先に言っておくわ。
俺に戦闘の経験はあらへん。
冒険者としての知識も欠けとるわ。
足を引っ張るかも知れんが、それでも構わへんか?」
「……正直に言うんだな。
私の先輩から、偶に見栄を張って自分を大きく、立派に見せ掛けるものもいるからと注意されたが……
もちろん、構わない」
「それなら、お言葉に甘えるとするわ。
俺の名前は練人。
よろしゅうな」
「……私の名は【サイレン・マジャン】。
さん付けしなくても良い。
……これからよろしく、練人」
サイレンは自ら手を差し出した。
俺も緊張しながら、その手を握った。
「……そういうことだからすまない。
早速だがパーティー登録を頼む」
「かしこまりました。
それではお二人のカードの提示をお願いします」
「ほい」
「ーーパーティー登録完了しました。
お受け取りください」
カードのパーティーの項目にサイレンの名が登録されている。
「……見たところ、武具はまだ買っていないようだな」
「せやな。
せやから、これから買いに行こうかと思っとるが」
「……なら、行こうか。
武具選びなら私の意見を役に立つ筈だ」
「それなら、お願いするわ。
それとサイレンはやっぱーー」
「ああ……
……私は魔術師だ」
「そうなんや。
魔法を使える人が仲間に欲しかったからありがたいわ」
「……頼りにしてくれ」
「ははっ、頼りにし過ぎないように気を付けるわ。
それでは、行こうか」
「ああ……」
そして、俺達はギルドから出た。




